第一章 死体役令嬢の奮闘①



「うわぁ!」

 入学式まであと六日という晴れた日、メルディはプリゾン学園の正門前に立っていた。

 その光景はゲームのスチルそのものだった。

 真っ白ながいへきに青い屋根。まどわくには金色の細工が入っており、まるでお城のようなごうけんらんさ。学園のしきをぐるりと囲む金属製のへいですら、輝いて見えるから不思議だ。

(聖地だわ……)

 目の前の光景にれつつも、感動と同時に押し寄せてくる絶望に目が細まる。

(ここまで来たら確定よね。ここはちがいなく『はとる。』の世界ね)

 ほんの少しだけかかえていた希望は、もろくもくずれ去ってしまった。

 このままでは自分は間違いなく死ぬ。どうにかして回避しなければと頭を抱えてうなっていれば、後ろにひかえているメイドのせきばらいが聞こえてきてメルディはあわててがおを取りつくろった。

「あ、あはは」

 メルディを見るメイドの視線はげんそのものだ。

 一応、今のメルディには「本来のメルディ」としての記憶と意識もちゃんとあるが、前世の人格がかなり前に出てしまっている状態だ。

 幸いだったのが前世のメルディと今のメルディとの間に思考やこうがないことだろう。別の人間とはいえ、たましいは同じなのだから共通点も多いらしい。

 だが、この世界の貴族れいじようらしくない態度が目立つのはいなめない。

 とくに常にそばにいたお付きのメイドは、急に態度の変わった主人をあやしんでいるのがなんとなく伝わってくる。

(お父様たちにも心配かけちゃったしなぁ)

 自分の運命について色々考えた結果、メルディはゲームのたいであり一週間後に入学する予定の学園にしのび込むことを決めた。

 なぜならゲームのスタートに関わる重要なアイテムが学園にあるから。

 それを回収してしまえば、黒幕は黒幕としてかくせいせず、メルディの殺害イベントも起きない。

 もしも、すでに黒幕がそのアイテムを発見してしまっていたらばんきゆうすだが、おそらくはまだだと推察できた。

 ファンディスクでは、そのアイテムの発見は入学式の前日だと語られている。

 善は急げとばかりにメルディは「入学前に学園を見学したい。じゃないと不安で入学できない」と入学前にとつぜんナーバスになったふりをした。

 そのひようへんぶりに、両親をはじめとした家族や使用人たちはたいそうおどろいた。

 もともとのメルディという少女は多少天然ではあるものの、明るくおっとりとした大人しい性格で、親を困らせるような我がままを口にすることはめつにない子だった。

 そんなメルディがさめざめと泣きながら入学がこわい、もう少し冷静に検討すべきだった、今からでも領地に戻りたいとうつたえたのだから驚かれて当然だろう。

 どうすれば気持ちが落ち着くのか、とたずねてくれた両親にメルディは『入学式前に学園内を見学したい』と訴えたのだった。

 本来、学園は警備の都合もあり無関係の人間は立ち入りを禁じられている。

 新入生も、入学式までは原則立ち入りはできない。

 だが、むすめを案じた父親はを辿って学園の関係者に相談をし、今回だけの特別なとして、この見学の許可を取り付けてくれたのだ。

 感謝してもしきれない。

(これからはなるべく大人しくうからね、お父様)

 学園への入学という人生の転機を境に、少々元気になったくらいに思ってもらえればいいなとは思っている。

「どうぞゆっくり見学していってくださいね」

 ぼんやりとしてしまっていたメルディに声をかけてくれたのは、上品な女性教師だ。

 やさしげな笑みをかべた彼女は、なんと主人公の担任教師マルタだった。

 毎日の授業イベントで笑顔を振りまくマルタの立ち絵を思い出し、メルディはほおゆるませる。

「ありがとうございます、マルタ先生」

 ひざを折って感謝を告げれば、あら、とちょっと驚くような声が聞こえた。

「私ったらあなたに名乗ったかしら……?」

(し、しまったぁ)

 ざっと血の気が引く。ゲームでの知識そのままに話しかけてしまった。

「いえ、その、わ、私、この学園に入学したくていろいろ調べて……先生のことも、その……しようかい記事で」

「ああ。なるほど。メルディさんは勉強熱心なのねぇ」

 マルタはメルディの言い訳を信じてくれたらしい。

 うんうんとうなずく姿はどこかうれしそうだ。

「あなたのようなな生徒が入学してくれるのは嬉しいわ。入試の成績も大変ゆうしゆうだったし」

「嬉しいです」

「だからこそ今回特別に見学が許可されたのよ」

 努力は裏切らないとはこのことだろうか。

 この学園に入学したかったメルディは、学業に本気で取り組んだため成績はかなりのものだった。おかげでこうやって死亡フラグかいへ一歩近づけたのだ。

「見学は校庭からだけにしてください。建物には立ち入らないように」

「はい!」

 メルディは「まあそうだよね」と半分らくたんしつつも笑顔で感謝を述べる。

 建物に入り込めない可能性は想定済みだ。いくら入学を控えた生徒とは言え、建物の中に入れて何かあれば問題だろう。

 あくまでも今のメルディは入学にナーバスになった結果、学園を見て安心したいと我が儘を言っているだけの部外者なのだから。

「申し訳ございません。私のような者がこの学園で無事に過ごせるか急に不安になってしまって」

「親元をはなれるのですから、不安になるのは当然ですわ。その不安をかき消すために自ら学びを見たいと思う心意気は大変結構です」

「ありがとうございます」

「一部の生徒は春期きゆうを終えて学生りように戻ってきているので、もしかしたら敷地内にいるかもしれません。もし誰かを見かけたら必ずあいさつをするのですよ。目上を敬う姿勢もこの学園で過ごすのであれば大切なことです」

「はい!」

 元気よく返事をすれば、マルタは満足げに頷いてくれた。

「私は正門横の管理とうにいますから、何かあれば声をかけてくださいね」

 マルタとは正門で別れ、メルディはメイドをともないまずは校舎の間にある中庭に向かう。

(おおっ……ここもスチルそのもの!)

 正門前のふんすいや、中庭はゲーム中に何度も背景として目にしていた場所だ。

 見覚えのある光景に少し心がおどるが、今はそれどころではない。

 メルディはメイドを連れ、学園内をゆっくりと見て回りながら、チャンスを見計らう。

 これまでのメルディらしい振る舞いを心がけたからか、メイドの態度も先ほどにくらべてかなりなんしてきたような気がする。

 かんいだかせないように、しずしずと歩きながら中庭の真ん中にある大きなとそれを囲むだんがある方へと向かう。

 周囲よりほんの少し高く作られたそこは、小さなおかのようになっていた。

 いくつかのモニュメントがとうかんかくかざられていることもあり、まるで美術館の中庭のようなふんだ。

(確かこの辺に……見つけた!)

 ひときわ大きなブロンズ像の台座。その下にお目当てのものを発見したメルディはキラリと目を光らせた。

(あとはどうやって……そうだ!)

「ああっ」

「おじようさま!?」

 突然その場にへたり込んだメルディにメイドがけ寄ってくる。

「どうしました」

「ちょっと目眩めまいが……冷たいお水をいただけないかしら」

「水ですか? ええと……少々お待ちください」

 メイドは周りをきょろきょろと見回す。だれかを呼ぼうとしているのだろうが、誰もいないのは明白だ。

「お嬢様。管理棟にいってお水をもらって参りますので、ここでお待ちください」

「ええ……」

 もくろみ通りメイドはメルディをかげに休ませると、早足で正門の方に駆けていった。

 それなりのきよがあるため、行って帰ってくるのに数分はかかるだろう。

 メイドの姿が完全に見えなくなったのを確かめ、メルディはさっと身体からだを起こすと周りを見回してから先ほどかくにんしたブロンズ像の後ろへとまわる。

 見た目はじゆうこうな台座であるが、よく見ると裏側の左右にはわずかなへこみがあり、それを上手にたたくとふたのように金属板が外れ、細い階段が地下へと続いているのが見える。

「よし……! ゲームといつしよだわ!」

 これはゲームの最中に発見される、校舎の中へと続く秘密の通路だ。

 王族や高貴な人たちがいざという時に校舎からとうそうするために造られているもので、教師すらこの存在を知る者は少ない。

 ゲームしゆうばん、黒幕に追いめられた主人公とこうりやく対象のキャラクターはこの通路を使って学園からけ出し九死に一生を得るという、重要なイベントが起きる場所だったりする。

 つまり本来こちら側は出口で、校舎側に入り口がある。

 確か、ひとのないろうの奥が入り口になっていたはずだ。

「出てこられるなら、入っていけるはず」

 そう考えたメルディは、かくし通路にもぐり込む。

 せまくて暗い場所だったが、長い間使われていないわりにはれいな場所だった。

 この先に自分の人生が開けているとおもえば、足取りも軽くなる。

「よいしょっと……そういえば、攻略対象の好感度が高いとこの通路の中でちょっとしたラブイベントが起きるのよね」

 狭く暗い通路という密室で二人きり、となればそれなりのことが起きてしまうのはひつといえよう。

 その聖地に……と思いをせている間にき当たりになっているかべ辿たどり着いた。

 一見ただの壁ではあるが、思い切りよく左右を両手で叩けば、大きな音と共に壁が外れて光が差し込む。

「やったぁ! うまくいった!」

 ゲームと同じやり方で開くか不安だったが、綺麗に開いてくれた。

 うようにして外に出れば、そこは長い廊下だった。

 どうやら入り口の位置もゲーム通りだったようで一安心する。

「よいしょ、っと」

 立ち上がり、服のしわをばしかみを整える。マルタが言っていたように校舎内の生徒にそうぐうする可能性もあるので、貴族女性らしい振る舞いはしておくべきだろう。

 一番いいのは誰にも見つからないことだが、スムーズに行くとは限らない。

「とにかく図書室に行くわよ」

「図書室に何しに行くの?」

「ひっ……!」

 決意表明にとつぜん返事をされ、メルディははじかれたようにり返る。

 今の今まで、なんの気配も感じなかったのに。

 いったい誰だと声の主の姿を認めたしゆんかん、メルディは思い切り目を見開いた。

「あなたは……!」

 特権階級のしようちようである、特注の白の制服に身を包んだ青年がそこにいた。

 きらめく金の髪に青いひとみ。中性的ながらもそうぜつな色気をまとった顔立ち。細身でありながらもきたえられているのがわかるたい

 体中の血が逆流していくようなさつかくおそわれる。

(どうしてここに)

「見たところ、生徒ではないようだけど……もしかして新入生か転入生かな? でも、今はまだ春休みだよ? どうしてこんなところにいるの」

 口調はおだやかだし、にこにことしたみをかべてはいるが、その瞳はまったく笑っていないのがわかる。

 メルディは胃のがぎゅっとめ付けられるのを感じた。

(な、なんで黒幕王子がここにいるよのぉぉ~~!!)

 彼の名はジェイク・アドラー。

 この国の第一王子にして、このプリゾン学園の最上級生かつ生徒会長。

 なにを隠そう彼こそが『はとる。』の黒幕だ。

 彼はもくしゆうれいのうえに文武両道。何をやらせても一瞬でかんぺきにこなせてしまう天才。

 幼いころから国政にかかわり、国王夫妻よりも臣下にしんらいされ、国民にも愛されている。

 街を歩けばジェイクのしようぞうがあちこちに飾られているし、ジェイクを題材にした本だっていくらでもある。

 完全無欠の愛され王子。

(でも、そのほんしようは人の心がわからない合理主義者の冷血漢)

 ジェイクは完璧すぎるがゆえに、こわれた王子様だ。

 自分にできることが人にできないのが不思議でならず、なことばかりする周囲が鹿に見えてならない。

 いつも穏やかで人当たりがいいのも物事がえんかつに進むからという理由で、心から何かを楽しんだことも笑ったこともない。

 自分の見た目や立場にひかれて寄ってくる人たちを見下しながら、自分に都合の良いようにあやつり生きてきた。

 笑顔と優美さでおのれの本性を隠していたジェイクは、この学園であるものを見つけ、とうとう人の道を外れてしまう。

 その最初の悪行こそが、メルディの殺害だった。

(主人公を殺しに来たのに、部屋にいたのがメルディだったからひまつぶしで殺しちゃったんだよね)

 ゆうしゆう過ぎると一周回っておかしくなってしまうといういい例だ。

 巻き込まれた方はたまったもんじゃないけれど、二次元ならば「だがそれがいい」になってしまうのが不思議なところ。

 まさにさいきようの黒幕。『はとる。』ワールドに君臨するダークヒーローとしてジェイクは絶大な人気をほこっていた。

 前世のメルディはわりとジェイクが好きだったが、それはあくまでも画面の向こうにいらっしゃるからで、現実では決して関わりたいとは思わないキャラクターだった。

 なにせ美形で悪役。言動は完全なるえんせい系サイコパス。

 だが、そこには彼なりの美学があり、時折見せる人生をあきらめた表情からは壮絶な色気をかもし出すという、一度見たら忘れられないきようれつなキャラクター性。

 とはいえジェイクは完全なる悪役なので、彼とのれんあいルートは存在しない。

 だが、ねつれつなファンへのサービスとして、後日発売されたファンディスクに、バッドエンド後に主人公の肉体だけを保存してかんしようするというとんでもない後日談が追加された。

 こおりけになった主人公を見つめ、うっすらと微笑ほほえむジェイクのスチルは信じられないほどにれいだった。

 果たしてこれは恋愛なのかなんなのか、とファンの間では激論がわされていたおくせんれつよみがえってくる。

 もはやこれは走馬灯だろうか。

 死亡フラグをかいしに来たはずなのに、目の前には死亡フラグそのものが立っている。

(神は死んだ)

 メルディは遠い目をしながら自分の余命をさとり、意識をやみに飛ばしかけた。

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