序章 特別な夜に出会い④

 うすぐらい拝堂。王や貴族、神官たちが並ぶ中、エルランドはひそかにいかりをたぎらせていた。捨て地を与えられ、指揮した部隊の大半を取り上げられ、残された配下はせいえいとはいえ、たったの二百人だ。

 ──二百人で、広い東の辺境を守れというのか。

 王は密かにエルランドを怖れている。一人の戦士としても、指揮官としてもすぐれた器量をもつ彼のことを。だから張りぼてのめいを与え、力をごうというのだ。

 ──だが、王よ。すべては言いなりにはならない。俺は俺のしゆわんで必ず名誉を得てやる。

 エルランドはぐっと背筋をばす。その時、拝堂のとびらが重い音を立てて開いた。

 そこには光を背に立つ小さなかげ。付き人はだれもいないが、彼にはそれが自分の妻になるむすめだとすぐにわかった。思ったよりもずっと幼い。十代の前半というところか。

 王に「入るがよい」と言われ、びくりとかたすくんでいた。影はゆっくり進み出る。その歩みは、実におぼつかないものだった。

 ヴェールをかけられているので、その表情は見えない。しかし、足が震えていることがここからでもわかる。彼女は非常に怯えているのだ。

 あの王の様子から見て、ろくなあつかいを受けていない、とエルランドは見てとった。所作やふんが貴婦人のそれではない。婚儀のこともろくに聞かされていないに違いない。

 ようやくエルランドの手前までやってきた娘は、彼の胸ほどまでしか背丈がない。うすよごれ、ごてごてしたはなよめ衣装は、明らかに寸法が合っていなかった。

 ──やれやれ。どこの衣装だんから引っ張り出してきた年代ものやら。まったく気の毒な王女様だ。

 エルランドは苦く笑った。

「リザ、よくきた。こちらがお前のとつぐ相手、キーフェルきようである」

 得意そうな王の声に、娘の頭は小さく動いた。うなずいたのだろう。

「ヴァン・キーフェル。この娘が余の末の妹、リザである。大人しくなおなよい娘だ」

 エルランドも娘にならい、だまって頭を下げた。

「これがこんいんの承認書である。我が署名の下に名を書くがよい」

 すぐにずいしんが進み出て、小さな書見台の上に立派な書紙を広げる。そこには形式的な約定がしたためられ、その下にった書体の王の署名があった。

 わたされたペンを手に、エルランドは筆圧も強く自分の名前を書き込み、その手で娘にペンを差し出す。娘は黙ってヴェールの下から手を出し、ふるえる指先で自分の名を書いた。

 リザ──と、それだけ。しよとはいえ、王女にしては簡単すぎる名前だ。

 しかし王は満足そうだった。

「ここに二人の婚姻をしようにんする! イストラーダ領主、騎士エルランド。そなたの妻となった我が妹の顔を見てやってくれ」

 言われてエルランドは、初めて娘と正面から向き合った。

「……ひめ、ご無礼を」

 手を差し伸べ、そっとヴェールを上げて、エルランドは王女の顔をのぞき込む。見えたのは、細いあご、小さなくちびる。そしておどろくほどき通ったあいいろだった。それは窓から差し込む光を受けた娘のひとみ。灰色にくすんだこの空間で、その色だけがあざやかだった。

 エルランドはわずかの間、少女にれた。

「……リザ姫?」

 エルランドがその名を呼んだしゆんかん、娘はエルランドに目をえた。

「はい」

 こうして騎士エルランドと、ミッドラーン国第四王女リザは夫婦となったのである。

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