序章 特別な夜に出会い②

「リザ様、かみかしましょう」

「こんなカラス色の髪、梳かしたって変わらないわ。長さだってないし」

「まぁ、そんなことをおっしゃって。こんなにれいぐしなのに」

 リザは、王宮の奥にあるきゆうで、じよで幼なじみのニーケと二人きりで暮らしている。

 小さな離宮は、かつては美しかったのだろうが、長く人が住まず、手入れがされていないためにこうはいが進んでいる。庭師見習いのオジーという少年が、時々雑草をってくれるだけだ。

 第四王女のリザは、父王の六番目の子にして最後の子として生まれた。

 離宮で暮らす理由は、母の身分があまりに低かったからだ。母が生きていたころは、どこからか食事が運ばれ、衣類や日用品、本などが届けられた。

 そしてリザが七歳の時に母は病にたおれ、ひと月んでくなった。そうは行われず、王族用の墓地にまいそうされることもなく、離宮の裏に小さな墓が建てられた。

 そして、リザが十歳の時に老いた父王も亡くなり、としはなれた兄、ヴェセルが国王となった。リザは父の葬儀に参列することも許されなかった。

 そしてリザは一人になった。

 離宮にはだいにものが届かなくなり、何人かいためし使つかいは、いつの間にかいなくなった。最後の召使だったニーケの祖母が死んでからは、二歳上のニーケだけが、ただ一人の侍女となり、友人となって、二人で支え合いながら暮らしてきたのである。

 王宮からは一年に一度、大きな行事である秋の園遊会に来るように、との伝言が届けられる。王女としてではない、召使としてほうさせるためだ。

 兄王ヴェセルは、リザを無視したし、すぐ上の姉王女ナンシーは、おとしめるためだけにリザをこき使った。リザをカラスと呼んだのはナンシーである。い色の髪と瞳は、ミッドラーン王家にはない色だった。

 お前はカラス、みにくいカラスむすめ、そう言われながらリザは、兄や姉たちに仕えた。

 父が亡くなって四年。

 十四歳になったリザは、時折王宮から届くわずかな品だけで暮らしている。貧しくともへいおんな毎日。リザは、ここだけが自分の世界だと思っていた。思うしかなかった。

 それなのに。

 夏の終わりのある日、絵が得意なリザが水のないふんすいと小鳥を写生していた時、王宮からの使者がおとずれた。

「リザ様! お城からのおつかいです!」

 見習い庭師のオジーの後ろに、立派な服装の男性が立っていた。ニーケもあわてて離宮の奥から出てきたが、男は目もくれなかった。

「ごげんよう、リザ殿でん。お元気そうで何よりです。私は陛下から筆頭じゆう役をたまわっております、メノムと申す者です。本日は、陛下からのご伝言を預かって参りました」

 使者はびっくりしているリザに、申し訳ばかりの辞儀をすると、そう言った。

 筆頭侍従とは、騎士や下級貴族がその任をになうこともある重要な役職だ。

 メノムは四十がらみの痩せた男で、眼鏡の下からはいんけんそうなかつしよくの目が光っている。

「では、お伝えいたします。『二日後、そなたは騎士エルランド・ヴァン・キーフェルきようとつぐことになった。後日、遣いの者をすので準備をしておくように』とのことでございます。ご理解いただけたでしょうか?」

 メノムは、リザをくだしながらおうへいな態度でそう伝え、彼女が何も言えないでいるうちに一礼すると、さっさと帰っていった。

「リザ様! ご結婚ですって! おめでとうございます!」

 背後で同じように固まっていたニーケがけ寄ってくる。しかし、リザは首をった。

「……よくわからないわ。それっておめでたいの?」

 リザはちゆうだった写生板を拾い上げた。小鳥はとうに、どこかに飛び去っている。

「きっとそうですよ! 私のいとこが結婚した時、みなでおめでとうって言いましたから! ですが、キーフェル様って、どんな方でしょう? ヴァンとは騎士のしようごうですよね? 陛下からお聞きになったことは?」

「知らない。お父様がお亡くなりになった時、兄上に口をきくなって言われたし」

 父の葬儀の際は雨が降っていた。リザは拝堂に入ることは許されず、ずぶれになりながら遠くから見送っただけだった。

「多分兄上は、私をやつかいばらいしたいとお考えなのよ。キーフェル卿に押しつけることで」

 部屋に戻ったリザは髪をいてもらいながらうつむく。まっすぐなくろかみは、なおくしの目に従った。

「だって私はここで、一生飼い殺しの身なんだもの……」

 ニーケは何も言えなかった。リザの言葉はざんこくなほどに真実だったのだ。

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