第一章②

「一鶴組のやったことは許しがたいが──それだけ彼らもこんきゆうしているんだろう。もしかしたらこの件には、何か裏があるのかもしれないね。輪廻、ひとつ動いてくれないか?」

親父おやじの言いつけなら、何なりと」

 輪廻は胸に手を当て、おおぎように答えてみせた。おそらく、正太郎はこの事件を単なる三次組織と素人売人の小競り合いだとは考えていないのだろう。売人のバックについているのは半グレか、それとも海外マフィアか。どちらにせよ面白いことになりそうだ。どうやって彼らをめ上げようかと早速脳内でプランを練っていると、

「失礼します」

 よく通る男の声に、冷や水を浴びせられる。横目で板の間の方を見ると、紺色のシャツに深いブルーのネクタイを締め、真っ白なスーツを身にまとったぎんぱつたんせいな顔立ちの男が、背筋をばして正座をしていた。

「ああぎり、急に呼び出してすまないね」

「いえ、とんでもないです」

 じようげんだった輪廻のテンションがみるみるうちに下がっていく。この男をわざわざ呼びつけるとは。いやな予感がする。

 ──男の名は千切かげ。先代組長の頃にふらりとやってきた男だ。ずっとしたとして働いていたのだが、正太郎が組長になってからいきなりの相談役たいぐう。素性も組へ来たけいも不明。

 どこの馬の骨とも分からない人間をなぜ相談役に? と組内がそうぜんとしたものだ。

 輪廻たちしつこうに属する組員とちがい、相談役はめい職の意味合いが大きく、さかずきを交わさずとも就くことができる。この役職には組長以上に顔が広い、じゆうちんクラスの人間が収まるのが定石だ。ある意味、組の社交を担っているとも言える。

 それをどこからともなく現れたふうらいぼううばわれたのだから、組員たちのヘイトもまるというもの。

 不満をあからさまに正太郎にぶつける幹部もいたが、正太郎は「たまにはこういうのも面白いだろう?」と微笑ほほえむばかりだった。

(親父の気まぐれだけとは、思えないんですよねえ)

 正太郎のことだから全て織り込み済みなのだろうが、輪廻としては面白くない。そういうわけで密かにしつきやくを願っている相手なのだった。

 そしてこの男を呼びつけたということは──

「輪廻。今回は千切といつしよに動いてほしい」

 ああ、やっぱり。

 予感的中。最悪だ。どうしてよりによって、親父はこの男を相棒につけようと思ったのか。心の中で思いっきり舌打ちをするが、正太郎の手前、笑顔を作って快く応じる。

叔父おじと一緒なら心強いですねえ。不束ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ。せいいつぱいちからえいたします」

 千切は口元だけで微笑み、おだやかに応じた。

「ふたりとも、だんはなかなか交流がないだろう? これを機に親しくなってくれると、僕としてもうれしい」

「それはもう。仲良くしてくださいね、叔父貴」

「ええ、こちらこそ」

 千切が立ち上がり、ていねいに頭を下げる。その態度にびを感じ、輪廻は内心へきえきする。

「では、早速昨日の現場へ叔父貴を案内して来ます。叔父貴、参りましょう」

「ええ。少し準備があるので待っていてもらえますか? すぐに行きますので」

「もちろんです。ではげんかん口でお待ちしています」

 正太郎へ一礼し、ふたりは部屋を出た。


「……本当に、常影ちゃんと輪廻ちゃんを一緒にしちゃったのねえ」

 ふたりが出て行った後、紬が正太郎のかたへ甘えるようにもたれかかった。

「あのふたりには、組の柱になってもらいたいからねえ。今のうちに親交を深めてほしいんだよ」

「ふふ、そうね。きっとあの子たち、気が合うわよ」

 紬が正太郎を見上げ、くすくすと笑った。

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