プロローグ②

「ヒ……ッ、あ……があッ……」

 数分後、男たちは全員血だらけで地面に転がされていた。みなカエルのようにりようあしをだらしなく開き、ピクピクとけいれんしている。

「口ほどにもない。もっと楽しめると思ったのに残念です」

 アロハシャツの男の前へしゃがんであごを片手で持ち上げると、輪廻はつまらなそうに唇をとがらせた。

「しょうがないので記念さつえいでもしときましょうか、はい、笑って~」

 スマホをかかげ、鼻と口から血を垂らした男の唇を引っ張り笑顔を作らせる。泣き笑いみたいな男の顔が輪廻のスマホに収められた。

たのむ……ころさ、ないで……」

「おやおや、先ほどまでのせいはどうしたんです? うちのシマで生きて帰れると思わないでください」

「ヒ……ッ、あ……があッ……。何が一般市民だ……スジモンなら初めからそう言いや、がれ……」

「私は、一般市民かもと申し上げただけですよ? それで、カタギさんをおどして一体何をするつもりだったんです?」

 輪廻が男の顎を持ち上げて顔を近づけると、男はガタガタふるえだした。

「ただの売人叩きだよ! いつかくぐみのカシラに頼まれて……てゆうか、アンタらのシマをらしてるのはアイツらなんだからな!」

 アロハシャツの男はつばを飛ばして、言い訳がましく早口で答える。一刻も早くこの場からのがれたいのだろう。

「お金目当てですか? なんと浅ましい」

「ちげえよ! アイツら、一鶴組のシマで売人やってっから、どこがもとめかかせろって……」

 輪廻は素早く考えをめぐらせる。一鶴組。弱小の三次組織で、きようかつ、ドラッグ密売などのセコいシノギで日銭をかせいでいると聞いた。

 要するに、シマで密売を行っている素人しろうと売人を商売がたきと認定し、はいじよしようとしたのだろう。あまりに底が浅すぎる。

「……はあ。興がめました。もう結構ですよ」

 立ち上がり、男の頭を思いっきりつま先で蹴飛ばす。あわれな男は「グアッ」とうめきそのまま気を失った。

 そのまま立ち去ろうとすると、

「待ってください!」

 と、声をかけられる。

 立ち止まり、うざったいと思いつつ振り向くと、男たちに脅されていた気弱そうな青年がってきた。

「何かようでしょうか?」

「助けてくださって、ありがとうございます!」

 青年が輪廻の手を取り、ちからいつぱいにぎりしめる。

 おびえてげられるならいざ知らず、まさか感謝されるとは。

 ともかく、カタギと関わるのはめんどうだ。おん便びんにこの場を収めてさっさと退散したい。

「礼にはおよびませんよ」

 愛想笑いをかべて、それとなく手を離そうとする。すると、青年は逃すまいとさらに強く握りめてきた。

「やっぱり【先生】の言うとおりだったんですね。真面目まじめがんっていれば、困ったときにきっとだれかが手をし伸べてくれるって」

 青年は目をかがやかせて熱っぽく語った。

【先生】とやらが何者なのか知らないが、頭がお花畑すぎて胸やけがしそうだ。そもそもドラッグの密売に手を染めておいて、真面目も何もあったもんじゃない。

 しかしカタギ相手にあらっぽい真似まねはできないしどうしたものか。どうにかこの手を振りはらえないかと考えていると、青年が持っていたかみぶくろを輪廻へ押し付けた。

「これ、お礼です。ぜひ受け取ってください」

 青年はニコニコと笑い、そのまま走り去った。

「……お礼なんてもらったのは、初めてですね」

 一応中身を確かめようと紙袋を開けると、ウサギの形のクッキーが出てきた。

「これはなんと可愛らしいウサちゃん!」

 輪廻の顔がパッとはなやいだ。クッキーを取り出し、クンクンとにおいをぐ。

 ミルクのような甘ったるいかおりは、きらいではない。だが──

「ウサちゃんにはふさわしくない香りですねぇ……ですがご厚意ありがたくちようだいしますよ」

 クッキーが入った紙袋をていねいに折り曲げてジャケットの胸ポケットにしまい、下駄を鳴らして足取り軽く歩き始める。

「さて、見回りを続けましょうか。玉繭地区じよう作戦続行です」

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