第4話 お姫様と王子様
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みになった。
静かだった教室は一気に騒がしくなって、生徒たちは思い思いの時間を過ごす。
購買へと急ぐ人。友達同士で席を寄せ合う人。授業の復習をする勤勉な人。
そんな忙しい教室でも、こいつは。
「じゃ、私は寝る。おやすみゆーくん」
「いや早え……。おやすみ」
授業が終わった直後にも関わらず、机に伏せた四ノ宮。
眠そうな目を擦りながら俺に声をかけ、すやすやと気持ちよさそうに眠り始めた。
授業は真面目に受ける四ノ宮だが、その代わりと言わんばかりに休み時間は睡眠に徹している。
彼女からすれば全くそんなつもりはないと思うが、他人を遠ざけるような姿勢がぼっちを加速させているように思う。実際は遅くまでゲームをしているからで、人と離れたい訳でも、近づきたい訳でもない。
「四ノ宮さん、今日も寝ちゃってる……」
「ほら、あんたが声かけるの躊躇ってるからだよー?」
二人の女子生徒が四ノ宮に近づくも、肩を落とし教室から出ていった。
四ノ宮は整った容姿をしていて、彼女と仲良くなりたい人は男女関係なく多い。
それこそ、積極的な性格であればあの『お姫様』や『王子様』に匹敵するであろう人気っぷりだ。
「……行くか」
唯一話せる友人の四ノ宮が寝た今、これ以上教室に留まる理由はない。
食料を買いに購買へ行こうと席を立ち、教室を出た。
◇◇◇
うちの購買はそう大規模ではないが、それでも一定の人気はある。
特に昼休みが始まってすぐは、スイーツを求める女子で溢れかえるため、俺は時間を置いてから買いに行くようにしていた。
未だ人で賑わう廊下を歩いていると、突然人混みがモーセの海割りのごとく両脇へと寄った。
何事かと思ったが、すぐに状況を理解する。
生徒たちの憧れのような、羨望のような視線を受ける二人の女子を見つけたからだ。
「お目当てのドーナツ、あってよかったね」
「うん〜!ひな、これずっと食べてみたかったんだよねっ!」
「ええと、チョコチョコたっぷりドーナツだっけ」
「違う違う!チョコちょこっとたっぷりドーナツだよ〜」
「すごい日本語だねそれ……」
この学校では知らない人のいない、『お姫様』と『王子様』だった。
二人の周りはやけにキラキラとしたオーラが漂っていて、目が惹かれてしまう。
「今日も夢見さん可愛すぎだろ」
「バスケ部の主将がお姫様に告白して振られたらしいぜ?もう何人目だよ」
「きゃー!柚木さま格好良いっ!」
「女でも惚れちゃうよね、あれは」
「王子様って前のテストも学年一位らしいし、もうどこも勝てねえよ」
様々な方向から聞こえる賞賛の声、声、声。
二人を褒め称えるばかりで、漫画の登場人物のような扱いだった。
自分たちのために道が開けられるという、明らかにおかしい状況にも関わらず、二人は気にしていない様子で歩き続ける。
それはまるで、役割を演じているようで。諦めているようで。
「……そりゃあ、疲れるよな」
喫茶店での柚木の様子を思い返し、そう呟いた。
思わず出てしまった言葉をしまい込んで、咳払いをする。
何を知ったような口ぶりで。キモ過ぎだろ、俺。
「凛音ちゃんも食べる〜?」
「ん、いいの?ひなが買ったドーナツだろう」
「そんなの気にしなーい!ほら、いつも勉強教えてもらってるお礼ってことで、半分こねっ」
「ありがとう、ひなは良い子だね」
「あは、照れる〜」
「良い子なら、もうちょっと勉強の教えがいがあると嬉しいんだけど」
「……善処シマス」
「まったく……ん?」
二人とすれ違う直前、柚木は俺の存在に気づいたようだった。
しかし俺も彼女も、何かアクションを起こす気配はない。
喫茶店で偶然知り合った俺たちだが、関係性はただのクラスメイト。柚木は彼女の立場があるし、俺は人と関わりの薄いぼっち。バイト先でしか会話したことはなく、学校では関わったことすらない。
でも、今日だけは違った。
「……?」
何事もなくすれ違った、その瞬間のこと。
そっと肩を叩かれた感覚がして後ろを振り返ると、柚木だけがこちらを見て、いたずらっ子のようにニコッと微笑んでいた。
『王子様』の時は見たことのない、無邪気な笑顔にドキッと心臓が鳴る。
イケメンと評される美貌も、しなやかな指先も、全てが美しくて。目を奪われた俺は、小さく手を挙げることしかできなかった。
俺と柚木の僅かなやり取りは、他の生徒には気づかれていないようだった。
颯爽と去っていく彼女の背中を睨みつけ、不覚を取られたことを恨めしく思いながら、俺は再び歩みを進めた。
俺のことを不思議そうに見つめる、お姫様の視線に気付かないまま。
◇◇◇
購買でいくつかのパンを見繕った俺は、そのままの足で
向かったのは薄暗い階段の踊り場。
うちの学校の屋上は封鎖されていて外に出ることはできないが、屋上までの階段には登ることができる。
屋上への扉から漏れる僅かな光に照らされた踊り場は、特別教室が集まる棟にあるからだろうか、滅多に人が来ない穴場だった。
階段に腰掛け、購買で買ったカレーパンをぼーっと食べていると、珍しく人の声が聞こえてきた。
「こんなとこまで運ばされるのダルー。こういうのはあの偉い子ちゃんに頼めっての」
「それな。いっつも良い顔してんだから、雑用くらいすべきでしょ」
プリントか何かを運んでいるのだろうか、怠そうな女子の声がする。
階段から一瞬見えた派手な容姿には覚えがあった。確か、同じクラスの陽キャグループに所属している二人だったはずだ。
「てか、まじで最近調子乗り過ぎでしょ、柚木さん」
彼女たちの口から、聞き馴染みのある単語が聞こえてきた。
二人はイラつきを全面に出した声色で会話を続ける。
「ずっとひなちゃんのことを独占してさ。ひなちゃんはあんたのモノじゃないっつーの」
「自分が人気者だって勘違いしてるんじゃない?夢見さんの人気にあやかってるだけなのにね」
「ひなちゃんも、あんなのに付き纏われて困ってるだろうにさ」
「……は?」
予想外の内容に思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
何を言ってるんだ、こいつらは。
「あーあ。ひなちゃん、ひとりくらいイケメン譲ってくれないかなー」
「ま、あれだけ可愛ければね。モデルとかやってないのが不思議なくらいだし、あのレベルには勝てないよ」
作業を終えたのだろう、少しずつ声が遠ざかっていく。
階段の壁に寄りかかりながら、彼女たちの言葉を思い返した。
柚木への悪口。独占という言葉に、お姫様への羨望。
そこまで材料が揃えば、会話の意味も原因も、ある程度推測ができる。
「……自分より下に人がいると、安心するもんな」
人はいつも、絶対的な一を好む。
王様。リーダー。チャンピオンに、
一位にはなれない。でも、せめて二番目にはいたい。最も優れた人と仲良くして、自分もより上位の存在に見られたい。
先程までここにいた彼女たちのように、自身のカーストに重きを置く人にとっては、そう考えるのも自然なのだろう。
可愛さ、男子人気というフィールドで勝負する彼女たちにとって、女子からの人気がある柚木は別枠の存在だ。だから見下すし、立派な悪者に仕立て上げる。
バカみたいだ。
学校だけの役割に固執して、囚われて。
学校が自分たちの世界の全てだって、本気で信じている。
それがどれだけバカらしいかなんて、
『みんな私を王子様って呼ぶけど。……そんな立派な人間じゃないのにね』
柚木の自嘲するような言葉が頭をよぎり、顔を顰めてしまう。
お前の悩み、思ったよりも重いじゃねーかよ、くそ。
女子二人の会話に夢中になっていたせいだろうか、食べ終わっていないのに予鈴が鳴り響く。
残っていたカレーパンを慌てて口に詰め込んで、教室へと急いだ。
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