第19話

 

「いいえ。あまり無理しなくていいわ。能力はできる限り使わないようにして」

「え、どうして? 使えば結構楽に進められると思うけど……っていうか、それだと私の役割が単なる足手纏いにしかならないんだけど」

「そうね。でも、最初に聞いたでしょ? 能力の使用は副作用があるって」


 そう。能力は便利だが、その便利さには代償がある。特に、千里のように『特型』の能力は使い過ぎればかなり大きな代償を支払うことになるのだ。

 来栖のように使い慣れていて自身の限界を知っているのであればまだ良かった。だが、千里は能力の発現器官が『眼』と『脳』ということで、その限界を確かめる調査も慎重に行うしかなかった。

 加えて、ネクストの拠点の中で千里眼を発動させて、見られたくない資料なんかを見られたらどうするのだ、という話になったため、最近まで千里の能力は検査や調査を行わず、最低限の使用だけを許可していた状態だった。


 そのため、千里は自身の能力の限界を知らないのだ。


「あっ……でもっ——!」


 だが、能力を使わなければ自身など本当に足手纏いでしかないと理解している千里は、来栖へと言い縋ろうとするが、来栖に真っ直ぐ見つめられたことでその言葉は止まってしまった。


「使うことは使ってもらう。でも、最小限でいいわ。おおよその敵の数や場所さえわかれば、あとはどうにかできるから。一人も逃さずに見つけるとか、相手の装備を詳細に、だなんてことは考えなくていいわ」

「でも、それだと来栖さんが……」

「私はこの程度のことは慣れているもの。死にはしないわ。それに、今回のこれはあくまでも時間稼ぎ。しばらくすれば応援が駆けつけるからそれまで耐えればいいだけよ」

「……そっか。でも、気をつけてね」

「ええ、ありがとう」


 そうして一先ず協力することが決まった千里は、能力を使って敵の居場所を特定し、どんな武装をしているのかも来栖へと伝えていく。


 来栖はこの一回だけで全てが終わるようにと願い、全てを終わらせなければと覚悟を決めながら、能力を使って確認していく千里の様子を見守っていた。


「——ありがとう。あとどれくらいいるのかわかっただけでも十分な支援になったわ」

「これくらいしかできないけど……ごめんね」

「何言ってるのよ。敵の居場所や数がわかるなんて、これ以上ない支援よ」

「そっか……ありがとね」


 実際、敵がどんな装備なのか、どんな配置であとどれくらいの人数がいるのかわからなかった先ほどまでの状態と比べれば、天と地の差と言ってもいいだろう。


 少しの間休めたことで体力はある程度回復しており、千里という|足手纏い(パートナー)が助けに来てくれたことで気力も回復している。

 もうこれ以上休んでいる必要はないと判断した来栖はスッと立ち上がったが、そこで千里が何かに気づいたように声を漏らした。


 そんな声に反応して来栖は千里へと振り返り、どうかしたのかと問いかけた。


「えっと、さっき言ったことだけど……」

「さっき?」

「できれば能力を使わない私は足手纏いだって言うのは、否定してもらいたかったかな」


 それは先ほどの千里と来栖の会話。能力を使うなと言った来栖に対し、千里は半ば冗談のつもりで言ったのだが、その冗談を来栖は否定することなく話を進めていた。

 足手纏いなのは事実なのだと千里自身自覚しているが、それでも否定してもらいたかったようだ。


「………………ああ」


 少し時間をかけてからそのことを思い出した来栖は、長い間を作ってからどこかバツが悪そうに頷いた。


「私って、足手纏いじゃないよね?」

「……気をつけてね」


 キラキラと何かを期待したような眼差しを向けて問いかけてきた千里に対し、来栖は心配の言葉を一言だけかけると再び正面へと身を翻し、それ以上何を言うでもなく静かに走り去っていった。


「あれっ? ねえ、返事は——って、もういない。返事ぃ……」


 自分が足手纏いだと言うことを否定しれくれなかった来栖に更なる言葉を求めようとしたが、その時にはすでに来栖の姿はなく、千里はガクッと肩を落として呟くことしかできなかった。


「はあ……とりあえず、私も護身用に何か武器でも持ってた方がいいかな?」


 今の千里は何も持っていない一般人と変わらない。

 千里眼という能力も咄嗟には使えず、使ったところで戦闘に役に立つのかと言ったらそうではない。

 だが、千里とてこれまで戦闘訓練を受けてきたのだ。全くの素人というわけではない。持っていれば役に立つ場面が来るかもしれない。

 それに、何か武器を持っていれば、敵もそれを警戒して動きが鈍ることも期待できる。


 あとは、『武器』を持っていることで、自身の心を奮い立たせることもできる。少なくとも、無手よりは〝敵に立ち向かう〟という意識を持つことができ、前に……危険に進む決心をすることができる。


「ごめんなさーい。お邪魔しまーす……」


 そうして千里は襲撃の騒ぎにより無人となった料理店に入り、包丁を手に入れてから来栖のとは別方向から潜入していくのだった。


 ——◆◇◆◇——


「来栖さんはあんまり使うなって言ってたけど……これくらいは平気だよね」


 武器を確保した千里は、物陰の人がこなさそうなところで小さく丸まりながら能力を使用する。

 千里が能力を使うと同時に薄暗い物陰にほんのりと光が漏れるが、その光は表からは見ることができず、千里は視界を飛ばして世界を視る。


「うっ……ちょっと、使いすぎたかな? これが限界っぽい?」


 能力を発動して視界を飛ばした直後、目の奥に鈍く響くような痛みが発生した。

 その痛みが能力を連続で使用したことによる副作用だろうと理解できたが、すぐに痛みが引いたことであと少しくらいならば問題ないと能力の使用を続けることにした。


「なんか、結構順調な感じ……かな?」


 そうして確認した状況だったが、千里が敵の武装や位置、残りの数を教えたからか、敵の処理は援軍を待たずとも来栖一人で順調に進んでいた。

 まだ全ての敵を処理し終えたわけではないようだが、それでも千里が見た感じでは誰も残っていない。宙を漂う千里の視界に見えるのは、黒煙の立ち込める駅の構内と、そこに倒れ伏している人々。そして、その中心に立っている来栖だけ。


「来栖さんも怪我とかしてないみたいだし——って、まだいたんだ」


 これで終わりか、と千里が思った直後、物陰に隠れていたのか敵が来栖に向かって銃を向けた。

 だが、その銃は実際に撃たれることはなく、敵の視界から一瞬で消え失せた


「でも、今ので最後かな? 見た感じは平気そうだよね。……よしっ!」


 たった今来栖が敵を片付けたのを見た千里はそのまま周囲を確認するが、今度は物陰に隠れているものも含めて誰も残っている敵はいなかった。


 これで大丈夫。そう判断した千里はすくっと立ち上がると物陰から出て、来栖の元へと駆け出す。


「——ふう」

「来栖さん!」

「千里さん!? なんで出てきたの!」

「いやー、見た感じだともう誰も残ってなさそうだったから——」


 戦いが終わったと判断したのか来栖が息を吐き出していると、そこに千里が駆け寄ってきた。


 自身へと近寄ってくる千里を見て、来栖は驚いたように千里の名前を呼んだがその直後、それまでの驚きとは別種の驚きによって目が見開かれた。

 どうしたのだろうか。千里がそんなことを考えた瞬間、千里の腕が掴まれ強引に動きを止めることとなった。


「動くなっ!」


 千里も来栖も、全ての敵を倒したと思っていたが、まだ残っていたようだ。


「ぴょっ!」


 突然腕を掴まれたことで強引に動きを止められ、すぐそばで制止の叫びを聞いた千里は、驚きから間抜けな声を漏らすと同時に身体を強張らせて動きを止めた。


 動きを止めた千里は声の下背後の様子を見ようと振り返ろうとするが、後ろから首を掴まれたことでその動きは止まってしまった。

 首が掴まれた代わりに腕は自由になることになったが、頭の横からは何か硬いものが押しつけられるように当てられている。千里からは見ることはできなかったが、おそらくは状況的に考えて銃なのだろうと予想はできたし、実際にその予想は当たっている。


 手も足も動く。だが首が固定され、頭には銃が突きつけられているという状況に、千里も来栖も暴れることはできず大人しくしておくしかなかった。


「お前が指揮官か……いや、違うな。あまりにも間抜け面すぎる」

「ひどっ!? 自分で聞いておいてすぐに否定するのはなんで!? 私そんな間抜け面なんてしてないんだけど!」

「黙れ!」


 あんまりといえばあんまりな千里に対する評価だが、敵としては真面目に言っていたようで、千里が反論しようと叫ぶなり千里の首を掴んでいる手に力を込めて強引に黙らせた。


「死んだ奴らに紛れてたが、まさかこんなチャンスが来るとはな。てめえらのせいで台無しになったが、せめて俺が逃げるために役に立ってもらうぞ」


 どうやら、来栖が強敵だと認識した際に逃げることは不可能だと察し、倒れている者たちに紛れて逃げる機会を窺っていたようだ。

 そこにいかにも戦闘力のなさそうな、しかも来栖の知り合いのような態度だった千里がのこのことやって来たため、人質として使うことにしたようだ。


「ぬぐぐ……死んだふり作戦かぁ。これじゃあ見つからないよね。いや、見つからないっていうか、うーん」

「黙れって言ってんだよ、クソガキ」


 最初こそ驚いた様子を見せた千里だったが、今はもう怒鳴られても怯んだ様子を見せない。それどころか、命の危険があるという状況であるにもかかわらず、冷静というにはどこか冷めたような眼差しをしている。


「これはもう、仕方ないよね」

「やけに簡単に諦めんだな。こっちとしちゃあ楽でいいがな」


 男は嫌に冷静で諦めた態度を見せる千里に訝しげな顔を見せたが、無駄に暴れられるよりはマシだと判断して再び来栖へと意識を戻した。


「まあこんな状況になったのは私の油断が原因だし……仕方ないっかぁ」


 そう呟いた千里は、男からは見えないように、そして察知されないように小さく動きだす。


「千里さん……? ……っ! 待って!」


 そんな千里の動きは、男からは見えずとも正面にいた来栖からはよく見えていた。そして、その動きを見ていた来栖は千里が何をしようとしているのかを理解し、驚き、慌ててそれを止めようとする。


「動くんじゃねえって言ってんだよクソガキが!」


 だが、千里を助け出すために来栖が動いたと勘違いした男は、千里の頭に突きつけた銃を強調するかのように動かし、来栖のことを牽制する。


「違っ……! 待って千里さ——」


 男の叫びに思わず動きを止めた来栖だったが、それでも千里を止めようと声だけは張り上げる。

 だが……


「がっ——」


 そんな叫びは意味をなさなかった。

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