第18話
——◆◇◆◇——
「けっこーいい感じの時間になってきたねー」
昼前に集まって買い物をし、現在の時刻は五時と言ったところ。それだけ長い間歩き回って何を買ったのかと言ったら、そう大したものは買っていない。なんだったら最初に来栖の言っていた鞄など最初の一時間で買い終わっている。
それ以降は何をしていたのかと言ったら、言ってしまえば何もしていない。ただ並んでいる商品を見て話し、途中で近くにあった店で甘味を買い、ダラダラと話をして、また少し歩き回ってから休む。
意味のない行動だと言われればその通りではあるのだが、だが女性の買い物などこんなものだ。
そもそも、買い物そのものだって話のタネとして使えるから一緒に買い物をしている、とさえ言える。ただ買い物をするだけなら自分一人だけでいいのだから。
だが、たとえ無意味で非効率的だとしても、誰かと話すのが楽しいのだから仕方ない。
ともあれ、『友達と遊ぶ』という目的を考えればなんの問題もない。むしろ上出来だと言えるだろう。千里はもちろんのこと、来栖も最初に千里と待ち合わせをしていた時よりも顔の険が取れて自然と笑えている。
「そうね。夕食はどうするつもりなの?」
「んー、どーしよっか。お夕飯は……あー、連絡してなかったからおばあちゃんが作っちゃってるかも」
「そう。なら今日はこの辺りにしておきましょうか。せっかく作ってもらったんだから無碍にしたら悪いわよ」
「だねー。でも、んー……あっ、そうだ!」
そこでふと何かを思いついたように千里が声をあげ、にんまりと何かを企むような笑みを浮かべながら来栖のことを見つめた。
「来栖さんもうちに来ない?」
「え? ……私が?」
思いもしなかった突然の誘いに、来栖は間の抜けた表情で千里のことを見つめた。
「そうそう。どうせおばあちゃんのことだから三人前よりも多めに作ってるだろうし、一人増えたくらいじゃ全然足りるし大丈夫だって」
「いえ、別にご飯の量を気にしたわけじゃ……」
「そう? あ、おばあちゃんたちのことは気にしなくていいよ。連絡なしに誰か連れてっても嫌な顔なんてしないから。むしろ大歓迎されるんじゃない?」
これ以上断っても失礼になるだろうし、そもそも千里は来栖のことを逃すつもりはないのだと理解した来栖は、躊躇いながらも千里からの誘いに承諾することにした。
「……そう。なら、お邪魔させてもら——っ!?」
だが、来栖が頷きながら返事をしようとしたその瞬間、突然何かが爆発したような音が響いた。見れば、音のした方向からは黒煙が上がっている。
「え? え? なに? なんかあったっぽい……?」
「っ!」
突然の爆発音と黒煙に千里は混乱した様子で辺りを見回しつつ、来栖に話しかけるとも独り言とも取れる呟きを口にした。
そんな呟きにハッと気を取り直した来栖は、だが千里の言葉に応えることなく突然走り出した。
それも、逃げるためではなく、爆発音がし、今もなお黒煙が上がり続けている場所に向かって。
「あ、ちょっ!?」
「あなたは帰りなさい!」
突然走り出した来栖のことを止めようと千里が手を伸ばしながら叫んだが、来栖はそんな千里のに振り返ることもなくただ一言だけ残し、その直後、一瞬だけ来栖が足に力を込めたかと思ったら、次の瞬間来栖の姿が消えてしまった。
「え、えぇ……」
先ほどまで目の前にいたはずの来栖が突然姿を消したことで、千里は呆然と声を漏らしながら足を止めてしまった。
冷静になって考えれば、来栖は能力を使ったのだと千里にもわかることだった。
来栖の能力の区分は『特一型』であり、そこだけ見れば千里と同じだ。だが、その能力の内容は全くもって違う。
千里は『眼』であるのに対し、来栖は『脚』。簡単に言ってしまえば移動速度の強化だ。
来栖は、自身の目の前にある空間に目に見ることのできない特殊な『道』を作ることができ、その道をまるで重力や慣性の楔から解き放たれたように進むことができる。
初めて見たものであれば瞬間移動をしたようにさえ見えることだろう。
そんな来栖の能力を、これからの『パートナー』と言うことで千里は天野たちから教えられていた。
だから考えればなぜ姿を消したのかわかることなのだが、突然の状況の連続に、千里はしばしの間混乱する頭で悩むしかできなかった。
「あーもう! そんなこと言われても帰れるわけないじゃん!」
突然の状況の連続で頭を悩ませ、来栖の言葉通り帰るかどうかを考えた千里だったが、来栖がああ言ったと言うことはなにかしらの危険があるということだ。
そんな危険な状況に来栖だけが進み〝パートナー〟であるはずの自分は逃げ帰る——なんてことがあっていいわけがない。
そう判断すると、千里は覚悟を決めて来栖の後を追うべく走り出した。
もう来栖が走り去ってからそれなりの時間が経っている。今から追いかけたところで来栖に追いつくことも、見つけることも難しいだろう。
だが、どこに向かえばいいのかなんてわかっている。たとえ姿を見失ったとしても、誰も千里の『眼』から逃れることはできないのだから。
——◆◇◆◇——
「くっ……!」
『来栖さん。倒す必要はありません。足止めを優先して行動をしてください』
「わかり、ましたっ……!」
千里と離れて一人騒ぎのあった場所へと向かった来栖だったが、その襲撃場所は駅そのもの。
今は夕暮れ時であるため、いくら田舎に近い場所といえど帰宅する人々でそれなりに賑わっている。
いや、賑わって|いた(・・)というべきか。
現在は爆発音が響き、煙が上がっているためか、多くの人が逃げ惑っている。
だが、人々が逃げ惑っているのは、なにも爆発のせいだけではないようだ。
どうやらこの騒動、やはりと言うべきか人為的に起こされたものだったのだ。しかも、その犯人は能力者ときたものだ。
そのことを理解した来栖はすぐさまネクストへと電話をかけ、事態の収拾へとあたることになった。
だが、事態の収拾といっても、来栖は一人だ。いかに特型能力者といえどもできることに限りがある。そのため、来栖にできることは敵を倒す、あるいは攻撃を行なっての撹乱程度なものだった。
とはいえ、来栖もネクスト側も、初めから来栖一人でどうにかできるなんて思ってはいない。そのため、来栖へと出された指示は〝時間稼ぎ〟であった。
「無駄に、数が多いわね……」
後から増援が来ることはわかっているのだから無理をしなくとも良い。だが、多勢に無勢。無理をしなくとも危険な状況であることに変わりはなかった。
それでも多少なりとも敵の邪魔をし、数を減らすことができたのだから流石は対能力者組織の一員だと言えるだろう。
しかし、そのまま順調にことが運ぶというわけには行かなかった。
物陰に隠れて敵の様子を伺いつつ呼吸を整える来栖に対して、その背後から銃を持った敵が接近している。
だが、これまでの疲労や支援がなく自分一人しかいない緊張感、あるいは普段とは違い直前まで〝友人と遊んでいた〟という状況だったからか、気持ちが前のめりになり背後への警戒が疎かになっていた。
前ばかりを気にして背後からの敵の接近に気付かない来栖。そんな来栖の背に銃口が向けられ——
「あああああっ、ぶにゃああああああ!」
「っ!?」
どこか間の抜けた叫びが来栖達の頭上から響き、来栖も、来栖のことを狙っていた敵も、ビクリと肩を跳ねさせて声の発生源である上方へと顔を向けた。
そして——
「ぶぐへっ!」
「ぐおっ!?」
頭上を見上げた男と、落下してきた|者(・)がぶつかり、醜い音を響かせながら両者ともに地面に倒れ伏す。
見れば、いや見なくともわかるだろうが、落ちてきた者は千里だった。来栖を追いかけてやってきたところで、来栖のことを狙っているものに気づきそれを止めようと二階から降りたのだ。
「っ! このっ!」
「がっ——」
突然のことでポカンと呆けた表情を晒していた来栖だったが、倒れていた襲撃者がもぞもぞと動き出したことでハッと気を取り直し、接近。そのまま頭を蹴り抜いて襲撃者の意識を刈り取った。
これで一安心、とはいかない。帰れといったのについてきた馬鹿者を咎めるべく、来栖は険しい顔をしながら千里へと顔を向けた。
「うぐおおおお!?」
「……なんでそんなに悶えてるのよ」
だが、助けに来たはずなのに何故かお腹を抑えて地面を転げ回っている千里を見て、来栖の怒りや不満は見事なまでに霧散した。そしてその代わりというべきか、今度は呆れが来栖の胸の内を満たした。
「お、お腹がぁ……着地の時に、頭がお腹に盛大にストライク……」
どうやら二階から飛び降りて敵を止めようとしたことで、敵の頭が鳩尾に当たったようだ。確かにその衝撃はかなりの痛みを伴うだろう。こうしてのたうち回っても仕方のないことなのかもしれない。
「慣れてないのに飛び降りるから……。大声を出すだけでも良かったのに」
「でも、それだとどうなるかわからなかったし……。万が一にでも撃たれる可能性があるんだったら、ちょっと無茶してでも安全な方がいいでしょ?」
千里の言ったように、ただ声を出しただけでは来栖が無事だったかはわからない。声に反応し、見つかってしまったのなら仕方ない。逃げられる前に撃たなければ、と構えていた銃を発砲していた可能性は十分にあった。
だが、声と共に頭上から人が降ってきたとなれば、どちらにどう対処すればいいのか悩むはずだ。
〝来栖の安全〟を考えるのであれば、千里の取った方法は最善ではなかったかもしれないが、決して間違いでもない。
「安全って……あなたの安全は考慮されてなかったんじゃないかしら?」
千里のとった行動によって来栖は安全になっただろう。だが、そこに千里自身の安全は考慮されていなかった。
もし敵が頭上から落ちてきたものを反射的に撃ち落とそうとしたら? そうなっていたら千里に避ける手段などなく、普通に撃たれておしまいだっただろう。
千里とて、そのことを考えなかったわけではない。自分が飛び降りたとしたら、撃たれてしまうかもしれないな、と。
だが、千里にとって〝そんなこと〟はどうでもいいことだった。
そう判断したからこそ、来栖という友人の危機に迷うことなく飛び降りたのだ。
「え? あー、私の安全かぁ。まあそれよりも来栖さんの方が大事かなって。……てへっ?」
「あなたは……」
自分よりも来栖のことを優先したと躊躇うことなく言ってのけた千里を見て、来栖は眉を顰めながら言葉に詰まった。
「それよりさ、怪我とかない? だいじょぶ?」
「……ええ。ありがとう。助かったわ」
「そっか。なら良かった。思いっきり走ってきた甲斐あったってもんだよね。全力で走ることになるんだったらもうちょっと動きやすい服着とけばよかったかも……」
そうは言ったが、元々の予定ではこのような襲撃など起こるはずではなかったのだ。むしろこの場を予想しろという方が難しいだろう。動きやすい服など着ていなくとも仕方のないことだ。
「それよりも、なんでこんなところに来たの? 帰れって言ったでしょ」
「いやまあ、そうなんだけどさぁ……だって私って来栖さんの『パートナー』でしょ? 一人で行かせるわけないじゃん。それに、友達なんだからさ。友達が危険なところに行くって言うのに放っておけるわけないって」
最後に「ね?」とウインクをしながらかけられた千里の言葉に、来栖は驚きに目を見開いて呆然とするしかなかった。
「さぁて、お嬢さん。よってらっしゃい見てらっしゃい。ここにどんな敵でも、どんなところでも世界の全てをまるっとお見通し! お目当てのものを見逃すことのない『高性能監視カメラ』がありますよ。危険な任務のお供におひとつどうですか?」
そんな来栖の状態を無視して、千里は未だ痛むのかお腹をさすりながら立ち上がり、役者のように芝居がかった動きで話しは出した。
千里の言葉を受け、来栖は諦めたように緩く首を振ると、小さく呆れまじりの笑みを浮かべながら答えた。
「自分で持ち運べない分、足手纏いになりそうね」
「あー……あはは。そこはまあ、多めに見てくれないかなー、って思ったり思わなかったり……」
「でも、その『カメラ』は使わせてもらうわ」
「お買い上げありがとーございまーす。お代は来栖さんがうちにご飯を食べにくることね」
「随分と高い買い物になったかしらね」
「えー。そうかなぁ。でも役に立つのは本当でしょ?」
「役に立たないなんて思ったことはないわ。それに……」
何を言おうとしたのか。来栖はそこで一旦言葉を止めると、千里から視線を外した。
だが、覚悟ができたのか再び千里へと視線を合わせ、意を決したように口を開いた。
「あなたは私のパートナーだもの。頼りにしてるわ」
今までは単なる同行者、あるいは世話係という関係だった。
友達ではあるが、それだって来栖が千里に対して罪悪感を抱いていたから、という理由が根底にはあった。
だがたった今、そんな壁のある関係ではなく、二人はお互いに頼り頼られるという『対等な関係』となったのだ。
「……ほわぁ」
しかし、仲良くなりたいと思ってはいても、こんな状況でパートナーとして認められるとは思っていなかった千里は、来栖からの言葉に呆けたような声を漏らすことしかできなかった。
「なによその反応は」
「いや、だって来栖さんがそんなこと……ううん。なんでもない。それよりも、まっかせて! だーれも見逃すことなくバッチし見つけちゃうから!」
パチンと指を鳴らして格好をつける千里だが、それだけ嬉しかったのだろう。何せ、千里が来栖に頼られたのは今回が初めてなのだから。
しかし、そんなやる気に満ちた眼差しをしている千里に対し、来栖は首を横に振った。
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