第15話

 

「あー、くそっ。馬鹿なことやって無駄に時間使っちまったじゃねえか」

「所長のせいですね。お二人に謝ってください」

「俺のせいなのか? ……って、もうそういうのはいいんだよ。本題に入るぞ」


 そう天野が切り出したことで、つい今しがたまでの緩んでいた空気が一変し、真剣なものへと変わった。


「今日は千里に仕事をしてもらうために呼んだわけだが、覚悟はできてるか?」

「まあ仕事ってことでちゃんとやんなきゃな、とは思ってましたけど……そんな覚悟が必要な何かがあるんですか?」


 最初にも同じようなことを聞かれたが、千里には今更改めて天野が聞いてくる理由がわからなかった。何せ、千里としてはただ〝視る〟だけなのだから。

 その結果何か起こったとしても、千里がやること自体は能力を使ってどこか遠くを〝視る〟というだけ。たったそれだけのことで覚悟はできているかなんて聞かれれば、困惑してしまうのも無理はないだろう。


「ねえとは思うが、一応敵にも特型の能力者がいるかもしれない。そうなったら、お前は狙われることになる。あるいは、お前の仕事の結果如何で仲間が死ぬことになるかもしれないし、敵を殺すことにつながるかもしれない。それは間接的にだがお前が人を殺したと言うこともできるかもしれねえ。だから、人を殺す覚悟はできてんのかって聞いてんだ」


 確かに千里がやること自体は遠くから能力を使って現場を視るだけ。だが、それによって得た情報を使って誰かしらが死ぬかもしれない。

 そんな現実を突きつけながら天野は千里のことを射抜くように見据えた。


 自身の視線に、言葉に、千里はどんな反応をするのか。天野がじっと千里のことを観察していると、だがそこで、ガタリと音を立てながら来栖が立ち上がって声を荒らげた。


「……所長。そんな言い方はないんじゃないですか? 千里さんは私達の都合で付き合わせているだけなのに……。それに、情報を手に入れることができたとしてもそれだけで人が死ぬわけじゃありません。手に入れた情報を利用して実際に動いた人が殺すんです」

「だろうな。だが、そう考えることもできるって話だ。こっちの考えたように相手も考えてくれるとは限らないだろ。やられた方はやられた方で、自分たちがやられることになった原因を恨むはずだ。あいつさえいなければ、あれさえなければ、ってな。——で、どうする?」


 どうしてか普段の様子とは違って来栖は千里を庇うように天野へと逆らったが、天野はそんな来栖の言葉を軽く流し、再び千里のことを見つめる。


「大丈夫です。人を殺すことは……できますから」


 千里とてここまではっきりと話されれば状況を理解できる。

 だが、このじょうきょう、これから起こることについて、千里も軽く考えているわけではない。真剣に考え、その上で|問題ない(・・・・)と判断したのだ。だからこそ、普段通りの真剣な表情で頷いたのだ。


「それに、ここで私が駄々をこねたところで、仕事をしなくてもいい、ってわけじゃないんですよね?」

「……そうかよ。なら何も言うこたあねえ。これが今回の任務の内容だ」


 覚悟をしていたとはいえ、あまりのためらいのなさに普通なら違和感の一つも覚えてもおかしくはないだろう。


 だが、千里には事情があった。こんな人を殺すことに加担するかもしれないことであろうと、|問題なし(・・・・)と判断してしまうような事情……過去が。


 千里を仲間に加える際、調査によってそんな千里の〝事情〟を知っていた天野は、普段通りに見える千里に何かを言うでもなく話を進めることにした。

 ただ、その表情は少しだけ不機嫌そうに眉を顰められたものだった。


 そうして始まった今回の千里の任務に関する作戦会議だが、千里達のいる部屋の一面が発光し、何やら映像を写し始めた。


 壁に映っているのは、今回の任務に関する情報。千里にも視てもらうが、その前に当然ながら自分たちで調べたことをまとめたものだった。


 対象の拠点の住所や航空写真、それから対象の顔など必要なことは全て映し出されているのだが、それは本当に必要最低限だけで、それ以外のほとんどが対象となった者達がこれまで行ってきた悪事の説明やその証拠だった。


 これは、今回千里に視てもらうものが悪事の証拠等ということもあるが、天野なりの気遣いでもあった。相手が悪人だとはっきり分かれば、千里が感じるかもしれない罪悪感を少しでも減らせるかもしれないと考えたから。


「わっ。なんか作戦会議って感じがするな〜」

「これは……なんだ。そんな大袈裟なことを言う必要ないじゃないですか。これなら、千里さんの情報はおまけみたいなものですよね」

「最初っからんなでけえ仕事なんてさせるわけねえだろ」


 そんな壁に映し出された映像を見ながら千里は興味深そうに声を漏らし、来栖は安堵したように息を漏らした。


 今回千里が視て調べるのは、賊の拠点内の光景、家具の配置、隠し通路の有無、隠してある悪事の証拠だが、それらを一つも見つけられなかった、わからなかったとしても問題なく鎮圧できるようになっている。

 これまでこの方法でやってきたのだから、抜かりはあるはずもなかった。今回の敵は大した規模ではなく、このまま攻め込んでも問題なく終えることができるだろう。

 ただ千里の練習としてちょうどいいということで、今回は千里も任務として頼まれただけなのだ。


「そういうわけだ。どうだ、できるか?」

「多分大丈夫です。すぐにやっちゃっていいんですか?」

「ああ。何か必要な動作やものがあるんだったら言えば用意する」

「? 能力って何も道具とかなくても使えるんですよね?」


 今まで何か特別なことをすることなく能力を使ってきた千里は、天野の言葉に首を傾げる。

 実際、今まで二型の能力者の者達と共に訓練してきた千里だったが、何かを必要とした様子はなかった。だから千里は、何もなくとも能力を使えるものだと認識していたし、事実その通りではある。


 だが、自身の能力を引き出し、最大限活用するために必要な事や物がある者もいる。野球やサッカーのPKにおいて、自分の番になったらルーティンを行うことで精神を安定させて実力を発揮できるようにする、といったように。


「まあな。だが、お前みたいな遠隔での能力はちょっと特殊だからな。精神統一とかリラックスするために何か必要だって言われたら、用意するしかねえだろ」

「ほえー……ん? あ、じゃあもし私が甘いものが必要だって言ったらケーキとか用意して——」

「しねえよ。なんだその今思いついたような言葉は。ぜってえ必要ねえだろ」


 そんな人もいるんだー、などと思っていた千里だったが、不意にいいことを思いついたかのように天野へと声をかけ、遮られた。


 確かに千里が能力を使うのに必要なものはなく、ケーキ云々というのもちょうど思いついただけの言葉だ。だから拒否されたのも仕方ないだろうな、と納得することができた。


 だが、期待しなかったわけではないため、千里は天野の言葉に肩を落として残念そうに息を吐き出すのだった。


「ちぇー。……ま、お仕事料金はもらってるんですし、パパッとやっちゃいますね」


 意識を切り替えた千里は、そういうなり目を瞑って能力を使用したのだろう。閉じた眼が瞼の裏からうっすらと光を放った。


「この住所だとあっちの方角だからぁ……見えた」


 先ほど見た住所と航空写真を思い出し、千里は対象の拠点へと『眼』を飛ばす。

 すると、ほんの十数秒程度で千里は対象となる建物を見つけることができた。


「早いな」

「発動自体はすぐにできますからね。ただ、調整するのはもうちょっと時間かかりそうですけど」


 能力を発動し、対象の建物へと『眼』を動かして中を調べていく。建物自体はまあ普通の家といったものだが、その中は普通ではなかった。


「——あった」

「言え。こっちで書き留める」


 天野に言われ、千里は自身が見たものを見たままに伝えていく。

 建物の中にいた人員、装備、金庫の場所にその中身。加えて地下への隠し通路の場所まで、すべてを見通し、天野へと伝えていく千里。


「——ふう……」


 しばらくすると調査を終えたのか、すでにうっすらと光っていた眼は元に戻っており、千里は息を吐きながら目を開いた。


「見たのはこれで全部か?」

「はい」

「……資料と大きく違いはねえな。むしろ追加があるくらいか」


 そうして千里が伝えた中には、天野達すら集めることができなかった情報も混ざっていた。知らなかったところでこの敵を制圧するのに大した影響は出なかっただろう。

 だが、自分たちが時間をかけて調べても知ることができなかったことを、千里はものの数分で知ることができた。それははっきりと言って脅威に他ならない。


 そんな一連の出来事を目の当たりにし、この能力は敵に回したら恐ろしいものだろうと、天野達は改めて千里の能力を思い知ることとなった。


「ったり前じゃないですか。私を誰だと思ってるんです?」


 天野達の内心など知りもしない千里は、初めての任務を失敗しなかったことを喜びつつ、自慢げに胸を張って笑ってみせた。


「今回が初任務の小娘だろ。そんじゃあ今日はお疲れさん。あとはいつも通りにしていいぞ。訓練がんばれな」


 今千里から手に入れた情報を加味し、改めて作戦を考え直さなければならない天野は、しっしっと千里達のことを追い出すように手を振った。


「はー……えっ! い、いつも通りってことはこれから訓練するの?」


 だが、そんな天野の言葉を受けて、千里は間延びした返事をしようとしたところで、はたと気が付き、嫌そうに頬をひくつかせながら問いかけた。

 今日は任務という普段とは違う特別なことをしたのだし、その予定は終わったのだからあとは自由時間、と思っていたのだ。

 それなのにまだ訓練があるとわかれば、そういった反応になるのも仕方ないものだろう。


「当然だろ。仕事っつっても、お前は動くような仕事じゃねえんだから」

「そうなんですけどー……もう一仕事したし、なーんか今日はもう終わりー、って気分になってたのに……」

「ほら、若えんだからまだまだ動けんだろ。ぐちぐち行ってねえでさっさと行け」

「はあーい。若者はとっとと消えますよー」


 口を尖らせながら不満げに言った千里はそのまま部屋を出ていき、その後に続くように来栖も部屋を出るべく歩き出した。

 だが、その際に来栖はチラリと天野へと振り返り、天野もまた来栖のことを見ていたことでお互いに見つめ合うことになった。

 見つめ合うといってもそこに親しげな様子はなく、むしろ険悪な様子さえ感じられる。


 だが、そんな見つめ合っていた時間もほんの数秒のことで、来栖はふいっと顔を逸らすと千里の跡を追って部屋を出ていった。



「ねえ、大丈夫だった?」

「何が?」

「その、初めての任務だったじゃない? だから、色々と考えすぎてることがあったりするんじゃないか、って」

「あー、うん。だいじょぶだいじょぶ。覚悟、なんて大袈裟なことを所長は言ってたけど、私がやったのなんてどこまで行っても覗き見でしかないからね。そんな思い悩むことなんてないって。そ・れ・よ・り・も〜……心配してくれてありがとね」

「べ、別に心配したってわけじゃ……」


「でも本当に大丈夫だから」


 そう話しながら千里達は会議室から離れていき、いつも通りの一日を過ごすのだった。


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