第13話
——◆◇◆◇——
学校が終わり、千里は来栖とともにネクストへとやってきて、その中にある訓練施設の一つで千里と来栖がそれぞれ一メートル程度の棒を持って対峙している。なぜそんなことになっているかと言ったら、当然ながら訓練だ。
千里が今後ネクストの一員としてやっていくにあたり体力をつけることは決まっているが、だからと言って今日明日でつくものではない。なので、まずは〝戦う事〟に慣れるべきだとして、来栖と稽古をすることになったのだ。
戦いの技術としては、無手での体術から学んだ方がいい。自分の体の動かし方がわからなければ、武器を持ったところで完璧に操ることは難しいから。
だが、いきなり殴れと言っても素人には難しく、何か得物を持っている方が攻撃するにあたって精神的な障害は少ない。
そのため、今回は本格的に鍛えるのではなく戦いや攻撃することに慣れるための訓練なのだからと、まずはそこら辺にありそうな大きさの棒を手にして戦うこととなった。
教官ではなく来栖が訓練相手を務めているのも似たような理由から。まだこの環境に慣れていないだろうし、まずは知り合いと始めた方がいいだろうということで、教官から教わるのではなく、来栖が相手をすることとなったのだ。
「あなた、何か武道でもやってたことあるの?」
何度目かの打ち合いを終えて休憩をしていると、床に座り込んで休んでいる千里に向かって来栖が問いかけた。
「んー? ないよー」
「そう。ならバレエとかはどう?」
「それもないけど……どうかしたの?」
「どうか、ってほどでもないけど、随分と慣れてるようだったから」
「そうかな? 私ってば達人みたく見えた?」
来栖の言葉を受けて、千里は少し嬉しそうに笑顔で問いかけたが、そんな問いに来栖は躊躇うことなく首を横に振った。
「達人、というほどではないわね。どちらかというと素人らしい動きだったわ」
「そっかー……」
一瞬の迷いすらない即答に、千里はがっかりしたように肩を落とした。
だが、来栖の話はまだ終わりではなかった。
「でも、素人にしては、なんというか……踏み込み過ぎてる気がするのよ」
「踏み込み過ぎ? そっかなー?」
「訓練用の武器って言っても、相手の攻撃の範囲に踏み込むのは慣れか勇気が必要なの。武器を持っていたとしても、普通の人は攻撃するというよりも相手を遠ざけるために武器を振るうわ。でも、あなたは躊躇うことなく踏み込んでいっている。それに、攻撃自体もギリギリを見極めて避けることができている」
そう。千里は動きそのものは素人くさい。というよりも素人そのものだ。事実、千里は学校の授業以外で武器を持ったことなどないのだから、そう感じるのも当然のことだ。
だが、その立ち回りや攻撃の見極めが妙に的確なのだ。
「えへへ〜。そんなに褒めないでよ〜」
「……でも、その割に攻撃が遅いし弱いし、姿勢だってカッコ悪いものになってた」
「カッコ悪い……うう……」
動きはとろい。踏み込みのタイミングも場所もずれている。そもそも構えからして腰が弾けている。
けれど、不思議と攻撃を避けることができていて、自身の得物で攻撃を防ぐこともできている。
そんなチグハグさが千里にはあった。
「そんな〝慣れ〟と〝不慣れ〟が同居してるような、よくわからない感じなの」
その理由を探るべく、来栖は千里に武芸の経験を聞いたのだ。武器を使った訓練は初めてでも、何か他の武芸を学んでいれば、あるいは体を動かすような習い事をやっていれば、そんな歪な感じでもおかしくはないと思ったから。
「んー。まあ確かに喧嘩とかしたことないし、なんだったら誰かを攻撃するのなんてここにきて初めてだけど……でもほら、私ってば〝眼が良い〟から」
そう言いながら千里は両の目を左右の人差し指で指し示した。
眼が良い。それだけなら何を言っているかわからないだろう。あるいは、言葉通りに受け止めたかもしれない。
だが、能力というものの存在と、千里歩の持っている『千里眼』のことを知っていれば別の意味を見出すことができる。
簡単に言えば、千里は『千里眼』という能力の副作用で『眼』に関する性能が上がっているのだ。
ただ、具体的に何がどう変化しているのかは本人しかわからないので聞くしかなかった。
「その〝眼〟は、何が見えてるの?」
「何がってほどでもないけど、基本的には普通の光景だよ? ふっつーにみんなが見てるような、能力を得る前のとおんなじ景色。でも、ちょっと戦いとか意識して注視すると、少しだけスローモーションっぽく見えるの。あ、あと普通に眼が良くなったかな」
能力の発動とまではいかないが、その手前。集中したことで能力の上澄み部分が表に出ている副作用に過ぎない。
だが、単なる上澄みでしかないが、『特型』という強者ともなれば、そんな上澄み程度のものとはいえそれなりの結果が伴う。
千里の場合は、純粋な視力と動体視力。それらが常人の域を超えて強化されているのだった。
「ちゃんと能力を使った時は、んー……なんていうんだろ? グッて力を入れるとスッと見れるわけじゃなくって、結構めんどくさいんだよね。なんていうか、自分の視界が空を飛んでる感じ? 空を飛んで好きなところに行って、観察する、って感じかな。だから見たいものがあると毎回そこまで移動しなくちゃいけないんだよね。まあ、大体の場所が決まってればその辺から始めることはできるけど、どこにいるかわからない人を見ろ、って言われても無理なんだよね」
千里の『千里眼』は、自身を起点として一瞬で発動するものではない。自身の『眼』を操り、その眼が見た光景を共有するというものだ。そのため、対象までの距離が遠ければ遠いほど〝視る〟のに時間がかかる。
もっとも、そちらの方が汎用性は高いので、一概にどちらがいいとは言えないが。
「あ、ちなみに今の私の眼には、黒い綺麗な髪をしてるとっても可愛い女の子が映ってるよ!」
千里がおどけた様子でそう来栖に笑いかけるが……
「そういうのはいらないわ」
「あ、はい……」
そっけない態度で返されたことで、しょぼーんという音が聞こえてきそうなほど沈んでしまった。
そんな千里の姿を見て、流石にそっけなさすぎたかと来栖は後悔した。
来栖自身、千里に思うところがあるわけではない。いや、あるにはあるが、それは千里に非があるのではなく来栖自身に非があると思っている。自分のせいで千里はこんな裏社会に関わるようになってしまった、と。
そんな罪悪感があるため、来栖は千里にどう接していいのか決めかねていたのだ。だからこそ、千里からの言葉にもついそっけない態度を見せてしまう。
しかし、そんな態度は直さなくてはならないと思い直し、キョドキョドと周囲に視線を巡らせたあと、ごくりと喉を鳴らしてからゆっくりと千里へ視線を戻して徐に口を開いた。
「……わ、私の目には、訓練を頑張った可愛い女の子が見えてるわ」
直後、千里と来栖の間に沈黙が訪れた。
そのあまりの静かさに耐えきれず、うっと来栖がうめくように声を漏らすと、その声に反応して千里が体をぴくりと動かした。
そしてその目を徐々に大きく見開かせていき……
「ほあ? ……ほあああ!?」
目を丸くして大声を出して叫んだ。
「何よその奇声は」
「だって……だって! 今なんて言った? ねえ、今なんて言ったの?」
千里としては、まさか来栖がこんな返しをしてくるとは思ってもいなかった。にもかかわらず自分と同じようにふざけてくれるだなんて、なんだか仲良くなれたような気がして純粋に嬉しく、だからこそもう一度聞いて一緒にふざけたかったのだ。
だが、そんな千里の言葉を聞き、元々恥ずかしいと思っていた先ほどの自分の言葉が余計に恥ずかしく感じられ、来栖は千里から体ごと顔を背けた。
「……何も言ってないわ」
「ええ〜。そんなことないでしょー? 私のこと可愛いって言ってくれたよね! ね!」
「聞こえてたならそれでいいじゃない」
「えへふふふふっ」
求めたところで来栖は再び同じセリフを口にはしてくれなかったが、それでも先ほど千里が言ったようにふざけていたのは事実であり、そんな事実が千里には嬉しかった。
(色々あったけど、来栖さんも悪い人じゃないし仲良くしていきたいな)
そんなことを考えていた千里の顔には、自然と笑みが溢れるのだった。
——◆◇◆◇——
千里がネクストの一員になってからおよそ一ヶ月後。今日も今日とて千里は訓練をしていたが、最初の頃こそ来栖がそばにいたが今ではそうではない。それぞれ別行動をし、千里は現在訓練室にて正規の教官である久坂から指導を受けているところだった。
「千里もなかなか様になってきたな」
「そうですか? じゃあ今なら刀とか使わせてもらったりできるんですか?」
千里以外のネクストのメンバー達は、皆何かしらの武器を持っている。基本は銃だが、中にはナイフや折りたたみ式の槍、日本刀や手斧なんかを持っている者もいる。
銃刀法的な問題はあるのだが、そこは非公式ではあるが政府に繋がりのある組織なだけあって問題にはならない。なんだったら正式に免許をくれたりもする。
そんなふうに他の者達が武器を手にしてかっこよく動き回っているのを目にすれば、同じ組織の一員である千里としては自分もあのように、と思うのも無理ないことだった。
だが、そんな千里の思いに対し、久坂は首を横に振って否定した。
「いや、そういうわけじゃない。まだまだ刃物を持たせるには危なっかしいな。というか、なんで刀なんだ? 普通は銃とかそういうものを選ぶだろ」
「んー、効率とか考えるとそうなんだろうなとは思うんですけど、でもロマンがないじゃないですか。やっぱりかっこよさは大事かなって」
不思議そうにしている久坂に、千里は楽しげに笑みを浮かべながら話す。だが……
「それに、戦うにしても得意な武器で戦うべきだと思うんですよね」
笑ってはいる。だが、一瞬だけその笑みが面を貼りつけたかのように無機質なものになったように感じられ、久坂は眉を顰めた。
しかし、いくら千里のことを見ても既にそんな無機質さは消え失せており、久坂は気のせいだったかと見切りをつけて話を続けることにした。
「得意武器って、お前そんなのないだろ? それともどっかで剣でも振ってたのか?」
「舐めないでください。こう見えて刃物の扱いは慣れたものです。鎌と鋸と包丁の扱いは完璧です。お手玉したこともあるんですよ!」
久坂からの疑問に、千里は胸を張って自信に満ちた表情を浮かべて答えたが、その答えはどう考えても〝武器の扱い〟に慣れている者の言葉ではなかった。
「それは武器じゃないだろ。いや、それよりも危ないからやるんじゃない」
ポカンと一瞬呆れたような顔をした久坂だったが、すぐに顔を厳しくして千里へと苦言を口にする。
千里からしてみればお小言ととることもできるが、今の千里の話を聞けば誰だって同じ反応をするまっとうな大人の反応だ。
「まあ軍手してましたし、怪我しなかったからだいじょーぶです! あっ、他にはチェーンソーも得意ですよ。一回キックバックで頭破りかけましたけど」
「得意じゃねえじゃねえか!」
チェーンソーは、気をつけて使わなければ使い手を切ってしまうこともある危険な道具だ。免許がなくとも使えるし、田舎の住民であれば一般家庭でも持っている者はいる。
千里も、千里自身は持っていなかったが祖父母の家に垣根の剪定用に存在しており、千里はそれを使ったことがあった。
だが、初心者であったために失敗をし、その時はヘルメットを被っていたからいいが被っていなければ死んでいたような状態になったことがあった。
そんな話を聞き、久坂は言葉を乱して叫んだが、それは当然の反応だろう。
すでに終わったことではあるし、その時のことを教訓として今では気をつけて使っているが、、千里自身危なかったことは理解しているため反論することなく苦笑するしかなかった。
「でも、やっぱり一番の武器は包丁かなぁ。あれが一番経験があるし、慣れてるから」
そう。千里にとって〝一番の武器〟は包丁だった。刀を使ってカッコよく戦いたい。銃を使えば自分でも役に立つことができる。それを理解していながらも、武器として考えたときに一番最初に出てくるのは、やはり包丁なのだ。
だが、そんな千里の言葉の真意を理解することができない久坂は、呆れたように息を吐いた。
「だからそれは武器じゃないだろ。……まあ、刀とは言わないがナイフと棒の扱いくらいは覚えてもらうだろうな」
どちらも隠し持つことができる武器であり、何もなくとも調達することが容易い武器でもある。
千里自身が前線に出ることは今のところ想定されていないが、万が一襲われた時のために持っておいた方がいいだろうということで、教える予定だった。
「ナイフかぁ……あれもあれでカッコいいです——って、棒?」
槍はイメージできても棒で戦うのはイメージしづらいのか、千里は首を傾げている。
確かに槍や刀と違って刃がないために武器として想像しづらいだろうが、だが棒は立派な武器であり、棒術というようにきちんとした流派も存在している。
「ナイフなんていつでも持ってるわけじゃないからな。例えば水着にならないといけない場所なんかだとナイフとか持ってけないだろ。だから、そういった手元に武器がない場合は現地で調達しないといけないわけだが、棒ならその辺に落ちてることが多いからな」
「棒……そこらへんに落ちてるものでしたっけ?」
「落ちてるというか、まああるだろ。パラソルとか、屋内ならスタンドとか。路地なら角材や鉄パイプなんかでもいいし、モップの柄の部分でもいい。なんかしらはあるもんだ」
「鉄パイプ! あれもロマンですよね! カッコ良さそう!」
「お前の中の〝かっこいい〟ってどうなってるんだ……」
「野球のバットもありですね!」
千里のイメージはその全てが漫画やアニメからのものだ。実際に人が武器を手にして戦っているところを見たことなんてないのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、これまで〝裏〟で仕事をしてきて現実を知っている久坂としては単なる一般的な武器の一つでしかない。そのため、とてもではないが〝かっこいい〟などと思うことはできず、千里の言葉に呆れた顔を見せたのも当然のことだろう。
「そうか。まあなんにしても、護身用としてそのうちなんかしらの訓練は始まると思うぞ。多分その時も俺が教えることになると思うけどな」
「明日からですか?」
「そんなすぐじゃないはずだ。今はとにかく体を作るところからだな。せめて鬼ごっこで能力もハンデもなしで勝負になるようになってからだと思うぞ」
今の千里は鍛えているとはいえ、まだ鍛え始めたばかりだ。そんな千里が他の訓練員たちと対等に戦い続けるなんてことができるはずはなく、他の者達と共に訓練をするときは千里だけ何かしらのハンデがつけられていた。
しかし、そんな状態であっても千里眼の能力を使用することを禁じられている千里では、まともな勝負にもなっていない。
能力の副作用とはいえ眼がよく、今の時点でも短時間なら避けることもできているのだから、あとはその行動を続けることができるだけの体力を身につければいい。そうすれば、きっと千里も他のものたちと同じように戦うことができるようになるだろう。
もっとも、その体力を身につけるということが難しいのだが、こればかりは訓練を続けるしかない。戦うにしても逃げるにしても、全ては体力があってことなのだから、おろそかにすることはできないのだ。
「ええーーー! そんなのいつになるかわかったもんじゃないでしょ! 私、自慢じゃないですけどみんなに勝てる光景がさっぱり見えませんよ! 千里眼なのに!」
「千里眼関係ないだろ」
ぱっちりと目を開いてみせた千里に、久坂はそっけなく返すが、そんな久坂に千里は胸を張って自慢げに口を開いた。
「と思うでしょう? 実はこの眼、単純に視力が良くなる効果の他にもごく稀に未来のことが見えるように——」
「見えるのか!?」
千里が言葉を最後まで言い切る前に久坂は千里の方を掴んで問い詰める。その顔は今まで久坂が見せたことがない類のもので、目は見開かれ、真剣を通り越してどこか危ない感じさえ感じさせる。
だが、それも当然のことだろう。何せ未来が視えるようになるというのだから。未来を視ることができる能力の有用性は、語るまでもないだろう。どの程度の精度で視えるかにもよるが、どんな作戦でも失敗することなく、どんな危機的状況でも潜り抜けることができ、そもそも機器的状況に陥りすらしない。
そんなふうに、組織であろうと個人であろうと、誰もが欲しいと求めるであろう能力。そんなものを持っている、あるいは持てる可能性があるとなったら、普段通りでいることなどできるはずがない。
だがしかし……
「ならないですけど、見えたら嬉しいですよねー」
そんな都合のいい話があるわけもなく、ただ単純に千里が冗談を口にしただけだった。
ただそれだけのことではある。普通の女子高生が話していたら笑い話として流されて行くだけの、ただの冗談。
だが、ここにいる久坂は『能力』という常識の埒外の力を知っているため、千里の冗談も事実であると信じてしまった。
馬鹿げた発言を信じた久坂が悪いとも、こんな場所で冗談を言った千里が悪いとも言えないが、いずれにしても一瞬とはいえ『未来視』なんてものを信じてしまった久坂は、頬をひくつかせて千里を睨んだ。
「……お前、馬鹿にしてんのか?」
「そんなわけないじゃないですか! 実際未来見えたら嬉しいですよね?」
「まあ、そりゃあな」
「ですよね。じゃあ私の言葉は間違ってないじゃないですか! 久坂さんが最後まで私の話を聞かないで早とちりしただけじゃないですか」
「そう、だな? 悪い。……んん?」
先ほどの千里の言葉を考えると、さも自分が『未来視』を使うことができますと言っているようなセリフだったため、久坂が誤解したのも無理はないことだった。
それを自分の非ではなく久坂が悪いのだと言い切るあたり、千里はなかなかに強かなようだ。
そして、そんな簡単に騙されてしまう久坂は意外と抜けているところがあるようだ。
そんなふうに役に立つのかたたないのかわからない話をしながら、千里はネクストで鍛える日々を送るのだった。
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