第11話
「言うより見せた方が早いか。来栖」
千里の間抜けづらに、ふっと笑いをこぼしてから久坂は来栖へと顔を向けてその名前を呼んだ。
「はい」
呼ばれた来栖は一つ頷くと、千里達のそばから離れて訓練場の中心へと向かっていった。
「あれ?」
「どうした?」
「あ、えっと、久坂さんと戦うんだと思ってたんで。秘密結社の訓練って感じで」
言うより見せた方が早い、と言った久坂に呼ばれた来栖を見て、久坂と来栖の組み手が始まるのかな、なんて思っていた千里だった。
だがそんな千里の考えは外れてしまい、えへへと苦笑している。
「秘密結社? くくっ、まあ、違いないな。だが、拳で語るって言っても毎回じゃない。全員に対してそんなことやってたら、体が一つじゃ足りないからな。それに、どんな組織だろうと、体を使うんだったら基礎から作らないとだ。基礎を作ってから戦う方法を学ぶもので、お前だっていきなり俺と戦え、なんて言われても困るだろ?」
「まあ、はい。それはそうですね」
「今回お前に見せるのは、これからお前がやっていくであろう普段の訓練の光景だ。と言っても、さっきから見ていただろうけどな」
そう言うと、久坂は千里と話していたところから数歩ほど前に出て、叫んだ。
「よーし、お前ら手を止めろ! 今から新たに鬼ごっこを始めるぞ!」
「鬼ごっこ……?」
突然の大声にビリリと体を震わせられた千里は、その大声に驚きながらも言葉の内容に首を傾げた。
だがそんな千里の反応を無視して、久坂は話を進めていく。
久坂の声を聞いた者……訓練場で動き回っていた者たちはその動きを止め、全員来栖の向かった訓練場の中心あたりへと集まった。
「ルールはいつも通り。道具以外は能力の使用もなんでもありだ。鬼に触られた数が一番少ないやつはポイントを加算してやるが、それ以外にも活躍に応じて加算だ。まあ本当にいつも通りだな」
いつも通りのことなので今更説明する必要はないが、今回は千里という〝お客様〟がいるため、久坂は少しでもわかりやすくするためにあえて説明することにしたのだ。
「それじゃあ、最初の鬼は来栖な。三・二・一……始め!」
そんな久坂の合図と共に始まったのは、まさしく鬼ごっこだった。
だが、子供達がやるような鬼ごっことは格が違う。
「うわぁ……」
追いかける鬼が壁を走ったり、逆に逃げる側が鬼の腕を掴んで倒したり。もはやこれを鬼ごっことはいえないだろうが、それでも今千里の目の前ではそんな光景が繰り広げられていた。
やっていることは確かに鬼ごっこだが、この鬼ごっこのルールは『攻撃を受ける』ことタッチされたこととなり、鬼が変わる。
そのため、鬼に触れたとしても、それが鬼側からの攻撃ではなければ負けたことにはならない。
だからこそと言うべきか、この鬼ごっこは逃げる側も鬼に対して攻撃を仕掛けてくる。
そして、タッチして鬼が変わったら何秒待たないといけない、なんてルールもないため、タッチした者もされた者も一瞬で頭を切り替えて行動し、近距離での殴り合いが始まる。
そんな普通ではない光景を見ながら、千里は慄きながら久坂へと顔を向けて問いかけた。
「あの、私もあんなことをやるんでしょうか?」
「ん? ああ、そうだな。まあ今すぐにってわけじゃないだろうが、そのうちにはな」
いずれやることになる。だが今すぐにではない。
そう聞いた千里はほっとした様子を見せるが、改めて訓練場の光景を見るといずれはこの中に参加しなくてはいけないのかと不安が押し寄せてくる。
「今は個人でやらせてるが、そのうちチーム対抗とかもやることになるけどな。そうなると難易度が段違いだぞ。味方との意思疎通を敵にバレないようにやらないといけなくなるし、味方のフォローにも入らないといけなくなる。まあ、それは慣れてからになるな」
チーム戦での鬼ごっことは、それは鬼ごっこではなく別の遊びでは? などと思った千里だったが、実戦の訓練として考えればその内容は決して間違いではないのだろうなと、なんとなくだが理解できていた。
来栖達は敵を追って追われて、隠れて攻撃して、というようなことを訓練としてではなく、実際に命のかかった実戦として行うのだから。
だからこの訓練は自分がやることになったら頑張らないと、と千里は気合を入れて目の前の鬼ごっこを観察するのだった。
「——よーし、そこまで! 一位は来栖か。よくやったな」
「当然です、と言いたいところですけど、ギリギリでした」
そうは言っているが、来栖はどう見ても他の参加者達よりも余裕があるように見えるが、それは来栖の能力が関係している。
来栖は千里と同じ『特一型』……つまりは自身以外を対象とした能力だが、それでも『特型』だ。肉体強化系の能力ではないが、能力の副次効果によって全身の身体能力が上がっている。
そのため、他の肉体強化系の能力者達とも渡り合うことができたのだ。
それに加えて、来栖の本来の能力もある。能力の乱用はできないが、その二つが揃えばまず負けることはない。
もっとも、万能というわけでもないので何度かは鬼になることもあったが。
「そうか。まあ下がってろ。——次やるぞ!」
久坂からの宣言を受けて、その場で息を整えていた者達は嫌そうな顔をしながらも各々返事をし、再び鬼ごっこの準備をし始めた。
「さて、千里。次はお前も参加しとけな」
みんな大変なんだなー、なんて思いながらその光景を見ていた千里に、突然久坂から思いもしない言葉がかけられ、千里はわずかに間を置いてから驚きに目を見開いて反応した。
「……え!? 私はまだなんじゃないんですか!?」
「正式に参加するのはな。だが、どんなものか体験のために最初に一回やっておくくらいはいいだろ」
「で、でも、あれについていける感じはしないですよ!?」
「負けたところでなにも文句は言わない。ほら、何事も経験だ、経験」
久坂に両肩を掴まれ、強引に他の訓練員たちの中へと放り込まれる千里。
「えっと……あの、よろしくお願いします?」
自身に集まる視線に内心でビビりながらも、何か言わなくちゃな、と考えてとりあえず挨拶することにした千里。
「おー、新人さん? よろしくー」
「見たことないけど、今日入ったの?」
「どんな能力持ってるの? あ、私は二型ね。まあここにいるやつの大半がそうだけど」
だが、そんな千里の思いとは裏腹に、その場にいた者達は皆千里のことを歓迎すべく笑顔で話しかけてきた。
「あ、えっと、さっきここに来たばかりです。能力は……確か特一型? です」
みんないい人そうだし、これならなんとかやっていけるかな。と安堵した千里は、とりあえず聞かれたことに答えようと、自身が知っている限りの情報を皆に伝えた。
「「「っ!」」」
するとその直後、千里の言葉を聞いた全員が表情を固まらせ、少ししてから笑みを消して千里のことを観察するような視線を向けた。
そんな突然の雰囲気の変化に驚き、怯んだ千里は、思わず一歩下がってしまうが、それでも千里に向かう視線は変わらない。
「特一型ってマジかよ」「羨ましいな」「まだどんな能力かわかってないじゃん」「でも、弱いわけではないだろ」「戦いに使えるかはわからないけど、最低でも無能ではないよね」
千里のことを視界に収めながら羨み、ぼやく者、近くの者と話す者など反応は様々だが、皆一様として千里のことを『ただの新人』とは見ていないようだった。
だが先ほどまでよりもどこか距離を感じる雰囲気の中、一人の女性……いや、少女が軽い足取りで集団の中から躍り出た。
そして……
「おっすおっす! あたしは今井由衣ってのよ。よろしくねー!」
「あ、はい。よろしくお願いします。私は千里歩です」
にぱっと底抜けに明るい笑みを浮かべながら挨拶をしてきた由衣に対し、観察するような視線が薄れたことで緊張が緩んだ千里は丁寧に頭を下げて挨拶をした。
だが、そんな千里の反応が気に入らなかったのか、由衣は千里の正面から隣に移動し、千里の肩に手を置いてから話し始めた。
「かったーい。千ちゃんそんなお堅い正確じゃないっしょ? もちょっとゆるーい感じでいいってば。ほら、みんなにももっとちゃんと挨拶しないと。よろろーん」
子供向け番組のお兄さんお姉さんがやるように、由衣は体を僅かに横に傾けながら両手を顔の横で開いて可愛らしく笑顔を浮かべた。
元々それなりに可愛らしい顔立ちをしている由衣がそうやると随分と様になるのだが、突然の奇行に千里は目を丸くし唖然とするしかない。
「ほらほら、千ちゃんも一緒に。よろろーん」
「よろろーん……?」
唖然としていた千里を急かし、再びポーズをとって挨拶をした由衣に釣られるように、千里も結衣の隣でゆいと同じようなポーズをとって挨拶……のようなものをすることとなった。
そんなちょっと頭のおかしな行動に振り回されている千里を見て、他の訓練員達はそれぞれ顔を見合わせてから苦笑しつつ息を吐き出した。
「……由衣。あんまし無茶振りしてんなよ。千里が困ってるだろ」
観察するような視線から、少し憐れむような視線を千里に向けながら、一人の青年が前に出てきて由衣へと話しかけた。
「そんなことないって。こういうのは最初が肝心っていうか、こうやって無理矢理にでもライオンの檻の中に放り込んじゃった方が仲良くなれるんだから」
「ライオンの檻だってわかってんなら放り込むなよ。新人を入れるんだったらせめてウサギ小屋からにしてやれって」
「わかってないなー、ピカりんは。ウサギだって上下関係あるし、ストレスを感じやすいか大変なんだよ? でもライオンは慣れてると意外と襲いかかってこないし、ストレスだってそんなじゃないんだから。ストレスですぐに死んじゃううさぎ小屋よりも、あたしみたいな頼りになるめちゃかわお姉さまがいるライオンの檻の方がよくない?」
「知らなかった動物知識どうもありがとよ。でも、お前はどう考えても〝頼りになるお姉さま〟じゃねえわ」
「えっ、嘘っ! あたし頼りになるでしょ!?」
ピカりんと呼ばれた青年と話していた由衣だが、その会話の中で言われた言葉が衝撃的だったのか驚いたように目を見開き、近くにいた他の訓練員達へと問いかけた。
「うーん。戦闘方面では頼りになるけど、ここでの生活とか、新人の先輩としてはどうかっていうと……ねえ?」
「むしろ、基本的な生活に関しては、一週間もすれば千里の方が頼りになるんじゃないか?」
返ってきた答えを聞き、由衣はショックを受けたようにふらつき、近くにいた千里へと寄りかかって悲しむような表情を浮かべた。
「そ、そんなっ……! みんなひどいっ!」
「めんどくさいからってブラもつけねえでタンクトップでうろついてその辺で寝てるやつを見て、頼りになると思うと思ってんのか?」
それは確かに頼りにならないと言われても仕方ないだらしなさだろう。個室や自宅でならまあ構わないのだろうが、皆が共に生活している共有スペースでそのような格好や振る舞いというのは、どう考えても頼りになる者の行いではないのだから。
「えー、みんなあたしのおっぱい見てた感じー? やだー、エッチー」
「目が行くのは男の本能だから仕方ねえだろ。嫌ならまともな格好しとけよ。揉むぞおら」
そう言ってピカりん——|日月(たちもり)|光(ひかる)が一歩前に踏み出すと、千里に寄りかかっていたはずの由衣は千里を盾にしてその後ろに隠れるように移動し、久坂へと顔を向けた。
「きゃあーー! せんせーい。ピカりんが女の子のおっぱいを揉もうとしてます! よっきゅーふまんみたいなんで、先生のおっぱいを揉ませてあげてください!」
「誰が欲求不満だ! くそ変態女!」
「え……。でもピカりん彼女いないでしょ? 不満じゃないの?」
「それは……くっ! 久坂さん!」
このまま口で言い合っていても埒が開かない。それどころか余計に面倒なことになると判断し、光は久坂へと応援を求めた。
だが……
「揉むか?」
「揉まねえよ、くそ教官!」
真面目な顔をしながら自身の胸に手を当てて冗談に乗った久坂の言葉を聞き、自分の味方はいないと理解した光は、教官相手であろうと丁寧な言葉を使うのをやめてヤケクソ気味に叫んだ。
叫んだ光をさらに揶揄うように由衣が口を開き、それに乗って他の者達も光を揶揄っていく。
そうなれば、先ほどまで『特級』を羨み、警戒していた空気は綺麗に消え去ってしまっていた。
「へわわわわ……」
だが、緊張感のある空気がなくなったのは良かったことだが、こんな身内ノリと言えるような空気の中に放り込まれ、取り残された新人は困惑するしかない。
「普段はこんなに騒がしくないんだけれど……ごめんなさい。あなたの緊張をほぐそうとしてるんだと思うわ」
「あ、来栖さん。えっと、ううん。大丈夫だよ。ちょっと驚いたけど、気持ちは伝わってるから」
「そう。……ああ、でも由衣がおかしいのは素でやってるから、あまりまともに対応しない方がいいわ」
「ええ……。あれが素なんだ……」
来栖の言葉を受けて千里は再び由衣へと視線を戻したが、そこにはとても楽しそうに笑っている由衣の姿があるだけだった。
「なんか楽しそうな人だよね!」
「……あなたも変わってるわね」
千里の返答に、来栖はわずかに目元をひくつかせたが、それもある意味当然と言えば当然だろう。
確かに、遠目で見ている限りでは由衣は面白いかもしれない。場の空気を和らげることができる素晴らしい女性だとも思うかもしれない。
だが、先ほどの由衣の振る舞いを見て、体験して、今後あんな振る舞いをする者と付き合っていかないと理解すれば、多少なりとも抵抗感があるものだ。
そんな抵抗感を全く感じさせず、心から〝楽しそうだ〟と言ってのけた千里もまた変わっているのだと来栖は千里への認識を改めた。
などと千里の紹介が終わったところで、久坂がパンッと手を一つ叩く。するとその瞬間にそれまで話していた声が止み、心なしか空気が引き締まったように感じられた。
「さて。挨拶はいいが、そろそろ鬼ごっこ始めるぞ! 仲良くするにしても、一回体験してからの方が何かといいだろ。千里としても、お前らとしても」
「?」
何やら含みのある言い方だが、千里にはそれが理解できない。だが、千里以外の者は理解したようで頷いている。先ほどまで騒いでいた由衣も光も、それ以上何も言うことなくすんなり千里から離れた。
「あー、それじゃあ始めるが、お前ら、千里ばっかり狙うなよー。最初は日月が鬼な。三・二・一……始め」
そうして訓練場のあちこちに散らばって始まった訓練という名の鬼ごっこだが、何をしていいのかわからない千里は、とりあえず近くにあった障害物の陰に隠れることにした。
だが、そんな作戦が通じるのはほんのわずかな時間だけで、能力による身体強化であちこちを人が走り回り目まぐるしく状況が変わる中、ついに千里も鬼に捕捉されることとなった。
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