第10話

 ——◆◇◆◇——


 天野を残し部屋を出た千里と来栖だったが、次はどこにいくんだろうと千里が思っていると、前を進んでいた来栖が突然くるりと身を翻して千里へと振り向いた。


「できることなら、今まで通りの生活を送らせてあげたかったんだけど……ごめんなさい」


 頭こそ下げなかったが、そう言った来栖の顔は本気で罪悪感を覚えているようだった。


「え、あ、う、ううん。私も、なんていうかこう、仕方ないかなって感じはするし、むしろありがとう。なんかえらい感じの人に逆らってまで守ろうとしてくれて。大丈夫だよ。私、頑張るから」


 まさか拐った側の人間であり、なんだったら拐った張本人である来栖がそのような表情をするだなんて思っていなかった千里は、わたわたと両手を動かし、視線をあちこちに移しながら言葉を口にしていく。


 だが、突然のことで慌てて口から出た言葉ではあったが、その言葉に嘘はない。千里は本当に来栖に感謝をしていた。


「……そう。ならついてきて。この場所を案内するから」


 まさか「ありがとう」なんて言われると思っていなかった来栖は驚きに眼を見張り、だがすぐに冷たい表情へと戻ると千里を案内すべく再び身を翻して歩き出した。


 先を進む来栖と、後からついていく千里。二人の間に特にこれといった会話がないまましばらく歩くとようやく目的地へと辿り着いた。


「——ここが訓練場よ。訓練場といっても、いくつかあるうちの一つで、武器の使用は禁止だから体術だけになるわ。武道場と言ったほうが正しいかもしれないわね」

「おわぁ〜……なんか、めちゃくちゃ広いね〜」

「そうね。でも、土地の広さを考えれば妥当なところでしょう」


 そう言いながら二人が見ているのは、白い壁に囲まれた広い空間。広さのほどは一辺が百メートルの正方形。それほどの広大な空間を始めてみる千里は、まずその空間に驚き、次にその空間の中で動き回っている人々に意識を向けた。


(あれって何してるんだろう? 見た感じだと……鬼ごっこ? いやでもここって訓練施設なんだよね? じゃあそんな遊んでるわけないっか。——って、うおわっ! なんかすっごいジャンプしてる!?)


 訓練施設のなかで動き回っている者達を見ていると、中には人間離れをした動きをする者がいた。それも、一人ではなく複数。なんだったら全員が何かしら普通とは違う動きをしていると言ってもいいかもしれない。


 事実、まさしくその通りだった。この場所は来栖達の組織の中でも『能力』を持った者だけが集まる訓練場であり、皆何かしら特別なものを持っているのだ。

 跳躍力がすごい。力が強い。思考速度が速い。柔軟性が人間離れしている。

 その程度はここではなんらおかしいことではなく、単なるいつもの日常であった。


「あー……ちっといいか?」


 などと千里が感心しながら訓練場の光景を眺めていると、いつの間にか接近していたようで何者かが千里達に声をかけた。


「っ!?」


 突然声をかけられたことで千里はビクリと体を跳ねさせて振り返る。そうして見た先には一人の男性が立っており、片手を上げながら千里達の方へと近づいてきていた。


「久坂さん。どうしたんですか?」

「天野に言われたんだよ。新人がここに来るだろうからよろしくってな」


 来栖と話している男性は〝久坂〟という名のようだ。背は高く、百九十といったところ。

 短く切られた髪に、顔自体は優しげで男前なのだが、顔に一本の傷が入っていることでその優しさを台無しにして強面な雰囲気を出してしまっている。


「それで……お前が新人か?」

「えっと、はい。多分そうです」


 そんな久坂に観察されるような視線を向けられた千里だったが、すでに先ほど天野に同じような視線を向けられたばかりだからか、先ほどよりは動揺も怯みも見せることなく頷きを返した。


「彼女は特一型の千里さんです」

「ほおぉ。特型か。珍しいな。……ああ、だからお前が?」

「はい。今後はペアとして活動させると」

「特型っつっても、一型だと純粋な格闘戦は分野じゃねえだろうが、まあだからこそか」


 久坂は来栖の言葉に顎に手を当てながら納得したように頷いているが、ここにきたばかりで何も知らない千里は全く話についていけない。


「あのー……」


 話についていけないことは仕方ないことなのだが、それでもわからないまま話が進んでいくことに不満を感じた千里は、恐る恐るではあったが手を挙げて二人の話に割り込んでいった。


「あ?」

「そ、その……特型とか一型とかって、なんでしょうか?」


 今までも〝特型〟や〝一型〟といった単語は出ていたし、それが能力を使える者に対する言葉だろうとも予想はできている。

 だが、実際のところはどうなのかわからない。そんなことはないだろうが、なんだかこのまま説明もなく話が進んでしまいそうな気がしたので、思い切って聞いてみることにしたのだ。


「あ? あー……説明は?」


 ここにいる者達にとっては当たり前とも言えることを聞いてきた千里に対し、久坂は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに千里がここにきたばかりだと言うことを思い出して来栖へと問いかけた。


「まだ何も。半ば強引に拐ってきたようなものなので」

「半ばっていうか、誘拐そのものだったような……」


 来栖の言葉に対して千里は小さく呟いた。

 知人という立場を利用して特定の場所まで誘き出し、仲間を使って車に詰め込んで強引に連れてくる。確かにこの状況は誘拐そのものだと言っても差し支えないだろう。


 だがそんな千里の呟きは見事なまでに無視された。

 来栖も久坂も、ここで千里の言葉を拾ってもいいことなんてないと理解しているのだ。


「そうか。まあ後で研修的な何かがあるだろうが、軽く説明をするくらいはいいだろ。知らないままよりも知った方が自分の立ち位置ってもんがわかりやすいだろうしな」


 まあこっちにこい、と言ってから歩き出した久坂の先導に従い、来栖と千里は訓練所の中を歩いていき、その壁際に設置されていたベンチへと腰を下ろした。


「さて、それじゃあさっきの話だが……特型。正式には『特一型』。それがお前の身分というか、まあ立ち位置的なものになる。これは能力の区分けだな。能力はいくつかに分類わけされるが、その一つで、もっとも厄介、あるいは重要な能力の名称。それが特一型だ」


 ほえー、と口を半開きにしながら久坂の話を聞いている千里。だが、その様子は明らかに理解できていないものだ。


「簡単に言うと、超能力だ」


 そんな千里に苦笑しながら久坂がそう言い直すと、今度はなんとなくは理解できたのか、千里も小さく超能力と呟きながら頷いている。


「そもそも能力っていうのは、特殊な能力とは言ってるものの、多少肉体を強化したり感覚を鋭くしたりっていう程度のものだ。自分の強化。それを『二型能力』って言うんだが、こいつが能力者の中で一番多いな」


 五感を強化する。肉体を頑丈にする。力を強くする。そういった〝自身の肉体〟に作用するものを『二型能力』と呼ぶ。


「それに対して『一型能力』っていうものがあるが、こっちは自分以外に作用する能力だな。と言ってもまあ、こっちも大したことはない。数メートル先に自分の思念を送るとか、触れ続けていると怪我の治りが早くなるとか、あとはそばにいると気持ちが鎮まっていくとか、まあそんな特殊ではあるが微々たる能力だな」


 こちらは〝特殊な力〟という言葉で連想するような能力に近いかもしれないがその効力は大したものではない。

 今しがた久坂のあげた例である『怪我の治りが早くなる』能力の場合、一ヶ月かかる怪我を二週間で治すことができるようになるが、その程度だ。怪我をして能力を使ったからといって、お話のように一瞬で怪我を感知させることはできない。

 それに加え、触れ続けていなければならないとなれば、四六時中一緒にいるわけにはいかないのだからどうしたって回復速度は落ちる。


 結果的に、治癒の能力は一週間分回復を早くする程度のものになる。それでも十分にすごいと言えばすごいのだが、『超能力』かと言われるとそれほどのものではないと言えるだろう。


 治療以外の他の能力も結果の大小はあれど似たようなものだ。


「特型も基本はその二つと同じだ。ただ、その能力が他者よりも桁外れに強い、まさに超能力と呼んでもいいやつは特型となる。その来栖だって、特一型だ。つまり、自分以外に作用する超能力だな」


 特型とは、分類的にはこれまであげた『一型』と『二型』と同じものだ。ただし、その効力があまりにも違いすぎるため、『特別な一型』ということで『特一型』と呼ばれている。


「ただし、これがまた希少でな。能力者自体がそんなに多くはないんだが、その中でも少ないのが特型だ。大体能力者千人に一人くらいだったか? まあそんなものだ」


『特』をつけられるほどの能力を持つ者は、一型であれ二型であれ貴重で希少で重要なものであり、尚且つそもそも分けるほどの数がいないということで、特一型と特二型をまとめて『特型』と呼ばれている。


 そして、来栖達の組織の中ではその能力の内容にかかわらず『特型』というだけで羨ましがられる存在であった。何せ、自分たちのようなあるかないかわからないような能力ではなく、はっきりとした『超能力』なのだから。


 だがそれでも、一般の所属員からすれば羨み、もてはやす対象である『特型』といえども、組織としては一型と二型の間にも明確に差がある。


「その特型の中でさらに少ないのが一型だ。大体は特型って言っても二型……つまりは自分が強くなるだけのやつだからな。代替ができないわけでもない。だが、特一型は別だ。触れただけで他人の傷を癒す能力や、擬似的な瞬間移動。何も持ってないのに見ただけで発火させ能力と、まあ変えの利かないすごい力だ。だからこそ、お前は無理やりだろうがここに連れてこられた」


 同じ『特型』といえども、その有用性は一型の方がはるかに上なのだ。希少さはもちろんのこと、あくまでも肉体が強くなっただけの二型よりも、物理法則を無視して結果を出すことができてしまう一型の方が|恐ろしい(・・・・)に決まっているのだから。


「ってわけで、特一型の立ち位置がわかったか?」

「えっと、まあ、一応は?」


 そう頷いた千里だったが、これだけの説明では実際の状況を本当に理解することはできないだろう。

 だが今はとりあえずの状況をなんとなくでもいいから理解してもらえればいいと、久坂は千里の頷きに優しげな笑みを浮かべた。


(あれ、なんか結構優しそうな感じ?)


 顔に傷があり、人攫いをするような集団の偉そうな立場の人ということで千里は久坂に怖いイメージを持っていたが、実際に話してみてあまり怖くはないのかもしれないと思い始めていた。


「まあ、いきなりこんなところに連れられて立ち位置だなんだって言われても実感ないだろう。珍しい以上に価値があるから色々と優遇されるぞ、と思っとけばいいさ」

「はい」

「それから、もし外でバレれば命の危険があることも覚えとけ」

「……はい」


 久坂からの忠告に、千里はぴくりと小さく体を揺らしてから神妙な様子で頷いた。


「……なんだ。もう聞いたのか?」

「え? あ、はい。えっと、支部長さんから」

「そうか。まあそんなわけで、頑張れよ。経緯はどうあれ仲間になったんだ。だったら死んでほしくなんてないし、なんかできることがあれば協力するからな」

「ありがとうございます!」


 なんだかいい人だな、などと思いながら千里は久坂に向かって感謝の言葉と共に頭を下げた。

 感謝をされた久坂自身も、今回はまともな子が入ってきたものだと眉を開いて笑みを浮かべている。


 そんな久坂の反応もある意味当然のものだろう。過去には『能力者』というだけで威張っている者もいたのだから。それも、一人二人ではなく、何人も。

 他人とは違う特殊な能力を持っている自分は特別なんだと思い上がってしまう。そのこと自体は仕方ない面はあるが、それでも久坂達のようにすでに仕事をこなしている者達からしてみれば厄介事であるのは間違いない。


 そのため、今回の千里はどうかと不安にも思っていたのだが、会ってみたら真面目ないい子という印象しかなかったので、それだけで久坂の中の千里の評価は高くなっていた。


「——っし。説明終わり! そういうわけだ。俺は本来の仕事に戻るとするよ」

「本来の、ですか?」

「ああ、俺はここの教官なんだ。教官といっても、言葉じゃなくて拳で語るやつだけどな。まあ今回は少し口で語りはしたが」


 そう言いながら久坂は千里に向かって拳を掲げながら笑って見せた。


 だが、実際の訓練の光景なんて見たことがない千里としては、教官だ、拳で語るのだ、と言われてもさっぱり想像できず、間の抜けた表情で首を傾げた。


 久坂は自身のことを『教官』といったが、千里の中の教える人のイメージは『先生』であり、教わる側の人は『生徒』なのだ。教官だろうと先生だろうと、どちらも変わらないと思っている。


『先生』が『生徒』を相手に組み手をすることはあるだろう。柔道の授業などではそうした光景を見たことがある。

 だが、あれも教え方の一つであり、あくまでも〝実技を交えた言葉での指導〟なのだ。その上であえて〝拳で語る〟というのはどういうことなのだろうか。普通の組み手ではないのだろうか。そんなことを思ってしまった。


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