第7話

 

 ——◆◇◆◇——


「来栖さん。私達は報告に行きます。第三会議室を確保してありますので、そちらに」

「わかりました。報告はよろしくお願いします」


 来栖が〝支部〟と呼んだ建物は、意外かもしれないが街中にあった。街中の、そこら辺にあるようなありふれたビル。

 その地下駐車場で千里達は車から降り、後ろからついてきていた他の者達と軽く話をしてから来栖は千里を伴って歩き出した。


 ビルの中に入れば、外観通りと言うべきかビルの中は至って普通の内装をしていた。時折すれ違う人も、ただの会社勤めの人に見える。とてもではないが人を攫うような組織の拠点だとは思えない。

 実際、千里は建物の中を歩いてその様子に驚いている。


 千里達がビルの中に入ってから少し歩いたところで、目的地である一室に辿り着いた。

 中には誰もおらず、ただテーブルと椅子、それから湯沸かし器とちょっとしたインテリアが置かれているだけの小さな部屋。

 その部屋に入ると椅子を勧められ、来栖自らの手によって丁寧にお茶まで出されたことで、千里は自身の状況のチグハグさに混乱し何度も首を傾げることとなった。


「それじゃあ、私達について話すわね」


 混乱している千里の対面に来栖が座り、一度深呼吸をしてからそう切り出した。

 真剣な様子で見つめてくる来栖の様子に、千里は居住まいを正して来栖のことを見つめ返した。


「まず最初にはっきりさせておいた方がいいと思うから言うわ。私達は、単なる犯罪集団ではなく、国に所属している組織よ」

「嘘っ!」

「嘘じゃないわ。あなただってちゃんと考えればわかるでしょう? 綺麗事だけじゃ物事を成功させることなんてできない。ましてやそれが国なんていう大きなものを守るためなら、どうしたって後ろ暗いことも必要になってくる、って」

「……」


 そんなことあるはずがない。そう言いたい千里だが、来栖の言うことも理解できてしまった。

 どれだけ法を整備し、環境を整えたところで、その隙をついて悪さをする者はいる。そんな輩に対処するには、ただ綺麗なことをしているだけではダメなのだと。そう理解はできるのだ。ただ、それがいざ自分の身に起こっているとなると受け入れ難いだけで。


「だから、ここから逃げてもいいし、ここを逃げた後に警察に行っても構わないけれど、何も変わらないわ。むしろ、残念な結果になる可能性もあるわね」


 話を聞いて黙ってしまった千里を見て、来栖はダメ押しとばかりに告げると、千里はビクリと体を小さく跳ねさせた。


「残念な、結果……?」

「ええ。いらないことを知ってしまった正義感のある人物は、何か面倒な行動を起こす前にいなくなってもらうことになるかもしれない、ということよ」

「それって……!」

「私達だってやりたくないわ。でも、必要があるならそうするという話よ」


 そして、それが許されるだけの力と権力がある。それが来栖達の所属する組織なのだ。


「私達は、あなたと同じような特殊な能力に目覚めた者でできた集団なの。集めて何をしているのかと言ったら、まあ色々ね。基本的には国のために情報を集めたり、敵を殺したりすること。あとは、今日みたいな重要人物の確保なんかもそう」

「てきを、ころす……」

「ええ。ちょうど、あなたがあの時見ていたようにね」

「っ!」


 驚きながら来栖のことを見つめる千里。その脳裏には以前ハワイで来栖のことを覗いていた時の光景が浮かんでいた。


「改めて確認をするけど、あなたの能力は遠くのものを自在に見ることができる能力、でいいのかしら?」

「それは……」


 来栖達が自分に危害を加えるつもりはないことはわかった。少なくとも、今現在はそのつもりだろう。

 だが、だからと言って信用していいのか、自分の秘密について全て話していいのかは別だ。


「正直に答えてちょうだい。ここで隠したところで、あなたにとっていい結果にはならないから」

「……そう、です」

「そう。本当に『千里眼』なんて持ってるのね……」


 来栖達もそのつもりでいたし、だからこそ千里のことを攫った。

 だが、それは確証があったからではなかった。いざ千里本人の口から聞くと、その事実は衝撃的で驚かざるを得なかった。


「え、っと……あの」


 だが、そんな来栖の反応に千里はおずおずと手を挙げながら問いかけた。


「何かしら?」

「今の言い方だと、私の能力って珍しいの? ……ですか? 能力を持ってる人って、いっぱいいるんですよね?」


 今更なことではあるが、自身のことを攫った相手なのだから下手に出ておいた方がいいのだろうかと考えた千里。

 だが、目の前にいるのは友人として接した来栖だったために、どういう態度で接するのが正解なのか悩んだ結果、途中まで喋ってから敬語にすることにした。


「そうね。いっぱい、というほどでもないけれど、それなりの数はいるわね。……でも、いいわよ。今まで通りの喋り方で。変なことを言ったから殺す、なんてことはないもの。そこは安心してもらってもいいわ」

「あ……そう」


 来栖に安心しろと言われたことで千里はほっと胸を撫で下ろし、そんな千里の様子を見てから再び来栖が話し始めた。


「それであなたの……というか、能力を持っている者についてだけれど、基本的にはそんな大した能力でもないのよ。特殊な能力、と言えば聞こえはいいけれど、大抵が身体能力が上がったり、手先が器用になったり、体が頑丈になったり……まあその程度なものよ。あくまでも人間の能力の範疇にあるもの」


 来栖たちは確かに特殊な能力を持った集団だ。だが、特殊な能力と言っても大したことのないものが多い。来栖があげた例の他にも五感を強化したり頭の処理能力が上がったりというものもあるが、あくまでも人間の性能を強化した程度のものがほとんどだった。


 だが、中にはその例外に当たる人物もいる。


「でも私は……」

「そう。あなたは違う。壁も距離も関係なく好きなところを見る能力だなんて、人としての能力から逸脱している。だから、同じ能力者の中でも珍しいのよ」


 千里のように、視線の通っていない場所のことを視認する、というような人間の性能を超えた力を持っている者は珍しく、来栖たちの組織にもほんの数人、数えるほどしかいない。


 そこまで話をして、ある程度落ち着くことができた。

 自分は攫われているけど、自分の方が相手よりも優っている部分があるのだと理解すると、来栖に言われた通り無碍には扱われないだろうと理解することができたからだ。


 だがそうして落ち着いてくると、今自分はどんな場所にいるのかが気になってくる。

 だから千里は周りがどうなっているのかを確認するために能力を発動しようとした。だが……


「やめなさい」


 バンッとテーブルを叩く音と共に告げられた静止の言葉に、千里はプツリと飛ばそうとしていた視界を切った。いや、切ったというよりも、驚いて切れてしまったという方が正しいか。


「え……」


 能力を使い出したタイミングでの厳しい静止の言葉。それが偶然だとは思えず、まさか止められるとは思っていなかった千里は唖然とした表情で来栖のことを見つめた。


「これ以上能力は使わないで。今使えば、あなたは敵と判断せざるを得ないから」

「どう、して……」


 来栖の言っていることはわかる。人攫いを簡単にやってのけるような組織なのだ。見られたらまずいものなんていくらでもあるだろう。だから千里が覗こうとするのを止めるのは理解できる。だから止められたことはおかしなことではない。


 だがそもそも、千里の野郎としていることを〝止められたこと自体〟がおかしい。


 この場所に来る途中に来栖も行っていたが、千里の能力は他人から見てわかりやすいものではない。遠くを見る能力など、他人からしてみれば何の変化もないからだ。

 だが来栖は千里のことを止めて見せた。それはつまり千里が能力を使おうとしたのを察したからだが、どうやって察することができたというのか。千里にはそれが不思議でならなかった。


「どうしてわかったのか、かしら? あなた、自分で能力を使った状態の自分の姿を見たことないでしょう?」


 それは、確かにない。何せ、千里眼とは遠くのものを見る能力だ。発動すれば遠くのものが見えるようになるが、逆に言えば目の前のものが見えなくなるということだ。使用後の自分の目を見たことはあるが、使用中の自分の目を見たことはなかった。


「あなた、能力を使うとうっすらと目が光ってるわ」


 そう言われて千里は自身の目元へと指先を伸ばしたが、顔に触れたところで何が変わるわけでもない。

 視界をあえて自身の目の前に飛ばして、能力を使用している自身の様子を確認すればはっきりするだろう。

 だが、この場でできることではないため、確認のしようがなかった。


 とりあえず、今は自身の能力について確認するよりも、自身の行いを咎められたことに対しての対応をする方が先であった。


「……ごめん、なさい」

「いいわ。不安な気持ちもわかるもの。ただ、これ以上ここでは使わないで」


 思ったよりも簡単に許された。だが、だからと言って二度目も許してもらえるという保証などない。そのため、千里は今の自分は攫われているのだと。思い上がってはいけないのだと今一度気を引き締めるべく静かに息を吐き出した。


「それで……ああ、そう。あなたは特殊で、珍しいという話。それでひとつ聞きたいのだけど、その能力はいつどうやって手に入れたの?」

「この力は……いつ、かは正確にわかんないけど、多分……あの時だったと思う」


 そう言いながら千里は思い出すように目を閉じて、瞼の上から優しく自分の目を触った。


「去年の秋だから、だいたい半年くらい前かな。おばあちゃんちの近くの道を歩いてたら、山の中にある製薬工場で火事があって、それを見てたら急に目が痛くなったの。その日は何もなく帰ったんだけど、その翌日から目に違和感があって、なんだか目が良く見えるようになったの。最初は目が良くなるだけだったんだけど、遠くの景色を見てたら急に自分が空を浮かぶっていうか、空気そのものになったようにいろんな場所を見ることができるようになったの」

「……そう。やっぱりあれが……」


 話終わった千里は目を開けて再び来栖のことを見たが、来栖は何やら納得したように呟き、眉を寄せて難しい表情をしている。

 どうやら来栖たちには千里の話を聞いて思い当たることがあるようだが、それを聞いていいのかどうか分からない。何せさっきも注意されたばかりなのだ。不注意に知ろうとすれば、再び咎められることになるかもしれない。


「ね、ねえ。あの工場って、なんだったの? やっぱり、あれが原因で私は、この能力を……?」


 だが、咎められるかもしれないと理解はしていても、千里にとっては自身の体に関係してくることだ。今でこそ好きに使っているが、それは所詮開き直ったからであり、不安がないわけではない。

 そんな不安の原因や事情について知っている人物が目の前にいるのに、聞かないまま放置ということはできなかった。


「それは言えないわ。あの件に関しては〝まだ〟外部の者であるあなたには話せないの」


 と、来栖が千里の問いかけを拒絶したところで、コンコンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。


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