第5話

 どったのー?」


 ショッピングモールに入った千里達はいくつかの店をみて回り、今はそのうちの一つで服を見ていたのだが、来栖がスカートを手にしながら少し思案げな様子を見せている。


「ううん。そういえば、あの学校ってスカートの長さが結構違ったけど、アリなんだな、って」


 来栖が通うようになった学校の女子生徒達は、だいぶスカートの長さにばらつきがある。

 本来は膝丈のはずだし、真面目な生徒はそれを守っているが、中には膝上何センチと言うよりも、股下何センチと言った方が早い生徒もいる。


 もっと言うのなら、女子生徒のスカートに限らず男子生徒もジャージでの生活や柄物のシャツを着てその上にブレザーを着る、というような格好をしている生徒もいる。


「あー、うん。まあ田舎だしね。その辺はだいぶ緩いんだよねー。授業中にお菓子食べても、バレなきゃセーフって感じだし。スカートも他の服装も、よっぽどじゃなければ自由なんだ。まあ、自由っていうか見逃されてるだけだけど、かわいくっていいよね。あ、でもピアスは流石にダメみたい。学校外ではつけてる人は結構いるみたいだけど」


 普通ならスカートの長さも柄物のシャツも禁止とされるものだろうし、事実千里達の学校でも禁止とされているが、所詮は田舎の学校。注意こそされど、だからと言ってそれで直るようなことはなかった。

 教師達もスカートの丈を直させたり、服装をちゃんとさせたりもするが、翌日、長くとも数日もすれば元通りだ。


 授業も真面目に聞いていない者も少なくない。授業中のおしゃべりはあるし、お菓子を食べたりゲームをしたりしている者もいる。


 そんな中でピアスと髪の色だけは守らせているのだから、教師陣はよくやっていると言うべきだろう。


「そうなの? でも、無意味に締めつけられてるよりはだいぶいいんじゃないかしら? 抑圧されてばかりだと、やる気も出ないでしょうからね」

「おおー! わかってるぅ〜!」


 などと喜んで見せた千里だが、千里自身は何か違反をしたことはそれほどない。強いていうならスカートの丈くらいだろうが、それとて膝上丈なのだから短すぎるというほどのことでもない。


 だが、そうして喜んで見せた千里だったが、ふと何かに気がついたように視線を下げると、来栖の服装……特にスカートを見ながらうーん、と唸り声を漏らした。


「そういえば、来栖さんは短くしないんだね。結構似合うと思うんだけどなー」


 来栖のスカートの丈は、学校の規定通り膝下丈のものだ。確かに規定通りであり、守るのが正しい行いではあるのだが、どこか野暮ったさを感じさせる格好だ。

 肌が汚いわけでも太っているわけでもなく、何より来栖自身が可愛いと言っても差し支えない容姿をしているのだから、野暮ったさを無くすことができれば確かに似合うだろう。


「そう? ありがとう。でも、流石に転校してきたばかりで違反っていうのは、少し気後れするかな」

「あー、そっか。転校してきたばっかりだとそういうことも気にしないとかー。転校早々先生達に目をつけられるのもまずいもんね」

「そうね。今は私のことを注目してるだろうし、でもそのうちには少し変えてみるのもいいかもしれないかな」

「うんうん。その方がいいよ。そっちの方が可愛いし。なんだったらもうちょっと変えてみてもいいかも? 制服じゃなくてもっとおしゃれした方が可愛いって」

「そう? でも千里さんも十分可愛いと思うけど。あ、これなんか千里さんに似合うんじゃない?」

「おっ! いいセンスだね〜。ただ、お値段はあ……あ、意外とお手頃?」


 話しながらも服を見ていた来栖が一つの服を手に取り、それを千里に見せると、千里はその服を買うか悩み始めた。


「いやぁ、なんかごめんね〜? 来栖さんの案内に来たのに自分の買っちゃって」


 結局千里は来栖に見せられた服を買うことにし、それに合わせて他にも何着か買うことにしたのだが、本来の目的であった来栖の案内を疎かにしてしまったためにバツが悪そうに謝った。


「いいのよ。一期一会っていうし、見つけた時に買わないとなくなっちゃうことってあるもの。それに、そもそも勧めたのは私だったんだし」

「ん〜、でも、今度は私が選んでしんぜよう! あ、来栖さんは何か好き嫌いとか普段着る物とかある?」

「好き嫌いはないけど、普段は結構ラフな格好をすることが多いわね。ほら、少し前までハワイにいたから」


 突然『ハワイにいた』という言葉を聞いて、それまでハワイでの出来事を覗き見していたことなど忘れていた千里は、突然そのことを思い出してしまいぴくりと肩を揺らして言葉に詰まった。


「あ……あーっと、そういえばそうだったっけね」

「ええ。そうなの。だから、選んでくれるっていうんだったらお任せするわ」

「ふふふん。まっかされた! じゃあもうちょっと見て回ろっか」


 だが、そんな動揺もすぐに消して再びショッピングモールの中を散策し始めた。


「いやいや、私の目も捨てたもんじゃないよね。結構いいの選べたと思うんだけど、どうだった?」

「そうね。私も可愛いと思うわ。ありがとう、選んでくれて」

「いえいえ、どういたしまして。こっちこそ選んでもらったんだから、ありがとうございますだよ」


 特に何を買うのか決めないまま気の向くままにショッピングモールの中を歩き周っている千里と来栖。

 だがちょうどおもちゃ屋の前を通りかかった時、笑顔で話している来栖の目におもちゃの銃が目に入った。

 おもちゃ屋なのだからあってもおかしくはない、ある意味当然のもの。だが、来栖はその銃を見て閃いたことがあった。

 その閃きを実際に確認すべく、来栖は千里の隣から一歩ずれておもちゃの銃を手に取った。そして……


「千里さん」

「んへ〜? なあに……っ!」


 来栖に呼ばれて隣へと顔を向けたが、いつの間にか自分から少し距離をとっていた来栖を見て首を傾げ、次にその手にある銃を見て目を見開いた。


「悪いけど、見られたからには死んでもらうわ」

「な、なん……」

「あなたの能力は、私にとって邪魔なの——さようなら」


 それまでの笑顔とは違って、なんの感情も見せないような冷たい表情を浮かべながら来栖は千里へと銃を突きつけ、引き金に指をかける。


 とはいえ、突きつけた銃は単なるおもちゃ。本物ではないし、本物であるわけがない。一眼見ただけでおもちゃだとわかるはずだし、何をふざけているんだ、と笑うことだろう。それが普通の反応だ。——誰かが本物で撃たれた瞬間を見たことがない一般人であれば、だが。


(まさかこんなところで!? でもどうしていきなり襲ってなんて……ああもう。わけがわからないけど、とりあえず避けないと!)


 普通であれば自分に本物の銃が向けられるなんて考えるはずもないが、自身が銃を突きつけられる理由を自覚している千里としては冗談では済まない。


 千里は死ぬ覚悟ができていた。だが、だからと言って死にたいわけではない。

 そのため、咄嗟に射線から外れようと右に一歩踏み出しながらしゃがんで避けようとする。


 そして、それと同時に来栖の持っていた銃の引き金が引かれ……


「どうしたの? おもちゃよ」


 引き金を引かれたことで発生したのは火薬の炸裂音ではなく、カタカタという安っぽいおもちゃの音。

 そんな音を発生させたおもちゃの銃を構えるのをやめて来栖は千里へと話しかけた。


「え? ……あ、そっかぁ。そうだよね。ううん。来栖さんの演技が凄くって、つい本物かと思っちゃった」

「本物って、本物の銃ってこと? 流石にそれはないわよ。普通の女子高生が銃なんて持ってるわけないじゃない」


 そう話す来栖の表情は冗談を間に受けた友人を笑っているものだったが、その目だけは笑っていなかった。


「だ、だよね〜。あははは」


 そんな来栖の目に気づいているのかいないのか、千里は引き攣りながらも無理やり笑みを浮かべ、笑うしかなかった。




「今日は楽しかったわ。ありがとう千里さん」

「いえいえー、こちらこそ楽しかったよー。それに、来栖さんと仲良くなれたしね」


 途中おかしな空気になりはしたものの、概ね何事もなかったと言っていいだろう。むしろ、とても楽しめたのではないだろうか。その証拠として、普段の千里ならこれほど買わないであろう荷物が両手に下げられていた。


 あとは千里と来栖の帰路が分かれる場所まで歩き、さようならと挨拶をしてまた明日と言葉を交わすだけだった。そのはずだった。

 だが、そんな当たり前の流れは訪れることはなかった。


「けど……ごめんなさい」

「え? ……え」


 突然来栖から謝られた千里は、どうして謝ってきたのだろうかと不思議に思いながら来栖の方向へと顔を向け、呆けた表情をして固まった。


 それもそのはず。来栖の手の中には銃が存在していたのだから。

 先ほどのおもちゃ屋の時の二番煎じではある。だが、ここはおもちゃ屋ではないし、来栖もあの時銃のおもちゃなど買っていなかった。

 だというのに、なぜ自分がこんなものを向けられているのだろう?


 だが数秒もすればその問いの答えに思い至り、千里は口元を戦慄かせた。


 けど、そんな考えは自分の勘違いかもしれない。何か言わなくちゃ。何か聞かなくちゃ。どうにかしてこの場を収めないと……。

 そう考えて千里は震える唇を動かして言葉を発しようとしたが、その前に来栖が口を開いた。


「今度はおもちゃじゃないの。残念だけど。その理由は……あなたなら理解してるでしょう? あの時私のことを覗いてたんだから」


 話しながらゆっくりと近づいてくる来栖に対して、千里は動くことができなかった。

 気持ちは今すぐにでも逃げ出したい。後ろに下がって距離を取りたいと思っている。だが、そんな思考とは別に足が動かない。


「見たらいけないところを見られたらどうするか……わかるでしょう?」


 その言葉を聞いた瞬間、千里はもっていた荷物をその場に落として身を翻し、全力で走り出した。

 どこかに行こうと考えたわけでも、逃げた後にどうしようと考えたわけでもない。ただ、ここにいてはいけないとがむしゃらに走り出しただけだった。


 何かを考えて走り出したわけではないが、とにかく逃げなくてはと千里は目の前にあった角を曲がり、走り続ける。


 このまま走って次の道も曲がって、と考えていると、千里の背後から風が駆け抜けた。

 直後、先ほどまでは誰もいなかったはずの道に、突然一人の女性が現れた。


 千里に背中を向けて立っている女性。だが、顔は見えなくとも目の前にいる人物が来栖なのだということを、千里は女性の顔を見るまでもなく理解できた。


「そんなに逃げなくてもいいんじゃない?」


 長い髪を翻しながら振り返る来栖と、突然のことに足をもつれさせながらも強引に止まり、目を見開いた千里。


 振り返った来栖が千里のことをしっかりと見据え、ゆっくりと一歩踏み出した。


 その様子を見て、ハッと我に返った千里は反転して再び走り出そうとする。だが、その足は数歩と進むことなく止まってしまった。

 みれば、千里の腕は先ほどまで少し離れた位置にいたはずの来栖に掴まれていた。


「今更無駄よ」


 千里が足を止めることとなった原因来栖がそう言うと、千里は混乱しながらも逃げ出そうと暴れ出した。


「や、やめて! 放してよ!」


 掴まれた手を解こうと千里は力を入れるが、よほど力に差があるのか千里のことを掴んでいる来栖はびくともしない。

 そして、来栖は千里の腕を掴んだまま何かを取り出し、それを一息に口に含んだ。


 こんな時に何を飲んだんだろう? そんな考えも頭によぎったが、来栖に両腕を掴まれたことで逃げなければという思いが再び頭を占めた。


「だ——」


 誰か助けて。千里はそう叫ぼうと口を開いた。

 この場所は周囲に住宅があるのだから、叫べば誰かしらが様子を見に来るだろう。


 だが、そんなことを考えての千里の行動だったが、その考えはまたしても来栖によって止められた。

 ただし、今度は手で押さえられたわけではなく……


「んんっ!?」


 唇で塞ぐという形で。


 突然の来栖の行動に、千里は目を見開き、それまで逃げようとしていた頭は綺麗に真っ白になってしまった。そして……


「えあ……あ、れぇ……?」


 なんで、とも、何が、とも考える暇もなく、千里は妙に呂律の回っていない言葉を口にしたあと、ふっと糸が切れたように意識を失って倒れてしまった。


「——ごめんなさい」


 倒れた千里を抱き抱えながら、来栖は大きく息を吐き出し、眉を顰めて小さく呟いた。


「所長。対象の千里歩を確保しました」

『おー、そうか。もう他のは動いてっから、あとはそいつらに任せてこっちに来い』

「はい」


 所長、と呼ばれた人物との電話を終えると、来栖は腕の中にいる千里へと視線を落とす。


「……ごめんなさい」


 そう呟いてから、来栖は目の前に停められた車の中へ千里を乗せるのだった。


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