洋服が透けて見える眼鏡

みすたぁ・ゆー

洋服が透けて見える眼鏡

 

「ついに完成したぞぉおおおおおぉーっ!」


 俺は思わず歓喜の叫びを上げていた。なぜならとんでもない能力を持った道具の開発に成功してしまったからだ。



 ――その名も『スケスケ眼鏡』。



 これを掛けると洋服が透けて見えるという、ベタだが世界が引っくり返るような偉大な能力を秘めている。


 おそらく思春期の男女なら誰もが興味をそそられるだろうし、少なくとも高校二年生である俺は喉から手も足も魂すらも出るほど欲しい道具だ。


 もちろん、だからこそこうして開発を続けてきたわけだけど。




 ここに至るまで、どれだけの血と汗と涙と全年齢向け作品では明言しにくい液体を流したことか……うるうる……。


 ちなみに構想期間1日、妄想期間3年、製作期間6か月となっている。



「すでに実験により同じ材料と製作方法を経れば再現性がある――つまり量産が可能であることも確認済み。壊れたとしてもまた新しく作ればいい。俺は誰にも気付かれることなく、永遠にみんなの裸を観察することが可能になったのだっ!」



 俺は喜びを爆発させた反面、実は気がかりなことも頭の隅に残っていた。というのも、この眼鏡には欠点があるからだ。




 ――それは眼鏡を掛けてじかに対象物を見なければならないということ。




 つまり映像や写真、鏡に映した姿などでは効果を発揮しない。


 その原因は開発者である俺にも不明だが、世の中には基本的な原理が分からずとも利用されている技術はたくさんある。


 そもそも『スケスケ眼鏡』はよく分からない魔術や異世界の儀式、外宇宙の超科学といったものを適当に組み合わせていたら、偶然にもうまくいってしまったという闇鍋的な代物なので仕方がない。



 …………。


 そういえば、闇鍋って美味いのか? まぁ、今はどうでもいいか……。



「とにかくこの程度の欠点などどうにでもなる。渋谷や新宿、六本木、新橋、巣鴨、浅草など、人の集まっている場所へ行って直接見れば良いのだから。では、それらの街で若い女性のスッポンポンを観察するとしよう」


 早速、俺は外出の準備を済ませ、最後に『スケスケ眼鏡』を掛けようとした。


 だが、ここで大きな問題が発生する。


「しまった! スケスケ眼鏡を掛けようにも、俺はすでに近視用の眼鏡を掛けているではないか!」


 俺は度重なるゲームやスマホ、読書、遺伝などの影響により小学生の頃から視力が悪いのだ。近視用の眼鏡がなければ普段の生活も困難な状態となっている。



 スケスケ眼鏡の開発中に効果を試した時は『眼鏡on眼鏡』でも良かったので、その問題点に気付くことがなかった。


 だが、実際に使う段階となると『眼鏡on眼鏡』という状態は端から見て明らかに怪しい。



 もちろん、世の中には用途に応じて、複数の眼鏡をそういう状態で使っている人がいるかもしれない。そしてその人たちは街中に出ても堂々としていられる。



 一方、俺の場合は後ろめたさの塊。


 挙動不審な姿を警察官に怪しまれ、職務質問を受けたら俺は平静を保っていられる自信がない。耐えきれずに全てを正直に話してしまうことだろう。


 ……そもそも普通に街を歩いているだけでなぜか職務質問を受けることが多い俺にはハードルが高すぎる。



「こ、こうなったらコンタクトレンズしかない……が……」


 コンタクトレンズなら付けた上で眼鏡を掛けても外見上の違和感はなくなる。


 しかし俺はコンタクトレンズの装着感が苦手で、今は手元にもない。だからこのアイデアは使えない。


 結果、俺は外出してスケスケ眼鏡を使うことを断念するしかなかった。




 こうなると自宅にいながら使える方法を模索するしかない。ゆえに俺は窓から通行人を眺めることにする。


 都心部と比べれば閑散としているが、それでもある程度の人通りはある。


「――って、通行人は年寄りばっかりじゃねーか! 若い女性がいねぇっ!」


 平日の昼間ともなると、家の前を通るのは年寄りばかり。


 学校をサボって部屋に引きこもり、ひたすらスケスケ眼鏡の開発をしていたせいで俺は世間様の生活リズムのことをすっかり忘れていた。



 そりゃ、お昼前のこの時間帯だと若い世代は特に学校や職場に行ってるよな……。



「通行人がダメなら家に来てもらえばいいか。自宅にいる状態なら『眼鏡on眼鏡』を見られてもそんなに気にならないし。――うん、フードデリバリーでチーズ牛丼でも注文しよう」


 俺はスマホを操作し、新鋭のフードデリバリーサービス『一塁手ファーストフードデリ』にチーズ牛丼の宅配を依頼した。店舗は最寄りの国道沿いにある『良科屋よしなや』だから、20分もあれば配達員がやってくることだろう。




 やがて自宅のチャイムが鳴り、俺はスケスケ眼鏡を『眼鏡on眼鏡』状態で装備して玄関へ受け取りに出る。


 果たしてどんな美人のお姉様なのか、期待に胸の中もアソコも大きく膨らむ!




「お待たせしゃっしたぁーっ! 『一塁手ファーストフードデリ』でーすっ!」




 玄関の前に立っていたのは40代くらいのおっさんだった。満面の笑みを浮かべ、チーズ牛丼の入った白いビニール袋をこちらに差し出している。


 もちろん、その姿は全裸――いや、スケスケ眼鏡の効果でそう見えているだけか。



 うっぷ……いずれにしてもモロに下の方を見ちまった……。



 食欲は瞬時に消え失せるどころか、激しい吐き気までしてくる。失神すらしそうな気分だ。


「あ、ありが……とうございま……すぅ……」


 なんとか意識と平静を保ちつつ、俺は品物を受け取った。


 そして急いでドアを閉めて自室へ駆け戻ると、床や壁を蹴飛ばしながら行き所のない怒りを発散させる。


「なんでおっさんなんだよっ! くそっ、くそっ! 手で隠せよっ、下半身ッ!」


 その後、俺はあらためて『一塁手ファーストフードデリ』を何回か利用したが、いずれの配達員も年配の男性だった。


 その度に吐き気に襲われ、精神はギッタンギッタンのボロボロに切り刻まれる。




 ――結果、自室のテーブル上には配達されたチーズ牛丼やハンバーガー、うどん、チャーハン、炭酸飲料、スープ、イナゴの佃煮、ハチノコ炒め、くさやの干物などが所狭しと並ぶという始末。


 まぁ、おかげでしばらく間食には困らないけど……。




「相手に来てもらうというアイデアは悪くない。うん、悪くないはずだ。若い女性の配達員さんもいるとは思うが、おそらくタイミングが合わなかっただけなのだ」


 俺は手元にあったチーズ牛丼を口に運びながら、冷静に考え込んだ。


「あ……これ美味し……」


 もぐもぐと咀嚼して牛肉とチーズとご飯とその他が織りなす旨味のハーモニーを楽しむ俺。


 するとそれらの栄養成分が脳内に好影響を与えたのか、新たなアイデアが閃く。


「そうか、つまり絶対に若い女性が来るような状況なら良いわけだ。だとするとデリヘルだな。あれなら確実に若い女性が来る! ……もっとも、自室で若い女性と1対1になるのはウブな俺には不安があるが。ま、まぁ、勇気を出してみるか」


 腹を括った俺はネットで業者を検索し、電話を掛けようとした。だが、ここで俺は重要なことに気付く。


「未成年だとデリヘルを利用できないだと!? それにそれなりの利用料金がいるし、そもそもデリヘルを使うならスケスケ眼鏡を掛ける意味ってあんまりなくね?」



 おカネがない、意気地がない、年齢が足りない、スケスケ眼鏡を使う意味がない。


 何も持たざる俺にデリヘルは最初から選択肢になりえなかった。




 困り果てた俺は最後の手段として、子ども電話相談室なるものに電話を掛けることにした。利用したことはないが、きっと良いアイデアを授けてくれることだろう。


 だが、話をしている途中で相談員になぜか怒られ、ガチャッと切られてしまったのだった。


「俺はデリヘルを利用できない子どもだから、年齢制限に引っかかるはずはないんだがな……」


 俺は頭を抱えつつ、テーブルの上に置いてあるうどんを啜る。


 汁を吸って伸びてしまっているが、伊勢うどんのように柔らかくてこれはこれで美味しい。


「っ!? そうだ、また思いついたぞ!」


 炭水化物を摂取したことで脳がまた良い回転をしたようだ。


 やはり何かをする時には程々に栄養分を摂取した方がいいらしい。


「スケスケ眼鏡を大量生産してネットで販売しよう。『洋服が透けて見える眼鏡』という夢のような商品だから、きっと欲しがる人はたくさんいる。そしてその売上が貯まる頃には俺も成人しているだろうから、その時にフーゾク店へ通えば良いんだ!」


 俺はフリマサイトの会員登録を済ませ、スケスケ眼鏡をひとつ53万円で出品した。


 やはり夢はみんなで共有してこそ。そして喜びを分かち合うのだ。希望に瞳を輝かせながら注文が入るのを待つ。




 ――胡散臭さと高額な価格と効果に疑問を持つ人が多かったのか、ひとつも売れなかった。



〈了〉

 

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