あの時の眼鏡

如月姫蝶

あの時の眼鏡

活動休止のご報告

 弊社所属のアセチレン(畦地大吾あぜちだいご鈴木蓮すずきれん)の芸能活動休止についてご報告させて頂きます。

 畦地は、交通事故で負傷したことにより、入院治療を要しております。鈴木につきましても、精神的疲労が顕著であるため、両名共に当面の間、芸能活動を休止させて頂くこととなりました。

 ご理解を賜りますようお願い申し上げます。


 


 相方が、屠殺されかけた。

 

 相方は、子供の頃から、渾名が「豚」か「横綱」の二択やったっちゅう巨漢や。

 それは、俺らコンビの漫才のネタにも、しょっちゅう活かされとった。


 例えば、俺が、バブリーなオッサンっちゅう設定で、

「君の値段は……いくらかね?」——と、意味深に尋ねる。

 すると、女子高生っちゅう設定の相方が、その巨体をくねらせつつ、

「グラム一億円よ! たっぷり召し上がれ!」——と応じて、俺に体当たりをかましたりするわけや。


 そう。相方は、ぶっ飛ばすことが仕事のはずやった。

 せやのに、俺と二人で、町中華で飲み食いして、店を出た直後に、ダンプカーに撥ねられてしもたんや。

 あんな巨体が、空を飛んだ挙句にアスファルトに叩きつけられるなんてな……


 事故の翌日、俺は、会社の偉いさんと、内密に面談することになった。

 俺らが所属するダイショー興業は、芸能プロダクションとして関西屈指の大手で、お笑いの老舗や。


「すんません! 俺……最後の瞬間、大吾の手を離して、自分だけ逃げてもうたんです!」

 俺は、開口一番そう白状して、土下座せずにはいられなかった。相方は大怪我して、意識不明の重体。せやのに俺は、無傷でピンピンしとんのやから。

「顔を上げてくれ。事故はあくまで、ダンプカーの運転手の前方不注意によるもの、警察はそう見ている。それに、今ここできみから聞き出したいんは、謝罪の言葉やない」

 オーダーメイドのスーツをパリッと着込んだ偉いさんは、眉間に皺を寄せてはったけど、べつに怒ってはいいひんらしかった。

「畦地くんは間違いなく被害者だが、アルコールが検出されたらしい。きみらは、車を運転して帰宅するつもりやったんやろ?」

 なんやて? 相方にも落ち度があるて言いたいんか?

「それは! 俺と相方は、おんなじマンションの違う部屋に住んでますから。昨夜は俺がジャンケンで負けて、車運転してあいつを連れて帰ることになったさかい、あいつは飲んでましたけど、俺は飲んでません! マネジャー呼び出して運転してもらうわけにもいかへんでしょ?」

 俺は、余計なことまで口走ったかもしれない。ダイショー興業には、ドケチな一面があって、一人のマネジャーが十人以上のタレントを担当することで人件費を節約してるんや。

 そんな経営方針を責めたように聞こえたかもしれへん。

「そういう話をしてるんやない。畦地くんの体内からは、アルコールだけやのうて……メンタルクリニックで処方されるような薬剤の成分も検出されたらしいんや。きみ、相方として、事情を知らへんか?」

「あ!」

 俺は、昨夜店を出た辺りの相方の様子を、鮮明に思い出した。

 

 相方は、昨夜は、ビールやら紹興酒のソーダ割りやらを飲んでいたが、普段よりも酒の回りが早かった。

 勘定は割勘するはずやったのに、なんや呂律が回らんほど酔うてしもとったから、後でしばいたろ思いながら俺が全部はろうて、店を出たんや。

 駐車場までは、細い道を一本渡るだけ。

 相方の手を引いて車道に出て、ほんの二、三歩歩いたところで、「眠い」て言い残して、横綱感あふれる巨体が、ずるずると路上に崩れ落ちてしもたんや。

 体重差があるさかい、俺一人では、押しても引いてもしばいても、どないにもならへんかった。

 これはアカン。店の人らの手を借りてでも、道路を渡り切らせんことには……そうおもて、相方の手を離して、店へ取って返そうとしたところへ、ダンプがやって来てもうたんや……


「思えば、あの眠気は異常でしたわ! 食事中に一服盛られたんちゃうかと思うくらいですわ!」

「畦地くんが、自分で薬を服んだんやないんか?」

「そんなことあらしません! アイツは、コッテコテの医者嫌いの薬嫌いや! 会社の産業医の先生にも、健診のたびに怒られてますやん!」

 俺らアセチレンは、俺が伊達眼鏡、相方がおデブでキャラを立てとるコンビや。

 相方は、おデブの維持向上のために大食いで、医者からすると、「余命を計算したくなる」ほど、血糖値やら肝臓やらがヤバいらしい。それでも医者通いはしてへんかったし、薬もサプリも服んでへんだはずや。なんでも、親父さんが、真面目に医者通いしてたのに早死にしてしもうて以来、医学を目の仇にしとるらしかった。

「一服盛られた言うんか……けどなぁ、誰が、何のためにや?」

「いや、それは……」

 俺は、昨夜の町中華の店でのことを、必死こいて思い出そうとした。


 あの町中華は、大将が奥さんと二人で切り盛りしてはる、安くて美味い店なんや。俺たちだけやのうて、ダイショーの若手芸人が軒並み贔屓にしとる。

 相方に至っては、なんや親父さんと店の大将が友達やったらしゅうて、親父さんの生前、小学生やった頃に、あの店で誕生日をいおうてもろたこともあったらしい。

 俺らコンビのテレビの仕事は、関西ローカルがほとんどやけど、来月から、全国放送の番組に準レギュラーで出演できることになった。せやから、昨夜は、二人で普段よりはパーッと飲み食いしたんや……


 いや、今は、相方が一服盛られたと仮定して、「誰が」「何のために」ということを考えなあかん。

 まず、俺ら以外に、店内に誰がいたかや……

 当然ながら、大将と奥さん。

 他の客のことは、全部は思い出されへんけど、店の真ん中に、テーブルを二つくっつけて、なんや目立つ四人組が座っとった。

「あの人ら、香港の俳優さんらしいで。近々、この辺りで映画撮るんやって!」

 俺らのテーブルにとりあえずビールとウーロン茶を持って来てくれた奥さんが、むっちゃええ笑顔で教えてくれた。

 言われてみれば、四人組の一人は、日本人にもウケそうな、若くてシュッとしたイケメンやった……見たことない顔やったけど。そんで、四人揃ってアスリートみたいにええ体しとったから、カンフーで鍛えとんのかな? 相方とは決定的に方向性が違うやんおもたわ。

 奥さんはえらいミーハーやからな。俺らはもちろん、店に来たダイショーの若手らから漏れなくサインもろて、店の壁一面に飾ってはるほどや。

 少し英語もできるらしいから、香港のイケメンのサインも絶対ゲットするやろな……とかおもとったら!?


「ゼイ アー グレート コメディアンなんやで! ダイショー興業のダイゴ・アゼチ ア〜ンド レン・スズキや!」


 奥さんが、四人組のテーブルに料理運んで、そないに言うたもんやから、彼らがみんなしてこっち見たやないかい!


「ダイショーコーギョー?」

 イケメン俳優は、そこだけ復唱したかと思うと、俺らのテーブルまで来て、一礼したんや。

「コニチワ。ヒラリー・ウォン、デス」

 ヒラリー? アメリカの女みたいな名前やな。ごめん、やっぱりきみのこと知らへんわ。どうせそっちかて、外国人が大阪で映画撮るたんびに、所属芸人をゴリ押しして出演させてきた我が社の悪名を知っとるだけとちゃうんか?——とは、さすがに言えへんだ。

 そこへ、ヒラリーのお仲間が、もう一人やって来た。

「Do you know me?」

 笑顔でいきなり相方に訊いたやないかい。そんくらいの英語は聞き取れるけど、火の玉ストレートはやめたってくれ! きみのことかて知るわけないわ!

 そいつは、イケメンというよりも強面で、笑い方も妙に引き攣っていた。


「オーウ! ジャッキー・チェン! アイ ラブ ユ〜〜〜!」

 相方は、咄嗟にそないに言うて、強面に抱きついた。せやな。「知らん」言うよりは、世界的なスターに見立てたほうが、よっぽどええ感じやろ。

「ブルース・リー! アイ ウォンチュウ〜〜〜♡」

 俺も、負けじと、イケメンに抱きついたった。

 二人は、苦笑しながらも、自分たちのテーブルに戻ってくれた。一件落着や。


 俺らの返しは、間違ってはいいひんだみたいで、その後、四人組のテーブルに呼ばれて一緒に写真を撮ったり、彼らが美味いと感じたっちゅう紹興酒のソーダ割りを、俺らに奢ってくれたりした。

 俺は、帰りに車を運転せなあかんから、飲まへんだけどな。


 店を出たんは、四人組より、俺らのほうが先やった——


 大将と奥さんやったら、相方に一服盛るんは簡単なことや。香港人かて、紹興酒のソーダ割りに薬を入れることはできたはずや。けど、何のために?

 大将と奥さんは、若手芸人の味方のはずや。香港人に至っては初対面やった。

 そんで、大将夫婦も、四人組も、事故に気づいた途端に、店から飛び出してきて、あれこれ手助けしてくれたんや……


「誰が」「何のために」——いっそのこと、俺が覚えてへんだけで、あの店には、他の若手芸人が居合わせて、俺らの東京進出を妬んで一服盛りやがった……なんてほうが、腑に落ちるくらいやわ。


「鈴木くん?」

 偉いさんに名を呼ばれて、俺は我に返った。

「客観的に見れば、相方であるきみにこそ、一服盛るチャンスはいくらでもあったんやで? 客観的に見たところで、コンビ仲っちゅうもんは、他人にはわからんことだらけやさかいな」

 かつて漫才師やった偉いさんは、そう言い放った。

「なんてこと言わはるんですか!? 俺と大吾は、小学四年生ん時に、二人で日本一の漫才師になるんやって誓い合った仲でっせ!」

 すると、偉いさんは、フッと笑いよった。

「鈴木くん、目に光が戻ったようやな。一安心したわ」

「へ!?」

「おまえ、ついさっきまで、事故のことで、いらん責任感じとったがな。心配したんやぞ」

 もしや、この偉いさんは、俺のこと心配して、煽るようなこと言うたんか?


「鈴木くん、今のきみに耳寄りな話があるんや」

 偉いさんは、改めて切り出した。

「きみが出会でおうたヒラリー・ウォンが主演する映画、キャストに日本人枠があってな、そのオーディションが近々開催されるんや。どうや、ひとつ参加してみいひんか? 連中と口を利くチャンスかてあるかもしれへんで」

 大吾に一服盛ったかもしれへん連中と口を利くチャンス……

「やらせてください!」

 俺は、潜入捜査に臨むような覚悟で応じた。

 ダイショー興業は、お笑いに軸足を置いとるけど、芸人に俳優を兼業させて、朝ドラやら、大河ドラマやら、ハリウッド映画にまで出演させた実績があるんや。

「ただし……ヒラリー・ウォンの機嫌は、無闇に損ねへんようにな。彼は、香港の俳優である以前に、台湾の大富豪のお坊ちゃんやから。いとも簡単に日本の製薬会社を買収しよった大富豪の御曹司やからな」

「へ!?」

 そう言えば、大阪に本社がある、ごっつい製薬会社が、何年か前に台湾人に買収されたわ。あれが、昨夜のシュッとしたイケメンの親の仕業やったんかい!

 そうか……製薬会社か……




活動休止のご報告

 会社からの報告にもありました通り、私、鈴木蓮は、当面の間、芸能活動を休止させて頂きます。

 今は、ただただショックで、「眼鏡の妖精」を見失いかけたような心持ちですが、相方の退院を待ちたいと考えております。

 静かに見守って頂けましたら幸いです。




 会社だけではなく、俺自身も活動休止を発表した。

 それは実は、映画のオーディションまでに残された日々を、密かに演技の勉強に費やすためやったんや。

 首尾良くオーディションに受かったところで、すぐには情報解禁というわけにもいかへん。

 撮影まで済ませてしもてから、香港映画への出演を発表したら、さすがの相方もびっくりして目ぇ覚ましてくれるんやないやろか。

 いや……いつでも意識を取り戻してくれてかまへんのやで? 大吾……

 

 そうそう、「眼鏡の妖精」いうんは、俺らの漫才に因んだ言葉や。

 その漫才は、「鶴女房」のパロディから始まる。

 ある日、道に落ちてた眼鏡を拾うて、交番に届けた冴えない兄ちゃん——つまり、俺の元に、「助けてもらった眼鏡の妖精」を名乗る美少女が押し掛けてくる。やたらクネクネとそれを演じるのは大吾や。

 やがて、兄ちゃんは美少女と打ち解けるが、実は、眼鏡の妖精とは宇宙からの侵略者であり、妖精が宿った眼鏡を装着した兄ちゃんは、身も心も侵略者へと売り渡して、彼らのために無双しましたとさ。ドヤ!

 まあ、オチはメチャクチャやし、勢いで笑わせるタイプのネタやけど、このネタなしには、今の俺らは存在せえへんかったやろな。


 俺は、めでたく二階級特進することになった。

 つまり、映画のオーディションに合格して、あっけなく殉職する制服警官の役をゲットしたんや! まあ、カンフー使いの悪役に威嚇射撃を行うも、あっさり銃を奪われて返り討ちにされてまう、切ない役所なんやけどな……


 俺は、映画の情報が解禁されたら、日本国内での宣伝を担うことになり、制作現場に足繁く通うようになった。表向き活動休止中やから、時間はたっぷりとあったんや。マネジャーも誰も付いて来てくれへんけど、むしろ気楽やった。

 相方に一服盛ったかもしれへんやつらを探る——それが俺の真の目的やさかい。


 そんでわかったんが、まず、ヒラリーの実家が、制作費の大半を捻出してること。まあ、想定の範囲内やな。


 あの日、町中華で出会でおうた四人組のうち二人は、俳優兼武術指導で、現場では常にピリピリしとる。話し掛けて探りを入れる機会なんて見つからへん。


 一つ意外やったんは、店で相方に話し掛けた強面の男が、リン・イーミンいう名前なんやけど、顔出しの俳優やのうてスタントマンやったっちゅうこと。「Do you know me?」ちゃうやろが!


 そんなある日、現場を訪れた俺は、ヒラリーがリンのことを、こっ酷く怒鳴りつけている光景を目の当たりにしたんや。日本語でも英語でもないさかい、さっぱり聞き取れへんだけど、ヒラリーはまるで王様、リンは奴隷みたいに見えたんや。

 最終的に、ヒラリーが大きく腕を振ってリンを追い払い、リンはトボトボと、休憩所のほうへと歩いて行った。


「アー ユー オーケー?」

 俺は、リンに追いついて、その背中に声を掛けた。

「え? ああ、大丈夫ですよ。いつものことですから」

「ヒラリーさんは、主演やしお坊ちゃんらしいですけど、なにもあないに怒鳴らんでも……」

「いつものことですよ。私がうっかり彼の前で日本語を話してしまったから。ヒラリーは日本語をほとんど理解できないから、私が、日本人との通訳以外で、日本語を話すのをとても嫌がるんです」

「そうなんですか……て! え? リンさん、日本語めっちゃお上手ですやん!」

 彼の日本語があんまり自然やったから、俺は、日本語で返事してもらっていることに、しばらく気づかないでいたほどやった。

「私は、昔、日本で暮らしていたことがあります。当時は、リン・イーミンを、ハヤシカズトシと読ませていました」

 彼は、スマホを取り出して「林一敏」と表示した。なるほど、これは、まごうことなきハヤシカズトシさんやわ!

 

 リンさんは、俺の顔を覗き込んだ後、大きな溜息を吐いた。

「ヒラリーに逆らうわけにはいきません。私の母は、彼の屋敷で家政婦をしています。私はたった今解雇されてしまいましたが、これ以上彼を怒らせると、母まで職を失いかねない」

 休憩所には、俺とリンさんしかいいひんかった。そのせいか、彼は日本語で話し続けた。

「ヒラリーは恐ろしい。母も、うっかり彼を怒らせたことがあって……その後、急に眠気に襲われて、危うく階段から落ちるところだったそうです」

 俺は、雷に撃たれたように感じた。それって、一服盛られたってこととちゃうんか!?

 もしも、ヒラリーにとって、気に食わへん相手に一服盛ることが常套手段なら、俺たちが奢られた紹興酒かて、薬入りやったかもしれへんやないか!

 

 相方の意識は、まだ戻ってへん。

 事故の捜査は、警察の領分や。

 せやけど、警察は、大吾が「自主的に薬剤を摂取した可能性が高い」とか決めつけとんねん!


 リンさんは、表情を曇らせた。よう見たら、その左の頬には、縦に一筋の傷跡があるやないか……

 そうか! そないな傷跡のせいで、彼は、わろても表情が引き攣って見えるんや。


「リンさん、もしかして、その顔の傷も、ヒラリーにやられたんですか?」

「ああ、この傷……これさえなければ、私も俳優になれたかもしれないのに……」

 リンさんは、低く唸るように言った。


「……リンさん、そのお話、警察に垂れ込んでもらえませんか?」

 俺は、意を決して伝えた。

「……どの話?」

 リンさんは、胡乱な目を俺に向けた。

「せやから、ヒラリーに、顔を傷つけられたり、薬を盛られたり、なんやったら、不当に解雇されたとか、なんでもかんでも……」

 俺は、彼が証言してくれたら、警察も、相方の事故のことを考え直してくれるんやないかとおもたんや!

「下手に告発したら、余計に酷い目に遭わされるかもしれませんよ」

「けど、酷いことされた側が告発せえへんだら、何一つ変わりませんやん!」


 リンさんは、なぜかクスリと笑い、顔を引き攣らせた。

「酷いことされたら告発せえやと? ハヤシカズトシに再会して、この傷見ても、なぁんも思い出さへんおのれが、どの面下げて言うとんのじゃ、ぁあ!?」

 スカーフェイスのスタントマンは、瞬時に間合いを詰めて、俺の襟首を掴んだ。

 概ね標準語だったその口調が、ドスの利いた関西弁へと一変したやと?……


「俺は、大阪の小学校に通うとったんやぞ」

 そんで、リンさんが口にしたんは、まさかの、俺の母校の名前やった。

「俺は、二十五才や」

 ああ、俺とタメなんや……

「三年一組やった頃、日本人やないからと、同級生にえろういじめられてなぁ……首謀者は、畦地大吾っちゅう名前の豚じゃ! 鈴木蓮っちゅう眼鏡の子分と一緒に、俺の顔にこないな傷までつけよってからに!」

 そう言えば、相方が以前話しとったわ。親父さんを早くに亡くした挙句は、しばらく荒れ狂っとった。まだそれなりにミニサイズやった巨体をフル活用して、やんちゃしてたわ〜とかなんとか……

「俺が、母親に連れられて香港に逃げ帰ったから、あっさり忘れてもうたんか? 俺は、顔の傷のせいでスタントマン止まりや! 傷つけられた瞬間のことがフラッシュバックするさかいに、今でも薬を手放せへん! せやのに、なんで、おのれらは、あん時の豚と眼鏡は、のうのうとテレビに顔出ししとるんじゃ! ぇえ!」

 俺は悟った。相方に一服盛ったのは、目の前の男なんやと。

 けど、俺が大吾とおんなじクラスになったんは、四年生の時が初めてなんや!


「結局は実力行使あるのみや! せやろが!」

 俺は、腹を殴られたんかと思うた。けど、腹から背中に掛けて、急にめっちゃ熱うなって、目線を落としたら、腹からナイフの柄が生えとったんや……

「なんとか言うてみい!」

 せやな……

 俺はやっぱり、ハヤシカズトシなんて知らんわ。

 鈴木って、日本ではめっちゃめちゃ多い苗字やろ? そんでな、蓮っちゅうんも、俺と同年代なら珍しくないねん。

 隣のクラスにもいたような気ぃするなぁ、鈴木蓮……


「俺は……三年におった、鈴木蓮や……」

 ようやくそれだけ言ったところで、俺の意識は途絶えた。

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