『それ』を作った男達の物語
日諸 畔(ひもろ ほとり)
魔術とはかくあるべき
初対面の彼は、得体の知れぬ不思議な男だった。
メガクス・シーリスは、後に親友となるロマネ・タタリアをこう評した。
稀代の天才と謳われ、巨万の富を築いていたメガクスは窮地に立たされていた。王都にて流行する目病の原因を作ったとされ、貴族院から激しい糾弾を受けていたのだ。
メガクスは古くから続く魔術師の家系に生まれた。幼い頃からあらゆる魔術を使いこなし、当代随一とも称えられるほどだった。
魔術とは、天然自然が起こす現象を人の意思で再現する技術の総称だ。それを操る者が魔術師と呼ばれる。
力ある魔術師の多くは王室や貴族院に召し抱えられ、彼らの権力維持に貢献する。その対価として、中級貴族と同等の安定して裕福な生活が保証された。
魔術を操るには血筋や個人の才覚が大きく影響する。そのため、子から孫へと特権は受け継がれ、外部への漏洩を極端に避ける文化が長年続いていた。
権力と魔術の蜜月を部分的に崩壊させたのが、名家であるシーリス家の若き当主、メガクスであった。
魔術の恩恵は全ての人が享受すべき。メガクスは常々そう考えていた。しかし、個人で成すには規模が大きすぎる。そこで考えついたのが、道具による魔術の代替だった。
メガクスがまず目をつけたのは、写本だ。
本とは本来手書きであり、同じものは二つと存在しない高価なものだ。製紙技術の向上により、紙そのものは安価になりつつあるが、内容についてはそうもいかない。
魔術師の仕事のひとつとして、この本の写しを作成する事があった。
光の魔術で本の内容を読み取り、風の魔術で筆を動かし紙に文字を書き込む。これら一連の動作を、手書きでは遠く及ばないほどの速度で行う。
権力を持つ者は知恵が必要だ。そして、それに従う者に知恵は不要だ。写本の魔術にて複製された知恵の塊である本は、王家や貴族のみが学ぶ手段になっていた。
暗い部屋で本を読むことで、近眼となる者も多く存在した。それは高貴な者が勉学の末に至る病として、誇りの対象にすらなっていた。
メガクスはこの写本を魔術師なしで行うための道具を発明した。魔術を行使するための道具、すなわち『魔具』の誕生である。
彼はシーリス家が仕える主には無断で、これの製造方法を民衆に公開した。木材と少しの金属で作られた写本魔具は、瞬く間に広がった。
最初は絵本から始まり、少しずつではあるが文字を読める者も増えていった。
当然、王をはじめとした貴族達は民衆が知恵をつけることを許容しなかった。しかし、本の禁止令を出したところで広まったものが収束できるとは考えられない。むしろ、反発を招く可能性すらある。
庶民が本を読むことは悪であるとする理由が必要だった。そこで目をつけられたのが、目の病とされていた近眼である。
王と貴族院は連名にて、目の病を誘発する本を民に広げた罪として、メガクスを拘束する。公開裁判の場で、シーリス家の主であるタタリア家当主は涙ながらに彼を糾弾した。
魔具を悪しき道具だと認め、破棄を宣言すれば無罪とするという判決に対し、メガクスは首を横に振った。それは同時に死罪を受け入れるという意味でもあった。
自らの主義に殉ずると決意したメガクスが法廷を後にしようとした時、朗らかな声が周囲に響き渡る。
タタリア家の次期当主である、ロマネだった。
ロマネは本を愛していた。全ての人々が本に親しむことを夢にまで見るほどに。それ故に、本を複製するという素晴らしい道具を作ったメガクスを死なせたくなかったのだ。
ロマネは語る。自分も重度の近眼だと。五歩も離れれば人の顔が判別できなくなると。そして、それを補う魔術があると。
光と風の魔術を同時に使い、目に見える景色を歪ませる。意図的に調整すれば、近眼によりぼやけた視界を整えられるという仕組みだ。
タタリア家が門外不出としていた魔術である。
ロマネは、この魔術を再現した魔具をメガクスと共に作ると宣言した。裁判に集まった民衆からの大喝采を受ければ、貴族達はメガクスを解放せざるを得なかった。
数年後、メガクスとロマネは宣言通りの魔具を完成される。
両目の前にそれぞれ輪状の枠があり、その中で視界を歪ませる。枠からは湾曲した棒が伸び、両耳に引っ掛ける構造となっていた。
彼らの情熱と友情の結果、人々は知恵と文化を享受する事となった。
その魔具は称賛すべき二人の名前から『メガネ』と呼ばれた。
『それ』を作った男達の物語 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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