第20話 丸腰の蓮

「言葉、通じてるのか……?」


 蓮が困惑すると、案内人は肩をすくめた。


「案内人としての能力みたいなものです。どんな世界の言語でも通じる――まぁそういう力がある、とでも思ってください」


「日本語でしゃべってると思ったら実は違ったのか……?」


 大男は気まずそうな様子である。蓮は大男を見ながら、


「というか、そもそもこいつらなんなんだ? 天空世界の刺客? 俺を殺しに来たのか?」


「蓮さんが厄ネタなので、なんとか始末しようとだいぶ無茶をしたようですね」


 案内人は聖奈たちに目を向ける。つられて見れば、四人は超がつくほど大きな魔光石を囲んでいるところだった。


 聖奈は蓮の視線に気づくと、笑顔で手を振った。それから超巨大な魔光石をかかえ上げて、蓮のところまで運んできた。


「私、こんな大きな魔光石見たことない!」


 はしゃいだ声で、聖奈は言う。


「ギガント・ヘカトンケイルの魔光石ですね。生成するのに三年以上はかかる天空世界の切り札です。これを失ったのは相当な痛手ですよ」


 案内人は嘲笑するように、転がっている大男を見る。


「よっぽど蓮さんを始末したかったようですね。あまりに拙速……間違いなく皇帝の許可も元老院の許可も得ていないでしょう。自前で動かせる部下しかいないがゆえの少人数……まぁ大失敗で終わってるわけですがね」


「人を厄ネタ扱い……」


「実際、天空世界にとっては最悪の敵ですよ、蓮さんは。その気になれば天空世界そのものに乗り込んで、皇帝や元老院の一族を暗殺することさえできるんですから」


 案内人は肩をすくめてみせる。


「それでなくても、辺境世界に乗り込んで適当に総督や高官を殺して回るだけで大きな影響が出ます。『自分の命と引き換えにしてでも、天空世界の秩序を守らなくては――!』なんて崇高な人ばかりじゃないですからね。それこそ蓮さんに媚を売って、いわゆる『売国奴』になる人間だって大勢出てくるでしょう」


「俺はそんな物騒なことはやらないぞ……?」


「『できない』のではなく『やらない』というところが問題なんですよ、彼らにとっては」


 案内人は大男たちを顎で示す。


「実行しようと思えばできる……それを脅威と見なして、独断で攻めてきたんです。それこそギガント・ヘカトンケイルなんて切り札まで持ち出して……」


 案内人はそう言って、超巨大な魔光石に視線を移した。


「ダンジョンを自由に打ち込めるんなら、いくらでもギガント級のモンスターを量産できるんじゃないのか?」


「そこまで自由自在で便利な代物じゃないんですよ」


 案内人は首を横に振る。


「一つのダンジョンが生み出せるモンスターの上限は決まっています。たとえば、蓮さんが攻略した小田桐ダンジョン」


 案内人は人差し指を立てる。


「あのダンジョンで生成できるギガント・キュクロープスは一体のみ……これは上限値ですから、あのギガント・キュクロープスが倒されないかぎり再生成もできない」


「ってことは……ギガント級を複数生み出すには、複数のダンジョンを打ち込む必要がある?」


「ええ。ですが、ギガント級のダンジョンは打ち込むのに大変な準備が必要です。ましてギガント・ヘカトンケイルほどの超大物となると……そんな気軽にほいほい打ち込めるものじゃないんです。現に天空世界が保有するギガント・ヘカトンケイルは一体のみですからね」


「ひとつしかない切り札を俺相手に使ったのか?」


 蓮は呆れてしまった。いくらなんでも自分ひとりを殺すために、そんなものまで持ち出すなんて馬鹿なんじゃないか。


「ん? そういえば、なんでこのタイミングだったんだ?」


「と言いますと?」


「あんたはさっき、協定違反と言ったじゃないか。ここで仕掛けるのはまずいんだろう?」


 もちろんです、と案内人はうなずく。


「聖奈たちもいるし、普通に俺が店を出て、家に帰ったあたりで襲撃すればよかったんじゃないか? なんでわざわざ今?」


「そりゃ強力な装備やらアイテムやらを得られたら本当にどうしようもなくなるからでしょう」


 案内人はメガネを取り出した。


「うちで取り扱っているAAAランクのメガネです。もしこれを蓮さんが装備してしまえば……という事態を恐れたんですよ、彼らは。ほかにも、うちでは強力なアイテムも取り扱ってますし、なにより――」


 と案内人は蓮を見て笑った。


「蓮さんは今、メガネをかけていないでしょう?」


 言われて、気づいた。


「ああ……そういえば今、丸腰なのか俺……」


「なにも装備していない状態――しかし次の瞬間にはAAAランクの装備を身に着けているかもしれない。そうなったら自分たちの手に負えない……だからこそ仕掛けるなら今だ、というのが彼らの判断です」


 くつくつと案内人は笑った。

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