第19話 名も知らぬ奥義体得

 大男は体を震わせ、一歩退いた。呼吸がさらに荒くなる。だが、やがて肩で大きく息を吸うと、大男は体の震えを止め、優雅に構えた。


 まるで自分の武芸を確かめるように。


 そして踏み込み……拳を、蹴りを放つ。前に見た技だった。すでに――蓮が使えるものだ。


〔ほかにないのか?〕


 蓮の心に静かな失望が広がっていく――が、すぐに彼は己を諌めた。


〔いや、ここまで学んでおいて勝手が過ぎるな〕


 感謝すべきなのだ、本来は。


「――」


 大男が何事か言った。長々と、なにかを語っていた。内容はわからない。蓮は天空世界の言葉を解しない。しかしなんとなく……大男が最後の技を繰り出そうとしているらしいことは察した。


 大男の構えが変わった。


 それまでは、ごく普通の格闘技のように構えていたのだ。だが、今は……無手であるのに、まるで居合でもするかのように腰を落とし、右手を手刀の形にしている。


 大男が動いた。踏み込みと同時に手刀がひらめき、指先からオーラが刃となって伸びる。蓮に強烈な刺突をお見舞いした。


 蓮が右腕で防御すると――刃の切っ先が破裂し、すさまじい衝撃が巻き起こる。


「――」


 大男は自嘲するように笑った。刃が離れ、力なく腕が垂れる。


 蓮は無傷だった。男の放った最大最強の一撃でさえ、まったく通用しなかったのである。


 蓮は手刀を作ると、大男を真似てオーラを刃の形へと変えた。長さを、大きさを自在に変化させ、軽く振ってみせる。


 そうして、いったんオーラの刃を消すと同時に、蓮は無造作に踏み込んで大男が放ったように刺突を繰り出した。


 相手は反応すらできずに突かれた。オーラの剣が深々と突き刺さり、一瞬の間をおいて……大男の体が破裂するように爆発した。煙を吐き出しながら大男は倒れる。


 ほんのわずかでもいい、切っ先さえ刺されば体内から爆発させてダメージを与えられる――そういう技だったのだ。


 しかし、蓮の体に傷をつけることはできなかった。大男の技は不発に終わったが、蓮の技は見事に発動してのけた。


〔勢いでやっちまったけど死んでないよな?〕


 大男は白煙を立ち上らせ、ピクリとも動かない。白目を剥いている。弱めに放ったつもりだが、蓮は少しばかり不安に思った。


「さすがにこの程度では死にませんよ。きっかり手加減されてましたしね」


 案内人が靴音を響かせて近づいてきた。倒れたままの天空世界の人間に、彼はなにか輪っかのようなものを投げていた。


 輪っかは天空世界の人間にふれると、音を鳴らして光った。形が変わって、手足を拘束する。それから案内人は、小瓶に入った青い液体を捕まえた九人に振りかけた。


 うめき声とともに、九人は目を覚ます。


「いいざまですね。正直なところ痛快ですよ。天空世界が誇る最強の精鋭部隊が、こうやって地べたを這いつくばっているさまを見るのは」


「……――」


 蓮とやり合っていた大男が、転がされた姿勢のままなにか言った。やはりこの男がリーダー格であるらしい。


 案内人は天空世界の言葉もわかるらしい――なぜか日本語で話しかけているが。


 彼は見下すような視線のまま、口の端に笑みを浮かべ、


「協定違反しまくりの方々に言われる筋合いはないですねぇ……。そもそもこれまで事故が起きているわけですから、『たまたま蓮さんがうちの店を訪れていたから』なんて理由で文句を言われても困りますよ? だいたいメガネすらかけていない蓮さんに一方的にやられる体たらくで、なにを言ってるんです? というかですね……」


 案内人は九人をにらむ。


「うちの店で騒ぎを起こさないでほしいんですが? 協定違反というなら、これこそ事故じゃ済まない。明確な違反行為ですよ? ご自分がなにをなさったのか、まさかご理解いただけていないとは……」


 リーダー格の大男は言葉につまった様子で歯切りし、目をそらした。

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