第18話 天空世界の武芸
〔なるほど……こうすればよかったのか〕
納得しつつ、蓮はヘカトンケイルを無視して大男の動きにだけ注視した。ダメージを喰らわないのだから、じっくりと観察することができる。
大男の動きは巧緻だった。
格闘もそうだが、なによりもオーラの動きだ。全身――それも筋繊維の一本一本、さらに骨、血管、皮膚に凝縮してまとわせている。
オーラは、大男の動きに合わせて量が変わる。蹴り足、拳――さらに翼だ。
〔翼だけは真似できないな……〕
蓮は攻撃を喰らいながら苦笑いした。大男は拳や足だけでなく、翼を使っての攻撃もして来るのだ。なるほど、翼ある種族ならではの動きである。
だが、それ以外の体捌きは実に参考になる。むろん、オーラの微細な動きも。
オーラは攻撃しようとする箇所に多く集まり、凝縮する。突きなら拳に、蹴りなら足に。
そして濃縮されたオーラは、攻撃が当たる瞬間、爆発するようにふくれ上がって威力を増す。
自身の攻撃力を何倍にも跳ね上げているのだ。
〔この扱いを真似できれば……〕
蓮は見入るように――ヘカトンケイルの猛攻を完全に無視して、ひたすら大男に目を向けた。その動きを――大男の学んできた技術のすべてを我が物にするべく。
大男の顔色が変わる。明らかな驚愕と、恐怖をブレンドしたような表情だ。
蓮は構えた。大男の動きをトレースする。もちろん、翼はないからアレンジされている――だが、その武芸はどう見ても、眼前の大男と同門である。
同じ流派を学んだ兄弟弟子――そのようにしか映らなかった。
蓮は拳を握りしめ、そっと息を吐き、踏み込んで、打った……オーラも乗せた。細胞の一つ一つに巡らせ、凝縮し、放った瞬間に炸裂するように。
「――ッ!」
大男が何事か叫んだ。だが、返事が聞こえる前に……蓮の拳はヘカトンケイルに打ち込まれていた。
先ほどから何度も攻撃を叩き込んでくる鬱陶しい敵だ。大男を観察するうえで、ヘカトンケイルの存在は微妙に邪魔だったのだ。
蓮の放った一撃は、ヘカトンケイルを粉微塵の肉塊へと変じさせた。
腕を破壊し、胴体を破壊し、顔を、頭を、四肢のすべてをことごとく破壊した。さらに肉片が後方へと吹っ飛び、術者らしい敵に弾丸のように当たる。
相手は避けようとすることさえできなかった。そのまま肉片と一緒に吹っ飛ばされて、ピクリとも動かなくなった。
視界の端で、聖奈たちを取り囲んでいた一団が愕然とした表情をするのが見える。と同時に、大男が咆哮を上げながら突っ込んできた。
一対一だ。
願ってもない――蓮は歓喜した。もっと、もっとこの男の武芸を、オーラの扱いを見られる! 己が学ぶべき技をすべて出し尽くすまで戦わせよう!
蓮は笑った――他者を威圧する笑みだった、本人に自覚はなかったが。
大男は必死の形相で蓮に拳を、蹴りを、翼を用いた攻撃を繰り出してきた。あらゆる角度から、あらゆる動きを見せてくれた。
蓮は攻撃を捌く。
はじめはぎこちなかった蓮の動きも、徐々に洗練されていく。体捌きが、重心の動きが、筋肉の躍動が――戦うたびに進化していく。
むろん、オーラも。
もはや大男と遜色ないほどになめらかで、あざやかで、美しさすら感じさせる動きだった。
「――ッ!」
雄叫びとともに、聖奈たちを取り囲んでいた一団が、蓮に突っ込んでくる。
「――ッ!」
大男が何事かを叫び、必死に呼びかけていた……首を横に振り、おそらく「来るな」的なことを言っているのだろう、と蓮は想像する。
相変わらず言葉はわからなかったが、表情とジェスチャーで、なんとなくそんな気がしたのだ。
蓮はそっと息をつくと、静かに踏み込む。近づいてくる敵に、一歩で距離を詰める。そして、なにが起きたかわからぬ呆けた敵の顔に……蓮の拳がめり込む。
またたく間に七人が討たれた。
死んではいない。だが、意識は絶たれた。七人はほぼ同時に、焦点の定まらぬ目をして人形のように崩れ落ちた。
ゆっくりと蓮は振り向く――大男へと視線を移す。
相手の呼吸はひどく浅くなっていた。あからさまな狼狽が、動揺が、表情に表れていた。目を見開き、脂汗をかいている。
「どうした?」
蓮の声音は落ち着いていて、穏やかだった。
「もう少し見せてくれないか?」
蓮が構える――大男のそれと瓜二つ……いや、より洗練された動作だった。
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