第17話 絶好のお手本
〔まずいな〕
自分に襲いかかる相手はどうでもよかった。
だが、聖奈たちに万が一があったらと思うと不安に駆られる。目の前の大男を速攻で片づけようと思って――蓮は虚を衝かれた。
大男の動きは、少なくとも蓮にとっては速くない。
しかし不思議なことに、蓮の繰り出した拳はあっさりといなされた。突っ込んできた男の顔面に、強烈な一撃を叩き込むつもりが、器用に手のひらで軌道を変えられた。ほんのわずかではあったが、大男は体をひねってギリギリで回避してのける。
さらに想定外のことが起こった。
詠唱していた後衛の敵が、ひときわ大きな声を上げた。途端、突如として落雷のような轟音が響き渡り、蓮の眼前に巨人が出現したのだ。
多腕である。腕が何本も生えている。身の丈は十メートルを軽く超え、おそらくギガント級であろうと蓮は推測した。
〔
さっさと迎撃しようとするも、大男が邪魔をしてくる。舌打ちした蓮の体に、ヘカトンケイルの猛烈な連撃が叩き込まれる。
「蓮くん!」
聖奈の悲鳴のような声が響いた。蓮はヘカトンケイルを蹴り飛ばしつつ、
「俺の心配はいらない! そっちは!?」
「私たちだって平気だよ! こう見えてもSランクとAランクだからね!」
「ああ、そうか――」
彼女たちだって手練なのだ。そう簡単にやられはしない。実際、取り囲んだ敵は聖奈たちを警戒しつつ、ジリジリと間合いを詰めている。
時折、牽制の攻撃を放ちはするものの、深く踏み込んでは来ない。そう易々と倒せる敵ではない、と向こうも承知しているのだ。
「わかった! なら――」
答えかけた蓮の言葉を、
「――ッ!」
半ば咆哮のような叫びがさえぎる。大男が発したものだ。なにかの攻撃かとも思ったが、まるで怒鳴り合うように叫び合っている。なんらかの言葉を交わしているらしいと察した。
〔天空世界の言葉か……? なにを言ってるのかさっぱりわからん〕
大男は叫びながら、果敢に蓮に飛びかかってくる。倒そうとすると、ヘカトンケイルが邪魔をする。ヘカトンケイルを倒そうとすれば、今度は大男が割って入ってくる。
〔鬱陶しいな……〕
純粋な実力だけ見れば、自分のほうが圧倒的に上のはずだった。少なくとも身体能力に関しては蓮の圧勝だ。ところが、技術の点では圧倒的に劣っている。
蓮に武術経験はない。格闘技など、体育の授業でちょこっとやった柔道くらいのものだ。それだって真剣に学んでいたわけではない。
〔素人と玄人じゃ、大人と子供以上の差があっても無理なのか?〕
蓮はさっきから攻撃を何度も食らっていたが、これといったダメージはない。だが、決定打を与えられないのは蓮も同じだ。
互いに相手を倒せない。
〔いや、よく観察すれば一撃くらいは入れられるはず〕
蓮は、ふとシーク能力を使うのはどうかと思いついた。相手の動きがより深くわかるのではないか。
そして蓮は――大男の動きに感動してしまった。
それはあまりにも美しかった。接敵して以降、大男は地面にしっかりと両足をつけ、まるで格闘技のお手本のように――そう、まさに生きたお手本だ。
大男の動きには無駄がなかった。シーク能力を使うとよくわかる。
体捌き、重心の動かし方、筋肉の躍動――なにより、オーラの扱いのなめらかさ。
蓮の得た力はあまりにも圧倒的だった。圧倒的すぎて、どうにも持て余してしまう。それまでの自分の全力との差があまりにもありすぎて、うまく体を動かせないのだ。
軽く地面を蹴っただけなのに進みすぎてしまったり、振り下ろした拳の動きが速すぎて戸惑ったり、力加減がまるでわからない。
このくらい力を入れると、自分の身体はこのくらい動く――というイメージと現実とに大きなズレがあるのだ。イメージ通りに体を動かせない。
だが、なによりも蓮を戸惑わせたもの……それはオーラだった。
なにせ、まったく未知の感覚だ。今まで生きてきて一度もふれたことのない感覚である。一体全体どうやって扱ったらいいのか、皆目見当がつかなかった。
もちろん漫画やらアニメやらではおなじみの代物だし、漠然とだが蓮にも扱い方はわかっている。
しかし、なんとなくでは限界がある。十全にオーラを操るには、やはりお手本が必要なのだ。
そして実に好都合なことに、蓮の眼の前に今、わかりやすい見本を示してくれる先生がいた。
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