第16話 強襲

「つまり……うちの世界にダンジョンを増やして、そこで生まれたモンスターを聖奈たちの世界攻略に使おうと?」


「そういうことです。ダンジョンの存在を認知させないように隠蔽し、モンスター生産の工場として利用する。基幹ダンジョン経由で聖奈さんの世界とはつながっていますからね。蓮さんの世界からモンスターを転移させるのも容易い……」


「けど、それ……」


 蓮は聖奈に目を向ける。


「聖奈の世界側からバレたらどうするんだ? 実際、聖奈たちは入ってきてたじゃないか。俺の世界とつながってることは即バレしてただろ? それともそれも想定外か……?」


「いえ、バレませんよ。バレない公算だったんです。なぜなら――攻略しない限り、蓮さんの世界へは移動できないんですから」


「移動できないってどういうことだ……?」


 実際に移動できているじゃないか――そう思っていると、


「出入り口が二つあったでしょう?」


 案内人は指を二本立てる。


「本来、これはダンジョンを攻略――もっと具体的にいえば、ダンジョンボスであるギガント・キュクロープスを倒さない限り、表示されない仕組みなんですよ。設置者以外はね。入ってきたところから出る以外にないわけです。当然、出口が二つあることにも気づかれない――ボスが倒されない限りは」


「じゃ、俺がボスを倒したから……?」


 ダンジョンでの表示を思い返す。『小田桐市工場跡地、小田桐市北東公園』の二つがくっきりと空中に浮かんでいた。


「ダンジョンボスを倒していなければ、表示はどちらか片方だったんです。そして、天空世界側としては……生贄である蓮さんはギガント・キュクロープスにやられてあっさり死ぬはずだった。むろん、調査に来た聖奈さんも、です」


 案内人は二人を見る。


「これまで、聖奈さんの世界ではギガント級を一度も討伐できていませんでした。だから万が一S級が来ても大丈夫だろうという勝算があったんです。実際、聖奈さんは蓮さんが来なければ負けていたでしょう?」


 聖奈は神妙な顔で、


「それは……まぁ、はい」


「もちろんS級が大挙して押し寄せれば、ギガント・キュクロープスといえど討伐されていたでしょう。なにせ誕生直後で一階層しかない状態です。ほぼ消耗なしでいきなりボスと戦える絶好の機会……」


 案内人は小さく息をついた。


「しかし、新規ダンジョンの調査にS級だらけのパーティが来ることはまずありません。そして生贄である蓮さんは――これまでの経験から、どうせすぐ殺されると高をくくっていた」


 案内人は鼻を鳴らす。


「高慢さ……いえ、この場合は正常性バイアスですかね? 前例がないから大丈夫だ、という思い込み……。結果、蓮さんという、


「俺の存在が、連中の計画を全部崩したのか」


「そのとおりですよ。戦力増強どころか、逆に最悪の敵が生まれ、さらにこうして天空世界の情報が――」


 突然だった。店の情景が一変し、先ほどのダンジョンのような岩壁の景色が視界に入ってくる。


〔なんだ?〕


 そう思う間もなく、蓮の背後から鋭い一撃が迫ってきた。反射的に腕で防御するが、勢いまでは殺しきれず、案内人の横をすり抜けて岩壁のそばまで吹っ飛ばされる。


 かろうじて着地し、壁に激突するのを避けた。


 周囲はすっかり様変わりしていた。店内の光景は、一瞬にしてダンジョンを思わせる岩で囲まれた大きな部屋に変わっている。


 天井が高く、一〇〇メートル以上はありそうだ。部屋の奥行きも、横幅も何百メートルとある。


〔いつの間に?〕


 そんな疑問が頭に浮かぶ。だが、強襲してきた敵は待ってくれない。


 見れば、翼の生えた大男が飛翔しながら蓮にむかって突撃してくる――直感的に、こいつらが天空世界の民だ、と蓮にはわかった。


〔天使的なのを想像してたが……〕


 大男の翼は、羽毛の生えたものではない。鳥ではなくコウモリを思わせるものだ。頭には角もあり、天使とは似ても似つかない。


〔悪魔か、竜人か……〕


 尻尾でもあれば判別できたかもしれないが、あいにくと大男の臀部にはなにも生えていなかった。


〔いや、竜か悪魔かなんてどうでもいいな〕


 我ながら呑気なものだ、と蓮は人知れず吐息を漏らす。


 強さゆえの余裕か、あるいは覚醒によって精神まで変容してしまったのか……蓮には判断がつかなかった。


 が、すぐさまハッとする。


 敵はひとりではなかったのだ。視界の端に、翼ある敵が幾人も映る。反射的に、蓮はシーク能力を発動させ、敵の全容を把握した。


 全部で九人――うち、ひとりは蓮にむかって目下突撃中だ。


 残る八人は、ひとりが後衛に下がって何かを詠唱し、七人は聖奈たちを取り囲んでいる。

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