第12話 万能のエネルギー

「じゃあ、なんだ? フィクションとかでたまに見かける『神さまのミスで死んじゃったからお詫びに』的なのだとものすごい助力を得られる、みたいな認識でいいのか?」


「そのとおりです。逆に自分の意志で行く場合はまったく手助けできません。ダンジョンを打ち込んだ側なんかがいい例ですね。彼らへの助力はゼロです」


「そりゃあ自分から行くならそうだろうが――いや待て。それだと俺の場合はどうなる?」


「そこが微妙なんです」


 案内人は苛立たしそうにカウンターをコツコツと叩いた。


「蓮さんの場合、自分の意志とは無関係です。しかも生贄……どう考えたってもっと大々的な助力を受けてもいいはずだ。しかし規定上、できない」


 蓮は無言で続きをうながした。


「形式上、という形になっているからです。あなたは招かれて基幹ダンジョンに行ったんですよ。少なくともそういうことになっている」


「招待状をもらった覚えはないが……」


「すべてはで済まされているんです。『サプライズのために招待状は直前に送ります』『基幹ダンジョンで盛大なセレモニーとともに迎え入れます』『安全確保のため、これだけの戦力を配備します』『生贄はこちらで死刑囚を用意します』と……」


「セレモニーって誰もいない……いや、聖奈たちはいたけど」


 案内人はため息をつく。


「そう、それが手違いですよ。『間違えて招待状を送る前に召喚してしまった』『時刻を誤ったためセレモニーも警備も生贄もなし』『不幸な事故でした』と。要はルールの穴を突いているんですよ。正面切って『生贄として呼びます』だと強大な助力を得てダンジョンボスが返り討ちに遭う可能性が高い。だから異世界人代表として呼ぶ」


「実態は生贄だが、形式上は代表者?」


「そう、あなたは表向き、特使として招待されていたんです。だから私も――というか、実を言うと私が召喚前に接触したのもルールから逸脱してはいるんですが。招待される前に蓮さんが、、という形で」


「そんなことしていいのか……?」


「あまり褒められたことじゃないですね。ただまぁ、相手がルールの穴を突いているのですから、やむを得ない措置だったと……。そうは言っても正直、大したことはできていません。私の問いかけを覚えていますか?」


「本当に買っていいかどうかを訊かれたな……ひょっとして、あの問いかけを拒否してれば招かれなかった……?」


「会話の流れ次第では」


 と、案内人は言った。


「偶然をよそおっている以上、『このままでは生贄にされますよ』とストレートに告げることはできません。しかしダンジョンに招かれるのに、ダンジョン用の装備を拒否したとなれば……ちょっと強引ですが、『いくら安全に配慮しているとはいえ、自衛用の装備くらいは持つべきではないですか?』と会話の接ぎ穂もあろうというものです」


 そこまで言って、案内人は苦笑いで首を横に振る。


「実際には普通に買っていかれたので、会話もなにもない状態でしたし、そもそも蓮さんが回避したところで、別の誰かが犠牲になっていただけの話でもあります。実力を考えれば、むしろ私は蓮さんに討伐を依頼していましたからね」


「ああ……俺が回避した場合、俺以外の誰かが犠牲になるのか」


「特殊職じゃない以上、犠牲はさらに増える形になります」


 特殊職? と蓮は眉をひそめる。


「メガネマスターですよ。生贄が特殊であればあるほど、基幹ダンジョンは成長するんです。逆にファイターやヒーラーのような珍しくもない職業だと、生贄の数は増加する――それがルールなんです」


「……ダンジョンってのはそもそもなんなんだ? あんたの話を聞いていると、生贄やらなんやら、ずいぶん物騒な代物にしか思えない」


「ダンジョンの役割は主として三つ。一つ目は先ほど言ったゲートとしての役割」


 二つ目は、と案内人は指を二本立てる。


「魔光石の入手です――蓮さんも手に入れていましたね?」


 蓮は無言でギガント・キュクロープスの魔光石を取り出した。


「それは」


 と案内人は、蓮の持つ巨大な魔光石を指先でコツコツと叩く。


「文字どおりなんでもできる、万能のエネルギーを持つ結晶体です」


「万能……?」


 蓮は困惑して案内人を見つめる。


「そう。なんでもできるんですよ。たとえば……そうですね。仮にエネルギー分野でその魔光石を使った場合、27兆3182億円ほど浮くでしょう」


「は?」


 と、蓮は思わず呆けた声が出た。案内人は苦笑する。


「27兆3182億円です」


「なんだその……妙に具体的な数値は」


「去年、日本が輸入した鉱物性燃料――いわゆる石油、石炭、天然ガスなんかの総額ですよ。少なくともそのサイズの魔光石なら」


 と、案内人はギガント・キュクロープスの魔光石を指さした。


「丸一年くらいはそういった化石燃料がいっさい不要になります。電気・ガスはもちろんのこと、自動車のガソリンからご家庭の灯油、鉄鋼業で使う石炭、さらにナイロンのような化学繊維の原料になる石油……それらはすべて」


 案内人は魔光石を指先でつつく。


「これ一つでまかなえます。――厳密に言えば、水道や食料生産、医療など……ありとあらゆる分野で使えるわけですから、実際の価値はもっと上です」

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