第11話 案内人

「ようこそ、いらっしゃいました」


 例の店員は丁寧に頭を下げた。


「ご無事でなによりです」


「ここのメガネは全部三千円だと聞いたけど」


 蓮は自動ドアのそばにあるメガネを手にとって、カウンターまで持ってきた。


「これも三千円?」


 店員は微笑んだ。メガネをうやうやしく取り上げながら、


「お買い上げになられますか? AAAランクバランスタイプのメガネを」


「いや」


 蓮は首を横に振る。


「正直、メガネなしの状態ですら持て余してる感がある。自分の力を使いこなせてない――振り回されてる」


 蓮はメガネを外した。


 ダンジョンに入る前の、すさまじい運動能力に思いを馳せる。あの時点では、まだ自分は普通だったはずだ。なのに、疲れ知らずで動き回れた。普段とは比較にならないほど身軽に、素早く。


 Gランクであれほどの上昇効果があるのだ。AAAランクともなれば、想像を絶するほど強化されるのだろう。


 だが、蓮が自分の力を完全に引き出せているかというと……だいぶ怪しかった。自分の力は、まだこんなものではない。もっと強く、もっとすさまじく、もっと圧倒的なものであるはずだ――そういう確信があった。


「無事に覚醒されたようでなによりです」


「説明はしてくれるのか?」


「お望みとあらば」


 ふむ、と目付きの鋭い店員は顎をなでる。


「まず、私は管理者から派遣された案内人のようなものです」


「案内? つまり……ダンジョンの?」


「ちょっと違いますね。そもそもダンジョンと呼んでいるあれは――」


 店員あらため案内人は、カウンターにメガネを置いた。


「ゲートの一形態に過ぎません」


「ゲート? ゲートってつまり……門とかの?」


 はい、と案内人はうなずいた。


「世界と世界をつなぐ扉です。すでにご承知でしょう? そちらの」


 と、彼は聖奈たちに目を向けた。


「別の世界から来た人々と接触しているのですから。ダンジョン――正確には基幹ダンジョンは、ゲートの形態のひとつなんです。ちなみに」


 案内人はコツコツとカウンターを叩いた。


「ここもゲートの一種です」


 蓮はもちろん、聖奈たちもはじめて知る情報だったらしい。案内人以外の全員が面食らった顔をしていた。


「あー……ちょっと待ってくれ。色々と訊きたいことはあるが、まず基幹ダンジョンってなんだ? 普通のダンジョンとは違うのか?」


「順を追って説明しましょうか。まず、ダンジョンは三種に分けられます」


 指を一本ずつ立てながら、案内人は言った。


「一つ目は世界をつなぐ役割を兼ねた基幹ダンジョン。二つ目は基幹ダンジョンから派生して生まれる通常ダンジョン。そして通常ダンジョンから派生して生まれる同一世界内ゲート用のダンジョンです」


 蓮は反射的に聖奈を見た。彼女は戸惑った様子で答える。


「えーと……三つ目は、ダンジョンボスのいない初心者ダンジョンって呼んでるやつかな? 基幹ダンジョンは――ギガント級がいるやつ?」


「おおむね正解です」


 案内人はうなずいた。


「まず基幹ダンジョンを打ち込んで、成長させます。そして、完成した基幹ダンジョンが通常ダンジョンを生み出し、通常ダンジョンがダンジョンボスのいない……そちらで言う初心者ダンジョンを生み出すわけですね」


「生贄って――」


「蓮さんのことですね」


 あっさりと案内人は認めた。


「ああ、まぁ……その件の追及は後回しにすることにして」


 苦い顔の蓮に対し、案内人は降参するように手を上げた。


「先回りして言っておきますが、まず基幹ダンジョンを打ち込んだのは我々ではありません。蓮さんを生贄に選んだのも違います。私はゲート開通を感知した管理者によって派遣されただけです」


「ダンジョンを作ったやつらと、あんたら管理者ってのは別人なのか?」


「そのとおりです。まったくの別組織という認識で間違っていません。私たちの仕事は、別の世界に行く人間への助力であって、ゲートを開くことではありませんから」


「管理者ってつまり――ゲートの管理をしてる奴ら?」


「次元の管理者、と本人は名乗っていますね」


 案内人は肩をすくめた。


「人によっては神さまと呼ぶこともあるようですが……ともかく次元をわたって別の世界へ行く者を手助けするのが仕事だと思ってください」


 ただし、と案内人は人差し指を立てた。


「自分から異世界に移動する場合は手助けしません。あくまでも予期せぬ事故によって、異なる世界へ行く羽目になった場合の手助けです。そして、どの程度の助力をしていいかも決まっているんです。深刻度に応じて」


「要はひどい状態であればあるほどたくさんの助力を得られるって認識でいいのか?」


「平たく言ってしまえば」


 案内人はうなずいた。

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