第10話 物理的な見えない壁

〔まさか、なにかあったんじゃ――!〕


 焦燥に駆られたところで、お役人が蓮の表情に気づいたらしく、


「あ、すみません。うっかりダンジョンに入られても困るので、ちょっと呪文スペルで人払いを……こちらでも問題なく使えるようですね」


 と、恥ずかしそうに小さく手を上げ、頭を下げた。


「そういえばスペルって項目ありましたが……そういうこともできるんですか」


 とはいえ、遠くから誰かにこっそり見られているかもしれない。蓮は急いで魔光石とやらをしまった――出したときの要領で、収納と念じれば消えるだろうと思い、試してみるとうまく行った。


「本来は魔物よけの呪文なんですが、少しばかり応用すると……こういうこともできるんです。誤解させて申しわけありません。異変の原因は私です」


「まぁ確かに危険なモンスターが徘徊するダンジョンに迷い込まれたら、大惨事になりそうだからいいですけれど……」


 そう答えつつ、蓮の警戒心がふくれ上がっていく。


 しれっとやっているが、これはだいぶヤバい能力なのではないか――人払い、つまり他人が無意識にこの周辺にやって来ないよう精神を操作しているということだ。


〔応用で他人を意のままに操れるんだとしたら……脅威というほかないぞ?〕


 もしや自分の精神にも影響が――と危惧したところで、聖奈が察した様子で言った。


「少なくとも蓮くんにはいっさい効かないよ?」


「効かないって――なんでわかるんだ?」


「ステータス」


 と、聖奈が人差し指を立てた。


「ガード能力がAAAだったでしょ? あれ、単純な防御力だけじゃなくて、耐性とかも含まれてるの。AAAならどうやっても効かないと思う」


「それ以前に、そんな強力なものではないんですけどね」


 警戒させてすみません、とお役人が謝る。


「あくまでも一定以下の実力の者を通れなくするだけなんですよ。魔法によるとはいえ、それなりの実力があれば問題なく――」


「魔物よけって物理的な壁!?」


 蓮が驚きの声を上げると、お役人はぎょっとした様子で一歩退く。聖奈がぱちんと手を叩いて、


「あ、もしかして精神操作というか、意識をそらしてどうこう的な感じのを想像してたの?」


 ああ、とお役人は得心した顔でうなずく。


「そういうのではないですね。ダンジョンの入口である公園、それと我々の姿を見られてもまずいので、これら一定区間を見えない壁で進めないようにしてあるだけです。どうも他者の精神に影響を及ぼすのはよほど難しいことらしく――」


「そもそも魅了とか混乱とか睡眠とか、そういうのって効いても一瞬、長くて数秒しか持たないんだよ」


「それ、役に立つのか……?」


「戦闘中なら割と致命的かな」


「ああ、なるほど」


 確かに戦っているさなかに数秒……あるいは一瞬でも意識がそれたらどうしようもないだろう。


「基本、モンスターと戦う用ってことなのか」


 蓮は歩き出し、聖奈たちもついて来る。


「ん? そういえば――そもそもモンスターってなんなんだ……?」


「ダンジョンで発生する怪物、だよ!」


 ぼやくような蓮のつぶやきに、となりを歩く聖奈が答えた。


「ダンジョン内で暮らして、繁殖してるのか? あのゴブリンとかキュクロープスとかも……」


「繁殖はしていませんよ」


 うしろを歩くお役人が補足した。


「彼らには生殖器はおろか、肛門さえありませんからね」


「排泄しないってことですか?」


「それどころか飲み食いもしませんよ」


 蓮が歩きながらうしろを見れば、お役人は肩をすくめてみせる。


「ダンジョンが生まれた当初……ゴブリンをはじめとした弱い魔物たちを捕獲し、観察した実験データがあるんです。それによれば、モンスターたちは水や食料をいっさい口にしなくても衰弱せず、睡眠すら不要だったと判明しています。我々とは根本的に異なる生物――いえ、そもそも生物かどうかすら疑問視されています」


「飲まず食わず眠らず、繁殖もせず……じゃあ、奴らはどうやって?」


「光の柱から出てくるの」


 聖奈が蓮をのぞき込むように見上げながら言った。


「倒すと光になって、魔光石になる。倒されて一定時間が経つと、ダンジョンの光の柱から再出現リポップする。モンスターはダンジョンから生まれるの」


「ダンジョンの一部だというのが、現在の通説ですね」


 お役人が言った。


「魔光石に変化することから、ダンジョンが生み出す資源が変化したもの、という見方が主流です。もっとも、なぜモンスターという形態を取るのかはさっぱりわかっていないのですが」


「まぁそれについては今からわかるかもしれませんよ」


 蓮は立ち止まった。見覚えのある「めがねあります」という手書きの看板が目に入る。眼科のそばにあるメガネショップ――間違いない、ここだ。


「……いる、みたいだね」


「わかるのか?」


 神妙な顔で言う聖奈に、蓮が問うた。


「蓮くんもわかるでしょ? 私よりシーク能力高かったじゃない」


「シークって――」


「探知能力。意識を集中して、探ろうとしてみればわかるはずだよ」


 言われたとおり、蓮は店内の様子を探ってみた。


 すると、手に取るように店の内部がわかる。レジのそばに突っ立っている男、棚やテーブルの配置、そればかりか置かれているメガネの位置や形、性能すらはっきり伝わってくる。


「あー……こりゃすごいな」


「どうするの? 逃げてないみたいだけど……」


 聖奈は店を指さす。


「どうも警戒してない――というより俺が来るのを待っているみたいだ」


 蓮は男の気配に意識を集中させる。多少、緊張しているようだが蓮を忌避している様子はない。敵対する素振りも見せない。


「A-だとそこまでわかるんだ……」


「普通はわからないものなのか?」


「うーん……シーク能力に関しては最高ランクでもBだったから。蓮くんの場合はオーラによる強化補正も相当入ってるんだろうけど――シークA-まで行ったのは蓮くんが史上初だよ?」


 若干、呆れたような口調で聖奈は言った。


「自分がすごいの、もうちょっと誇ってもいいと思うな、私は」


「正直、なんで自分にこんなトンデモ能力があるのかわからないから、素直に喜べないんだよ……」


 蓮は吐息混じりに足を踏み出した。店に入っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る