第4話 姫神聖奈のダンジョン配信その2
聖奈は警戒を強めつつ、先へ進んだ。マップを記録しながら、敵の情報を採取する。ゴブリンに混じってギガースが出現し、さらに別の――ヨトゥンやムスペルといった巨人まで出現する。
ギガースは肉弾戦を得意とする怪力の巨人だ。一方で、ヨトゥンは氷を操り、ムスペルは炎を操る。
放たれる火や氷を避けながら、聖奈は光弾を放った。攻撃のためではない。
「きらめけ、光弾!」
まばゆい光が巨人たちの視界を奪う。続けて、
「撃ち抜け、聖なる光弾! 三連撃!」
聖奈は攻撃用の光弾を三つ、巨人の頭に叩き込んで仕留める――ギガースと違って、ヨトゥンやムスペルはそれほど耐久力が高くない。正確に首を狙わずとも、頭部を破壊することは可能なのだ。
聖奈は静かに息をつき、あたりを見回す。
彼女は今、大きな部屋にやって来ている。幅はもちろん、奥行きも高さも三〇〇メートルを超える空間だ。巨人の多さといい、第一層のわりに異様に広い部屋といい、やはりこのダンジョンはなにかおかしかった。
「うん、やっぱり撤退しましょ」
聖奈は即断した。別にどうしようもない危険が差し迫っているわけではない……が、嫌な感じがぬぐえないのだ。
まだ第一層のマッピングすら終わっていないし、第二層への階段も未発見だ。しかし、彼女の直感が「戻るべき」と警告を発している。単独で深追いするのはまずい、という予感……杞憂ならばそれでいい。
出直して、仲間を引き連れ、「やっぱりなにもなかったよ」なら笑い話で済む。だが、本当になにか危うい状況にあるのならば――絶対に進んではならない。退くべきだ。
「はい! というわけでね、まだ始めたばっかりだけど、今回はここまでに――」
聖奈は即決即断であり、危険な兆候を嗅ぎ取るとすぐさま退避する。だが、今回に限ってはほんの少しだけ――決断するのが遅かった。
終了の挨拶を終える前に、そいつは現れた。
「え……」
という言葉が思わず聖奈の口から漏れる。
聖奈は、もちろん油断していない。異様な雰囲気を感じ取っていたのだから、気を抜くどころか警戒心はマックスまで上がっていた。
だが、気づいたときには――もう目の前にいた。
十三メートルにも達する一つ目の巨人、ギガント・キュクロープスである。その巨体に似つかわしい超巨大な棍棒を手に、聖奈をじっと見下ろしていた。
「撃ち抜け、聖なる光弾! 五連撃!」
聖奈は敵を認識するのと同時に動いた――キュクロープス相手に目くらましは通用しない。あの一つ目は、あらゆる障害を無視して敵を視認してしまう。
放たれた光弾は、巨大な一つ目に向けて一直線に走る。
ギガント・キュクロープスは棍棒をひと振りして薙ぎ払った。嵐のような風圧が巻き起こって、駆け出した聖奈を宙に浮かして吹っ飛ばす。
きゃあああ! という悲鳴が口をついて出た。
聖奈は転がりながらも、急いで離脱しようとする――探索者は、いつでもダンジョンから出ることができる。ただし、戦闘中をのぞいて、だ。
敵と交戦しているかぎり、聖奈は脱出することができない。
なんとか逃げ出さなければならないが……相手は聖奈を逃がす気など微塵もないらしい。ひとっ飛びで聖奈との距離を縮め、巨大な棍棒を振り下ろす。
「弾け、聖なる光壁!」
聖奈が叫ぶ。分厚い光の壁が出現し、聖奈を守る――はずが、〔あ……これは無理〕と彼女は即座に悟った。
とっさに後ろに飛びすさって直撃を避けたものの、彼女はボールのように地面を転がった。握っていた剣が手元から離れる。
〔ダメ……逃げられない〕
どうやっても、自分が勝てる――どころか、逃げるイメージさえ湧かない。
〔ここで死ぬの……?〕
絶望に心が押しつぶされそうになる。
そのとき――仰向けになった彼女の目に、ひとりの人間の姿が飛び込んできた。
メガネを掛けた、自分と同い年くらいの少年だ。
「あ……」
と、彼女はすがるように声を上げそうになって、自分を恥じた。どう見ても、高ランクの探索者ではない。格好からして初心者だ。
いや、それにしたってごく普通のTシャツ姿で、ちょっとダンジョンを舐めすぎじゃないか……という出で立ちだが、初心者が物見遊山で入ったのなら責められないだろう。
聖奈は不意に巨人の気配を感じた。とどめを刺そうとしている。この少年ごと……。
〔やだ、死にたくない……〕
涙がこぼれる。どうして、どうしてこんな目に……新規のダンジョン調査なんて受けなきゃよかった、巨人を見かけた時点で撤退していれば、単独じゃなくきちんと調査団を組んでいれば――後悔ばかりが募る。
だが、今さら遅い、もう遅いのだ――嗚咽する彼女の耳を、すさまじい怒声が襲った。
「ふざけんなよ、てめぇぇぇぇ!」
最初、彼女は情けない自分を叱咤しているのかと思った。Sランクともあろう者がなんて無様な姿をさらしているのかと……だが、違った。
彼の目線は巨人を向いている。
憤怒の形相で巨人を見やり、激情のままに叫んでいる。
「いい加減にしろよてめぇ!」
そして――奇蹟が起きた。少なくとも、聖奈の目にはそうとしか映らなかった。一瞬、少年の姿がぶれたかと思うと、消えた。
巨人がぶっ飛ばされていた。
とんでもない打撃音に驚いて反射的に身を起こすと、ギガント・キュクロープスが目を剥きながら倒れようとしているところだった。
どうやらメガネの少年にぶちのめされたらしい。
「なんだよ……! 見掛け倒しじゃねぇか、てめぇ……! 俺に覚悟を決めさせたのか……!」
口走る少年の体から、空恐ろしいほどの強烈なオーラが放出される。
〔え……? な、なにこの力……〕
青ざめるほどの力が少年の手に集約していき、斬撃となったオーラが倒れた巨人を斬り裂いていく――だが、相手も怪物だ。
巨人はそれでも死なず、力任せに棍棒を振りまわしている。ラッキーヒット、だったのだろう。少年にかすって、メガネが吹っ飛んでいく。
「お前ぇ……! 三千円とはいえ、人のモンになにしてくれてんだぁ!」
〔三千円なんだ、あのメガネ……〕と聖奈は思い、〔もっといいのプレゼントしたら、喜んでくれるかな?〕と考えて、ハッと気づく。
〔い、いやいやいや! この状況で私、なに考えてるの!?〕
だが、実際のところ危機は去っていた。
少年はオーラを足場にして空中を蹴り、巨人の頭を粉砕……あっさりと戦闘は終了してしまった。光に包まれながら少年は歩き、
「壊れてねぇだろうな?」
とメガネを拾い上げ、掛け直すのだった――
〔か、カッコいい……!〕
聖奈は自分の頬が熱くなるのを感じた。
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