第3話 姫神聖奈のダンジョン配信その1

姫神ひめがみ聖奈せいなのダンジョン配信はじめるよー」


 と言ったのは、腰まで届く長い黒髪をツインテールにした少女である。小柄で、かわいらしい顔立ちをしていた。


 黒いオーバーニーソックスを履いて、これまた黒いワンピース型の水着を思わせる衣装に身を包んでいる。胸元が大きく開いているので、少女の豊満な胸がこれでもかと強調されていた。


 聖奈は全長七十センチほどのショートソードを手にし、さらに金属製の肩当てを身につけている――彼女の装いのなかで、唯一の防具らしい部位だった。


〈開幕ローテンションで草〉

〈もう少しやる気を出せ〉

〈いつになったら剣と肩当ては黒くなるんですかね……〉

〈むしろなんでパラディンなのに黒いのか、これがわからない〉

〈エロすぎる格好でダンジョンを探索する痴女(ここまでテンプレ)〉


「これが最強装備なんだから仕方ないでしょ! あと高ランクはみんなこんな感じだから!」


 聖奈の言葉がダンジョンにこだまする。彼女は空中に浮かぶ文字列――配信動画のコメント欄をにらみ、半ばあきれたような顔を見せる。


「というか、あんたたちも飽きないね。毎回同じやり取りしてるんだけど?」


〈そう言いながらちゃんと付き合ってくれる配信者の鑑〉

〈今日はいつにも増してテンション低くね〉

〈いい男を見つけたと思ったら彼女がいたに一票〉

〈聖奈基準のいい男ってこの世に存在しないだろw〉


「いるもん! いつか私をさっそうと助けてくれるような――」


〈お前は救助する側定期〉

〈落ち着いて聞いてください人類はそんなに強くない〉

〈どうやって助ければいいんだ!〉


「んもぅ! ただでさえテンション低いのに! もっと私のやる気を引き出しなさいよ!」


〈でも視聴者側もやる気ないしな〉

〈新規ダンジョン調査じゃ撮れ高もないだろうし、しゃあなくね?〉

〈撮れ高ないのはいつものことやろ〉

〈参考にするんで、はよ案内してください〉


「どいつもこいつも!」


 聖奈は盛大にため息を吐いた。


「んもぅ……まぁいっか。とにかく、今日は政府のお偉いさんからの依頼で、新しく小田桐市にできた『小田桐ダンジョン』にもぐっていくよー」


 聖奈は空中のコメント欄を横にスワイプする。するとコメント欄の代わりに半透明のマップが表示された。映っているのはこの部屋だけである。


 さらに聖奈は指先をつまむように動かしてマップを縮小する。現在地である部屋が小さくなり、空白だらけのマップ全体が映し出された。


「南側からのスタートね」


 聖奈はマップを見て判断する――現在地の部屋は、マップ全体の最下部に映っていた。


「五十、三十、七十」


 聖奈は現在地の部屋をタップしてそう言う。部屋の幅、奥行き、そして高さの記録である。音声入力によって、マップに数値が書き込まれる。


「――天井が高い。飛行系モンスターがいるかも?」


 一応、配信中なので口に出す。


 もっとも、リスナーの反応はわからない。彼女は探索中、コメント欄を非表示にする。やろうと思えばマップと同時に映すことも可能なのだが、彼女はやらなかった。


「通路一、隠し二」


 さらに彼女は画面をタップし入力する。聖奈はその場から動かず、壁に向かって光弾をふたつ放った。命中と同時に壁が破壊され、それぞれ隠し通路が姿を現す。


「隠しAは罠なし、隠しBに……」


 彼女はさっと駆け出し、二つ目の隠し通路の前まで来て、剣を振り下ろした。素早く退避し、爆発から逃れる。轟音が洞窟にこだました。


「地雷一つ、使い捨て」


 彼女は念のため、もう一度刃を叩きつけて爆発しないかどうか確かめた。


「じゃ、隠しはとりあえず無視して通常通路から探索するね」


 彼女はそう言ってダンジョンを進み始めた。


「十、六十、八十」


 彼女は通路を歩きつつ、マップに情報を入力していく。新しい部屋に着いた。


「八十、一〇〇、八十」


 聖奈はマップを左手でタップすると、剣を構えてゴブリンたちを迎え撃った。棍棒を持って走ってくる。最弱の部類に入るモンスターだ。


 しかし聖奈は油断しない。


 ゴブリンは――いや、ゴブリンに限らずダンジョン内のモンスターは殺意にあふれている。もっとも効率よく侵入者、すわなち探索者を殺すべく動くのだ。


 散開したゴブリンにむかって、聖奈は光刃を放つ。真一文字の刃が五体のゴブリンを引き裂き、光に変える。仕留めそこねた二体を、姫奈はあざやかにステップを踏んで斬り捨てる。


「部屋B、ゴブリン七」


 彼女はマップにそう記載すると、ゴブリンが現れた地点を剣の切っ先で二度叩く。ふわりと泡のように光が立って、すぐに消えた。


「んー……二十分から三十分くらいで再出現リポップかな。とりあえずあとで確かめましょ。隠しなし。通路一」


 マップに入力すると、彼女は先に進んだ。


「十五、一二〇、九十」


 通路に入ってすぐ、彼女は足を止めてふたたび剣を構えた。


「ギガース四」


 聖奈は正面を見つめる。髭面の大男が四人ばかり近づいてくる。背丈は四メートル近い。まごうことなき巨人だ。聖奈とギガースたちの視線が交差する。


 瞬間、ギガースの速度が増し、一瞬で間合いを詰める。棍棒を叩きつけてきた。聖奈はかわして、敵の足首をそれぞれ斬りつける。


 膝をつくギガースたちからバックステップで距離をとりつつ、姫奈は詠唱した。


「斬り裂け、聖なる光刃! 四連撃!」


 無詠唱で倒せるほど、ギガースは弱くない。ゴブリンとは比較にならない難敵だ。聖奈は光刃を的確に操り、ギガースたちの首を刎ねる。


「同じく再出現リポップは二、三十分くらい? さっきのゴブリンと同じ……?」


 聖奈は切っ先で地面を叩きながら眉をひそめ、泡のように立つ光を見つめた。彼女の探索者としての勘が、異様さを感じ取る。


〔あまりいい兆候じゃないわね、これ……〕


 弱いモンスターほど早く再出現リポップし、強いモンスターほどなかなか再出現しない。ゴブリンとギガースのような実力差の激しい魔物が、ほぼ同じ間隔で出現するなどあり得ない事態だ。


 もっとも、それを言ったら第一層から巨人が出てくる時点でだいぶ異様ではあったが。

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