第5話 姫神聖奈のダンジョン配信その3
「えーと……」
少年は聖奈を見つめ、少しばかり困った顔をしている。聖奈はハッとして居住まいを正し、無意味に正座をして、サササッと自分の髪を手ぐしで直した。
「あ、あの……ありがとうございます! 助かりました!」
「え? あ、ああ、無事でよかったよ」
相手は戸惑った様子で返す。
〔どうしよう……〕
聖奈のほうも困っていた。なにせ彼女は常々公言していたのだ。自分のピンチにさっそうと駆けつけて、助けてくれるような男と恋人になりたい、と。
聖奈は有名人だ。世界唯一の女子高生Sランク探索者である。当然――目の前の人物も、聖奈のことを知っているはずだ。
その発言も。
正直なところ、聖奈は今でも半ば夢を見ているような気分だった。彼女自身、自分の願いが叶うことなどないだろう、と内心ではあきらめていたのである。
ピンチに陥って男の子に助けられる――ありがちなシチュエーションだ。しかし、聖奈の場合はありがちにならない。
Sランクを助けられる人間など限られている。
まして同じSランクは年上の既婚者だらけで、そもそも同い年がいない。自分より強ければ誰でもよいわけではなく、年が近くて恰好よくて優しくて――我ながら笑ってしまうほどの高すぎる理想だった。
しかも、そんな夢みたいな理想の男子が自分のピンチを救ってくれる、というシチュエーションを求めているのだ。叶うわけがない――そのはずだった。
だが、今、彼女の理想はまごうことなき現実となっている。
年は近い……と思う。確かめてみなければわからないが。そして強い。これは確定だ。優しさも――自分を見捨てずに立ち向かってくれたのだ。人並み以上にある、と考えていいだろう。
〔見捨ててもおかしくない状況だったのに……〕
少なくとも、彼は自分が強いことを――ギガント・キュクロープスを圧倒するほど強いことを知らなかった様子だ。なのに、戦ってくれた。
〔激怒してたけど……怒りを力に変えるバーサーカーなのかな?〕
しかし、聖奈の疑問はすぐに吹っ飛んだ。目の前の少年が、明らかに戸惑っているのだ。せっかく聖奈を助けたのに、ずっと困惑した様子でいる。
いったいなぜ――? と考えた途端、すぐに思い当たった。
〔もしかして、冗談だと思われてる?〕
これまで聖奈は、「自分を助けた男と結婚したい、付き合いたい」と公言してきたわけだが……この発言を本気にしていいかどうか、相手からすればわからないではないか。
まじめに交際をせまってよいものか、そもそも本当に好感度が上がっているのか? 確信が持てなくても不思議ではない。
「あ、あの……! ステーテス! ステータス、見てもいい……?」
聖奈は上目遣いに言った。
「ステータス?」
彼は眉根を寄せる。
「あ、やったことない?」
やっぱりこの人、初心者だ――と思いつつ、彼女は立ち上がって近づき、わざと胸を押しつけるようにして後ろから抱きつく。
恥ずかしさがこみ上げてくるが、
〔嫌いな相手にこんなことする女の子いないしね! これで私の好意はしっかり伝わったはず……!〕
と自身の妙案を内心で自画自賛する。
彼女は己の羞恥心を悟られないよう、素早く人差し指を立てた。そして、すぐさま人差し指を折り、代わりに中指、薬指、小指を立てる。ステータス開示のハンドサインだ。
マップが消え、かわりに聖奈のステータスが空中に表示される。
――――――――――――
名前:姫神聖奈(ひめがみ・せいな)
性別:女
年齢:十六歳
職業:パラディン
パワー:B-
スピード:A
ガード:C+
スペル:A
シーク:C
オーラ:D
武器:Aランク聖なるショートソード
防具:Aランク聖なる鎧
――――――――――――
「ほら、こんな感じで出てくるから」
少年は眉をひそめ、怪訝な顔をしていた。が、すぐに聖奈を真似してハンドサインを行ない、自身のステータスを表示させる。
真剣な眼差しに、聖奈はぼうっと見とれてしまった。我ながらちょっとチョロすぎないだろうか、と不安になってしまうが……夢のシチュエーションに遭遇して、思った以上にときめいてしまったらしい。
〔というか私、抱きついてるんだけど、その件についてはスルーなの!?〕
生涯で一番、心臓が高鳴っている。激しい鼓動が相手に伝わっていないか不安になるが、今さら離れる気も起きない。安心感と心地よさが段違いなのだ。
〔よく考えたら、さっきまで生きるか死ぬかだったんだもんね……〕
聖奈は強かった。探索者として才能があったのだ。おまけに過保護な彼女の両親や叔父夫婦が、とびっきりの装備を用意してくれたのである。おかげで、今の今までこれといったピンチにも陥らなかった。
聖奈自身、危険を感じたら即座に引き返し、仲間とともに乗り切るのが常だったからだ。しかし――今回ばかりは判断を誤った。
死んでいてもおかしくない、文字どおりの命の危機。
聖奈はギガント・キュクロープスと対峙したときの恐怖を思い出して、より強く少年を抱きしめた。
守ってもらえたのだ。きっとなにが起きても、この人と一緒なら大丈夫――そう思うと恐怖がやわらぎ、お日さまの下で日向ぼっこしているときのような温かみが胸に広がってくる。
〔ずっとこうしてたい……〕
聖奈は吐息を漏らし、少年を見上げる。
〔あ、そうだ。名前……〕
よく考えたら、お互いに自己紹介もしていない。いや、ステータスを見せ合うのは立派な自己紹介だろう。彼の名前は……と聖奈はステータスに目を向ける。
「え?」
という声が思わず漏れた。
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