電車を待つ

田中葵

短編小説

僕は帰りの電車を待っていた。どうして外出したのだろう。仕事だったのか、誰かと遊ぶためだったのか、それとも、単なる暇つぶしだったのか、もう忘れてしまった。帰りの電車は、あとどのくらいで到着するのだろうか。大体の時刻は把握しているが、どの電車に乗れば良いのか、私は知らない。

周りは人で溢れていた。遠くで、「電車が遅延していて......に遅れます」などと謝る声が聞こえてきた。良くは聞き取れなかったが、仕事か何かだろうか。

そうこうしているうちに、電車がやってきた。しかし、この電車ではないようだ。何となくそう思う。学校の制服を着た、中学生くらいの女の子が、「まだ早いかもしれないけど...もう待てない。ごめんなさい」と言って、その電車に乗り込んだ。その言葉を受けた、その子の両親と思われる2人はどこか悲しそうな表情をしていた。しばらくして、その電車は行ってしまった。

喉が渇いたような気がして、リュックサックから水筒を取り出した。飲もうとしたが、空だった。もう飲み干してしまったのだろうか。思い出せない。そんな時、「ガコン!」という音が聞こえてきた。振り返ると、スーツを着たサラリーマン風のおじさんが、自動販売機で買った飲み物を手にしているところだった。ああ、この駅には自動販売機があったのかと思い、俺は、何か飲み物を買おうと歩みを進めた。どれにしようかと思い、飲み物を眺めていた。

「こちらの飲み物がおすすめですよ」

そう言われて、振り返ると、髪をワックスで固めた、ホテルマンのような男性が、ある飲み物を指さしていた。それは、何てことないフルーツジュースだった。

「こちらの飲み物は、人工甘味料のみを用いて、果汁100パーセントのフルーツジュースを再現したものです。お気に召すと思いますよ」

そう言われて、まあ、これでいいかと思い、幾らかのお金を入れ、そのフルーツジュースのボタンを押した。その飲み物の入ったペットボトルを手にしていると居ても立っても居られなくなり、焦るようにキャップを外した。一度口にしたら、止まらなくなり、一気に飲み干した。飲み干して初めて、自分がいかに喉が渇いている状態だったのかを自覚し、それと同時に、水筒にはそもそも飲み物が入っていなかったということを思い出した。

「いかがでしたか」

そう聞かれたので、

「とても良かったです」

そう答えた。


それから少し経ち、電車が到着した。しかし、どうやら私の乗るべき電車は、この電車ではないようだ。俺はホテルマン風の男性に、

「あなたはこの電車に乗るんですか」

と聞いた。すると彼は、

「いいえ、私の電車はまだまだ先でしょう」

と答えた。

電車のドアが閉まる直前に、何かに取り憑かれたように勢いよく走ってきた若い男性が、ホテルマン風の男性に衝突した。ホテルマン風の男性は突き飛ばされ、電車のドアの中に入ってしまった。頭を打って意識がないようだ。間も無く、電車のドアは閉まり、彼は、その電車で行ってしまった。


それから、ベンチに座ったり、ボーッとして周りの景色を眺めてみたり、近くにいる人と話したりしていた。どれくらいの時が経っただろうか。何となくではあったが、次に到着する電車に、私は乗るべきなのであろうと思った。電車が到着し、私は、この電車こそが、私の乗るべき電車なのだと確信した。電車に乗り込むもうと、一歩を踏み出した時、仲良くなった人たちに別れの言葉を告げようと思い振り返った。そこには、優しそうな表情をするおばあちゃん、彼女の息子のおじさん、妻のおばさん、孫の青年、その妹の少女が居た。

「もう行くよ。元気でね。またどこかで会えるといいね」

そう言って私は電車に乗り込んだ。間も無くして電車のドアが閉まり、電車は動き出した。

駅のホームから遠ざかるにつれて、外は暗くなっていき、やがて何も見えなくなった。電車は、目的地に向かって進んでいる気がしたが、同時に止まっているようでもあった。帰ったら何をしようかなどと考えていると、段々と意識が遠のいていき、そして、私は眠りについた。

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電車を待つ 田中葵 @tanakajajaja

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