第9話 2/13

 とうとう9回目まで到達した。ぱちぱち。そんなに喜ばしくもないが。

 経過はまあまあだ。一進一退を繰り返しながら、次第に良くなりつつある。集中力が持つようになって、ようやく本を読めるほどにはなってきた。ただ当然のように悪い時もあって、そういう時は何も手がつかないし、どうにも拭い得ぬ嫌な疲労感がある。

 急性期の頃にあった世界全てが見も知らぬ違和感に覆われていた閉塞感。

首筋の硬直から始まるとてつもない強い不安、ないし恐慌状態に陥る急性的な不安。

亜種として起こる急性不安の持続。二時間ほどの心臓バクバク状態。

 数時間にわたって続く鬱屈とした虚無感、無気力感。

 この三種の神器が自分を相当悩ませてきた。

 連中は被さることはないといえ、必ず不安はこの三種に分類できていた。

 今回新たに加わったのは、異様な昂りのある疲労感である。これは集中力全てをもっていく。そわそわして、何も手につかない。何かが嫌な風がする。調べたら服用しているラツーダ錠の副作用らしかった。許すまじ。

 何が悪いと言えば、どいつも正直やってられないのだが、元はと言えば疑った自分が悪い。疑いとは、どこまででも疑えてしまう。将来、現在、過去。過去のやらかしをどう人が見ていたとか、現在の自分はどう映っているかとか、将来は大丈夫なのか、とかとか。他人も、自分も、そこには無いものですら四方八方に不安や疑いを持っているとやがてそれを司る神経が壊れて、それがずっとひっついてくる。

 厄介なのは脳が覚醒している間中そわそわとやってくる。

 まさにじんわりと日常を侵食するが如く突然に覆われる。ちょっと曇ったな、と思ったが最後に雨が降って、嵐が巻き起こる。小雨が降り続けたり、雷紛れの嵐が集中して起こったり、ずっと曇ったり。乙女の心は空模様とはよく言ったものだ。抑うつの経過は大方、天気で表現できる。

 自分は躁うつ病ではなく、双極性障害だ。

 要は持って生まれた自分の性分から来るものでしかない。おぞましいことにこれは体質なのだ。となれば墓場までこの病が人生を蝕んでいく。蝕んでいくが、正直、全てが全て悪いことじゃない。

 雨嵐があれば晴れの日はもちろんあるわけで。

 自分の疑いとは、言ってしまえば創作時に巻き起こる自然発生的な瞬時の自動思考の負の側面である。この言葉を書き連ねる行為だって、まさに自然にぽろぽろと溢れていくのを徒然に書いているだけで、自分のこういったある種の病的な側面を鑑みれば疑いというのも、ある意味の悲観に偏ったストーリー構成行為の一環であるといえる。

 これまで自分は自分というものの、正の側面しか知らなかった。

 この異様な働き。自分が才能だと考えていたものは我が身の力だが、同時に大きな代償がついて回る両刃の剣であった。病気を治す代わりに、この文章能力やら、発想力を犠牲にしろと言われたら、これまで苦しんだ自分に申し訳ないけれどノーと言わせてもらおうか。

 これは貰い物だ。ついでに嫌なものも貰ってしまったが。大いなる力には大いなる代償が伴う。同時に戴き物は、何かに還元する必要もある。これは才能だ。才能故に、自分では制御できないものだし、付き合っていくしかない。

 薬で抑えられているうちは問題ない。後は才能として与えられた能力をどう活かしていくかが、自分の病的体質に価値を見出していくかの重要な要素になる。自分は嘆けど、喜べどどうにせよ自分だ。自分の嫌な面も直視して、地獄を味わったが、同時に自分の優れた素晴らしい面も自分はよくよく知っている。

 言語感覚と想像力は類を見ないものだ。内容の構成という点では純粋に練度が足りないが。うちの子も自分なら、この病だって自分でしかない。彼女らの存在を手放しに喜ぶのが親としての自分の役目なら、病だってどうにか乗り越えて付き合っていくしかない。

 ようやく自覚した。

 病の絶望感から逃れるには書くしかない。

 もとよりそうだったが、今回の一件で確信した。

 書くしか自分に道はない。巧拙や価値の問題ではない。

 俺が俺を愛して生きるのなら、俺には書く以外の道など端から無かったのだ。

 だから悩んだり、苦しんだりする必要は、無理に追い込むことは必要ない。

 あるがまま、書くがまま、わが道を進もう。

 俺は俺がどうしても好きだから、全て愛して生きるのだ。

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ある日うつ病になりまして 芋鳴 柏 @ru-imo-sii-cha-96

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