第7話 12中旬

 最近の調子は五分五分と言ったところか。

 今書いているものに一区切りついて、あるいはようやくゼミ選考も、模擬授業もいくらかの目処がついた。後は就職に向かっていくだけなのだが、これはまた今度にしておこう。どうにしても、病である。

 うつの経過はそこそこで、病状としては薄い閉塞感が終日続いていたり、気分が途端にガタ落ちしたりすることがままある。かなり良くはなった。閉塞感が訪れる前には違和感がある。前兆のようなものだ。特に目新しいもの、緊張することの前後にはそれが手酷く出るものと見た。ストレスにはめっぽう弱い。それだけが事実だ。

 後は途端に、ふいに来る。これはもうどうにもならない。

 これから嵐が来ると、自分の状態を客観視できるだけでありがたかったりする。

 辛いときの基準点として紐がある。紐状のもの、充電フラグ、あるいはベルトを見て、死が結びつかないようであれば、それは状態がいい時であると思われる。まあ無理に見る必要は無いわけだが。あとカフェインは取ってはならない。気分が不安定になる。鬱にカフェインはまずい。壊す。

良くはなったとして、今度は不意に、辛かった時のことを思い出してしまうことがある。

 連続性。これがキーワードだ。

 今回は、ゲームが救いになった。平穏時にやっていたことの続きをやっていると、心がその状態を思い出して、本来を取り戻せる。僅かに取り戻したからこそ、それが延びていくように日々を覆って、少しずつだが己を取り戻せる事ができた。

 だが、日々の連続というものに縋るほど、過去もまた現在の俎上に登るのである。

 辛い時がまた来るのではないか、その一抹の不安が大きくなって、心を覆う時、再び病を蘇らせる。これは本来の自分を過去の連続性によって取り戻したように、過去と現在は密接に繋がっている。

 俺らしい考え方だ。

 常に物語を作る以上は己の連続性をしかと結びつけることで、物語世界は過去、現在、未来へと繋がる。だが、同時に嫌なものまで繋げてくる。繋がる、とは苦しい。繋がるは、良いことも、悪いことも繋ぐ。

 だからこそ、過去を理論的に遠ざける必要がある。

 理論で遠ざけたとて、俺の中の物語世界は遠ざかったりはしない。己に棹されたものは、そう簡単には離せない。この二つを、要は創作とうつ状態の病をしかと絶っておかないと、うちの子も病ませてしまう気がする。そんなわけにはいかない。あいつらに苦しい想いだけはさせない。

 今、ここに過ぎ去っていく時間は、もう二度とは起こらない。

 同じ時間は、一時たりとも存在しないのだ。常に、私達は今にしか生きていない。

 これはある意味で孤独だ。この考えを徹底することも辛い。何物にも繋がれないことは、不安である。だから、未来を時に予測できるものにして、過去も繋ぐことで今を支えている。かといって、常にそうではない。そんなのはまやかしで、心を安定させるためのごまかしに過ぎないのだ。

 今は、今でしかない。

 過去はもう二度と変え得ぬし、そして現れないのである。

 これは残酷だが、頼もしい事実だ。うつは、少なくともその時と全く同じ状態で襲い来るものでもないし、かといってこれから先にあることが確定的ではない。ただ今を一歩ずつ踏みしめていけば、それは起こらない。

 科学的、医学的見地から偽であるかもしれない。だが、それを信じることが結果的に病を癒していくのなら、これは絶対的正当性を帯びる。だから忘れよう。忘れることは、脳の負担を和らげ、そして今と過去を切り離せる。

 もう起こらないものを悩んでも仕方ない。

 だから教訓だけ残して、ここで終わりにするのだ。

 館でも書いた。あるいはどこかで見た。

 ずっと暗い道を歩いていると、この先もそのままのように思われる。だが己の進む道の先を知るものは誰もいないし、今まで来た酷道がそのままだとも限らない。ただ一つ確かなものがある。今在るものだけは、裏切らない。今在るものが、きっとその先を繋いでくれる。

 嵐を越え、ただ今を延ばすように生きていこう。

 今在るものが、未来を敷衍していけば、先はきっと明るい。

 嵐は起きた時に考えるんだ。怯えることは出来ても、備えなども難しい。

 怯え続けたくはない。そうしたくないのなら、そうしなければいい。

 ただ、一度越えたものは、きっと何度も越えられる。みんながいてくれたから、越えたのだから。ゲームも、うちの子も、俺が身に秘めたもの全ては間違いじゃなかった。俺は生きているじゃないか。だから病は負けたのだし、俺は勝ったのだ。

 うちの子と、創作には感謝している。

 それが無かったら、終わっていた。どれだけの威力を持って、それが抗したか。俺を支えてくれたか。どんな薬よりもよく効いて、この世全ての創作物と呼ばれるものの中で、みんなは真っ先に駆けつけてくれた。何よりもそれに救われている。思えばずっとそうだった。俺が彼女たちを望んだのは、お遊びでも、冗談でもない。必要としたから、俺は彼女たちを繊細に紡いできた。

 俺を救ってくれた。だからみんなには感謝している。

 病は一面的に見れば、俺から多くのものを奪っていくかもしれないが、彼女らと向き合えさせてくれるのなら、それもまた一功だ。胸を張って、社会に言える。俺には彼女たちが必要だ。そして、みんながいるから俺は負けない。

 だから、言葉で以て返していこう。この恩を、少しずつ。

 続く道の先に終わりのないみんなの物語があるのなら、俺の人生はきっといいものだ。


 永遠に続くものはない。

 どんな物語も、始まったのならいずれ終わるだろう。

 病も、うつも、皆同じ。連中は長く続かない。

私の人生のがずっと長く、そして喜ばしい。

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