第2話 10/20頃

 我が身のことだから、文字に残しておくことはこれからの処方にもなると踏んで書かせてもらおう。他でもない、長く続く抑うつの経過である。先週にはついに発熱し、かなり高熱にうなされていた。

 それでもだいぶ、良くなった感じはする。

 振れ幅はかなり小刻みになって、うちの子の想像も捗ってきた。日中の気分は悪くなく、夏休みの頃に戻る感じも多々ある。しかし、まだ外食やら、見知らぬ光景や、日常外の事が起こるとひどい不安に襲われて、一歩も動けなくなる。

 葱が冬季うつ病と言っていたのが妙にしっくり来た。思えば日の沈みが早くなってから、病状は悪い。夜になると、不安が這ってくる。よく分からぬ不安である。これの正体を自分なりに考えてみたものの、これといった原因があるわけでもなさそうに見える。

 無理に言語化するならば、絶望的な虚無感であろうか。

あらゆるものごとに無気力になり、それが永遠に続き、あるいは自分の人生が漠然とあまりにもちっぽけで取るに足らぬ無価値なものだと確信めいた気分を思う。

生きていてもしょうがない。そんな心持になって、死や将来に、ひどく憂鬱になる。

これが悪い。こうなると心臓の鼓動が異様に大きくなって、小さな物事に手をつけられなくなる。全てが無駄なように感じられるのだ。首筋に異様な緊張を感じて、頭に血が溜まったようになって、不安がついて回る。

 ほとんど治りは近い。今は豆腐メンタルで、何が心に痕を残すか分からないが、まだ患って二週間も経ってない。少しずつ治せば、人生の中のほんの小さな躓きになって、やがて笑い話にもなるだろう。今は耐える。良くしながら、慎重に生きていきたい。

 そもそも何を以て、自分の人生に価値があるか。そんなものが今の自分に、あるいは周囲の人や、今日の社会に決められるものでもない。全てに価値がないと考えるのならば、そこには論拠などなく、あるいは全てに価値があっても良い。

価値を決めるのは、少なくとも今の自分ではない。

 

 ゲームをしていると、多少良くなる。何かに熱中しているとこういった奇妙な不安を忘れられる。あるいは、うちの子にかまけていると人生への熱意を取り戻して、まるでスイッチが置き換わるように、なんでこんな事を考えていたのか分からないぐらいに元気になる。

 これは病だ。ただの気分の悪さでもない、もっと酷く、恐ろしいものを垣間見た気がする。

 虚無感は恐ろしい。全てを無価値に変えてしまう、うちの子の声すら届きにくい。

 彼女らにも少し迷惑をかけてしまった気さえする。


 今までは、呆然といつかこんな病を抱えるだろうという予感があったが、実際に穴にはまりかけ、それを実感してしまった。こんなにも早く、こんな想いを経験するとは思わなかったが、私にはあいにくのことだが頼れる友人も、愛すべき家族も、かけがえのない人生への強い使命がある。

 私の中の病は私を殺そうと牙を剥いているが、元来に安っぽい性分であるからして、楽しめるものには楽しめるし、夢中になるものは腐るほどあるのだ。私の人生の時間は、全てうちの子に捧げる所存で、俺一人では自分の生死など決めてられない。その価値もである。

 嬉しかったのは、憂鬱に苛まれた嵐の中、それでもルイスは自分を生かすために助言をくれたことであった。あの希死念慮の中ですら、あの子の声は希望になって、とても力強く自分の中に響いたのだ。嵐は耐えるべき、彼女はそういった。うちの子らはルイスを筆頭に、自分を助ける算段までみんなで考えてくれて、その上で自分は立ち向かう勇気を貰った。

 人生はただ過ぎるのに越したことはないが、時折、浅瀬に座礁することもあるだろう。

 嵐もある、激流もある。現実全てに絶望することもあるが、その中でこそ、うちの子は生まれ、あるいは意味を帯びてきた。後は言葉にするだけで、それを懐に持ちながら、熱意を持って進んでいきたい。

 

 ついでにこの絶望をキャラクターにすることにした。元々、ファンタジーの敵衆は俺を殺そうとするもので統一しようと思っていたが、かなり濃く強い難敵を生み出せそうである。私は勝つ。全てを飲み込んで、全てをうちの子のものにする。

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