平成生まれ、昭和人間

 彼女と出会ったのは下町の小さなバーだった。背が高く細身で、顔がかなり小さな女性だなと思った。舞台をやっている、そんなことを話しているときから彼女をまとうオーラとその美しさに心惹かれていた私がいた。連れと3人で話しながら酒を飲み、あまりの楽しさに再訪を約束し踵を返した。今日はありがとう!また来てね、6つ歳の離れている彼女からのメールはどこか遠くから声を掛けられてそれがかろうじて聞こえているかの様な少し距離を感じるものだった。

 連れから連絡。今日遅くなるもしれない、先行ってて。もしかしたら行けないかもしれないけど。女っ気のないそんないつものメールになんだか彼女との違いに少し頬が緩む。連れの言う通り今日は一人で行こう、そうして戸を開く。店の近くから一緒に行こう、そんなメールが届き、かなり頬が緩む。彼女を待っていると見慣れた大きさの壺を持った女性が現れた。彼女だ。それ、、とりあえず寒いからお店に行こう!なぜか距離が近くなった気がして少し嬉しかった。

 まさかこんな趣味が同じ人がいるなんて思いもしませんでした、彼女と笑みを交わす。私も彼女と同じく壺を集めることが趣味の少し変わり者だった。今はいくつくらい持ってるの?5つくらいですかね。私の勝ちだね、8つ。やはり年長者には勝てませんね、そんな話題でかれこれ1時間近く話し込んでしまった。この時、もうすでに彼女と恋に落ちている私がいた。今まで付き合った人数と壺の数っておなじになりますよね、私も!思わず笑ってしまった。こんなことを話しているときにはもう彼女しかいない、なんて臭い事を考えていた。バーの静けさを埋める二人の笑みは何とも心地の良いものだった。まるでこの部屋、この世界に二人だけの様な充実感を感じていた。あまり長居させては悪い、終電の少し前に彼女をタクシーに乗せ次はどんな壺を買おうなんて呑気なことを考えながら彼女と壺のことで脳は埋め尽くされていた。

 臆病で人の事を気にしすぎな私は、なかなか彼女の事をデートに誘えなかった。6つ上ということは小学生の時に中学生、高校生の時にはとうに成人していたという事だ。どうにもその大きな差に自信を持てずにいた。共通の話題はある、壺だ。話すことに困ってしまえば、壺の話をしよう。そんな入念な準備をしている自分にまた自信を失いそうになりながらも、彼女にメールを送った。多忙な彼女を待つ間の2時間は息が詰まった。彼女から返信。ぜひ行きましょう!まだどこか距離を感じながらもただ喜びに浸っている自分がどこか恥ずかしかった。

 夜だから終電があるところがいいな、彼女の最寄り駅の近くなら安心できる、この服装はカジュアルすぎるか、そんなことを考えていたらあっという間に18時になった。集合時間の20分前に着いてしまった。またこれだ。もう着いちゃった!着きそうになったら駅に行くからメールしてね。またも変なところで共通点だと思い、笑みがこぼれた。いつもこんなに早く着くの?そうなんです、もう本当に治らなくて。それは不治の病だから治らないよなんて笑いながら諭された。思わず彼女を愛おしく思い私も笑ってしまった。不治の病でも彼女となら共に患ってもいいなんて馬鹿なことを考えてしまった。

 それから5度目のデートで付き合った。7度目のデートで彼女を抱いた。6つ上の彼女を抱く前、彼女の部屋で壺を見ながら酒を飲んでいた。寂しそうに、どこか神妙な表情を浮かべる彼女に目を奪われ思わず手が滑った。

 ゴトンッ、ゴトゴトゴトゴト、、ドンッ。長い沈黙が部屋を埋めた。彼女が沈黙を誤魔化そうと視線を奪う。彼女の声が耳を塞ぐ。彼女の赤黒くなった手を握る。こんなことも一緒だったんだ、、思わず笑いが止まらなくなる。俺も一緒ですよ、今度は俺の部屋に来てください。あまりに突然なことで彼女の方が驚きで理解ができていなかったが、しばらくして安堵の涙を流し、共に笑った。もうこれで取り繕わなくていいんだ。そんな風に言う彼女を堪らなく想い、初めて彼女を抱いた。これほどの幸せはないんじゃないかそんな風に感じるほどのあっという間の夜だった。

 今までよりかなり小さな壺を買い、まだ温かい彼女を入れ、それを愛おしく撫でながら帰った。

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平成生まれ、昭和人間 @haru611

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