お見合いと秘密の恋について <後>
「ヴァリアンテ、お前からも言ってくれんかな?」
食後の紅茶とレモンのタルトを追加オーダーしたカラケルサスが、紅茶の味には眉を顰めながら、隣に座るヴァリアンテに語りかけた。
「はい?」
何のことを言われているのか見当も付かないので、彼は首を傾げるしかない。咄嗟に噎せそうになったカーシュラードが慌ててグラスの水を飲み干す。
「カーシュラードにね、お見合いの話があるんだよ」
ああ、くそっ、止めそこなった。
避け続けていた内容を、よもやこのタイミングで持ち出すこともないだろう。
父から届いていた手紙の要件は見合いについてだった。ヴァリアンテの登場で有耶無耶にできると思ったのに、そう甘くはないらしい。胸中で盛大に父を罵りまくったカーシュラードは、いらだちを主張するようにソーセージにフォークを突き刺した。
「カーシュ、行儀が悪い」
すかさず注意するカレンツィードに、今度ばかりは従う気にもなれない。
どうせなら、ローストビーフは二枚にすればよかった。デスクワークばかりだからと量を減らしたけれど、鍛錬すればすぐに消費してしまう。会話に参加させられるより、肉を囓っているほうがマシだ。
「お見合い、ですか?」
ゆったりと穏やかな口調で応えるヴァリアンテは、
腹が立ったので、ヴァリアンテの皿からブロッコリーを奪った。チキンがメインのランチプレートはまだ半分残っている。軍人ではないので、ヴァリアンテは早食いの習慣はない。彼はついに肩を震わせて笑った。
「何をやってるんだお前たちは……。見合いの話をさせてくれ。何ならヴァリアンテ、お前に回してもいいんだが、ううむ、お前を婿にやるのは惜しいなぁ……」
「僕はいいんですか、僕は」
思わず突っ込んでしまった。父の態度は、娘を嫁にやりたくない親バカそのものだ。
「そもそも僕より、カレンツを先にどうにかしてくださいよ。次男が先に結婚なんて、体面に響くでしょう」
「それは問題ない。俺はクセルクスに恥じぬ姫を娶る算段だ。安心しろ」
「あんたが裏じゃ遊びまくってるプレイボーイだと知らない姫君がいるといいですね。愛人何人作るか今から賭けましょうか」
「結婚すれば浮気はしないさ。娼婦ばかりと遊んでいたお前と違って」
「素人食って捨ててたあんたより身綺麗だと思いますけど。本命できてからは遊んでませんし。そもそも浮気する感覚が理解できませんね」
「こらこら、喧嘩は駄目だよ。じゃれてるみたいで可愛いけど」
明け透けな兄弟の会話に、心底楽しそうなヴァリアンテが仲裁に入った。ギラーメイア以外では口が裂けても言葉にしなさそうな、『可愛い』なんて単語をぶつけられて、兄弟そろって眉間に皺を寄せて黙ることになる。
「恥ずかしいな、お前達は。ヴァリアンテを見習いなさいよ」
「あなたにだけは、言われたくない」
「そうですね。ヴァリアンテはともかくとしても」
「……わ、私だって、浮気の経験はないんだぞ」
それはわかっているが、落とし胤騒動があったせいか、カラケルサスの株は低い。実際混乱を引き起こしたのはダークエルフのギラーメイアなのだが、わかっていても、父を槍玉に挙げたくなる。それに、息子達を育てたのは父だ。ある程度の責任はあるだろう。
ただヴァリアンテだけが上機嫌だった。彼はそれなりにブラコンの気がある。カーシュラードだけを相手にしているときはそうでもないのに、カレンツィードがそろうと嬉しそうに瞳を細めて弟たちを眺めるのだ。
「でも、なぜ今になってカーシュラードにお見合いの話なんて出てくるんですか?」
必死に押し殺しているカーシュラードの殺気に気付いているのか、ヴァリアンテが声を落として話を戻した。
気を取り直したカラケルサスが、冷えかけて香りもよく分からなくなった紅茶をすすって、苦み混じりの溜め息をこぼす。茶化す気はないのか、真剣な表情を浮かべていた。
「……功績と将来性が、繋ぎとして極上の果実に見えるのだろう」
「気持ちはわからなくもない。俺と結婚するより、娘の誰かを繋ぎにしたほうが実りが多いという判断だ」
父と兄は、話を持ってきているとはいえ、本心は愉快なことではないらしい。気に食わない、という心情が声音と瞳に表れていた。
カーシュラードはくだらないと吐き捨てるように鼻で笑った。
「僕が何をしたのか、正確に理解しているからこそタチが悪いですね」
魔神顕現にまつわる処刑場での惨劇事件。カーシュラードはその中心に近いところで巻き込まれていた。魔神が『
評価が変わったのは、国王が魔神顕現を認め、続く隣国からの国境襲撃を平定させてからだ。
いの一番に魔神に忠誠を誓い、少数の部隊で十倍以上の敵を屠った。王族であり、剣聖に比類する金剛位の剣位を授けられている。今はまだ年若いが、後は元帥か剣聖かと想像する者もいるだろう。王位継承権こそないし、ダークエルフとの混血ではあるが、何も家督を相続するだけが全てではない。
カーシュラードを手中に収めておけば、国政に影響を与えることもできるだろう。そのために、姻戚を得たいと考える王族や豪商が出ることは、想像に難くない。
そしてそれはカレンツィードにも影響があることだった。結婚相手を慎重に選ばなくてはいけないのは、むしろ彼の方かもしれない。
「下は十いくつ、上は四十を超えるあたりまで、私の元へ姿絵つきで手紙が届いてなぁ。女性ばかりなのは、お前が娼婦を買っても男娼には手を出さなかったからかな。どこで調べてくるのやら」
父は深い溜め息をこぼした。
見合い結婚が当たり前の王族だが、何もかもが打算と建前で繋がるわけでもない。実際、カラケルサスは正妻であるリリディアナ姫と見合い結婚をしたが、結婚後に恋をして、愛しあったのだと聞いている。
「お前が正式に断れば済むことだぞ」
カレンツィードが告げた内容に、カーシュラードは納得した。だからあえて味方につこうとはしなかったのか。
恋人がいるかなんて話題は、父と兄が末息子をからかいたかっただけで、本題ではない。迷惑なことだ。
「断ります」
「……だったらもっと早く返事を寄越しておけばいいものを。父さんからの手紙どころか、俺からの物も読んでいないだろう、お前は」
「そうですね」
あっさり言い放ったカーシュラードは、こめかみをひくつかせる兄を気にせず、残りの料理を平らげることにした。何か言いたげなヴァリアンテもとりあえずといったていでフォークを動かしているが、チキンを口に運ぶことはない。
王族のいざこざはヴァリアンテには縁遠いもので、けれど彼は、身内を道具のように語られることを嫌がる。その優しさと愛情をみせられるたび、温かい気持ちになった。
「そもそも、種なしだと言ってしまえばいいんですよ」
カーシュラードがナプキンで口を拭いながらさらっと告げた台詞に、噎せ返ったのは実父だった。
「お前は、何てことを……」
「ギラーメイアから何も聞いていないんですか?」
「母と呼べ、母と」
「ダークエルフはカーマ人の子を孕むことができても、カーマ人がダークエルフの子を孕むことは希だそうです。そして、生まれた子は生殖能力を持たない、と言われています。性欲も機能もありますけど」
どうやら生殖については初耳だったらしく、カレンツィードも父と一緒になってうなっている。
同じ出自であるヴァリアンテも母から聞いて知っていたのだろう。驚いたりはしていないが、そもそもハーフエルフであると公表していないので、同意もできずに視線を泳がせていた。
「ちなみに、ハーフエルフをダークエルフが娶ることは絶対にないそうです。まあ、実例がないだけで、もしかしたら孕ませることは可能かもしれませんけど、ハーフエルフとして生まれ育った僕の意見としては、子を作ろうとは思いませんね。カーマ人は純血でこそ成立するんです。兵器としての能力が遺伝するわけでもなさそうですし、僕みたいなのは一代で充分でしょう」
「カーシュラード」
ヴァリアンテが鋭い声で呼んだ。睨みつけるように強い視線だが、そこにわずかな悲しさが混じっている。彼が思うところの自虐的な発言をすると必ず咎めてくるが、価値観の違いはどうしようもない。カーシュラードは己を兵器相当だと理解しているし、そう思われることが当然だと認識している。父やカレンツィードだってそう認識しているだろうに、ヴァリアンテは頑なにカーシュラードは人間だと訴えていた。
おそらく内心では彼も、自分たちが逸脱した存在であるとわかっているのだ。それでも、いや、だからこそ、地に足をつけようとする。ヴァリアンテが引きずり下ろしてくれるおかげで、カーシュラードは人の輪の中で生きていられた。
「発言には気をつけて」
視線を受けたカーシュラードに意図が伝わったと判断したのか、ヴァリアンテは瞳を伏せた。
ふむ。なるほど。たしかに真っ昼間のカフェで世間話に出す話題ではない。カーシュラードはいまさらながら周囲の気配を探った。大丈夫。会話を聞き取れる範囲に給仕はいない。
「……子供の件は横に置くとして、お前は一生独り身でいるつもりか」
食い下がる父に、カーシュラードは顎をあげて挑発的な笑みを浮かべた。
独り身だからと外野に文句を言われる筋合いはないと思うが、婚姻と子孫を残すことを第一義としている王族には、独りでいるという感覚が理解できないのだ。だから、そこを論じても無駄だった。
「僕にはヴァリアンテがいるので、独りじゃありませんよ」
「ッん、ぐ……っ!」
突然変化球を投げつけられたヴァリアンテが、彼にしては珍しく食事を喉に詰まらせる。グラスの水を渡し、背中をなでると、
もうひとりの兄であるカレンツィードから胡乱な視線を感じるけれど、どうせカマをかけているだけだろうから反応はしてやらない。父はといえば、怒気を通り越して呆れかえっていた。
「……馬鹿をお言いでない。実際、お前たちは私たちよりよっぽど長生きするかもしれないが、だからと言ってお前たちは――」
「いけませんか? 別にヴァリアンテを嫁にしようとは言ってませんよ。きてくれるなら歓迎しますが」
「……行かないよ。何言ってるんだ君は」
「少しは悩んでくださいよ」
「お父さんも許さんぞ馬鹿者め」
「カーシュが言うなら、俺も立候補してみるか。結婚するまでパートナーの座が空いているんだが、どうだい? 現役の親衛隊員を同伴してパーティーに出席するのは楽しそうだ」
「カレンも何言ってるの?」
「……刀の錆にしますよ、カレンツ」
「冗談だ。実の兄相手に鯉口を切るなカーシュラード。誰のおかげで継承権放棄の書類にサインできたと思っている」
「あんたね……」
「……お前達、いい加減にしないか」
カラケルサスががっくりと項垂れながらも、家長の威厳を込めて低音で囁いた。それは息子たちを黙らせるには充分な響きだった。
「ヴァリアンテ、お前も否定するならもう少し嫌そうな顔をしなさい」
「……す、すみません。冗談だとわかってはいるんですが、なんですかね、こう、子犬が喧嘩してるような感じがしませんか? 兄弟喧嘩って、可愛いなぁ」
「お前……、お前は本当にギラ――いや、あの聡明で剛胆でリリディアナに比類するどこかの美しいご婦人に、感性がそっくりだな……」
実はほとんど本音に近いカーシュラードの言をどう認識したのかわからないが、カラケルサスはそれ以上何かを追求することはなかった。
「そう言うことで、見合いに関しての諸々は全てお断りしますと伝えてください。一筆必要ならば用意します。僕には大事な相手がいるので」
肩をすくめ、唇端を片方だけ上げて笑ったカーシュラードは、これでお終いとでもいうように両手を広げてみせた。
「その相手が誰か、私に言えないような者なのか?」
「……諦め悪いですね。見合いを断ったんだから、そっちの話はいいでしょう? 継承権のない末子がどこの誰と愛しあおうが関係ないはずだ」
「継承権がなくともクセルクスの恩恵を受けるのであれば、そうもいかん。わかっているだろうに」
父がどうしてそこまで食い下がるのかわからない。女性を孕ませることができないのなら、隠し子騒動の心配だっていらない。そもそもカーシュラードは素人を引っかけて遊ぶタイプでもない。執事からの報告を聞いているのなら、不安を感じる必要もないだろう。
「そうまでして結婚させたいんですか? 僕は自分を知っています。この身体に半分流れるダークエルフの血を誇りに思っている。だからこそ、相手は選びますよ。僕がこれからどんな道を歩くのか、何を選択するのか、それを知っても怖れず、時に止めることのできる者でなければ、相手をしようとも思わない。ただ家で待つだけの妻など――夫でも、願い下げです」
「カーマ王家の男女は、お前が思うほど弱くはない」
「けれど、僕を理解することはできないでしょう?」
だって彼ら彼女らにダークエルフの血は流れていない。
それは、明確な線引きだった。カーマ人はあまり他国人と婚姻を望まない内向的な思考を持っているが、他国人を排他することはない。けれど、魔族の血が流れているかどうかはきちんと区別をする。そしてダークエルフは、その感覚がさらに顕著だ。
何より、カーシュラードはハーフエルフとして正しい教育をされてきた。純粋なカーマ人ではないのだと再三自覚させられ、また、ダークエルフからも多種族扱いされる。どちらの群にも入れないのだと突きつけてきたのに、今さらカーマ人と結婚しろと言われても、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
もう、力のない子供ではない。実父だろうが、ダークエルフの血の混じらない者の言葉が、なんだというのか。
「自分から壁を作らなくてもいいのに……」
ヴァリアンテが切なそうに溜め息をついた。悲しませたいわけではないが、こちらにも譲れないものがある。
「知り合う前から拒絶しているわけではありませんよ?」
「……そうかもしれないけど。自分で檻を作って、自分から入ってるみたいなもんじゃないか」
「檻の中も、それはそれで楽しい。それに、幸いにもあなたという理解者がいます。僕は恵まれている。考え方が違っても、僕を理解してくれる。道を間違えても全力で向かってきてくれる。僕にとってあなた以上の存在は、いませんよ」
カーシュラードは、フォークを置いたヴァリアンテの手を握りしめた。握るだけではなく、指先を這わせて手首をなでる。それは親類に対するものとしては、少しいきすぎているかもしれない。だが、実の兄は振り払ったりしなかった。
「……だから、それをヴァリアンテに求めるなと言うのだ」
「結婚相手、とは言っていないでしょう? ただ、ヴァリアンテ以上のひとがいなければ、僕の心は動かない、というだけですよ」
堂々と言い放ったカーシュラードは、一度ぎゅっと手を握ってからヴァリアンテの暖かい手を解放した。彼の脈がわずかに速まっていたことが、あらゆる不機嫌を帳消しにする。
ヴァリアンテはといえば、父と一緒に頭を抱えていた。
「私を蚊帳の外にして、勝手に決められても困るよ……」
「おや。僕のことは嫌いですか?」
「……そういう訳じゃないけれど、そんな話だったっけ? あれ?」
「ヴァリアンテまで丸め込むとは、我が弟ながら恐ろしい奴だなお前は」
半眼で距離を取ろうとする腹違いの兄に、カーシュラードは鼻で笑ってみせた。なんとでも言うがいい。
ヴァリアンテがいるだけで檻の中も楽園なのだ。その幸福を誰とも分かち合うつもりはない。
カーシュラードは食後の一本に火をつけ、天に向かって悠然と紫煙を吹き付けた。
◇おまけ:テラス席のサボり組◇
そんな四人の姿を、中二階のテラス席で紅い軍服のふたりが眺めていた。
「な、何なのアレ……」
「王家の当主がここのカフェで食事したのなんて、あいつが初めてなんじゃないかな……」
小分けにしたケーキをフォークの先に刺したまま、ドナが唖然としながら呟く。その真向かいに座っている赤狼師団長のクリストローゼは、苦笑というか空笑いに近いものを浮かべていた。
「物凄い壮観だワ。クセルクス家が三人揃って師団のカフェでランチって……、あ、ありえナイ……」
おおむねどんなことも鷹揚で動じないドナだが、柵に身を乗り出さんばかりの食いつき振りだ。普段は抑え気味の南部訛りも全開になっている。
「……カーシュはしょっちゅう見てるから慣れたと思ってたたけど、やっぱり、血筋よネ。何なのヨ。クセルクス家って、美形の遺伝子でも組み込まれてるの?」
「あー、ちょっと驚くほど顔がいいよね。体格も申し分ないし。カレンツィードなんて、カラケルサスの若い頃をそのまま受け継いでるんじゃないな。遺伝っていうか、魔力っていうか、さすが王族の血は侮れない」
「今が空いててよかったわヨ。こんなのラッシュアワーで繰り広げられたら、ご飯どころじゃなくなるわよ、きっと」
確かにそうだろうな、とクリストローゼは紅茶をすすった。カーシュラード単品で見ても、面食いの視線をさらっていくのだ。本人は普段あまり表情を変えないから、整いすぎた顔が綺麗すぎて怖いという声をよく耳にする。
対するカレンツィードは、常にロイヤルスマイルを欠かさない。あの微笑の裏で数多くの男女が泣いたことを、クリストローゼは知っていた。
そして最後はカラケルサスだ。兄弟ふたりを足して渋みを加えればああなるだろう、という見本みたいな美中年だ。あまりに出来すぎやしないかと、いらだちすら感じてくる。
彼らは舞台俳優などとは一線を引く美しさを持っていた。それは皮膚の下に流れる魔と血の濃さもあるし、王族として生きてきたオーラのなせるものかもしれない。
上から眺めているとよくわかるが、給仕や他の客達がそわそわと視線を向けていた。不躾にならないように注意を払っているが、ここからだと丸見えだ。
「ヴァルとか、図太いにも程があるわね。ハグしてたわよ、ハグ。なんで馴染んでンのよ」
「ヴァリアンテも系統は違うだけで美形だろう。混じっていたって遜色ないよ。指南役見習いだった頃に、騎士王子ってあだ名がついてたの知ってる?」
「……何ソレ」
「取っつきにくい男臭さとか汗臭さがなくて、爽やかで、どことなく中性的で、優しくて強いってね。うちの若いのもキャーキャー言ってたの、懐かしいなぁ」
本物の王子である王族たちに熱は上げられないから、孤児院出身のヴァリアンテはいい偶像になったのだろう。学生時代は不遇だったようだが、剣位を得てから開花したタイプだ。いまでもあらゆる場所にファンがいる。
「まあ、何にせよ、カーシュといい仲なのは知ってたけど、家族付き合いがあるとは聞いてないワ。後で突っついておかなくちゃ」
心底羨ましそうなドナの口調とは裏腹に、クリストローゼはおや、と思った。
ヴァリアンテは実はあの中にいて平然としていられる理由を、クリストローゼはカラケルサス本人から聞いて知っていた。曰く落とし胤云々のアレだ。
ヴァリアンテが学生の頃に赤狼師団に引き抜こうとした際、素性調査の末に行き着いた。どんな文書にも載っていないが、クセルクス家がパトロンになったというのは唐突だったのだ。どうせ士官学校の同期でもあったので、カラケルサスが王都に戻った際に直接尋ねた。
こちらの利益にならない限り絶対に暴露しないでくれと約束させられたが、彼が真実を告げたのは、当時のクリストローゼが赤狼の師団長候補だったからだろう。あらゆる情報の元締め相手に隠す方が不利になるとわかっているのだ。そういうところが、カラケルサスが侮れない部分だ。
だが、どうやらドナは、ヴァリアンテとカーシュラードの出自を知らないらしい。彼女はヴァリアンテの親友だか、それとこれは別問題なのだろう。クリストローゼは真実に口を噤んだ。旧友との約束は正しく守ろう。
というか、ヴァリアンテとカーシュラードがいい仲というのは、本当なのだろうか。そちらの方が驚きだ。
もっとも、彼らは彼らで群から弾かれているから、寄り添うのも当然かもしれない。少し憐れではあるが、そんなことを口にすれば彼らへの侮辱になる。
いや、しかし、そうなのか。なんだかとても禁断の香りがする。そういうスリルはたまらない。
「ねぇ、クリス。アナタってクセルクス公とお友達なんでしょ? 後でアタシも引き合わせなさいよ」
「……何でだい?」
普段女王然としている彼女から、そんなかぶれたお願いをされたことなどなかった。なんだかモヤモヤしながら尋ね返すと、ドナは橙色の瞳を少女のようにキラキラと輝かせていた。
「彼、素敵じゃなァい? 滲み出る男の色気って、あのくらいからが美味しいのよ。ヴァルのついでにアタシの名前も覚えてくれないかしら」
「……一応さ、私も王族なんだけど、知ってるよね? 歳もカラケルサスと近いとか、さ。私からも滲み出てない?」
顔面の綺麗さでは負けている自覚はあるが、そこまで歪んでもいないはずだ。魔力値が高いのでカラケルサスほど老けてはいなくとも、生きた年月や経験で、それなりに脂がのっている自信がある。
「アナタからは別のモノが駄々漏れなのヨ」
半眼のドナにすっぱりと切り捨てられ、クリストローゼは悔しさに地団駄を踏みたくなった。絶対に彼女をあの男には会わせるものかと、心の中で盛大に誓った。
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