飴と鞭 後編 -4-

「ところで、どうして君が来たの」

「何ですか僕じゃ不満ですか」

「逆だよ、逆。君ほどの戦力を救助に投入するほど、黒羆バラムは疲弊してるのか?」

 ああ、とカーシュラードが納得した。

 お互いに軽装のまま、向かうのは食堂だ。夕食の提供時間が始まっている。

 カーシュラードは連隊長なので、駐屯地の司令官よりも地位は上だけれど、ゲスト扱いになっているらしい。サーコートを脱いでいるのはそのせいだ。ヴァリアンテと同室をもぎ取る程度に職権乱用はしたらしいが、今は軍規に縛られていなかった。

 お互いの身分を示すものは、騎士章かわりである金剛石の指輪と、腰に佩いたギュスタロッサの武具だけだ。だが、知る者にとってはそれだけで充分だろう。

「偶然といえば、偶然なんです。新種の魔獣――レプサピスと仮の名前がついてますが、僕はあれの発生を確認した駐屯地にいたんですよ。あんた、救難信号に魔獣の見た目を焼き込んだでしょう? 対策班を新たに立てるより、すでに討伐経験がある僕を派遣する方が、一番手間がかからない」

 なるほど、それでカーシュラードがきたのか。戦力の大盤振る舞いというより、コストを下げたのだろう。

「もともとあの魔獣は、トレマルク基地より北部で発生していたんです。単独か多くても三匹くらいがフラフラ出てきていて、キリがないので発生源となる母体を捜索してました。そっちは発見できて討伐したんですが、巣になっていた場所は大量発生の痕跡だけ残してもぬけの殻状態で、翌日から捜索隊でも編制するかと思っていたところに、救助要請が届きました」

「こっちは魔泉の周囲から魔が漏れたと思った瞬間、魔獣が突然出現したように感じたよ」

「転送門で飛んだ、みたいな?」

「それに近いかも。そっちにいたのが魔脈に乗ったのか……」

「ああ、母体のそばに天然魔脈があったので、その影響かもしれませんね。一応念のため、もう一度戻ってここの魔泉の周辺を捜索しましたけど、母体がいそうな痕跡はありませんでした」

「私が仮眠してるあいだに、そんなことしてたの?」

「ペリュトン討伐組が戻ったので、途中で交代しましたけどね」

 もしかしてカーシュラードは、昨日からずっと動きっぱなしなのではないだろうか。

 駐屯地から離れた場所にいたのだと聞いている。伝令から救難信号を受け取ったのが何時間後にしろ、彼が朝になるまで大人しく待つはずはない。急いで転送門の設置されている場所へ向かったはずだ。

 ヴァリアンテは労いを込めてカーシュラードの背中を叩いた。意図はわかっていないのに彼は嬉しそうに笑みを返してくる。やっぱり弟はとても可愛い。

 そのカーシュラードは、ふいに真剣な表情になった。ダークエルフそっくりな瞳が細められる。

「……ここ半年、ずいぶんと魔獣が活性化しています。さすがに偶然の域を出ている」

「そういう噂は、王都でも耳にしたことがあるよ」

 おそらく、マイヤ・ミノアが便乗したのもその調査を兼ねているのだろう。実際に魔泉に異変が起きているのか、魔脈に影響が出ているせいなのか、まだ事態を把握できていないのだ。しばらくは魔梟ストラ師団や黒羆バラム師団が忙しそうだ。

 憶測を重ねても答えに辿り着くのは難しい。ヴァリアンテはかぶりを振った。ちょうど食堂に到着したので、意識を切り替えよう。

 基地には数千の兵士がいるので食堂も広い。けれど、席はそれほど埋まっていなかった。ペリュトン討伐の後片付けをしているのか、早い時間だからかもしれない。

「さて、とりあえず空腹を満たそうか」

「生徒達と一緒じゃなくていいのなら、僕と同じテーブルでどうですか」

「もちろん。あの子達に声だけかけたら隣にいくから、場所を取っておいて」

 ヴァリアンテはカーシュラードの肩を叩いて、ゲスト用のテーブルを見渡した。一番奥に数人の生徒と教員が座っていた。全員の顔色がよくなっている。どうやらすでに食事は終えているらしく、談話室のかわりにしているらしい。

「帰路は転送門が使えるって聞いた?」

 基地や駐屯地には魔脈転移門がある。人間を運ぶには大量に魔力を使うので公共交通機関としては使えず、軍務や特例でなければ許可されないものだ。だが、今回のような異例の事態であれば、難色も示されずに許されたのだろう。

「ええ。クセルクス連隊長が許可を取りつけてくださったそうで、とても助かります。出発予定は十時頃ですって」

 教員の彼女にとっても、馬車に揺られるよりはマシな帰宅ができるだろう。転送術はそれはそれで慣れていないと酔うけれど。

「私はまだ話が終わっていないから、クセルクス連隊長と夕食をとってくるよ」

「どうぞ。基地内にいるあいだ護衛の必要はありませんので、ゆっくりしていらして」

 カーシュラードの名前が出た途端、生徒達が騒ぎ出した。口々に救助に来てくれたときの格好良さを語っている。

「あの、連隊長さんにお礼を……、その、お伝えしにいっては、ご迷惑になるでしょうか?」

 そばかすの残る女生徒は、頬を染めながら入り口に近いテーブルへ視線を向けた。そこには目立つ赤毛と、カーシュラードの副官、それと無骨な男達が五人座っていた。

「勤務外だから迷惑にはならないんじゃないかな」

 若々しくて微笑ましい。自分の学生時代はこんなに甘酸っぱい体験はなかったし、学生だったカーシュラードを思い出しても異例づくしだったなとしか感じない。

 ヴァリアンテは途中まで生徒達の後ろをついていった。こちらから紹介してやらなくとも問題ないだろう。私がいると気を使うかもしれないし。

「やあ、お疲れ様、サムハイン」

 配膳口にはちょうど、カーシュラードの副官がいた。上司の分と、どうやらヴァリアンテの分まで頼んでおいてくれたらしい。

「少しは休めましたか? 隊長がお邪魔じゃなければいいのですが……。部屋割りでしたら、どうにかしようと思えばできますから、遠慮なくおっしゃってください」

「それはいいよ。今さら変えたほうがカーシュが文句を言いそうだし」

「ではそのように。現時点でわかる範囲の魔獣の詳細や、救助が遅れた件についての報告書が必要でしたらご用意します。必要でしょうか?」

「おおよそのところはカーシュラードから聞いたから、紙面での報告は結構。士官学校側から何か言ってくるようなら、師団に問い合わせるよう伝えておくよ」

「痛み入ります」

「そうだ。あの魔獣、全部で何匹だったかわかる?」

「七十二匹です」

 それは怖ろしい数だ。ヴァリアンテは咄嗟に返す言葉を失った。相づちを打つだけが精一杯だ。

「……明日ですが、こちらは朝食前に出発予定なので、三十分前に一度ノックをしにまいりますね」

 声のトーンをわずかに落とすので、何事かと目をしばたいた。そして、意図を察して内心で笑いそうになる。その時間までには、人前に出られる状態になっておけということだ。

 サムハインは優秀だ。あまり我が儘らしいことも言わず世話のしがいのない隊長の望みを、よくわかっている。彼が部屋に戻ったら何をするのかも。

「了解。気遣いありがとう」

 なんでもないことのように返し、夕食の配給を受け取ってカーシュラードのテーブルに向かった。サムハインはトレイを置いてまたいなくなる。どことなく嬉しそうな後ろ姿だ。

 生徒達はそのまま部屋に戻ったようで、カーシュラードと兵士達が座るテーブルには、なんだか不思議な空気感だけが残されていた。ちらりと見上げて窺うと、漆黒の瞳を困ったように緩ませて笑みを返される。

「あの年頃って、あんなに素直なもんでしたっけ?」

「少なくとも君はクソ生意気だったけど」

「ですよね。なんだか、すごく眩しいものを見ました」

 突然混じったスラングにも驚かず、むしろ同席している男達が肩を震わせて笑っている。

「まあ、なんだ。礼を言われるってのは、悪くねぇな」

「私からも感謝を。管轄が違うのにカーシュラードと一緒にきてくれたのでしょう? 彼が後衛を任せるのだから、あなたたちの実力は確かなものに違いない」

「……いや、別に、ただの成りゆきってだけだ」

「大人になると素直になれないもんですよね」

「お前さんほんとひと言多いな!」

 どうやら王都以外でも着々と仲間を増やしているらしい。救助にきてくれたときに顔は見ていたけれど、きちんとした挨拶はしていなかった。同じテーブルを囲ませてもらうので簡単に自己紹介をすると、ものすごく驚かれてしまった。

「あの剣聖の……、弟子……?」

「で、僕の師です」

「……育て方間違えたんじゃありませんかね」

 すでに夕食を食べ終わっているシーバスが、生のままのアップルブランデーを片手にじと目を向けてきた。ブランデーはこの地方の名産で、配給から瓶ごと買い取ったのはカーシュラードに違いない。管轄をまたいで同行したことへの褒美だろう。ゲストであれば、飲酒の規定はないも同然だ。度数が強い酒に酔っているにしては、シーバスの嫌味は真実味を帯びている。

「……カーシュラード、君、彼らにいったい何をしたんだ?」

「真っ当な教育的指導を。おかげで一緒に酒が飲めます」

 本当に何をしたんだ。魔力解放と関係があるんじゃないかと問い詰めたいが、軍人としての彼の方針に口は出せない。

 ヴァリアンテは唇をへの字にしてラム肉のシチューをつついた。正直あまり得意なメニューではないが、空腹には抗えない。隣をちらりと確認すれば、カーシュラードはすでに半分食べ終わっている。相変わらず早い。

「……ぜんぜん食べ足りないな。セルバ、鹿でも狩ってきてくださいよ。あれは美味しかった」

 カーシュラードの無茶振りに、セルバが首をぶんぶん横に振っている。こちらはそれほど酔っていない。

「知らん土地で狩りなんてできません!」

「そう思いましたので、こちらを用意させていただきました」

 なかなか帰ってこなかったサムハインが、大皿に焼きたての牛ステーキを乗せて戻ってきた。分厚いのが二枚。途端にカーシュラードが瞳を輝かせる。通常の配給とは違う食料を提供してもらう場合別途支払いが発生するが、カーシュラードの懐はその程度では痛まない。

 むしろこの駐屯地が食料を出し渋ったとしてもサムハインが意地で手配したのだろうと簡単に想像できた。

 特別メニューを分けようかと尋ねられたが、全員が丁寧に辞退した。見ているだけで腹が一杯になりそうだし、嬉しそうにそわそわしている男から取り分を減らすのは可哀想だ。

「……七十匹超えをひとりで殲滅しちまうんだから、そりゃ夕食があれじゃ足りんか」

「お前さんほんと、馬鹿みたいに強いのな。肩書きだけの王都の坊ちゃんに現実見せてやろうぜ、なんて考えてたのが馬鹿らしくなる」

「そうそう。部隊も抱えてないのに連隊長って、どんなコネだよなんて思ってたもんな。ひとりで連隊ひとつ分の強さなら納得だわ」

「事実上解散なだけで、部隊を呼び戻そうと思えば戻せます。ただ、大半が剣位持ちなので、戦力としては余剰すぎるんですよ。あなたたちが追い出した槍使いだって、元は僕の部隊にいたんですから」

 まあ彼女は見切りをつけるのが早すぎるのが問題で、なんてぼやきながら、カーシュラードはステーキの攻略に取りかかっていた。口に物を入れたまま話すことはないし、マナーも完璧なのに食べる速度だけが速い。軍人のさがだと聞いたことはあるが、見ていて気持ちがいい。

 ヴァリアンテはカーシュラードが黒羆バラム師団でどう仕事をしているのか、ほとんど知らない。だから、駐屯地の兵士たちと気軽に話している姿を見るのは新鮮だった。

「しかし、ステーキ二枚だなんて安い報酬だな」

「報酬じゃありません。自腹です。こういうイレギュラーは、僕の場合できて当然、ですからね。失敗は許されない」

「なんかもっと、英雄扱いされたりしないんスか」

「されません。僕はただ物理的に強いだけです。それに、今回英雄視されるべきなのはヴァリアンテですしね」

「え? 私?」

 突然話をふられて、ヴァリアンテはパンを喉に詰まらせそうになった。

「飲まず食わず眠らずに十五時間、あの量の魔獣の攻撃を防御できる結界を維持し続けたんですよ。魔梟師団の高位魔導師だって根を上げる所業をやりとげて、このひとは倒れもしない。僕なら絶対できませんね」

「結界って、そんな凄いんですか」

「ええ。補助魔術より高度です。建物や土地みたいに要石を据えられるならまだしも、なんの触媒もなく維持し続けるなんて正気のさたじゃない」

「……凄さ度合いはどっちもどっち、じゃねぇかな」

「僕はただ強いだけ。大口を叩いても、僕が実際に誰かを守れることはほとんどないんです」

 それは得意分野と方向性が違うだけだ。カーシュラードは直接的な守護を行わない代わりに、民に敵の手が伸びる前にたたき落とすのが役目だ。

 どちらがより優れているという話ではない。彼もわかっているだろうに、それでも足りないというのか。なんて傲慢な考えなのだろう。カーシュラードが自虐的なことをつぶやくたびに、横っ面を張り倒したくなる。

「……なんでもかんでも背負おうとするんじゃない」

「ヴァル?」

「攻撃は最大の防御なんだろうけど、無茶をすることに慣れすぎだ。そんなだから、鎖帷子着てたのに痣と打ち身を作ることになる。ああ、切り傷もあったな」

 シャワーを浴びたときに彼の全身を見ていた。あのときは敢えて指摘する気はなかったけれど、自ら危険に飛び込もうとするなら問題がある。

「……もう治りかけてます」

「だからって、痛みを感じないわけじゃないだろ」

 ピシャリと言い放てば、カーシュラードが途端に肩を落とした。心底情けない表情になっている。

「捨て身になるのは愚か者のすることだ」

 同じ永久代謝細胞を持つものとして、回復が早いから怪我をしてもかまわない、と考えてしまう気持ちはわかる。実際、そういう状況になればヴァリアンテも怪我を厭うことはない。だが、命を賭ける必要もないのにヒロイズムに囚われてほしくはなかった。

 にらみ合うことしばし、折れたのはカーシュラードだった。

「……はい」

「忘れてくれるなよ? お坊ちゃん」

 拗ねた子供みたいに視線をそらすのだから、可愛くておかしくなりそうだ。思わず腕を伸ばして、聞き分けのいい子供を褒めるみたいに赤毛をなでる。

「でも、まあ、本気で戦う君は、ちょっと自慢したくなるくらいに格好良かったな。よくやった、カーシュラード」

「やめてください」

 拒否はしても耳が赤く染まっている。照れているのは隠しようがない。

「すげぇ。飴と鞭だ」

「……師匠って怖ぇな。連隊長を本気でガキ扱いできんのか」

「九つも下ならガキも同然だよ」

「アンタその顔で俺と同じ歳かよ!」

 すっかり目が据わったシーバスが卓を叩いて突っ伏した。どうやら酒には弱いらしい。

 魔力値が高ければ老いは緩やかになるのは世の理だが、確かにヴァリアンテは三十過ぎにしては若く見える。それもそのはずで、二十代の半ばで老いが止まっていた。不老の特性は、ダークエルフの血のせいだ。

 ヴァリアンテは管を巻くシーバス班の男たちを眺めながら、ゆっくりとした食事を終えた。気落ちしながら黙々とステーキを頬張るカーシュラードも反省しただろう。そろそろ機嫌を直してやらなくては。

 色々と咎めたり注意をしてしまうのは心配の裏返しだ。きっと他人だったのなら、ここまで親身にはならない。

 ヴァリアンテは食器を片付けるために立ち上がり、誰の視線も向けられていないことを確認して、カーシュラードの肩から背中までをするりとなでた。ぴく、と筋肉が強張る。彼の全神経がこちらに向いている。

 そこは、抱き合うときに爪を立てる場所だ。部屋に戻ったら好きにしていいと、カーシュラードには伝わっただろう。

 紅茶のポットをもらって席に戻ると、愛弟の機嫌はすっかり元に戻っていた。

「ところで、王都勤務の兵を募集してるんですが、転属してみたいと思うひとはいませんか?」

「勘弁してくれ。俺は地元を守るために入団したんだ」

「そうそう。こっちは俺らがなんとかするから、お前さんは気兼ねなく別の場所で暴れてくれ」

「それは残念」

 返答は半ば予想していたのか、カーシュラードに落胆は見えない。マグにブランデーと紅茶を半々についで、満足そうに傾ける。そう弱い酒でもないのに水みたいに飲むから驚くが、いくらカーシュラードでも酒に酔わないというわけではない。酔っても体調が悪くなったりしないだけだ。

「君でもふられることあるんだ」

「あなたと違って僕はまったくモテませんよ」

 謙遜もない本気の嘆きに、なぜかサムハインが噎せている。あまりの咳き込み方で心配になるが、大丈夫だと片手をあげるだけだ。どうやら笑いを堪えているらしい。

 気持ちは、わかる。

 カーシュラードは興味がない相手に気を持たせることをしない。そのかわり、興味があれば男女問わず口説いたりもする。ただ、彼の興味は性的なものではなくて、軍事的な目的に偏っていた。

 だから恋愛目的の者にはモテないけれど、強さを求める荒くれ者にはもモテたりするのだ。そういう層はアピールをしてこないので、カーシュラードが気付いていないだけだが。

「まあ、なんだ、大将。その顔なら、きっと誰かひっかかるだろ。だから俺の嫁さんのことは忘れろ」

「……へぇ? 何、その話、気になるな」

 ヴァリアンテが思わず反応すると、カーシュラードはものすごい早さで反論をはじめた。

「誤解です。確かに僕は年上が好きですけど、別にシーバスの奥方に興味はありませんよ。お山の大将を懐柔するなら、彼を尻に敷いているひとを味方に引き込んだ方が得策ってだけです」

「君、そういうことやるから恨み買うんじゃないの?」

 呆れて指摘をすると、シーバス班の面々も引いていた。

「職務に対して迷いがないだけです。僕が一途なことなんて、あんたが一番知ってるでしょうに」

「……まぁ、相手に伝わってるとは、思うよ」

 歯切れが悪くなってしまうのは、この関係を公にしていないからだ。今後もできないし、そもそもするつもりはなかった。それでお互いに納得しているが、カーシュラードは時折こういう駆け引きをしてくる。ヒヤヒヤするので控えてほしいけれど、ヴァリアンテにも負い目があるから拒絶はできない。

「なんだよ、アンタ相手いるんじゃねえか」

「それはいいじゃないですか、べつに」

 目を吊り上げて絡んでくるシーバスを前に、物入れからシガレットケースを取りだしたカーシュラードが食堂を見渡した。子供達がいないことを確認しているのだろう。

「よくねぇよ! こっちは嫁さんを実家にやっとこうか本気で悩んだんだぞ」

「シーバス、あなた、案外小心者ですね?」

 カーシュラードの言葉に男達が沸く。アップルブランデーが注ぎ足され、どうやらこれから下世話な時間がはじまるようだ。カーシュラードは話好きではないが、無口というわけでもない。無駄口を叩かないだけで、口は回る。ただ、今日はずいぶん饒舌だ。

 ああ、そうか。

 ヴァリアンテはふいに気がついた。全力を出して戦った興奮が、半日以上経過しても冷めていないのだ。必死に隠そうとしているが、言葉数の多さに出てしまっている。だが、おそらく、度を超すようならサムハインが止めるだろう。

 自分ができることは、別口からなだめてやるくらいだ。お膳立てもされているし、カーシュラードと同じ期間、こちらだって発散はしていない。

 ヴァリアンテは立ち上がった。部外者の参加はここまでだ。それに、部屋に戻ってしたほうがよさそうなことができてしまった。

「君たち、寝てないし朝も早いんだろ? ほどほどにして部屋に戻るように」

「はい、先生」

 軽口を叩くカーシュラードのこめかみを小突いて、ヴァリアンテはうっそりと口角を上げた。きっとそれほど遅くならず、欲求不満をかかえた愛弟がやってくるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る