飴と鞭 前編 -2-

 胃の弱そうな司令に招かれた朝食会は、あっけないほど簡単に終わった。少なくとも歓迎はされていないのだと理解できる。上が弱ければ下に舐められてしまう。これでは統率が取れていないというのも納得だ。

 副司令が士官学校時代の二学年上の相手だったので、こちらの方がまだ話がわかるだろう。

「魔獣の件ですが、人的被害は本当ですか。牧夫が殺されたとか」

「ああ、そういう報告は届いてるが、どこで聞いたんだ」

「魔獣に襲撃されていた商人からです」

「そうか。昨日のあれか。獣医を呼んでるから、到着しだい調べることになるが、あのタイプは俺も初めて見たぞ」

「接敵した印象として、魔獣のわりにほとんど魔力を感じませんでした。補助魔術の発現もなく、外皮の防御も薄く、物理攻撃に特化してるんじゃないかと思います」

「お前が言うなら、そうだろう。助かる」

 焦茶色の髭をなでた三十手前の副司令フィデック・ブロワは、そこでようやく気がついたように肩を上げた。

「おっと、今は上官でしたな。失礼しました」

「そのままで結構です。戦闘中に服従してくれるのなら、口調なんてどうでもいい」

 カーシュラードの持論は、政治の中では倦厭されがちだ。そもそも本人がそれなりに丁寧な口調ではあるので、反感も買いやすい。立場が下の者になればなるほど、馬鹿にされているのではないかと誤解される。

 けれど方針を変えるつもりもないし、カーシュラードとしては、文句があるなら剣で決着をつけたいと常々思っていた。持てる力を誇示することに何の遠慮も感じない。

 施設の案内といっても、駐屯地であればそう見るものもない。司令部と兵舎が一体になっているから、施設案内図を確認するだけでも充分だ。会議室や食堂に入浴施設、ローカルルールを聞きながら通り過ぎ、施設の外へでて厩舎や倉庫の位置関係を把握する。物見台の兵士だけは幸運にも演習場への集合を免れていた。

「地形変えるようなことは、やってくれるなよ? うちはたいした防御結界もないんだから」

 演習場への移動途中で、フィデックが肩を落としながらぼやいた。

「剣位持ち相手でもなければ、そんな下手打ちませんよ」

 戦闘行為がある前提だが、カーシュラードの装備は旅装より簡単なものだ。相手との対比を考えて鎖帷子も脱いできた。魔獣の革を削り出した軽甲冑のベストと、師団指定の長袖のサーコートだけ。同じ革製の手甲とブーツは自前のものだが、耐久性が高いというだけで軍需品とデザインに変わりはない。特製の剣帯を腰に巻いて、ギュスタロッサの刀を吊っていることだけが目を引く。

 演習場へ向かうのは、副司令とカーシュラードと副官のサムハインだけだった。司令は施設の守護のために留守番をすると言い張っていたけれど、おそらく一般兵との板挟みを避けたいのだろう。彼はこの地方の出身者だ。横槍を入れられても面倒なので、素直に置いてくることにした。

 黒羆バラム師団の基地や駐屯地一帯はどの王族の領地にも属していない。それは魔脈の上に点在する魔泉の警戒と管理を兼ねているからだ。

 魔泉は周囲の土地を魔で潤すかわりに、魔獣の発生を活性化させる。利益を独占しないよう王族の領地に含ませてはいないが、駐屯地周辺に街を作ることでそれなりに恩恵を得ていた。

 魔泉がある小山の麓が、この駐屯地の演習場になっていた。それほど広くはないが、街とは距離があるので訓練をするにはちょうどいい。

「三百四十六人、全員いますか?」

「奥方のお産が始まって欠席したのがひとり」

「それは不可抗力で。産休に入るならそのように」

 林道を抜けると、そこが演習場だ。比較的小さな魔泉がある小山の山すそが整備された広場になっていた。個人的な剣技の練習なら兵舎の付近でも可能だが、集団演習や馬上での訓練は広さが必要だ。

 林道と演習場の接続部には、馬を繋いでおくための杭だとか、武具を立てかける用の籠が並んでいた。木製のベンチは雨ざらしなのか年期が入っている。

 そこに、三十人程度の男達がたむろしていた。王都からきた剣位持ちの上官を歓迎しようという雰囲気ではない。遠くからでも、反感が滲み出ている。

「なるほど」

「……すまんな、クセルクス。俺もいまだによそ者扱いで従えきれん」

 情けない実情をこぼすフィデックに、カーシュラードは苦笑を返した。

「査定に響きませんか」

「思いっきり響いてるんだが、実際、あいつらの持つ周辺地帯への知識をあてにしてる手前、強くもでられなくてな」

 それでも、移動願いを出さないだけ彼は責任感が強いのだ。取り込まれてしまえば楽だろうに、それもしない。おそらくこの副司令は、それなりに信用できる。

「お坊ちゃんがひとり増えたぞ」

 場末の酒場でしか聞かないようなダミ声と笑いが聞こえてきて、カーシュラードは天を仰ぎたくなった。そういえば、あの手の店にはここ何年も行けていない。だからなのか、野次が懐かしく感じた。

「王族の兄ちゃんよ。こんな地方に飛ばされるなんて、どんなヘマしたんだ?」

「王都のお坊ちゃんが出しゃばってこなくても、ここいらは俺らが守ってやるって。なぁ?」

「そうだそうだ。よそ者なんざお呼びじゃねぇんだよ」

「あの槍使いのお嬢ちゃんの尻でもおっかけて逃げ出しな」

 ひとりが吠えれば追従は易い。

 目立って反抗的なのは、入り口に陣取っている十人程度のグループだ。残りの一般兵は、ある程度徒党を組んで固まっているか単独だった。ざっと見渡して、おかしな動きや気配がないことを確認する。裏で糸を引いている黒幕、なんて者はいなさそうだ。

「丸腰で来てる兵はいませんね?」

「魔獣と戦闘できる程度の装備でくるよう指示してある。命令違反で怪我をするなら、自己責任だ」

「結構」

「おい、無視するなよ」

 一番威勢のいい中年男が戦斧を抜いてカーシュラードに突きつけた。おそらく彼がリーダー格だ。短く刈り上げた焦茶色の髪と四角い顔を縁取るような髭。浅黒い肌。カーシュラードと張り合える長身だが、横幅は倍近い。恵まれた体格でもって、子分を率いている。大変わかりやすくて結構だ。

「嘘でしょう? 軍規完全無視じゃないですか」

「……すまん」

 謝罪したのは副司令だった。がっくりと肩を落として、サムハインと一緒に後退っていく。

 カーシュラードが驚いたのは、上官に対する不敬罪というより剣士に対して簡単に武器を向けて見せたことだ。力量がわかっているのならば、絶対に抜けない。敵対行動を取れば、相手に生殺与奪の権利を与えたことになる。それがわからないほどに、彼らは弱い。

 カーシュラードは一度大きく息を吸って、吐き出した。ニヤニヤ笑う男達を無視して、訓練用の武器籠の中からロングソードを拝借する。腰に佩いた愛刀が不満を訴えてくるのを、柄をなでることでなだめた。

 剣位持ちたちは、カーマ建国の功労者のひとりである、ギュスタロッサという刀匠が作り上げた魔器を持っている。

 魔器はただの武器ではない。それは古の時代、『紅蓮の魔神インフェルニア』の生まれた魔の世界から呼び出された魔族の欠片を鍛えた武器だ。量産品の鋼など易々と砕き、ときに魔導師の莫大な魔力を支える。

 物言わぬ鋼は主を定め、時折意思のようなものを伝えた。カーシュラードの持つ黒刀は気性が荒く嫉妬深い。主人が別の武器を使うことを嫌がるし、他者に触れられることも拒絶する。

 だが、カーシュラードは己の魔器に甘くはなかった。明確な意思をもって従わせている。窺いを立てることはしない。愛撫するようになでるくせに、聞き分けろと命じる。愛刀に対する、それが正しい接し方だった。

 反抗的な男達の集団を、物怖じもせず縫って歩く。進路を塞ぐ者がいないのは、彼らがカーシュラードを舐めきっているからだろう。

「やる気か、お坊ちゃん」

「ええ。面倒だから、全員でかかってきてください」

 途端に、どっと笑いが湧いた。

「馬鹿言ってんなよ。そのお綺麗なツラを傷だらけにしたいのか」

「そういう安い挑発は、相手の力量がわかるようになるまで隠したほうがいいですよ」

「兄ちゃんこそ、従騎士に鎧着せてもらわなくていいのかい? 本物の剣で殴られると、痛いんだぞ?」

「……そこから教えないといけないんですか、絶望的だな」

 カーシュラードは長身でしっかりと鍛えられた筋肉質な体躯をしているが、決して巨漢ではない。体格でいえば、現剣聖には及ばないし、この集団の中でも一回り分厚い男は何人かいた。黒い軍服は着痩せして見えるのと、鮮やかな赤毛と整った顔立ちのせいで優男に思われることが多いだけだ。

 だが、その肉体の組成はカーマ人とは一線を画する。

 演習場の真ん中まで行く必要はないが、非戦闘員は巻き込みたくない。副官たちがしっかり離れたことを確認して、カーシュラードは足を止めた。ロングソードの間合い程度はわかるのか、男たちは離れて取り囲んでいる。数でみれば、あきらかに集団暴行の直前だ。

 思えば、黒羆バラム師団に入団する前から、こんなことばかりをやっている気がする。

「さて、いつでもどうぞ?」

 生意気さを前面に押し出して見下すように言い放つと、男達が威嚇の声を上げた。殺気立っているが、最初の一太刀をくれる者はでない。

 こういうとき、カーシュラードの口調は火に油を注ぐことができる。若輩で、王族生まれで、地位だけ高い。そんな相手に丁寧な口調で話されると、この手の輩は己が馬鹿にされていると感じる。物心ついた頃からこうなので今さら口調を変える気はないが、成長と同時に使い方を学んだ。

「なんですか。口先ばかりで怖じ気づいてるんですか? だったら、先見の明がありますよ」

「吠えるなよ、ガキが!」

 隙だらけの構えで剣を振りかぶった男が吠えた。追従する者もいれば、本当に斬りかかっていいのかと迷う者もいる。彼らの中でも、意識が統率されているわけではないようだ。

 カーシュラードは補助魔術を使うこともなく、まずは最初の一人を吹き飛ばした。同じロングソードを真ん中から砕かれ、斬撃をまともにくらっている。巻き込まれた仲間が数人、一緒に転がっていた。

 二撃目は右から、三撃目は真後ろからだ。四撃目はなかった。ロングソードを使っていても刀を捌く動きはかわらない。中腰から起き上がるついでに、肩に剣を乗せた。こちらの剣は刃が潰されているので、コートが切れることはない。

「それで?」

 完全に舐めた態度で喧嘩を売りつけると、動揺から冷めた何人かが一斉に向かってきた。それまで様子を窺っていた者も数人、剣を抜いて参戦する。

 彼らの攻撃の一手一手は型通りで読みやすい。最低限の訓練はしているのか、それ以上をしないせいかもしれない。カーシュラードは無駄な遊びで侮辱するようなことはせず、一撃で伸していった。。

 乱闘沙汰は娯楽になる。戦闘には参加しない兵たちが人垣で即席の闘技場を作っていた。野次がないのは後が怖いからなのか、同僚達への応援の声が多い。

 だが、さすがに相手の実力がわかってきた者や、積極的に参加はしないものの観覧していた兵が、事態を飲み込んでじりじりと後退りはじめる。やられても気絶しなかった者が、立てるようになって逃げだそうとした。

 倒されることは許せるが、無様に逃げるのは許しがたい。カーシュラードは、囁くように魔を紡いだ。

「『止まれハルト』」

 闇魔術はカーシュラードの得意分野だ。戦闘に関する呪術ならキャストタイムもほとんど必要としない。それなりに魔防御をしていれば迂闊に術中にはまらないけれど、少なくともこの演習場の兵士達の中には魔術を警戒していた者はいないようだ。

 動きを停止させる呪術は時間経過で解けてしまうが、命のやり取りをする中では一瞬の隙を作るだけで充分なので、それなりに多用する。ここまで綺麗に術がかかることもないから、場違いに感動を覚えた。

 だが、こちらも遊びでやっているわけではない。

「改めて皆さん初めまして。第十五連隊長、特殊剣撃部隊のカーシュラード・クセルクスと申します。まずはひとつ教えましょう」

 剣というより鈍器のような扱いをしてしまったロングソードを、地面に突き刺した。

「カーマは魔神を祖と仰ぐ国です。我らの身体には魔神の血が流れている。その濃さで『強さ』が決まります。我が黒羆バラム師団では、強さこそがものを言う。そこのお山の大将が威張っていたのと原理は同じですが、物理的な力があれば強いわけではない。血と魔と武または魔導の腕がそろって、強さを誇示できる」

 蕩々と語りながら、普段は無意識に抑え込んでいる魔力の制御を徐々に外していく。本来この手の威嚇行為は魔導師が行うものだ。不用意に行えば命を削ることになりかねない。カーシュラードは魔剣士ではないけれど、元々の魔力保有量が高いので似たような芸当ができるだけだ。

 だが、純粋な魔導師ではないからこそ、身ひとつでは魔力解放などできない。ギュスタロッサの魔器を触媒にすることで、それが可能になる。

 音も立てずに刀を抜くと、鋒両刃作きっさきもろはづくりの刀身が闇色に淡く輝いた。柄を通して魔が流れていく。奔流はやがて全身を包み、うねり、広がっていく。

「これが魔というものです」

 チリチリと放電に似た響きが空気に乗り、視界を暗く染めるような重さでのしかかっていった。停止の呪術を受けた者はその体勢のまま、遠巻きにしていただけの者も膝を突いて、その重圧を味わった。

 骨が、肺が軋む。見ている世界が翳る。怖くてたまらないのに、血でも心臓でもないどこか熱い部分が、歓喜で震えていた。だが、強制的に従わされて悦べるほど、彼らが持つこれまで生きてきた価値観はそう簡単にかわらない。

 戦意を喪失しない男達は、視線に悔しさを滲ませてカーシュラードを睨みつけていた。気概があってよろしい。

「僕に喧嘩を売るのなら、せめて剣位のひとつでもなければお話にならない。あなた方は、僕の足下にも及ばないんですよ。まずは、己の矮小さを学んでください」

 それは強烈な区別だった。

 カーマ王国において、国民は平等ではない。高魔力保持者に膝を折るよう遺伝子に刻まれている。高位の者が民を虐げないのは、倫理観を失っていないことと、より上位の存在を知っているからだ。

 カーマの民を支配している者は魔神だ。王族や剣位持ちは、代理支配を許されているだけで、民を虐げれば魔神の利を損ねることになる。

 そして民がそれを許すのは、有事の際に代理支配者が命と魔をもって還元を行うからだ。

「己が得られなかったものを恨んでひがむより、持てる力を磨きなさい。助言ならいくらでも与えます。研鑽はやがて誇りになるでしょう。この地を守護する者として、僕が信じるに足る努力を見せてください」

「……だったら、お前が、ひとりで、全部、守れよ」

 苦痛を滲ませたうめきが聞こえた。

 魔の重圧をかけられた中で反論してくる者が現れるとは驚きだ。カーシュラードは視線を向け、ああと納得する。リーダー格の、あの男だ。

「言ってて恥ずかしくないですか? あなた最初、自分たちがこの町を守るから僕に帰れと言いましたよね。初志くらい貫徹してください」

 嘲るような溜め息をひとつ。

「街ひとつ壊滅させそうな魔獣が出たのなら、何を置いても駆けつけます。国土と民を脅かされるような戦争になれば、半身がもがれてもカーマを守り抜きます。僕の力は、そういう類のものです」

 演習場の外側で、副官が手を振っていた。そろそろ止めろというのだろう。だが、これだけは告げておきたい。

「……幸いにも戦時下ではないので、僕が出しゃばることもないでしょう? あなたたちはせめて、与えられた管轄くらいは守ってください。ただ威張らせるために給料払ってんじゃないんですよ」

 圧倒的な魔で威圧をしながらも穏やかな声色を崩さなかったカーシュラードが、その気配に殺気を込めた。敏感なものはそれだけで嘔吐いてしまう。

「民が魔獣に襲われていながら、お前達は何をしている。いざとなったら民を守って死ぬのが役目だろう」

 実際に牧夫がひとり死んでいるのだ。それでもなお哨戒任務にすら兵を出さないのだから、本来は司令官にこそ聞かせたい言葉だった。その件について師団本部への報告書に記載するつもりなので、何かしら処分は受けるだろう。

 けれど、暢気にカーシュラードに喧嘩を売っている一般兵も、責任はないのだと思って欲しくない。示威には行き過ぎだが、自覚させるにはある程度の恐怖は必要だ。

 カーシュラードは納刀すると同時に、魔の解放を止め、制御を戻した。冷酷さはそのままに、重圧だけを霧散させる。一般兵達は震えながら、それでもようやくまともに呼吸ができるようになった。反撃に転じる者はいない。

「ですが、あなたたちだって簡単に死にたくはないでしょう? だったら、訓練でも修行でもなんでもして、素地を底上げしてください。剣位持ちは戦闘のプロです。その技を盗むならまだしも、追い出すなんて愚かな臆病者のすることだ。負けを認めるのが怖いなら、強くなどなれない」

 うずくまる兵士たちを助け起こすこともせず、演習場の外へと足を向ける。用は済んだ。あとは彼らの判断に任せるつもりだ。

「今回に限り服従義務違反は見逃しましょう。納得できずに報復するのも許します。ただし、次は無傷でいられるとは思わないでください。命令を聞けない兵はいらない」

 報復への反撃権利はあるが、実際にやると面倒な事態になることも知っている。だから、できれば本当に、自国民を殺すようなことはしたくない。

 カーシュラードは、兵士たちが与えられた恐怖でもって、真実を飲み込んでくれることを願った。

「兵士の育成には金も時間もかかる。僕としてもむざむざ失いたくはないんです。無能を減らす大義名分を与えないでくださいね」

 最後にそれだけ吐き捨てて、カーシュラードは副司令と己の副官の元へ戻った。サムハインは腕を組んで心底困った顔をしていた。副司令官は頭を抱えてしゃがみこんでいる。この距離まで威圧を向けてはいないのだから、さっさと立ち上がってほしい。

「……もうやだ、お前。過激すぎて吐きそう。正論で殴ればいいってもんじゃないんだぞ、犬の躾じゃあるまいし」

「僕たちは自警団じゃないんですよ。犬になれることを示してもらわなければ困ります」

 行きますよ、と声をかければ、フィデックが呻きながら顔を上げた。年上のくせに子供みたいに怯えている。

「責任を感じるなら、哨戒任務の編成をしてください」

「それは勝手に作ってある」

 その応えに、カーシュラードは口角を上げた。この駐屯地にきて一番いい報告だ。

 笑みをみて毒気が抜けたのか、副司令は大げさな溜め息をついた。ゆっくりと立ち上がって、背を向けたカーシュラードを呼び止める。その声は緊張を孕んでいた。

 カーシュラードが首だけで振り返ると、フィデックは一度唇を開いて言いよどんだ。そして、意を決するように眉根を寄せる。

「本当に、……我らの祖は、復活したんだな?」

 国営新聞での発表は一年前の一報だけ。実際に体験したのは、王都勤務のカーマ王国軍の兵士たちと、魔力値の高い市民のみ。地方の駐屯地では、変化が実感できなくともおかしくはない。

 カーシュラードはその漆黒の瞳に、魔神の君へ対する憧憬を乗せてゆっくりと唇を開いた。

「だからこそ僕に、恐怖と迷いはない」

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