ふくろうの本屋さん2
奈月沙耶
モデルチェンジ?
その日もいそいそと〈ふくろうの本屋さん〉と勝手に命名した古本店の引き戸を開いた。
天井までの書架が壁沿いと、真ん中にもう一列並んだ狭い店内に滑り込み、するすると音もなく気持ちよくレールを走るガラス戸をそうっと戻す。
とたんに、
「いらっしゃいませ!」
元気の良い声が飛んできてびっくりした。
職場の近くであるこの場所にこの古本屋さんを見つけてから数回訪れているが、いまだかつてこんなはつらつとした「いらっしゃいませ」を聞いたことはない。
黒T黒縁めがねの店長らしきおにいさんの「いらっしゃいませ」はもっと小さくくぐもった声だもの。
店長さん以外の店員さんかな? 気になって本を選ぶより先に、空間を仕切るように立つ真ん中の書棚を回って、出入り口から死角になっているカウンターの中を窺ってみる。
店員さんのお姿を確認したかったのももちろんだけど、レジカウンターの天板にちょこんとうずくまるもふもふの姿を期待して、だったのだけど。
(ふぇ……)
そこには、いつもの茶色のコノハズクではなく、コノハズクよりふたまわりほど大きなもふもふがしゅっと立っていた。
BGMもなにもなくシンと静まり返った店内。未知の生物と遭遇したかのような緊張感。そうっと足音を立てないよう一歩二歩近づくと。
ぐりん、と首を回してもふもふがこっちを向いた。
ぎゃっと声が出そうになって手で口をおさえた。そうして見つめ合ってみれば。
お立ち台にいるのはメンフクロウだった。ハート形の顔に、コノハズクの猫っぽいそれとは違うつぶらな小さな黒い目、長いくちばし。頭頂部と翼ははちみつ色で、おなかは真っ白なメンフクロウだった。
うわぁ、もふもふーもふもふー。頭とおなかがとても柔らかそう。なでなでしたいよ。
じいっと微動だにしないでこっちを凝視する顔つきが不気味かわいくもあって身動きできずにいると。メンフクロウはゆっくりゆっくり首を正面に戻し。おもむろに。翼を片方わさっと広げた。
「!!!!」
うわ、翼って広がるとあんなに大きいの!? というか、なんてサービス精神! し、写真を撮りたい!
トートバッグに手を突っ込んでスマホを捜しつつカウンターに近付いて、そこでようやく、メンフクロウの向こうでにこにこしている店員さんの顔が視界に入った。
壁面をくりぬいた奥まった位置にあるカウンターの内部は窺い知れない空間で、なんだか妙な隔たりをいつも感じる。知らぬ間に挙動不審な行動を目撃されてもいるわけで。
けど、そんな気まずい思いよりも今日は驚きのほうが勝った。
黒T黒縁めがね、黒髪のぼさぼさ頭でいつも無表情の店員さんが、今日はにこにこ笑っているのだ!
驚きは、すぐに疑問に変わった。表情だけでなく、ファッションもいつもと違っていたからだ。綿素材らしきパリッとした白い長そでTシャツ、こっくりしたベージュ色でボストン型のセルフレームのめがねがなんともオシャレ。
顔つき、からだつきは同一人物。でも、表情と服装がまるで別人なのだ。
どーゆーこと!? 黒T黒縁めがねのおにいさんとはよく似た別人!?
別人説で結論が落ち着きそうになったとき、
「いつもありがとうございます。毎日いろいろ購入していただいて」
毎日会っているかのように話しかけられ、同一人物説にメーターが戻る。
「あ、はい……本は毎晩読むので……安くて、助かります……」
「ありがとうございます! あ、今日からしばらく当番はこの子ですのでよろしくお願いします」
「当番……」
ぎくしゃくした動きで視線を追とせば、いつの間にか翼をたたんでいたメンフクロウは、今度はすうぅっと顔を真横に傾けた。
「な、なるほど。当番制なんですね……」
「そうなんですよ。ランダムなので、その日にどの子がいるかはお楽しみで!」
「な、なるほど……」
「良かったら、今日仕入れた本はそこに並んでます、ごらんになってください」
「ありがとうございます」
いつもながら、驚くことに、明日発売だと広告に出ていた話題の新刊が並んでいたのだが慣れもあってあまり驚くことなく。
その本をカウンターに持っていく。
「えっと……」
「ありがとうございます、百円です!」
会計を済ませ、
「触ってもいいですか?」
いつものようにいちおう確認する。
「いくらでも」
にこっと愛想よく笑う店員さん。
そうっと指をのばしてメンフクロウの頭頂部を撫でてみる。想像した通りの柔らかさ。おなかにも触りたかったけど今日は我慢することにした。しばらくいるって言ってたし。
「ありがとうございましたー」
明るい声を背に店を出る。引き戸のガラス越しに見えるのは書棚だけでカウンターはもう見えない。
〈ふくろうの本屋さん〉。謎は深まるばかりである。
ふくろうの本屋さん2 奈月沙耶 @chibi915
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