めがねを外した日
それから僕は、大していじめが気にならなくなった。
何と言うか、あまりにも子どもっぽいそれに、大して感情を動かすことがなくなっていた。
そうしていると、自然にちょっかいを出されることは少なくなり、いよいよ僕は学校で自我も存在感もなくなっていた。
その代わり、お姉さんの家に行くことが続いていた。
両親が遅くなる日は、大抵お姉さんの家に行っては勉強を見てもらっていた。
そのおかげで成績はずいぶん伸びていたのだが、それにはまったく興味がなかった。
宿題が早く終わることで、お姉さんと「ゲーム」する時間が増えたことの方が大事だった。
お姉さんとのゲームは、決まって最初はお姉さんが勝ち、僕を着替えさせては写真を撮った。
段々恥ずかしいポーズを取らせるようになり、服の上から分かるほどに「合図」が出ると、お姉さんは負けるのだ。
そして僕は、負けたお姉さんにいつものお願いをして、終わり。
そうしたお約束のような流れがしばらく続いた日。
いつものようにお姉さんと遊んだ後、家に帰ってからしばらくしてから、僕はお姉さんの家に、宿題を置いてきたことに気が付いた。
慌ててお姉さんの家に戻ったが、僕はそこでちょっとだけ、いたずらを思いついた。
こっそりお姉さんの家に入り、宿題を回収した後、音を立てないように、お姉さんの部屋にこっそり近づく。
そして大きな声を出して、驚かせてやろうと思ったのだ。
お姉さんの部屋に近づくと、ギシギシと音がする。
それに合わせるかのように、お姉さんの声が聞こえる。
僕はお姉さんの聞いたことがない声に戸惑った。
あれはむしろ、いつも僕がお姉さんに出されている声に近い気がする。
ドキドキと心臓の音が聞こえる。
音を立てないよう慎重に部屋に近づくと、さらに声が大きく聞こえる。
ギシギシと言うベッドが軋む音と、何かぶつかり合うような、パン、パンというに合わせるように、お姉さんの声がする。
僕はわずかに開いていた隙間から、そっと覗き込んだ。
そこには、お姉さんと、お姉さんに覆いかぶさる男の姿があった。
眼鏡を付けて、初めて見るお姉さんの色白の肌に、グロテスクな土色の男の手足が、蛇のように這い、まとわりついている。
その異様な光景に目を離せなかった。
男はお姉さんの眼鏡を外すと、四つん這いにして後ろから押し始めた。
優しく微笑んでいたお姉さんの笑顔は、今やぐしゃぐしゃに崩れて、それでも嬉しそうに恍惚の笑みを浮かべている。
形のいい胸が、後ろから押される度に跳ねて暴れている。
僕は吐き気がして、ふらふらしながらも静かに、足早に部屋を離れた。
後ろから聞こえる、獣のような二つの声が、いつまでも耳にこびりついていた。
あの後会ったお姉さんは、いつもと同じ優しい顔をしていた。
あの日のことは聞けないまま、いつものゲームをした。
それも段々と少なくなり、気が付くとお姉さんは引っ越してしまっていた。
それでも眼鏡を外して、ぼやっとした光景を見ると浮かび上がるのだ。
眼鏡で優しく微笑むお姉さんを。
眼鏡を外してぐしゃぐしゃに歪んだお姉さんを。
似合っていると言われた、嫌いだった僕の一部は、今日も僕であり続ける。
めがねのお姉さん 黒墨須藤 @kurosumisuto
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