第50話 カレーとラーメン

「やばっ、これ美ン味ッ! もちもち食感がたまんねっ! ごたえ十分で満腹中枢まんぷくちゅうすう刺激しげきされる! 噛めば噛むほど口の中に旨味と魔力が広がっていくぅ♪ さっき魔法使ったからじんわりと身体の中がいやされていくのがわかるぅ♪ あぁ……幸せだ♥ メチャ美味ェ……」


「あ、いたいた。カイトー」


 モンスター軍団の後始末あとしまつが終わり、新作料理の味見をねて、一足早い食事をしていたところ仲間たちが合流した。


「ようみんな、先に始めさせてもらっているぜ。オークベアの素材と肉は俺の無限袋に放り込んであるから、帰ったらみんなで分配な」

「カイトさん、あの……肉は?」


「もちろんそれも。ピートはジャーキー作るって言ってたから、先に肉を切り分けておいた。1キロでよかった?」

「十分です。どうも」


 俺から肉を受け取ったピートは、さっそく開けた場所で吸命ドレインライフの魔法を使った。

 オークベアのジャーキーを作って、自分の袋からビールを取り出し、酒クズルート一直線である。


「カイトカイト、わし用のカレーは作ってくれたか? 甘口じゃぞ?」


「おう、もちろんだとも。お客様のワガママオーダーに応えるのもできる料理人の仕事だからな。りんごと蜂蜜はちみつを使ってちゃんと辛すぎないように調整しておいた。安心してくれ」


「やったー♪」


 アミカは甘口カレーがあるとわかると、子どもの様に喜んだ。

 こんな風に純粋に喜んでもらえると、料理人としてはすごく嬉しい。


「ミーナは辛口でよかったよな? ちょっとだけ多めに香辛料こうしんりょう入れておいた」

「ありがと♪ やっぱりカレーは辛いのが一番よねー♪」


「キョウはどうする? 甘口? 辛口? あ、そもそも樹族じゅぞくって俺たちと同じもの食べられるのか?」


「はい。食べ物に関しては人と同じものが食べられますよ。ただ、オレたち種族的に辛いのが苦手なので……」

「はいよ、じゃあ甘口な」


 みんなのオーダーを確認してから、俺はそれぞれのうつわにカレーを入れた。

 煮込にこまれけあった野菜と肉、そして香辛料が相変わらず最高の香りを演出えんしゅつしている。


 いつまでもいでいられる香りだ。


「む? カイトよ。これ、なんか量が少なくないかのう? おぬしの店で出るカレーはもうちょっと量が多い気が……」


「そうね。あと、カレーなのに何でどんぶりを使っているの? カイトって料理に使う器、すごくうるさいじゃん。なのにどうして?」


「うん、いいところに気がついたな。2人とも」


 量が少なく、いつもと使う器が違う。

 それには2つの理由がある。


「1つは、出した料理が店で出しているカレーじゃないからだ。丼にフォークを突っ込んでみてくれ」

「スプーンじゃなくて? ……あれ? ライスじゃない?」


「カイト、これは何じゃ?」

めんだ。もちもち食感の太麺のことを、俺の故郷こきょうではうどんと呼んでいる。そう……今日出すのはカレーライスではなくカレーうどん。だから器が丼なのさ」


 カレーライスの器でうどんとか、食いづらくてしょうがないからな。


「1つはわかりました。でも、もう一つの理由は? 食べる量が少ないと十分に力が出ませんよ?」

「わかっているさピート。量を少なくした理由はだな、みんなにもう一品食べてもらおうと思ったからなんだ」


 そう言ってふくろから大きな熱々の寸胴ずんどうを取り出し、火にくべた。

 ふたを開けるとグツグツと煮立ったスープから、何とも言えない独特どくとくくさみがただよってくる。


「く、臭っ!? カイト、それしまうのじゃ! 臭くてかなわん!」

「確かに独特の香りですけど、そんなににおいますかね?」


「お主は酒で色々と感覚がマヒしておるからわからんのじゃ! なんじゃこれ!? 食い物なのか!?」

「あっ、これってもしかして豚骨とんこつスープ? あの遺跡いせきの地下で飲んだ……」


「正解。ミーナ、よく覚えていたな」


 そう、俺が出した寸胴の中に入っているのは、十分に煮込んだ豚骨スープだ。

 もちろん、オークベアの骨を煮込んだ異世界風の豚骨スープではあるが。


 豚の出汁だしだけではなく、熊の出汁まで混じっており、本家よりも複雑で奥深い味わいが特徴とくちょう白湯ぱいたんスープだ。


「こいつのにおいは結構独特でさ、ロリマスみたいに臭いって言う人もいるけど味は格別だぞ? 何せ、俺の故郷じゃあ、コイツを食うために何時間も待つ人も大勢いるくらいだかな」


「ほ、ほう……? そんなに? なら、まあ、我慢がまんしてやらんこともないぞ?」

「我慢してまで食べないでいいって。あ、ロリマスいらないみたいだからその分あたしにちょーだい♪」


「我慢するって言っておるじゃろ! 超重力ギガ・グラビトンぶつけるぞ!」


 お客様、俺のよめ(予定)に魔法をぶつけるのはお止めください。

 ちゃんと食わせるから。


「でもさ、この料理って確かまだ未完成だったんじゃなかった? 完成させるにはあとひとつ食材が足りないって……まさか?」

「ああ、そうだ。『たった今』その食材が手に入ったんだ」


 だからこれを出すことに決めた。

 みんなが来る前に食ってみて、俺が出すにあたいすると感じたのだ。


「あの……その食材って?」

「さっき言った麺だよ。この強い豚骨スープに負けない麺が、今さっきここで手に入ったんだ」


「麺って……この器に入っている長くて細いこれのことですよね? オレたち長年この辺りに住んでいますけど、こんな食材見たことないんですけど」


「そりゃまあ、そうじゃろうなあ……」

「カイトの料理って独特だから……」


 ミーナとアミカはこの麺に使われているものをさっして苦笑いになった。

 何を使ったのかはわからないけど、やっぱ『使ってるよな』――と、その顔が言っている。


「まあ百聞ひゃくぶんは一見にかずだし、一見するより食ったが理解が深まる。とりあえず食ってくれよ」


 俺は用意しておいたタレとスープを混ぜた。

 その中に麺を投入し、卵やチャーシュー、ネギを乗せてその料理を完成させた。


「これが豚骨スープの本当の姿……豚骨ラーメンだ。カレーうどんと食べ比べながら食ってみてくれ」


 みんなの前に、カレーうどんと豚骨ラーメン、2つの器が並ぶ。

 朝っぱらからかなり重い食事だが、これから肉体労働に入るので、エネルギーは十分チャージしておいたほうが良い。


「カレーライスもいいけど、カレーうどんも美味しそ~♪ カレーのこの独特の香りって最高だよね。嗅いでいるとお腹が空くけど」


「豚骨スープのほうも、きちんと料理にすると臭みはそれほどでもないのじゃな。これなら気にせず食べられそうじゃ」


「どっちも美味しそうですね。材料のことが気になるけど……」

「麺……こんな食材あったかなぁ? でも、確かにどこかで見たような……?」


 キョウが何かに気づき始めたかもしれない。

 知ってしまうと食べるハードルが爆上がりするので、できるだけすみやかに頂くとしよう。


 彼(?)のためにも、そのほうがいいと思う。


「それじゃあみんな、未知の味への出会い、興奮こうふん、そして食材の命に感謝を込めて――いただきます!」

「「「「いただきます!」」」」


 ――パクッ。

    ――ズルズルッ!チュルチュルッ!

        ――ズズーッ。ゴッゴッゴ……!


「「「「「美味あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーいっ!」」」」」


 俺も含めた全員が声をそろえてそう叫んだ。

 やっぱ美味いよなこれ!


「カイトカイト! このカレーうどん、いつもお店で出してるカレーと味付け違うよね! 口に入れた瞬間カレーライスじゃ感じなかった海の味っぽいのを感じたんだけど?」


「さすがだなミーナ。カレーをそのままかけても良かったんだけど、せっかくだから専用の味付けにこだわってみたんだ。ピートに以前作ってもらった魚のミイラを、包丁を使って細かくけずり、それを使った出汁をベースに調味料を調合して味付けをしたんだけど……どうだった?」


「もうすっごい美味しい! あたしライスよりこっちのほうが好きかも!」


 そう言ってチュルチュルとカレーうどんを食べ続けるミーナ。

 カレーうどんって一度食べると止まらないよな。

 でも、カレー系は注意して食べないと服が汚れやすいから気を付けよう。


「くぅ~美味いっ! この豚骨ラーメンとかいう食べ物、胃にガツンと来る美味さじゃのう! 濃厚なオークベアの旨味が麺にからみついて何杯でもいけそうじゃ!」


「店によっては麺のお代わり――替え玉っていう麺だけを供給きょうきゅうするシステムもあるくらいだからなあ、俺のとこだと」

「そうなのか。じゃあカイト、替え玉一丁!」


「当店では替え玉システムを採用しておりません。食べたければ自分で狩ってきてください」

「……何を?」

「……アレ。見たら多分引くから見ないほうが良い」


 こっそりと原材料を指さす俺。

 ちゃんと姿が見えないよう、目立たない場所に移動させ、ブルーシートでおおってある。

 正直、女の子にアレはキツいと思う。


「油っこいのにサッパリしている不思議な味ですね。ビールのシメにもよさそうで、これ僕大好きですよ!」

「実際、俺の故郷だと酒のシメに食ったりもするからなあ」


 ピートの酒クズの才能が留まるところを知らない。

 何も言わなくても地球式呑兵衛のんべえ術に開眼かいがんしてしまう。

 健康のためにノンアルコール飲料とかも考えておくべきなんだろうか?


「美味……! 領主様!」

「もう領主じゃないからカイトでいいって」


「はい! あの、カイトさん、これオークベアの肉ですよね! カレーとラーメンに入ってるやつ」

「お、キョウはもしかしてオークベアを食べたことがあるのか?」


「はい。オレたち樹族の間ではご馳走ちそうなんです」

「へえ、イブセブンには魔物食の文化があるんだ」


「どうりで先ほどからわしらがさわいでも平気な顔をしているわけじゃの」

「普通は嫌な顔しますよね。はっはっは!」


「イブセブン全土ってわけじゃないですよ? 魔物を食べる文化は、イブセブンでもごく限られた一部だけだと思います」


 オレの村は食い物が他に比べて少なかったから――と、魔物を食べるようになった経緯けいいを教えられた。

 あっさり倒した俺たちが言うのもあれだけど、オークベアは非常に凶悪な魔物で、地上における最強種の一角と目される魔物だ。


 それを狩って食べなければいけないとなると、相当苦しい生活だったのだと思う。


「数年に一度くらいしか食べられないオークベアが食べられるなんて思いませんでした。アヤメの奴、オレが食ったと知ったらくやしがるだろうなあ」


「そうならないよう、戻ったら俺が食わせるよ」

「ありがとうございます。それでは改めてもう一口……ああああぁぁぁっ! 美味いっ! 口の中から全身に味が駆けめぐるみたいですっ! 食っただけで思わず元気が出そう!」


「そう言ってもらえてよかったよ」

「それにこの麺……でしたっけ? これがまた最高です! ツルツルとしているおかげで、呼吸をするだけで口の中におさまってくれるし、スープと絡んで口の中で美味しさが爆発するし……こんな美味い食材がこの辺に本当にあったんですか!?」


「……あったよ?」


 それも大量に。

 俺がメシの準備をしている最中に、向こうからニョロニョロと来てくれたよ。


「本当ですか? 何から取ったか教えてもらえませんか?」

「え? うーん、できればやめておいた方がいいんじゃないだろうか?」


 女子供にはだいぶショッキングな映像になると思うんだよなあ。

 でも、魔物食文化のある村出身だったら、そこまで抵抗ていこうも――、


「あ、カイトさん。何ですかあの青いの?」

「あ、あれは……」


「ははーん、さては料理に使った食材ですね? ダメですよ、こんなところに捨てたら。ゴミはちゃんと持ち帰らないと」


「後で片付けようと思ったんだよ! バカ、めくるなピート!」

「え?」

「あ」


 ビールの余韻よいんをラーメンで〆ていいい気分になっていたピートは、酒のせいでいつもより反応がワンテンポ遅れた。


 ブルーシートがめくれ上がる。

 今回の食材――麺の元となった魔物が白日の下にさらされた。


「おげえええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「オロロロロロロロロロロロ……(キラキラキラ)」

「うっ!? ごほっ!? げほっ!? うえええええぇぇぇぇぇ……」


 こうなると思ったんだよなあ。

 いくら美味いとはいえ、見た目が非常にアレな魔物だから、慣れていない女子や子どもには刺激しげきが強すぎると思って隠蔽いんぺいしておいたんだけど。


「ミーナはさすがだな。これ見て何ともないなんて」

「あんたと結婚しようってんだから、いちいちこんなのでおどろいていられないわよ」


 俺の未来の嫁さん、メンタル強すぎる。

 見た目もかわいいし最強かよ。


「カ、カイト! なんてものを食わせてくれたんじゃおぬしわあああぁぁぁっ!?」

「だから知らないほうが良いって言ったじゃねーか。文句ならめくったピートに言え」


「そのピートは?」

絶賛ぜっさん虹を製作中だ」

「カイトさん! こ、これっ! ローパーじゃないですかあああぁぁぁっ!」


 そう、ローパーだ。

 俺が麺として使ったのは、全身からニョロニョロと生やした触手しょくしゅ獲物えもの捕獲ほかくする、触手生物のローパーである。


 胴体どうたいから生えた触手を根元から切り落とし、しっかりでで煮沸消毒しゃふつしょうどくしてから、麺料理として提供したのだ。


「うどんがブルーローパーで、ラーメンがイエローローパーですか!? どうりでどっかで見たような気がしましたよ!」


「キョウのところじゃローパーは食べないのか?」

「食べませんよ! こんな気持ち悪い魔物! ニョロニョロうねうねしてて見ているだけでも気持ち悪い……あ、また吐き気が……うええええぇぇぇぇっ!」


「こんなに美味いのにもったいないなあ」

「た、たしかに美味しかったですけど……そもそもローパーを食べようだなんて発想、普通出てきません……」


 やっぱり食材の見た目って大事だよなあ。

 たとえ美味くても、先入観せんにゅうかんが邪魔して食べられないという人は大勢いる。


 インドネシアのパニキ(食用コウモリ)を使ったマナド料理とか。

 フィリピンのバロットとか。

 俺なんか全く気にしないけど、やっぱりヴィジュアルが強烈かあ。


「これは、美味いけどすぐに店には出せそうもないな」

「ローパーに対するイメージを払拭ふっしょくしないと、人気メニューにはなりそうもないわね」


 ゆるキャラでかわいいイメージをり込んでみるか?

 そうすればローパーの気持ち悪いイメージが消えて、抵抗なく受け入れられるかもしれない。


「おえええええぇぇぇぇぇぇっ!」

「オロロロロロロロロロロ……(キラキラキラ)」

「うえぇぇぇぇぇぇ……」


 奴隷どれい役の3人の作る虹を見ながら、そんな風に俺は思った。






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 《あとがき》

 ニョロニョロの正体はローパーでした。

 エロマンガ界のメジャーリーガーですね。


 第6回ドラゴンノベルス小説コンテストにエントリー中です!

 読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。

 作者のやる気に繋がりますので。

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