第36話 クラパ

「よう、持ってきたぜ。領主様りょうしゅさまよ」

「名前でいいって言ってんだろ。公式じゃないんだから領主様はやめてくれ。それで、出来できの方は?」

「ああ。バッチリだ。一つの例外もなくあんたの言う備長炭びんちょうたんだぜ」


 自分の目でも確かめてみたが、確かにすべて備長炭のようだ。

 かたさといい、音といい申し分ない。


「焼き場の使いやすさとかはどうだ? あと生活面で何か不便ふべんがあったら言ってくれ」

「何もねえ。きわめて快適かいてきだよ」


 そりゃ良かった。

 こっちとしてはせっかくスカウトしてきたこいつに、出て行かれたら非常に困るからな。

 仕事面でも、生活面でも、万全のサポートを徹底てっていせねば。


「しかし、まさか俺が焼き場をまるまるまかせられるなんてな。少し前までは思いもよらなかったぜ」

「事業が成功すれば、もっとでかくなる。そしたら親方だぞ。今のうちに覚悟かくご決めとけよ?」


 炭の代金を渡しながらそう言うと、エディは不意をつかれたような顔になった。


「そ、そうだな。今のうちに覚悟を決めとくわ……」

「お前さんの作る備長炭は、生まれながらの能力スキルたよっている部分が大きい。今のうちにできる範囲はんいで研究しておけよ? 言葉でちゃんと伝えられなければ、技術の継承けいしょうなんてできないんだからな」


「おう、まあやってみるわ」

「カイトー、仕事終わった? あ、お客さん? たしかエディだっけ? この前来た」


「あ、はいそうです。奥さん。エディって言います」

「おいちょっと待て。その奥さんって何だ?」


「奥さんは奥さん以外の何者でもないだろ? 同じ家に住んでるし、大体いつも一緒にいるし、あんたの奥さんじゃないのか?」

「違ぇよ!」


 一緒いっしょの家に住んでいるのはこの家見ての通りクソ広いし、他に住むとこ無いから住んでいるだけだ。


「ミーナが俺の奥さんなら、クレアとマールさんはどうなんだよ? ギルマスだって同じ家に住んでるぞ?」


 そう、現在一緒に住んでいるのはミーナだけではない。

 俺の店の従業員けんパーティーメンバーのクレアだって一緒に住んでいるし、冒険者ギルド職員のマールさんやギルマスだって一緒に住んでいる。


 この街、今まで徹底した秘密主義ひみつしゅぎで、冒険者ギルドなんてなかったからな。

 新しく建物ができるまでは、俺の家に間借まがり中というわけだ。


 食糧問題もそこそこ解決したので、現在街の住人を中心にててもらっている。

 もちろん、徹底したホワイトな環境でだ。

 無理はダメ。絶対。


「クレアって、あの胸のデカいいつもスライムと一緒に居る子か? あんたの愛人なんじゃねーのか?」

「違ぇわ! 思いっきり違ぇわ!」


「マールって子といかついオッサンは使用人だとばかり思っていたわ。やかたの中でいつも何かバタバタしてるし」

「あの2人が使用人か……どっちかっていうと、俺の方が使われている立場だな」


 建物だけじゃなく、この街の冒険者ギルドは人員も不足状態。

 冒険者資格を持っている中で動けるのが、俺を含めて6人しかいない。


 その中で事務仕事が出来るのはマールさんとギルマスの2人だけ。

 そりゃ四六時中しろくじちゅう駆け回るってもんだ。


「何だ、領主っていうからてっきり俺は奥さんと愛人はべらしてハーレム状態だとばかり思っていたぜ」

「そんなこと考えたこともねえよ。複数人と付き合うとか気を使いすぎて疲れちまう」


 俺も男だからハーレムに対する思いは理解できるけど、いざ実際やるとなると気苦労が絶えなそうだし俺はいいかな。

 ハーレムなんてなくても、俺は料理さえできれば幸せだ。


「何? カイトハーレム作りたいわけ? まったく、男ってのはこれだから……」

「たった今思いっきり否定した直後なんだが?」


「まあでも? あたしはそーゆーの理解ある女だからね。3人までなら許してあげる」

「3人とか俺の手にあまるわ。っていうか、何でお前の許可がいるんだっつーの」


「えーと、だって、そりゃ……さあ」

「お、おう……まあ、うん」


「やっぱあんたらもう夫婦なんだろ? まぎらわしいからもう結婚しろよ」

「そ、そんな簡単にできるか!」


 結婚とか、そんな簡単にノリでできるわけねーだろうが。

 そういうのは、もっと、こう……お互いの気持ちをハッキリとさせてからだな……。


 それに、俺はこの世界の住人じゃないってのもあるし……。

 いつか日本に帰るつもりはあるから、結婚とかしちゃうとその時いろいろと問題起きそうだし……。


「もうこの話は終わり! 終了! ミーナ、俺を探していたみたいだけど何かあったのか?」

「あ、うん。ギルマスがあたしらに用があるんだって。簡単な用事だからみんなでご飯でも食べながらってことなんだけど」


「わかった。そんじゃ今行くって伝えてくれ」

りょうかーい。んじゃ、先行って待ってるね」


 そう言い、ミーナは館の中に戻っていった。

 冒険者ギルド出張所しゅっちょうじょは、東館の応接室おうせつしつにある。

 せっかくだし、何か持ってってやるか。


「エディ、お前も来るか?」

「いいのか? 俺、冒険者じゃないけど」

「簡単な用事らしいし別にいいんじゃないか? 仕事で疲れているだろうし、一息入れてけよ」


 ……

 …………

 ………………


「へえ、お前さんが例の炭を焼いてくれた職人か」

「エディっていいます。よろしくお願いしやっす」


「おう、よろしくな。俺はここの冒険者ギルドのマスターになるシュトルテハイム=サワークラフト=レモングラス3世だ。長いし覚えにくいからギルマスでいいぜ」


「いつ聞いてもギルマスの本名って長ったらしいよな」

「あたし初対面で覚えるのやめた」

「俺もそう思う。ちなみにこれでも省略しょうりゃくしていて本当はもっと長いんだぞ。正直自分でも覚えているか自信がねえ」


 そんなに長いとかピカソかよ。

 親戚しんせきに考えてもらった名前全部つけられた過去でもあるのか?


「そんなに長いってことは、ギルマスって貴族なんですか?」

「まあな。つっても、家出してだいぶ長いからそんな気はねえさ。今さら貴族とかめんどくさいし、戻ろうなんて思わねえよ」


 まあ、そうだよな。

 俺だって土地もらえるっていうメリットがなければ、貴族になろうなんて思わなかったし。

 こういうところ気が合うんだよなあ、このオッサン。


「ところでギルマス、俺たちに何か用なんじゃ?」

「おお、そうだった。お前さんたち、この前冒険から帰ってからギルドカード更新してねえだろ?」

「ダメですよ。情報は常に最新じゃないと。私たち職員が困ります」


 言われてみればそうだった。

 本来であれば、依頼が一つ片付くたびに更新するからすっかり忘れていた。


 俺はミーナやそれ以外の件があったし、ミーナは先の事件で相当経験をんだし、この世界のシステム的に、かなりレベルアップしたのではないだろうか?


「ランクは暫定ざんてい的に更新したけど、ステータスがまだだったろ? さっさと更新してくれ」

「わかりました。じゃあミーナからで」


「え? 何であたしから?」

「俺はおやつの準備があるから。それとも俺が先やるか?」

「いい、あたしがやる。早くおやつ食べたいしね」


 というわけでミーナが先だ。

 マールさんが持ってきた透明とうめいな石板にギルドカードを乗せ、右手をそのとなりに置いた。


 その間、俺は無限袋からきざんだネギに、この世界の魚を燻製くんせいにして乾燥かんそうさせたもの、そしてクラーケンの切り身ととある白い液体、それらを調理する専用器具を取り出す。


「お? ずいぶんと変な道具だな。鉄板なのに、やけに凸凹でこぼこしまくってるが」

「ガンドノフ親方のとこを出る時、大急ぎで作ってもらってたよな。何だそれ?」

「食えばはわかる」


 俺は変な凸凹の鉄板を燃料石の上に乗せ、火をつけた。

 続けて白い液体をその凸凹を埋めるように満たし、刻んだネギとクラーケンの切り身を入れていく。


「あら?」

「なんかいいにおい」


 しばらくそのままにしていると、白い液体の外側が固まり始めたため、俺は再度液体を上からかけ、袋からあるものを取り出した。


「おめえ、それきりじゃねえのか? 大工道具の」

「そんなもん料理にどう使うんだ?」

「こう使うんだよ」


 俺は凸凹に沿うように錐をすべらせると、その中心から固まった白い液体を引っくり返す。

 こんがりといい感じに焼き上がった、きつね色の球体が顔をのぞかせたので、少し熱してから錐で突き刺し、皿に乗せる。


「おお、なんか美味そうだな」

「あたし終わったよー、次カイトの番」


「ん、わかった。じゃあ俺の代わりにこれ作ってくれ……エディ」

「え? 俺が?」


「そうだ。やり方見てたし簡単だろ? 上手くいかなくても普通に美味いから、遊び感覚でいいからみんなで順番にやってくれよ」

「わ、わかった」


 エディに引きいだし、さて――、


「それじゃあカイトさん、ギルドカードをここに。こっちには右手を乗せてください」


 俺のステータス、どんな感じになってるんだろうな?

 システムメッセージは結構けっこう聞き流していたからあんま気にしていなかったけど、あらためて申告ってなるとちょっと気になる。


「……カイトさん、私、半年前にあなたが冒険者になった気がするのですけど?」

「ええ、そうですね。俺もそう記憶しています」

「たった半年でどうやったらこんなレベルになるんですか?」


 そう言って、マールさんが見せた俺のステータスは――、


 ――カイト=ウマミザワ――

 LV68 HP798 MP68

 力564 魔力68 速さ322 器用さ876


 <職業ジョブ

 食王しょくおう


 <能力>

 獣爪術じゅうそうじゅつきわみ)、格闘士グラップラー(極)、操鞭術そうべんじゅつ(極)、

 狙鞭蠍尾撃スコープドッグ透化七面相フリーダムメタモルフォーゼ

 軟体球ジェルボール


「あ、なんか新技覚えてる。そういえばこの前領民のみんなと青空講義していたらなんかひらめいたような気が……お、職業もなんか変わってる。魔力も0じゃない」

「いえ、そこじゃなくて。たった半年でレベル68って、一体どうやったらこんなことになるんですか!? あとスキルの半分に極って、どんだけ使い込んだんですか!? ほとんどS級冒険者と変わりませんよ!」


 あ、そうなんだ。

 冒険者の仕事しているけど、料理の片手間だから知らなかった。


「レベルはほら、最初のころにギルマスに色々連れ回されたのが大きいんじゃないかな? オークベアの肉食いたいって言われて、かなり連れ回されて乱獲らんかくしたから……」


「その頃のランクは?」

「Dだったかな?」


「どこの世界にDランク冒険者を連れ回してオークベア乱獲する人がいるんですか! ギルドマスターが絶対やっちゃいけないことでしょう! 強さに見合わない仕事に付き合わせるなんて……」


「まあまあ、今さらだし別にいいだろ。こいつはFランクの時代に一人でぶっ飛ばしてるし例外だよ。お? 意外とこれ難しいな。 上手く丸くならねえ」


「ギルマス、次あたしやりたい」

「全くもう。こんなことはこれっきりにしてくださいね!」


 マールさんがギルマスをしかってこの話は終わり。

 俺の用事も終わったし、そこそこの量が焼きあがったので仕上げといこう。


 俺は包丁を取り出し、魚の干物の表面をうすく、薄くけずる。

 削った身は焼かれて皿に乗った物の上に振りかけ、さらにその上に特製とくせいのタレとマヨネーズをかける。

 人数分のくしを用意して完成だ。


「それじゃあそろそろいただこうか。もっと食いたい人はここの材料使って自分で作ってくれ」


 未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――いただきます!


 ――パクッ。

 ――ホフッ! ――ホフッ!

 ――ふおおおおおぉぉぉぉっ!?


「これ美味ぇ! 甘じょっぱい黒いタレと白いタレが何とも言えないくらい美味ぇし、この丸いのの味とめちゃくちゃ合う!」

「カリッカリのトロットロじゃんこれ~♪ 外はカリカリで中はトロトロとか何なのこれ~♪」


「クラーケンってこんなに美味ぇのか! おうカイト! 今度はクラーケン狩りに行こうぜ!」

「ギルマス、もうカイトさんは領主様なんですからそういうの止めてください……でも、カイトさんが行きたいって言うのでしたら止めませんけど」


「クラーケンはデカいから、一匹あれば相当食えますよ。落ち着いたらまた店開く気満々ですし、その時に出すとしたら銅貨30枚くらいですかね。これ8個くらいで」


 お値段手ごろな庶民のおやつ。

 簡単に作れてみんな楽しい。

 それがクラーケンたこ焼きの魅力みりょくと言えよう。


「食いたいだけ食ったらさあ仕事だ。俺たち全員、まだまだやることがあるんだからな」





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 《あとがき》

 タコ狩ったのにまだやってなかったので。

 今回は箸休め回といった感じです。


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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