第35話 本当の価値
「親方―、ただ今戻りました」
「おう、お帰りさん。こっちもできてるぜ」
俺が
仕事も終わって、ちょっと飯でも――と思うような時間帯である。
「ん? そいつは何だ? 見ねえ顔だな」
「こいつはエディ。炭焼き場を歩いていたら目の前でクビになったから拾ってきました」
「おい、あんた! ここって街でも有名なガンドノフ親方の工房じゃねえか!」
あ、親方の名前ってガンドノフっていうのか。
そこそこ付き合いあるのに今知ったな。
「超一流の武器職人の店に連れてきて、あんた一体俺をどうするつもりだ?」
「さっきも言っただろ。一緒にメシ食おうって言ってんだよ。親方、
「おおよ、
日本にあるものと何も
早く使えと道具が
「どう使うかわからねえけど、これでいいんだよな?」
「完璧です。これをあと10個くらい作って俺んとこに送ってもらえます?」
「わかった。
「え? 領主って……え?」
「何だお前さん知らねえのか? このカイトは俺らが住むここら一帯の領主だぞ」
「あんたも数時間前まで知らなかったじゃねーか」
「え? え? えええええぇぇぇぇっ!? 何で、領主がこんなとこに……」
「このガンドノフ親方に専用の
「領主が、料理?」
「カイトの作るメシは美味いぞぉ。お前さん運が良かったな」
「そんじゃ始めるか。キッチン借りますよ」
さて、作るとしますか。
今回は本格的に作るから、飯を
早速袋の中から例の炭を出して――うん?
「何だエディ、飯はまだだぞ。今から作るんだから」
「なあ、領主様よ」
「カイトでいい。公的な場じゃないから敬語もいらねえ」
「カイト、あんたの作る料理を見てもいいか?」
「どうして?」
「俺の作った炭をどう使うか、それを見たい」
なるほど。
「みんなも、俺も、何一つとして役に立たないゴミみたいな炭と評価した俺の炭……その本当の価値を知りたいんだ」
「わかった、いいぜ。ただし、
「わかった。何をすればいい?」
「とりあえずよく手を洗って汚れを落とせ。そしたらライスを炊いてくれ。それくらいできるだろ?」
「ああ、それくらいなら。下っ
よし、メシ炊き
これでウォータースネークのほうに集中できる。
「じゃあ始めるか」
俺は無限袋から一匹の大きなウォータースネークを引っ
隊長は3m、太さは12cmといった感じの大物だ。
全身
地球でこんなの買ったら、一体いくらするんだろうな?
「お、おい!? あんたそれ魔物じゃ!?」
「魔物だが?」
「魔物だが――って、何普通に流してんだよ!? 魔物だぞ!? 神の敵だぞ!?
「美味いんだし別にいいだろ」
「え……美味いの? ってか食ったの?」
「当たり前だろ。自分で食って
「えぇ……? これをかぁ……?」
エディは俺の言葉に
まあ、そういう文化
いつものことだし、味で
「そんなことよりメシを炊けよ。それがないとどうしようもないぞ」
「あ、ああ……」
さて、気を取り直して作業だ。
俺はウォータースネークをまな板に乗せると、いつものように頭を
首のあたりに包丁を入れ、そこから3枚に下ろしていく。
「あ、そうだ。エディ、お湯
「あ、ああ……わかった」
毒を持った血を洗い流し、
煎餅が
専用の調理器具にエディの炭をセットし、火をつける。
「あ、そうだ。そっちにも入れないと。炭を水でよーく洗って、と」
「おい、何してんだよ!?」
「炭を洗ってる。これから
「いや、炭を入れること自体ダメだろ!」
「果たしてそうかな?」
「え?」
「いいから、俺のやることに口を
そう言い、俺は窯の中にエディの炭を入れた。
そうこうしているうちに炭が温まってきたので、いよいよ最終
調理器具と一緒に作ってもらった
タレが全身に
――ジュワアアアアアァァァァァッ!
――ジュワッ! ――ジュワッ! ――ポタッ! ――ジュワアアアアァァァッ!
「あ、すげえいい
「だろう?」
タレとウォータースネークの脂、熱され垂れ落ちたそれらが炭に落ち、気体となって
炭火焼じゃないとこうはならない。
焼いている身に気体となったタレと脂がまとわりつき、
充分に火が通るまでこれを繰り返す。
「炊けたぞ」
「こっちももうできる。この
「わかった。入れた炭はどうするんだ?」
「それはもう使わない。取り出して流しにでも置いといてくれ」
最後にタレをかけて
「さあ、飯にしよう。みんなのとこに持って行くぞ」
……
…………
………………
そして俺とエディ。
全員の前に
「ほう? こりゃまた面白ぇもんが出たな」
「骨煎餅です。カリカリで美味いですよ。俺の街では大人にも子どもにも大人気です」
「ものすげえいいにおいがしてたけど、一体何を使ったんだ?」
「先にネタばらしになっちゃいますけどウォータースネークです。俺が選んだ極上の一匹を使いました」
「ウォータースネークだぁ!? あの気持ち悪ぃヌルヌルした奴だとぉ!? かっかっか、面白ぇ! あれがどんな味になってるか
まあどうせ美味いんだろうけどよ。
親方のそんな
その信頼に
「ああ、いい匂いだ……もうこれ絶対美味いってわかるぜ。あの気持ち悪い魔物がなぁ」
蓋を開けた途端、閉じ込められていた
では――未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
――パクッ。
――ブワアアアァァァァァァッ!
――フワッ! ――フワッ!
「な、何だこりゃああああぁぁぁぁぁっ!? 旨味が口の中で大爆発したぞおおおぉぉぉぉっ!? トロットロでフワッフワで……ああ、もうわけわかんねえほど美味い! 幸せが! 幸せが口の中でいっぱいだぁぁぁぁっ! よだれが
「これ、マジで俺が炊いたライスなのか!? なんか旨味が
「それはな、あの炭に秘密があるんだ」
「俺の炭にだと?」
「おうさ、それに親方たちの
「……マジでか?」
「マジだ。あの炭は俺の
備長炭――今さら説明不要だがあえて言おう。
火力の安定性に
おまけに熱すると赤外線を多く
おかげで料理の表面を
「あの調理器具を使うと、炭に垂れた気化したタレと脂が、香りとなってウォータースネークの身にまとわりつく。匂いからしてもう美味い。食う前に美味さを伝えることができるという、この料理における究極兵器なんだ」
「ほう、あの変わったモンにはそういう
「備長炭には汚れを
「つまり、どういうことだ?」
「まあ、めっちゃ単純に言うとだな、お前さんの炭はメシ
「俺の炭に、そんな効果が……」
「そんな炭なら俺んとこにもくれ! あるなら買うぞ!」
「あ、そうそう。備長炭は鍛冶で使うのは向いてないから、うっかり使わないように注意してください。高温で燃やすと爆発します」
「何だそりゃ? あぶねえなぁ」
「ええ、だから適切な加熱と保管方法が必要なんですよ」
さて、説明は以上だ。
このメシ――ウォータースネークのうな丼を通して、エディもよくわかっただろう。
役立たずと言われた自分と、自分の作った炭の本当の価値が。
「エディ、お前さんの腕を見込んでぜひ
「領主様が
「俺の街は料理で
だから頼む!
「どうか俺の街に来てくれ!
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《あとがき》
どんな風に作っても100%備長炭になるとか反則じみてるチート能力ですよね。
使い方さえ知っていれば。
《旧Twitter》
https://twitter.com/USouhei
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