第34話 ゴミクズのような炭と職人


「ちわーっす! 親方いますかー?」

「お、お前さんはカイトじゃねえか。久しぶりだなあ」


 ウォータースネークによって領内りょうないの栄養不足が改善かいぜんされてから約1ヶ月、気温も暑くなり始め、そろそろ夏到来とうらいかというタイミングで、俺はヴォルナットをおとずれた。


「クーデターふせいで貴族になったって聞いたぞ。すげえなあ、平民から貴族になるとか何十年振りだか」

「あー、らしいですね。死ぬほど興味ないんでどうでもいいですけど」

「貴族って言っても名前だけか? それとも土地付きか?」

「土地付きです。それがなきゃ貴族なんてなりませんよ。めんどくさい」


「ちなみにどんくらいもらったんだ?」

「この辺り一帯いったいですね。ヴォルナットをふくめたサンブリー地方全部」

「はぁ!? それじゃおめえ……辺境伯へんきょうはくになったってのか!?」

「はい、一応」


「……敬語で話さなきゃまずいか?」

「公的な場じゃなきゃ前と同じでかまいませんよ。敬語とかかたっ苦しい」

「そりゃ助かるぜ。見ての通り俺は敬語が苦手でなあ」


 俺も苦手なので問題なし。

 敬語なんて、相手をうやまう気持ちさえあれば適当でいいんだよ。


「で、ご領主様直々じきじきに今日は何しに来たんだ? また何か面白いもんでも作れって話か?」

「さすがですね親方。実はその通りなんですよ」


 サンブリーの街では、あの日から今現在にいたるまで、週3回ほど俺によるウォータースネーク調理講座こうざが開かれている。


 俺の作ったウォータースネークのうな重や肝吸きもすい、骨煎餅ほねせんべいなどを食った領民たちの中で、「自分も作りたい!」と思った人向けに、家の庭で毎回1時間の青空講義あおぞらこうぎをしているのだけど、これが思った以上に好評なのだ・


 8割くらいの人は現状鉄板でやる調理で満足しているのだけど、残りの2割はそうじゃない。

 俺が「本来であれば炭と専用の調理器具きぐで――」と教えてしまったせいで、「そのやり方で食ってみたい!」とうったえているのだ。


 実にいいね、その探求心たんきゅうしん

 こういう人がいてくれるなら、領内から新たな料理人が生まれる日も近いな。

 俺の野望実現のために、ぜひともその情熱をたもち続けて欲しい。


「そういうわけなんで、親方にウォータースネーク調理専用の器具きぐを作ってもらおうかなと。あと、できれば炭焼き場があったら教えてもらえないかなーって」

「お安い御用ごようだ。お前さんのたのみなら、どんなもんでも作ってやるよ。そんかわし――」

「食わせろってんでしょ? わかってますって」


 そう言うと思って、無限袋の中に上等なのを一匹持ってきている。


「はっはっは。そんじゃ早速さっそく作るから、どんなもんか紙に書いてくれ」


 さらさらっと、言われた通りに紙に書く。


「これは……ずいぶん簡単な構造こうぞうだな。こんなんでいいのか?」


 ウナギの調理器具は構造が単純だ。

 下に炭を入れて焼くところと、上にウナギを乗せて焼くところを作るだけ。


 火を起こしてねっされた炭による熱で、上に乗った金属の棒を熱してウナギを焼く。

 端的たんてきに言えばこれだけでいい。


「はい。ただ、上につける金属は熱伝導率ねつでんどうりつの高い金属きんぞくでお願いします」

「おう、了解だ。しかし、料理の素人しろうとだからか、これをどう使うのか全然わからねえな」


「あとでわかりますよ。その間に炭焼き場行ってきます」

「それだけど、俺んとこの炭なら分けてやるが?」

「いや、できれば普通の炭じゃなくて、専用の炭を使いたいんですよ」


 ……

 …………

 ………………


「ここがヴォルナットの炭焼き場か」


 親方に教えられ、街の郊外こうがいにある炭焼き場を訪れた。

 以前、俺たちが冒険した洞窟どうくつとわりと近い距離きょりにあったな。


 さて、俺がもとめる炭はあるのだろうか?

 さっそく探してみよう。


「うーん、すまないけどうちにある炭はこんだけだな」

鉱山こうざんの街だからなあ。そんな変な炭作ってねえよ」

「叩くといい音がする炭ぃ? いい音聞きたいなら楽器屋いけ!」


「……どこにもねえ」


 焼き場中の店を探し回ったが、目的の炭は見つからない。

 ここは鍛冶かじの街なので当然と言えば当然だ。


 その上この世界には魔法がある。

 暖房だんぼうや料理にも魔法が使われているので、わざわざ炭を燃やして暖を取ったり、料理をしたりという行動になじみがうすい可能性がある。


「くそー、ヴォルナットならあると思ったんだがなあ」


 どうしよう?

 ウナギを最も美味しく焼くには絶対あの炭が必要なのに!

 あの炭の持つ遠赤外線えんせきがいせん効果が絶対に必要不可欠ふかけつだというのに!


「こうなったら自分で作るしか…………でも作り方わからねえ! 料理は作れるけど炭なんて作れねえぞ俺は――!」

「お前はクビだ! 出て行きやがれ!」


 ――ドンッ!

 ――ズサアアアアァァァァ……


 なやみながら歩いている途中とちゅう、突然目の前に人間が横からってきた。

 その人間は俺の前を通り過ぎると、派手はでに地面に転がった。

 派手に転んだっていうか投げられたけど大丈夫かな?


「そんな!? 親方頼みます! もう一度だけチャンスをください!」

「もう何度やったかわからねえよ! これ以上お前を置いとくのは無理だ! こっちにだって信用ってもんがある!」


 親方と呼ばれた人間は、投げ飛ばされた人――俺と同年代くらいの男――を見下ろしながらこう続ける。


「お前さんの焼いた炭はなあ、使えねえんだよエディ。ガンガン炭を燃やして熱を上げてると、爆散ばくさんして危ねえって苦情くじょうが来まくってんだよ。ここは鉱山の街だぜ? ハンマー使って叩いている横で、そんな爆発しまくるような炭使えると思うか?」

「そ、それは……でも」


「とにかく、お前さんはウチにはいらねえ。鍛冶スキル持ちらしいが、お前のスキルは使えねえよ。職人になるのはあきらめて実家に帰るんだな」

「お、親方! 待って――」


 ――ピシャッ!


 エディの訴えむなしく、親方は店の中に戻っていった。

 経った今仕事場をクビになったエディは途方にれるばかりである。


「はぁ、これからどうすればいいんだ? 貯金も少ないし、諦めて実家に帰るしか――」

「すいません、ちょっといいかな?」

「はい? えーと、あんたは?」


「通りすがりの領――じゃなくて料理人けん冒険者だ。今の話聞いてたんだけど、お前さんの焼いた炭って燃やしまくったら爆散すんの?」

「――っ! ああそうだよ! 一つの例外もなく爆散すんだよ! 材料変えても、焼き方変えても、どうやっても絶対に爆散すんだよ!」

「ほう……?」


 この言葉を聞いた時、たぶん俺はものすごく悪い顔になっていたのではないだろうか?


「こんな爆弾みたいな炭、鍛冶になんて使えねえよ……チクショウ! 死んだ親父みたいな一流の炭焼き職人になるって誓ったのに……こんなクソみたいな炭しか作れねえなんて、俺は……俺は……っ!」

「なあ、その炭ちょっと見せてくれないか?」


「ああ!? いいぜ見ろよ! ほらこれだよ! 普通の炭より全然かたいから武器にもなるぞ! あんた冒険者なんだろ? それ使って魔物でも狩ってくれよ! ははっ!」

「どれどれ?」


 ――キィーン! キィーン!


 ……ニチャァ。

 おっと、思わずまた悪いみが出てしまったぜ。


 これは……間違いない!

 この男を逃がしちゃ絶対にならない!

 こいつは、俺がもらう!


「ほう、こいつは確かに武器にも楽器にもなりそうな炭だなぁ……全部くれ」

「は? バカにしてんのか!? 全部寄越よこせだぁ? こんなゴミみてぇな炭を?」


「そう言ってるんだよつべこべ言わずにさっさとよこせ早くしないとテメェのケツにこの炭ぶちこむぞわかったら早くしろ全部もってこい」

「わ、わかった。わかったから早口でせまってくんな。なんか怖ぇ」


 わかればいいんだよ。

 エディは店のうらに捨て置かれていた、『役に立たないと判断された炭』を全て俺の無限袋へと入れる。


「サンキュー、いくらだ?」

「いくらも何も、全部タダだよ。高温だと爆散するから暖を取るくらいしか使い道はねえけど、ここらは火山が近いし、温泉もあって年中温かいからな。本当に何にも使えねえゴミなんだよ。持ってってくれるだけで捨てる手間てまはぶけて助かるんだ」

「そうか。でもそれじゃあ悪いから払わせてくれ」


 俺は袋の中から金貨を1枚取り出しエディに向けて投げた。


「こ、これ金貨じゃねえか! 何でこんなゴミにこんなに!?」

「それだけの価値があると思ったからだよ。その炭に、あとお前さん自身に」


 本来の価値を考えたら金貨1枚なんてダンピング価格もいいところなんだけどな。

 この世界ではその価値はまだ誰にも理解されていないから何も問題ない。


「俺自身に? あんた何を言ってんだ?」

「今はまだ理解できないだろうから教えてやるよ。ついてこい。飯をおごってやる。飯の場でお前さんとその炭の本当の価値を嫌と言うほどわからせてやろう」




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 《あとがき》

 この高温だと爆散し、いい音がする硬い炭。

 日本人ならおわかりですよね?


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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