第33話 ウォータースネーク

「健康的でイキもいい。脂も乗ってて実に美味そうだなあ、これ……(ジュルリ)」


 この街の魚を食べちゃう厄介者やっかいもの――ウォータースネークの姿を見た時、俺は小躍こおどりどころかその場でブレイクダンスでも決めたいくらい内心喜びまくっていた。


 だってこれ、完全にウナギじゃん!

 どっからどう見てもクソデカい上にあぶらがのった超一級品のウナギじゃん!


 見つけた! 見つけたぞ!

 この領地りょうちの食糧問題や栄養問題を一気に解決する裏技を!

 この巨大ウナギで街興まちおこしだ!


「アニーも食ってくか? 絶対美味いぞぉ、これ」

「い、いえ、私は……」

「食べて行きなって。カイトなら絶対美味しく作ってくれるから」

「信じられないかもしれませんけど、期待きたいしていいいですよ」


「新領主様はすごい料理人と聞きましたけど……でも、さすがにウォータースネークは無理なのではないでしょうか? 前にお腹が減った人が食べたのですけど、不味い上にお腹を壊したって……」

「それは調理の仕方を知らなかったからだろうな」


 ウナギを美味しく食べるには専門知識が必要だ。

 知らない人間が調理したところで、不味い物ができあがるだけだ。


「まあ、とにかく俺は知ってるから安心してくれ」

「は、はい、わかりました」

「ミーナ、ライスを――って、領民に分けちゃってないんだったな」

「あ、私ありますよ。今きますね」

「お、頼む、ついでにお湯もかしてくれ」

「じゃああたしとスーちゃんは釣り番しとくね。あと何匹か欲しいんでしょ?」

「ピピィ!」


 さて、じゃあ調理開始といこうか。

 とりあえず獣爪術じゅうそうじゅつでザシュッと一突きで〆て、と。


「じゃあ、調理を開始する。ウナ――ウォータースネークの調理の仕方はちょっと特殊とくしゅなんだ。まず用意するのはハンマーとくぎ、それにはさみだ」

「ハンマーに釘!?」

「動かなくなったウォータースネークを木製のまな板に乗せたら、顔の部分に釘を当て、ハンマーを振り下ろして固定する」


 ――ダンッ!


 生きたまま調理するときなんかはこれが必須ひっすだ。

 じゃなきゃ動いて料理なんてできない。


 さらに言うとウナギは生命力がとても強い。

 ここまでやってもウナギは動くから、できれば氷水に15分ほどつけて、冬眠状態にしてからやるのがオススメだ。

 取れたてを調理しないのならば、1週間くらい断食だんじきさせて、身体の中の物を全部出させてからやるのがいいだろう。


「そしたら今度は首のここ――エラがあるあたりだな。ここに包丁を当ててさばいていくんだ。この時、腹から割くのと背中から割くやり方があるんだけど、それはまあ好みで大丈夫だ」


 関西風腹から関東風背中から――同じ国の料理なのに、やり方が正反対なのが面白いよな。

 ウナギと一緒ならば、ウォータースネークの血液には毒があるから、触った手で顔とかこすらないように注意だ。

 あと、手を怪我けがしている人も調理しないほうが良い。


「骨に包丁を当てて、丁寧ていねいに。身を切りはなしたらいったん水洗いをして血を落とす。そしたら今度は内臓と骨を切り離すんだ」


 ウナギの骨は細かいから丁寧に取ったほうが良い。

 じゃないと、のどに詰まってちょっとした騒ぎになりかねない。


「切り落とした中骨なかぼねと心臓は他の料理にも使えるから取っておいて、次に鋏でヒレを切り落とす。この辺りにも細かい骨があるから丁寧に」


 ジョキジョキと鋏を入れ、ヒレ部分を剥離はくりさせる。


「最後に残った身にお湯をかけて湯引ゆびきをするんだ。こうすることでヌメヌメが一気に取れるぞ。ほら」

「あ、本当だ」

「面白いように取れますね」

「ヌメヌメ部分は臭みだから絶対にこれは行うこと。じゃなきゃ食ってもクソ不味いぞ」


 包丁をスライドさせ、浮き上がったヌメヌメを取り除く。


「そしたら布でくるんで水気みずけを取るんだ。これで下処理が完成。後は好きな料理に使う感じかな」

「そうは言われても、魔物なんて食べませんからどうしたらいいか……」

「オーソドックスなのは串焼きだ。タレにつけて焼いて、ライスと一緒に食べる」


 とりあえず醤油しょうゆやみりんがないので、この世界にあるそれっぽいもので代用して、即席のタレをつくり出す。

 獣爪術で作り出した爪を串にし、タレにドボンとつけてから焼き上げる。


 今回は炭も専用のグリル器具もないので鉄板で。

 今度親方に注文しとこう。


「焼き目がついたら完成だ。ライスの上に乗せ、タレをかけてお召し上がりください」

「じゃ、じゃあ、いただきます……」


 ――パクッ

 ――ジュワアアアァァァァァ!


「は!? はあぁぁぁっ!? はふっ、はふっ! な、何ですかこれ!? 何なんですか!? ウォータースネークってこんなに美味しかったんですか!? 間違いなく私の14年の人生の中で1番美味しいですよ!?」


 ふふ、そうだろうそうだろう。

 ウナギはちゃんと調理すればとてつもなく美味い。

 美味すぎて絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅに指定されるくらいだからな……。


「このタレの甘みとウォータースネークの脂がよく合う~♥ 濃いめのタレがライスに染みて、それだけでもお代わり無限にいけちゃう~♥」

「丁寧に骨を取っているからすっごく食べやすいですぅ~♪ あの見た目のグロさからは想像もつかないくらいとてつもなく美味しい~♪」

「おいおい、こいつの美味さはまだまだだぜ? 心臓は肝吸きもすいっていう汁物にできるし、骨はげて骨煎餅ほねせんべいにできる。どっちも美味いぞ」


 ここじゃできないから、後で帰ったら作るとしよう。


「あの、領主様……弟と妹にもぜひ食べさせてあげたいのですが、持ち帰っても……?」

「もちろんいいよ。好きなだけ持って帰りな」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「その代わり、この前言ったちょっとしたイベントを近いうちにやるから。よかったら兄妹たちも来るように言ってくれよ。腹を空かせて来るといいぞ」


 ……

 …………

 ………………


 そしてこの日から1週間後――

 俺は領民たちを家の庭に集めた。

 500人を集めてまだ余裕あるとか、どんだけ広いんだよこの家の敷地面積しきちめんせき


「領民のみんな、まずは集まってくれてありがとう! 俺がこの土地の新しい領主、カイト=ウマミザワだ!」


 急に呼びだされ、何をされるのか不安になっている様子が見える。

 前の領主に酷いことをされたのだから、それも仕方ない。


 俺は前の奴とは違うと言うことを、領民にしっかりアピールしなくては。

 全員の協力がなければ、俺の野望の実現などできはしないからな。


「前の領主はみんなに酷いことをしていたようだが、俺はそんなことをする気は…………ちょっとしかない」


 あるのかよ――という視線が関係者の席から飛んでくる。

 価値観を破壊する程度ていどだから許してほしい。


「俺の目的は、領民全員に幸せになってもらうこと。そして俺の野望に自主的に協力してもらうこと。以上2つだ。世の中はギブアンドテイク。俺の野望に手を貸してくれるなら、その見返りは十分払うつもりだ」


 演説をする間、料理をサーブしてもらう。

 アニーやその兄妹たち、俺の関係各者の手により、うな重と肝吸い、そして骨煎餅が行きわたる。


「手始めにまず、ここにいる全員に幸せになってもらう。飯は行きわたったな? それじゃあみんな、食ってくれ。話の続きは飯が終わってからだ。前領主のせいで腹減ってるだろ? 存分にたらふく食え! そのために食材はめっちゃ仕入れてきたからな!」


 俺の銀行預金の半分が吹っ飛んだけど、まあ些細ささいなことだ。

 Aランク冒険者のかせぎは半端はんぱないからな。

 やろうと思えば取り戻せる。

 俺の野望の実現のためには安い対価だ。


 ――美味ぇぇぇぇぇぇ!? 何だこれ!? マジでなんだコレ!? 今までの人生でこんな美味いもの食ったことねえぞ!?

 ――どうなってるの!? 一体何のお肉なの!? いえ、これ魚……!? わからない!

 ――ふおおおおおぉぉぉっ! なんか無性に身体から力がみなぎるような気がする!

 ――このお吸い物美味しい! 水みたいにき通っているのに何で!?

 ――この骨煎餅とか言うのもいけるぞ! 酒のつまみに合いそうだ!


 俺の料理は好評のようだ。

 やはりウナギ最強。

 ウナギに勝る川魚なし。

 さて、じゃあそろそろ酷いことをするか。


「そろそろみんな食い終わりそうだからタネを明かそう。みんなが食ってるそれ、ウォータースネークなんだ」


 ――ブウウウウウウゥゥゥゥッ!?

 ――え!? ウォータースネーク!? えっ!? えぇっ!?

 ――オエエエエェェェッ! あ、あんな気持ち悪いものを食わされたのかよ!?

 ――で、でもとてつもなく美味かったよな?

 ――前に食った奴倒れたって聞いたけど?


「ウォータースネークはちゃんとした調理法で料理しないと危険なんだ。おまけにクソ不味い。俺はその調理法を知っているから安心してくれ。みんなに健康被害が起こることはない」


 ――そ、それならまあ。

 ――変なことにならなきゃ別にいいかな。

 ――ああ、すげえ美味かったし。


「そう、今誰かが言ってくれたけど、美味かったよな? 魔物」


 領民全員が相槌あいづちを打ち、


「俺の野望って言うのは、この魔物料理を世界に広めることだ。こんな美味い物を食べないとかアホだ! もったいない! 俺はいち料理人として、この美味さをみんなに理解して欲しい。食って幸せになって欲しい。利用して金儲かねもうけをして欲しい。それらすべてが、俺の野望につながる」


 俺は自分の肝吸いが入っているコップをかかげ、


「この街を食のみやこにするぞ! この世界の誰も見たことのない食のワンダーランド! そのためにはみんなの協力が必要だ! みんな、俺に力を貸してくれ! その代価に俺は、いつでも美味い物を食わせてやる!」


 最高に美味い、新作料理を。




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 《あとがき》

 ウナギの皮の串焼きって食べたことあるんですけど、アレとてつもなく美味いんですよね。

 どうやって作るのか知りたい。


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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