第32話 新装開店準備

「え? カイトさんたちそんなことしてたんですか?」

「来る途中、なんか変な声がする護送車ごそうしゃとすれ違ったのはそういうわけか」

「それにしても料理でねえ……」

「僕らにはその料理作らないでよ?」

「作らねえよ。それよりお前たち、ダンジョンでウォッチャーを食う時は目玉は煮るなよ? 絶対だぞ」


「「「そもそもウォッチャーを食わねえよ!」」」


 元支配者階級を軍に引き渡してから2時間後、サンブリーに到着とうちゃくしたクレアたちに状況説明じょうきょうせつめい

 現在、領主のやかたで一息入れつつ、今後の方針を話し合っている。


「とりあえず、何はともあれまずはメシだな。徹底的に搾取さくしゅされていたせいで、ここの領民たちは慢性的まんせいてきな栄養不足だ」


 働かざる者食うべからず――とは言うが、そもそも食わなければ動けない。

 働いてもらうためにもまずは腹いっぱい食わせること。

 栄養状態の改善かいぜん急務きゅうむと言える。


 それさえ改善できれば働き口なんていくらでも作れると思うんだよな。

 水が綺麗きれいでワインが名産だから、ぶどう畑や加工場があるし。


「クレア、とりあえず道中で倒してきた魔物を見せてくれないか?」

「は、はい! ここじゃせまいんで庭に出てから」


 というわけで庭に移動。

 サッカーができそうなくらい広い庭の中心で、クレアは袋から獲物えものを出した。

 しかし、そのどれもが食材には適していなかった。


「えーと、ギロチンヤンマにブレードクワガタ、トライデントカブトにサイコモス、ポイズンバタフライ――か。武器防具や道具にはできるけど、どれも食えなさそうなラインナップだな」

「やっぱりそうですか……カイトさんなら何とかしてくれるかもってみんなで思ったんですけど」

「お前らの中の俺、どんだけ評価高いんだよ?」


「サイコモスやポイズンバタフライの鱗粉りんぷんを使った調味料とか作れそうとか言ってました」

「作ってもいいけど廃人になるよ? ここの元支配者階級みたいに」


 俺、ただの料理人だよ?

 いくら何でも刃物の素材そざいや毒物のもとまでは食えるようにはできないっつーの。


「残念だけどここの魔物は食えそうにないな。武器防具はいいのができそうな気はするから、食料問題解決後は重宝ちょうほうしそうだけど」

「今は食べるもの優先ですよねえ。あっちみたいにスライムがいっぱいいればよかったんですけど。ねぇ、スーちゃん?」

「ピィ……」


 これは、地上の魔物には期待できなさそうだ。

 冒険者ギルドが機能きのうし始めたら、ミーナやフレンたちに頼んでダンジョンの調査をしてもらうしかないか。

 ウォッチャーみたいなのがいるくらいだから、なんか食べれるやつはいるだろうし。


「サンキュー、クレア。長旅で疲れただろうし、お前さんもフレンたちと一緒にくつろいでくれよ」

「カイトさんはどうするんですか?」

「ミーナと釣り。領民たちにありったけの食料を分けちゃったから、今夜食うもんがないんだわ、これが」


 やかたの食糧倉庫にあったもの、および俺の無限袋の中にあった料理は、全て領民たちの胃袋の中に消えた。

 炊き出しを行って全員の胃袋を満たすとともに、仕事をシフト制に切り替えてちゃんと休むように伝えたところ、みんなとても喜んでいた。


 その際に改めて領民の名簿めいぼを作ってわかったのだが、現在この街中にいる人間は500人程度。

 それだけの人間を継続的けいぞくてきえさないためには、地元で大量に取れる何かが必要なのだが……まあ、すぐに上手くいくわけないか。


「なら私も行きます。夕飯抜きとか嫌ですし」

「冒険者用の携帯食は?」

「不味いからできれば食べたくないです。カイトさんの料理を知ってからはなおさらそう思うようになりました」


 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 だからといって給料上げないけどな。


「じゃあ行くか? 街の中心を流れる川あるだろ? あれの上流に行こうって話してたんだけど」

「行きます。水が綺麗なら何かしらの魚がれそうですから」


 ……

 …………

 ………………


「……釣れないな」

「……釣れないね」

「……釣れないですね」

「……ピィィ」


 あれから1時間後、

 街を流れる川の上流に到着とうちゃくした俺たちは釣りを開始したのだが、一向に獲物がかかる気配はない。

 俺、ミーナ、クレア、そしてスーちゃんの釣り竿はピクリとも動かない。


「これ、本当に魚いるわけ?」

「いるんじゃねーかな? こんなに水綺麗だし」

「でも、始めてから1時間、魚の影すら見てないですねえ」

「ピィ……」


 これ、今夜は晩飯ばんめし抜きかなあ?

 近いうちにヴォルナットまで馬車走らせて、食料調達するべきかなあ?


「あれ? 領主様……こんなところで何を?」

「アニー?」


 魚が釣れずひまを持てあましていたら、以前助けた少女が現れた。

 まだ栄養不足気味だけど、以前より生気せいきは感じられる。


「こんなところで一体何をなされて……キャッ!? ス、スライム!?」

「あ、大丈夫ですよ。この子私の使い魔なので。とーっても優しい良い子です。ねー、スーちゃん?」

「ピッ」

「そ、そうなんですか? 触っても?」

「どうぞどうぞ」

「きゃーっ! ぷにぷにー♪ ぷるんぷるんー♪ かわいいー♪」


 どうやらアニーはスーちゃんがお気に召したらしい。

 つんつん触ってたわむれている。

 子どもが小動物と戯れているのを見ると、なんかこう、なごむ……。


「スーちゃんが気に入ったのならアニーも一緒にどうだ? 釣り」

「あたし、もう一式いっしき釣り竿セット持ってるよ」

「いえ、大丈夫です。っていうかみなさん、釣りをされていたんですね」


 むしろこの格好かっこうを見て釣り以外の何に見えるのだろう?


「とても言いづらいんですけど……たぶん釣れませんよ?」

「え? 何で?」

「川の水こんなに綺麗じゃん」

「綺麗なのに魚がいないんですか? どうして?」

「その綺麗な水がちょっと問題で……みなさんはウォータースネークという魔物をご存じですか?」


 知らない。

 名前からして水の中に住むへびなんだろうってことしかわからん。


「全長2mくらいの中型の魔物で、綺麗な水辺みずべにのみ生息するって言われています。昔は定期的に処理していたそうなんですけど、前の領主様になってからはそれもなくなり、今では大繁殖だいはんしょくしてしまって……」

「だから魚が捕れない?」

「はい……滅多めったに。そのせいでウォータースネーク側も腹ペコなのか、そうやって釣りをしていると時々――」


 ――バシャッ!


「お、かかった! みんな、手伝ってくれ! せーの!」


 竿を一気に引き上げる。

 するとそこには黒光りする極太ごくぶとがいた。

 全長2m、太さ10cmに及ぶ蛇のようなものが。


「こうやってかかっちゃうんです。ウォータースネークは弱い魔物ですけどヌメヌメヌルヌルで気持ち悪いし、誰も相手にしたくないから」

「誰も釣りをしなくなったってワケね」

「見た目も気持ち悪いし、まあ……そういうことならもう帰りますか?」


 帰る? 何を言っているんだ?

 こんなに素晴らしい食材が大量にいるっていうのに帰る?

 せめてあと2-3匹は釣らなくちゃだろう。


「おいおい、こんな大物が釣れたっていうのに帰るとか正気かねきみたち?」

「カイト、まさかこれ、いけるの?」

「えぇーっ!?」

「もちろんいけるさ! このウォータースネークって魔物は、どっからどうみても――」


 ウナギじゃないか!




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 《あとがき》

 ウナギって日本や中国、イギリスくらいでしか食べられていなかったんですよね。

 見た目がアレだから。


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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