第23話 地の底で蠢くもの

「わああああああああああっ!?」


 延々えんえん奈落ならくへと落ちていくこの感覚!

 絶叫ぜっきょうマシンなんて目じゃないレベルの恐怖を感じる。


 安全装置も何もない、まさに命がけのダイブ。

 いや、この表現は正しくない。

 だってこの高さから落ちたら、待っているのは確実な死以外にないのだから――


「あああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!?」


 あ、なんか肌で感じる空気の質が変わったのがわかる。

 これってもしや……地面が近づいているのか?


 くそっ! 料理人を志して幾数年いくすうねん……追放された異世界の地で果てることになろうとは。

 まだ俺にはやりたいことがいっぱいあるというのに……。

 りたいこともいっぱいあるというのに……!


「チクショーッ! 一度でいいから俺の店を客で満タンにしたかった! あとウェイトレスの制服をもっと俺の趣味前回のエッチなやつにしてみたかった! 童貞のままとか最悪だからその後のこととか考えないでミーナと一発ヤっておくんだったあああぁぁぁっ!」


 くそっ! くそっ! くそおおおぉぉぉっ!

 死を目前にして今までの経験や思い出が走馬灯そうまとうになってよみがえりながら、心の奥底で願っていた欲望がダダれになりつつある。


 我ながら格好かっこ悪いな……。

 さそわれても断っていたのに内心未練みれんタラタラじゃねーか。


「うおおおぉぉぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ――ドボォォォォォォーーーーン!


 ……

 …………

 ………………


「し、下が水で助かった……」


 俺たちが落ちた場所の下は運良く大量の水があり、そのおかげでなんとか一命を取りめることができた。

 東京ドーム3個分くらいの空間に、大量の水が保管されている。

 もしかしたら地底湖ちていこの一種かもしれない。


「そ、そうだ! セシルは!? セシル!?」


 穴に落ちたのは俺だけではない。

 俺は無限袋の中から決して消えることのない魔法のランタンを取り出し明かりを作り、セシルの捜索そうさくを始めた。


「いた! セシル!」


 幸いにもすぐに彼を見つけることができた。

 落下の衝撃しょうげきで気絶したのか、仰向あおむけになってぷかぷかと浮いている。

 俺はセシルが水を飲まないよう背中側に回り、脇の下から胸をかかえて岸まで引っ張っていった。


「とりあえず、まずは服をかわかさないと」


 袋から燃料石と、先ほど使う予定だったまきを取り出し、火をつけた。

 枯れ枝はその役目を十二分によく発揮はっきし、熱と光で周囲を温める。


 火の準備ができたので次は乾燥かんそうの番だ。

 その辺にあった適当な大きさの石を集め、その上に脱いだ服を配置していく。

 全ての作業が終わった時、当然のことだが俺は全裸になっていた。


「セシル、まだ起きないな」


 呼吸はしているから水はそれほど飲んでいないはずなのだが。

 このまま放置しておくと風邪をひいてしまうだろうし、そうなるとしばらく行動ができなくなってしまう。


「……脱がしてやるか」


 今後のことを考えるとそうするしかあるまい。

 俺の恋愛対象は女子なので、男の服を脱がすという行為に若干じゃっかんの抵抗を感じないこともないが、今は緊急事態きんきゅうじたいだ。

 そんなことを言っている余裕はない。


「はーい、セシルくん。バンザイしましょーね、バンザーイ……」


 俺は寝ているセシルの両腕を挙げさせ、エプロンのような法衣ほういを脱がせた。

 続いてその下に来ている黒い詰襟つめえりみたいな上着のボタンを外して脱がす。

 そして十分に水をしぼり、石の上に広げると、さらに下に着ている黒いノースリーブの肌着を脱がせようとしたのだが……脱がせない。


「何だ? ズボンのベルトにでも引っかかっているのか?」


 仕方がないので先に下を脱がせることにする。

 セシルのベルトを外してズボンを脱がせた。

 するとそこには――


「何も………………ない?」


 そう、何もなかったのだ。ふくらみが。

 俺が持っている下のソル・カノンのように、男なら誰でも持っているはずのモノが見当たらなかった。

 パンツはたいらの平原地帯である。


「これは、もしや…………」


 そういうことか。

 あー、なるほど。

 俺理解したわ。完璧かんぺきにわかっちゃったわ。


「とりあえずズボンも絞って干しておこう。シャツとパンツも……やっぱ脱がせないとダメだよなあ」

「う~ん……」

「お、良かった。気が付いた」

「あれ? ボク……カイト、ここって……」

「おそらく街の地下にあった地底湖だ。俺たちは落とし穴に落ちてここに来たんだよ」

「地底湖……とすると、やはり噂は――って、キャアアアァァァァッ!?」

「どうした!?」

「な、何でボク下着なんですか!? あと何でカイトは全裸!?」

「濡れた服を着たままだと風邪を引くだろ? 脱出のためにもここでそうなったらまずいからな」

「な、なるほど……」

「お前の服は俺が脱がした。で、その途中でお前さんが起きたってわけさ」

「そう、だったんですね……じゃあ、バレちゃいましたよね? 秘密にしていたのに」

「ああ、知るつもりはなかったんだけどき上……ごめん」

「い、いいんですよ! カイトはボクを助けようとしてくれてたんだし!」

「そう言ってくれると助かるよ。しかしまあおどろいたよまさかお前が――」

「ボクがおん――」

「カストラートだったなんてな……」

「え? カスト……え?」


 カストラートとは幼少期ようしょうき去勢きょせいされた男性の歌い手のことだ。

 男性ホルモンを生み出す機能きのうである股間こかんのブツを幼少期に取りのぞくことで声変りをふせぎ、男性のものでも女性のものでもない、天使のような独特どくとくの歌声をつくり出す。

 地球でも中世から近世かけてこの習慣しゅうかんはあったので、異世界であっても不思議ではない。


「カストラートって宗教的なことでもあるから、部外者の俺が何か言うのもアレだけど、やっぱ辛いよな。竿と玉取られちゃうの……天使のような声と引きえに股間のソル・カノン除去じょきょれとか言われたら俺絶対嫌だよ。例え家が貧乏でそれしか生きる手段がないと言われても。だって一生普通のセッ〇スできないってことじゃん? ソル・カノン取られちゃったら自分が入れられる側になるしかないわけじゃん? どうしてもヤりたければア〇ル開発してメスちしかないなんてそんなの――」

「……クは――だ」

「え? 何か言った?

「ボクは女だーっ!」


 ――バキッ!


「痛ってええぇぇぇっ!? え? 女? え……女、なの? 」

「そうですよ! 女ですよ! 普通に考えて股間に、その……アレがなかったら女だって思うでしょ! なのにどうしてそんなことになるんですか!?」

「いや、だってお前の一人称ボクだし、神父の恰好かっこうしてるし、さっき水から上げる時胸んとこ抱えたけど普通に硬かったし、背も俺とあんま変わらないし……だからてっきり」

「一人称がボクの女の子だっているでしょう! 神父の恰好は女の一人旅対策です! 胸は男装するのでサラシを巻いてるから硬いだけです! あと背のことは言わないでください! 気にしてるんだから!」

「あ、はい、すいません……」

「全く……肌着の水絞ってくるから、絶対こっち見ないでくださいね!」


 言われなくても。

 そうか、女だったのか。それは失礼なこと言っちゃったな……

 とりあえず少し乾いただろうしパンツだけでもこう。

 女性の前で全裸はまずい。


「しかし、だいぶ落ちて来ちゃいましたね」

「ああ、落ちたところの光とか全然見えないもんなあ」


 火をかこみながら、先ほどのことはなかったかのように話す俺たち。

 お互い、空気を読める大人だった。


「これからどうします?」

「とりあえず出口をさがそう。見たところこの地底湖も人工的な感じだし、どこかに出口があると思う」


 明かりに浮かぶかべはずいぶんと真っ平な上、ところどころ模様もようがある。

 俺たちが今座っている地面も舗装ほそうされているくらい水平なので、自然物とは考えにくい。


「となると、噂は本当だったみたいですね」

「噂って?」

「この廃墟の街が、古代遺跡いせきの真上に作られているって噂ですよ」


 正直眉唾まゆつばものでしたけど――とセシルは語る。

 眉と唾……セシルの眉って細くていい形しているよな。まつ毛も長いし……。

 くちびるなんてつやがあってぷるんとしていそうだし、あれに触れたらさぞや――って、何を考えているんだ俺は!?

 セシルが女だってわかった瞬間、そういう目で見るなんて最低だぞ!


「この街があった場所は、かつてこの黎明れいめいの大地を統一した唯一の国、古代ノイン王国の街があった場所だって噂です。ノイン王国は今とは比べ物にならないほど高度な文明を持っていたのですけど、突如とつじょ一夜にして滅びたらしく、言い伝えくらいしか残っていないのですが」


 まるで、俺たちの世界で言うムーとアトランティスだな。

 そう言えば高校の時の女友達がハマっていたなあ。ムーが攻めでアトランティスが受けとか、擬人化ぎじんかして妄想もうそうを膨らませていたっけ、なつかしい。


 今の俺たちの場合どっちが攻めムーでどっちが受けアトランティス……いや、俺は男だ。

 男は常に攻めムーでありたい……っていかんいかん! また変なこと考えてる!

 ムーじゃなく無になるんだ! むむむむむ、ムー……


「記録はほとんど残っていないんですけど、時折遺物が見つかったりしているんです。カイトが使っている無限袋もその一つですよ……ってカイト、あの、何か、近くありません?」

「セシル、あのさ、俺、なんか変なんだよ。さっきからどうも身体が火照って」

「そういえばボクも……」

「一人じゃ不安だから近くにいさせてくれよ……ダメか?」

「え? えっ? ……いいですよ(ドキドキドキ)」

「ありがとう」

「ど、どういたしまして……(何だろう? カイトを見るとなんだかドキドキしてくる)」

「セシル、あのさ、俺思うんだけど、ここってそう簡単に出れそうもないよな」

「え、ええ……」

「どれだけかかるかわからない。数日ならいけど数か月、数年、下手したら数十年かかるかもしれない」

「はい……」

「二人きりって、さみしくないか? だから……」

「だ、だから……?」

「仲間、増やさないか? 俺たちで」

「そ、それって……」

「俺とじゃ、嫌かな?」

「…………ううん、そんなことないです………………………いいですよ」

「セシル!」

「セシル!――じゃないっつーのこのドスケベ大魔神!」


 ――ドボオオオォォォン!

 ――ザパアアアァァァン!


「冷たっ!? せっかく下着がかわいてきたのに!」

「人をいきなり水の中に叩き込むとかどこのどいつだ!?」

「ここのコイツだよ! お久しぶり、カイト。ちょっと会わない間にずいぶんと楽しそうなことしてるじゃない。あたしには手を出さなかったくせにさ」

「ミーナ!」


 俺たちを水の中に蹴り落とした奴――それは間違いなくミーナだった。

 失踪しっそうした挙句あげく、俺から逃げまわっていたミーナ本人が目の前にいる。


「お前、無事だったんだな! 今までどこにいたんだよ!? ずっと心配してたんだからな!」

「どうだか? こんな暗い穴の底で、繁殖行為はんしょくこういをおっぱじめようとするくらいだし」

「あ、あれはだなあ………………あれ? 何で俺あんなに気分が盛り上がっていたんだ?」

「そういえばボクも……」


 俺とセシル、二人とも一気に熱が冷めたかのように、そんな気分じゃなくなってしまっていた。

 俺のソル・カノンも平静を取り戻したようで落ち着いている。


「もしかするとさっき食ったフィレオウォッチャーが原因なのか……?」


 ヘビの骨は最強の精力剤だと聞いたことがある。

 ウォッチャーは幻惑げんわくが得意だし、もしかしたら骨にそういう効果がある可能性があるな。

 店で出す時は骨をちゃんと取ろう……。


「フィレオウォッチャー? 何それ!? 興味深いんだけど!」

「それなら後で食わせてやるよ。その前にお前、さっき何で俺から逃げた!? それに落とし穴に落ちる前! お前のせいで俺たち落ちたんだからな!」

「あたしのせい? あたしはこの数日間ずっとここにいたけど? 上になんているわけないじゃん」

「え? じゃあアレは……?」

「おそらくウォッチャーの見せた幻でしょう。外に出たのが一匹だけとは限りませんから」

「そっか、なるほど。うわぁ、すっかり騙された!」


 幻と考えれば納得がいくわ。

 どうりで足音しないわけだよ。


「問題はそのウォッチャーを飼いならしている何者かがいることです」


 落ちる直前、誰かの声を聞いたとのこと。

 それは、俺たちがここで死ぬのを望んでいる内容だったとか。


「その何者かっていうのは誰なんだ?」

「心当たりはありますけど……今はまだ」

「そうか、ミーナのほうは? 何でお前さんはここにいるんだ?」

「あたしは……あんたがあたしを置いて5人でクエストに行ったって言うから、急いで追いかけてたらその途中でなんか白い光に包まれてさ」


 気がついたら滅んだ自分の故郷ふるさとの近くだった――ってわけらしい。


「いきなり地元にいたから意味わからなくてさ、混乱している中誰かにおそわれちゃって。街まで逃げてきたんだけど結局つかまって――」


 俺たちと同じように穴の中にドボン――とのこと。


「お前を襲ったやつに心当たりは?」

「あるわけないじゃん。いや、待てよ? なんかやたらと連携れんけいが取れていたような? あたしら冒険者が臨時りんじの仲間と即興そっきょうで合わせるようなレベルじゃなくて、長年訓練を続けている、個としてじゃなく群れで動くような感じの――」

「……さらにキナ臭い感じになってきたな」


 個じゃなく群れで行動する。

 それって完全に軍隊じゃないか。

 セシルの話だとノイン王国の遺跡にはオーパーツが眠っている可能性もあるって話だし、一気に陰謀論いんぼうろん的な話になってきたぞ。


「とりあえず見つからないようにここを出ようぜ。俺たち個人じゃ相手をするのは危険だと思う」

「あたしも同感。さっさと帰ってギルマスに報告しよう」

「でも、どうやって? ボクらが落ちてきた穴ははるか上にあるんですよ?」

「安心して。それっぽいところはすでに見つけてあるから」


 さすが将来有望な腕きの斥候スカウト

 伊達だてに数日先に落とされていないな。


「ここから少し進んだところにある壁にスイッチがあるの。おそらく隠し扉のスイッチだと思う」

「よし、それじゃあ早速そのスイッチを――」


 ――ザザザザザザザ……


「なあ、何か音しないか?」

「そういえば……」

「――っ! カイト! ミーナさん! 見て! 水が波打ってます!」


 ――ザザザザザザザ……


 セシルの言う通り、地底湖の水がはげしく波打っている。

 海でもないはずなのに水がうねり、飛沫しぶきが上がる。


「水の中に……」

「「何かいる!?」」


 その「何か」は戸惑とまどう俺たちの前に来ると、大量の水を伴ってその姿を現した。


「クラーケン!? 何でこんなところにいんの!?」

「どこかで海につながっているのかもしれません。二人とも、来ますよ!」


 ――フシュアアアアァァァアァッ!


 全長20メートルを超える巨大なタコが咆哮する。

 触手しょくしゅかかげて威嚇いかくする敵に、俺は思わず――


 ――ジュルリ。


 舌なめずりをした。




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《あとがき》

行方不明だったミーナと合流です。

あとセシルは女の子でした。

ボクッ娘……いいですよね。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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