第22話 ウォッチャー

「これは……酷いな」


 ミーナの故郷こきょうである廃墟はいきょの街を見た時、思わずそんなセリフがこぼれた。

 建物は全て半壊はんかい以上、全壊ぜんかいしているものも珍しくない。

 元々は舗装ほそうされていたであろう大通りは、今は見る影もなく雑草であふれている。


 それだけならまだいい。

 それだけであればただのゴーストタウンですむ。

 最高にひどいのは――


白骨化はっこつかした死体が、そこかしこに転がっている……」

「戦争以降、誰もここをおとずれなくなりましたから」


 そう言って、セシルは死体の回収を始めた。

 白骨化したものだけでなく、まだ肉が残っているものも。

 差別することなく平等に。


「それ、どうする気だ?」

「お墓を作るんですよ。眠っているのに、いつまでも野ざらしではかわいそうですから」

「手伝う」

「いえ、おかまいなく。これはボクの仕事なので」

「じゃあ、セシルの用事っていうのは……」

「はい、ここの住民たちをとむらうことです」

「弔うって、一人でか?」

「ええ、他に誰も来たがりませんでしたから。犯罪者の巣窟そうくつといううわさもありましたので」


 ――噂ですんでよかったです。


 抱えた骨を、近くに合った台車に乗せながらセシルが語る。


「カイトは知っていますか? 最近、各地でアンデッドが目撃され始めていることを」

「ああ、その話なら聞いた覚えがあるよ」

「ゾンビやスケルトンのようなアンデッドって、ちゃんと弔われていない死体がなるんですよ。人工的に作らない限りは」


 人工的に作れるんだ……。

 だとすると、やはりネクロマンサーみたいな職業ジョブがあるんだろうな。


「なので、戦後はボクたちのような教会の人間が各地を回り、犠牲者たちを弔っているのです」

「にしては、ここは手つかずのようだけど?」

「ローソニア帝国との緩衝かんしょう地帯だし、噂が噂でしたから。わかっていても、なかなか人を回せなかったんですよ」

「回せなかったって、10年も?」

「ええ、10年もです。その間、ここの人たちはどんな気持ちだったでしょうね……」


 悲しそうな顔でセシルがつぶやく。


「やっぱ俺も手伝うよ」

「それにはおよばないと、先ほど言ったはずですよ」

「魔物倒すの手伝ってもらっただろう? そのお返しだ」

「ふふ、そうですか。なら火をつけるためのまきを集めてもらえますか? 長年弔われぬまま放置ほうちされていた方々です。聖なる炎で浄化じょうかしてから送ってあげたい」

「任せておけ」


 俺は街を巡回じゅんかいしながら、薪になりそうなえだを集めることにした。

 くずれかけた家の庭、放置された大通り、未だ血のあとが残る公園などから十分な量の枯れ枝を集める。


「とりあえずこんなもんか。しかし酷いな、本当に……年齢性別関係なく、そこらじゅうに死体が転がってやがる」


 セシルはこの街の住人を弔うためにやってきたと言った。

 何千とあるこの住人たちを本当に一人で弔うとしたら、一体何日かかることやら。


「ミーナのやつ、どこにいるんだろう?」


 痕跡こんせきから、間違いなくあいつはこの街をおとずれている。

 自分の故郷がこんな有様ありさまになって、いったいどんな気持ちだろう?


「……見つけたら美味い飯、食わせてやらないとな」


 定番のスライムゼリーに、新定番になりそうなジャイアントレッグの素揚すあげ。

 それに、前々から研究を重ねついに完成したアレ――。

 悲しい時、辛い時はとりあえず食ったほうがいい。

 舌と腹が幸せで満たされれば、キツい現実だって耐えることができるから。


「さて、そろそろ合流しよう。セシルのいる場所はこっちだっけ?」


 ――スッ。


「っ!? 今影が……」


 動いた。

 地面に映る建物の影――それが不自然な形でうごめいたのだ。

 まるで、そこに人がいるかのように。


「誰だ!?」


 現場に急行し確認する。

 しかし誰もいない。


「気のせいか? ……いや、やっぱ気のせいなんかじゃない」


 今いる場所とは反対側。

 半壊した建物の窓に人影のようなものが見えた。


 再び俺は影を追う。

 そして、今度はその後姿うしろすがたをとらえることができた。


「ミーナ?」


 女性用の軽鎧ライトアーマーの下に、全身に張り付くような感じのフルボディスーツ。

 ほこりでくすんだ金髪といい、背格好と言い、彼女に間違いない。


「おいミーナ! 今までどこ行ってたんだよ!?」


 俺はそう質問したが、ミーナは答えない。

 そういえばミーナ失踪しっそうのきっかけは俺たちを追ったことが始まりだった。

 け者にされてふてくされているのかもしれない。


 ……ちょっとは優しくしてやるか。

 故郷がこんな有様だしな。


「ミーナ、その、声をかけないのは悪かったよ。まさかお前も行きたいだなんて思っていなかったし。っていうかそんな食い意地張ってるとは思わなかったし」

「………………」

「今度行く時はお前にも声かけることにするよ。新しくできた料理も食わせてやるから勘弁してくれ」

「………………」

「あ、そうだ。お前自分のナイフ落としてたぞ。大事な武器なんだから失くしちゃダメだろ。ほら、今度は落とすなよ?」

「………………」

「……なあ、いい加減機嫌きげん直せって。まだ誰にも出していない新作を一番に食わせるからそろそろこっち向いて――あ、おい!?」


 ミーナは俺に振り向くことなく、ぐにけ出した。

 結構な速度が出ているのに音が全くしない。

 斥候スカウトってこういうこともできるのだろうか?


「とにかく追いかけないと!」


 見失わないうちに追いつくべく、俺も真っ直ぐに駆け出す。

 しかし、少し進んだところでその足は止まる。

 物陰から何かが飛び出してきたからだ。


「こいつは……ウォッチャーか!」


 二メートルくらいのデカいヘビ。

 ただし頭は存在せず、代わりにあるのは巨大な目玉。

 事前に聞いていた情報とほぼ一致いっちする。


「聞いていた通り気持ち悪い見た目してやがるな……」


 自然界じゃ絶対に生まれそうにない見た目である。

 そんなことを考えているうちにウォッチャーの目があやしく輝き始めたので、俺は慌てて視線をらした。

 ウォッチャーは幻覚げんかくを見せて獲物えものを攻撃してくる。

 まどわされないように、あのクソデカい目は見ないようにしないと。


 ――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!


「ビーム!? おおっとぉ!?」


 俺が惑わされないとわかるやいなや、ウォッチャーは戦法を切り替えてきた。

 幻惑ではなく、ビームで俺を射殺いころすつもりのようだ。

 俺は視線から逃れるように動き、徐々にウォッチャーとの距離を詰めていく。

 幸いなことに一発つと十秒はチャージが必要になるようで、特に危険もなく接近できた。


「終わりだこの野郎!」


 ――スパッ!


 距離をめた後、オークベアから食い取った獣爪術じゅうそうじゅつを起動。

 体内の血を操り爪と化し、ウォッチャーに対して横ぎ。

 爪は首にヒットし、ウォッチャーの目玉と身体は永久におさらばすることとなった。

 戦闘終了。


「基本幻覚を見せて襲う魔物だからか、強さはそこまでじゃなかったな」


 幻覚とビームさえ食らわなきゃ、ただのデカくてキモいヘビである。

 熊や巨大さそり、その他諸々もろもろの危険生物を相手にしてきた今の俺の敵じゃない。


「この目玉は薬の素材になるらしいけど、料理に使えねえかな? 何かの目玉のスープって聞いたことあるけど、それっぽいやつ」


 目玉――というか眼球近くの筋肉は常に動かす筋肉であるため、柔らかいし旨味うまみ凝縮ぎょうしゅくされている場合が多い。

 ここで三平汁さんぺいじるという漁師飯を挙げさせてらいたい。

 さけを丸ごと豪快ごうかいに入れるこの料理で最も美味い部位は頭だ。

 頭の肉をちゅるんと食べ、頭蓋骨ずがいこつを外し、その中にある脳を塩と味噌、野菜の旨味が濃厚にしみ込んだ状態でしょくしてご飯をかっこむ。

 口の中いっぱいに鮭といその味が広がり幸せになった状態で、目玉を周りの筋肉ごと一気にすすって再びご飯。

 これが最っっっっっ高に美味いのだ!

 大トロ以上のトロトロさと旨味を含んだ眼球周りの筋肉は正に至高しこう

 ぶりや鮭のような大型魚の中で最高に美味い部位だと俺は心から思っている。

 アレに比べれば大トロなんぞ子どもだましよ。


「今度煮込んでみるか……でも味がわかんねーから実験必須ひっすだな」


 持っている無限袋の中にしまう。


「身体はヘビだし普通に食えるな――って、こんなこと考えている場合じゃなかった! ミーナ!」


 慌てて追いかけたが、やはり遅かった。

 一分に満たない時間とはいえ、それだけ足止めを食ってしまうと、無音の斥候を見つけ出すのは難しい。

 俺はいったん諦めてセシルの元に戻った。


 ……

 …………

 ………………


「セシル!」

「おかえりなさい。どうしました?」

「人がいた。俺の友達の女冒険者だった」

「え? その人は何故なぜこんなところに?」

「わからない。実は俺、そいつが行方不明になっちまったから、その痕跡を探していたんだ」

「そうだったんですか……その人は今どちらに?」

「わからない。ウォッチャーにおそわれてその間にいなくなった」


 こっちに来ていないかと質問するも、セシルは首を横に振った。


「そうか……まあいいさ。ここにいるってわかったんだ。そのうち出てくるだろ」

随分ずいぶんと余裕がありますね。お友達とまだ合流できていないのに」

「まあな」


 この世界で最も付き合いの古い奴らはフレンたちだけど、最も付き合いの長い奴はミーナだ。

 冒険者になった初日以降、時折ときおり冒険にさそわれたり、店でダラダラと駄弁だべったりして一緒の時間をすごしていたため、あいつのことはよく理解しているつもりだ。


 何より、俺の新作を食いたいから追いかけてきて行方不明になったような奴だ。

 何をすれば姿を見せるかなんて手に取るようにわかる。


「セシル、働きっぱなしでいい加減疲れただろう? 休憩きゅうけいしよう。飯作るよ」

「ありがとうございます。で、何を作るつもりですか?」

「面白い食材がたった今取れたから、それを使ったカツを作ろうと思う」

「カツ……? 何ですかそれ?」

「俺の国に伝わる調理法で……まあフライだと思ってくれればいい」

「わあ! ボクフライ大好物なんですよ……って、そのフライにする食材ってまさか?」

「ああ、ウォッチャーだ」

「やっぱり! さっきたった今取れた言ってたし!」

「ここに来る途中で毒がないのは確認してる。セシルはどうする? 食べるか?」

「…………………………………………食べます」

「わかった」


 ものすごいなやんでいたけど結局食うのか。

 俺はてっきりまた食わないというものだとばかり思っていたけど。

 ジャイアントレッグで魔物食に興味きょうみ出たのかな?


「じゃあまずは下処理したしょりだな、さっき頭を落としたウォッチャーの皮をごう」


 頭を落としたヘビの皮は手で簡単にける。

 切り口から皮をつかんで力いっぱい引っ張って話していく。

 大きさが大きさだけに結構な重労働じゅうろうどうだ。


「次に内臓ないぞうと血を取りのぞく」


 これがマムシなら精力剤として珍重ちんちょうされるけど、こいつの場合はどうなんだろう?

 ジュースに混ぜて飲んだら元気になったりしねえかな?

 一応実験の意味も込めて補完ほかんしとくか。


「そしたら最後に塩でみ洗う」


 この世界のヘビはどうだか知らないけれど、ヘビっていうのはサルモネラ菌を保有している。

 サルモネラ菌は熱で死ぬけど、下準備であらかじめ取り除いておくに越したことはない。


「よし、下準備は完成だ。食べる分だけ切り落として水洗いするぞ」

「あれ? 骨は取り除かないんですか?」

「ああ、ヘビって骨多いし、取り除くには時間がかかる。それに、ヘビの骨は食べられるから」

「食べられるんだ……」

「じゃあウナギみたいに開――きたいところだけど、太さが結構あるから輪切りでいいや。これを溶いた卵にけてからまんべんなくパン粉まぶす」


 俺たちが良く知るフライの形になって行く。

 見た目は完全にハムカツだ。


「あとは熱した高温の油を使い、パン粉をまぶした食材を一気にげる!」

「うわぁ……いいにおい」

「さらに! 10秒高温の油で揚げたら今度は低温の油でじっくり5分! 素材の持つ肉汁にくじゅうが中であふれだすのをいのりながら揚げていく!」


 この間に俺は袋からソース、パン、間にはさむ野菜を取り出す。


「揚がったフライをこうやって野菜と一緒にパンに挟み、ソースをかけて……完成だ」


 名付けて――『フィレオウォッチャー』。

 巨大なヘビの身体を持つウォッチャーをフライにしたハンバーガー。

 一体どんな味がするのか? 

 ワクワクが止まらねえ……。


「それじゃあ……未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――いただきます!」

「……………………いただきますっ!」


 ――パクッ。


「おっほおおおおおぉぉぉぉっ♪」

「こ、これっ! これって……♥」

「ああ! とりだ! ものすごく旨味を濃縮のうしゅくした鶏の味だよ!」


 鶏の部位でも手羽先――その特に先端に近い部分の味と追えば伝わるだろうか?

 あの部分の味で全体が構成こうせいされている。

 そんな感じだ。


「ヘビって鶏の味に近いって言われているけど、ここまで濃厚とは……そうか、考えてみればヘビは全身が筋肉だもんな。大型魚の眼球の筋肉同様、めちゃめちゃ動かす部位だから当然味が詰まっているし、まっているわけだ」

「ボ、ボク次からウォッチャーを見る目変わっちゃいそう……♥ 肉厚のウォッチャーとか見ちゃったらよだれが止まらなくなるかも……」

「俺もだよ。まさかあんなキモい見た目しているのになあ」


 サンクトクルス産の魚醤ぎょしょうをベースに作った俺特製ソースとの相性は抜群ばつぐんだ。

 鶏と醤油しょうゆの相性は最高――ならば、味が近いヘビと相性が悪いわけではない。

 友達の友達はやっぱり友達なんだよ。


「ごちそうさまでした。ありがとうカイト、とても美味しかったです」

「どういたしまして。料理人としてこの上ない喜びだ」

「ところでカイト、そこにもう一個フォレオウォッチャーがあるけど食べないんですか? ……ならボクが頂いても?」

「悪いな、これはもう一人のために作ったんだ」

「もう一人? ここにはカイトとボクしか……」

「いや、いる」


 わざわざ俺を追いかけてくるくらい食い意地の張ったあいつなら絶対に来る。


「………………」

「来たな」


 ほらやっぱり。

 ミーナは俺たちが食事をしている場所の近く――元は大通りだった交差点の中心にたたずんでいる。


「ほらミーナ、来ると思っていたからお前の分も作っておいたぞ。こっち来て食えよ。美味いぜ」

「………………」

「何だよ? まだ置いてったこと怒ってるのか?」

「カイト、どうも様子がおかしいです。ここは慎重しんちょうになった方が」

「いい加減許してくれよ。とりあえず飯でも食え。腹減ってるだろ? ほら」


 動かないミーナにしびれを切らせ、俺が近づいたその時だった。


 ――ガラガラッ!


「うわあああぁぁぁぁっ!?」

「カイト!? きゃああああぁぁぁっ!」

「セシル!? わああああぁぁぁぁぁっ!」


 足場が崩れ、俺たちは落下した。

 底の見えない大きな落とし穴に。


「かかったみたいですね。これで安心だ」

「うむ、ここのことは部外者に知られるわけには行かん。彼らに恨みはないが、あの女冒険者と同じように黄泉よみへと旅立ってもらわねばなるまい」




-----------------------------------------------------------------------------------

《あとがき》

なんか怪しい人たちが出てきました。

そして三平汁はマジで美味すぎるので是非一度食べてみることをお勧めします。

大型魚のカブト部分への価値観が本気で変わります。

マグロのお解体ショーなどで食べる時に、頭の肉を所望してみるとその美味しさは理解できるかと。

マジでトロより美味い。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。

作者のやる気に繋がりますので。

応援よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る