第24話 クラーケン

 クラーケン――それは海に生息する巨大生物。

 物語によって姿形は分かれるものの、その多くはタコ、もしくはイカの姿で描かれている。


 西洋ではこれらは悪魔のつかい――デビルフィッシュと言われ嫌われる傾向けいこうにあるため、自然とそうなったのだろうと俺は推測すいそくしている。


 ――フシュアアアアァァァァッ!


 この世界のクラーケンはタコだった。

 8本脚を大きく振りかぶり、俺たちを叩きつぶすべくそれらを振り下ろした。


 ――ズズゥゥゥゥゥン!


「クッ! なんて威力!」

「気を付けてください! クラーケンのあしつかまったらおしまいです!」

「そんなことわかってるわよ!」


 セシルの声にミーナが応える。

 タコやイカの脚は筋肉そのものだ。


 俺も昔、水族館のふれあい広場で腕を捕まれたことがあるのでそのことはよく理解できる。

 筋肉――そう、筋肉なのだ。タコの脚は。


「……どんだけ旨味が詰まってるんだろうなあ? お前の脚」


 ――ジュル。


 ――…………ッ!?


 俺がクラーケンを見つめた瞬間、クラーケンがひるんだ気がした。

 そうだ、この隙に。


「ミーナ、受け取れ! お前のナイフだ!」

「ありがと! 拾っといてくれたんだ!」

「支援します! 神よ、祝福を……ホーリーブレス!」


 セシルの身体が白くかがやき、俺たちに向かって光がはなたれる。

 何だか身体がみなぎってきた気がする。


「身体能力を底上げしました。これで多少は食らってもいけるはずです!」

「セシルだっけ? ありがと!」

「どういたしまして! ボクも戦います!」

「え? 戦えるのかよ?」

「ご安心を。男装していたとはいえ、伊達に女一人で旅していません」


 セシルは自分の袋から武器を取り出した。

 彼女の武器は100キロはあろうかという巨大な戦槌メイス

 あんなものを人が食らえば、一瞬で挽肉ひきにくになるだろう。


「8本脚とはいえ目は2つだ。バラバラに攻めれば1人はフリーになる。絶対固まるな!」

「そんなんわかってるわよ!」

「言われなくても!」


 俺たちはクラーケンを囲み、 3方向から攻める。

 巨大な足を搔くぐり、本体に確実にダメージを与えていく。

 ミーナは接近してナイフ、はなれて弓で。

 セシルは近づいて戦槌で。

 そして俺はオークベアから食らうばった獣爪術じゅうそうじゅつで。


「オラァ! まずは脚1本!」


 ――ズバアアァァァッ!

 ――ピチピチピチピチッ!


「斬られたのにまだ脚が動いてる……」

「イキがいいんだろ……ってよそ見するな! 来るぞ!」


 ――フシュオオオオォォォッ!

 ――バシイイイイィィィッ!


「キャアアアァァァァッ!」

「ミーナ!」

「ミーナさん!」


 脚を1本失ったクラーケンの怒りの一撃を食らいミーナが吹っ飛んだ。

 時速100キロはあろうかという速度で、俺が斬り飛ばしたクラーケンの脚に突っ込んで埋もれる。


「飛ばされたとこがここで助かった……でも、なんかヌルヌルするぅ! おまけに臭い! 気持ち悪い!」

「そんなこと言ってる場合かよ! 来てるぞ!」

「え!?」


 ナマモノ特有のヌメりと臭みに気を取られミーナの反応が遅れた。

 ちいっ、世話が焼ける!


「どけっ!」


 ――ビタアアアアァァァァァン!


「カイト!」

「大丈夫ですか!?」

「な。何とか……セシルの支援がなければわりと致命傷ちめいしょうだったかも。痛たたたた……」


 先ほどの支援、攻撃力だけじゃなく防御力も上がっている模様。

 強くなったとはいえ、あんなデカブツの渾身こんしんの一撃を食らったら、今の俺でもわりと危ない。


「ヒール!」


 セシルが回復魔法を使ってくれたようだ。

 全身をめぐっていた痛みが、みるみるうちに引いていく。


「大丈夫ですか?」

「ああ、助かったよ」

「頑張ってください。ボクの見立てではあと少しです」


 言われなくても頑張るさ。

 なんせ……めちゃめちゃ美味そうなタコだもんなぁ!


「よくもやってくれたなタコ野郎! 美味しくいただいてやるから覚悟しやがれ!」


 俺の声にセシルが「え……アレも食べるの?」みたいな反応を一瞬示す。

 そんな彼女とは対照的たいしょうてきに目を輝かせたミーナはさすが常連客である。

 俺は袋からロープを取り出し、以前作ってもらった刺身さしみ包丁にそれを結びつけ、豪快ごうかいにそれを振り回した。


 狙撃蠍尾撃スコープドッグ――アイアンスコーピオンから食し生まれた、新たな俺の一皿。

 さそりの尻尾のようにうねり、うごめき、自由自在に暴れまわる。

 鋭利えいりな刃のついた蠍の尻尾で斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬りきざむ!


 ――プシュウウウゥゥッ!


 それを嫌がったクラーケンは、俺に向かってスミを吐いた。

 俺は余裕をもってそれを避け、再び刃のむちで斬り刻みまくる。

 残った脚の何本かをまとめて斬り落とし、クラーケンの身体をぐるぐる巻きにする。


「うおおおおぉぉぉぉっ!」


 そして全力で回転する。

 普通に考えれば俺程度がいくらったところで、全長20メートル級の物体が動くわけがない。

 しかし、物理法則が仕事をしていないこの異世界において話は別だ。

 RPGのような独自ルールを採用しているこの世界ならば、俺でも頑張ればこいつを振り回せる。


「オラアアァァァァッ!」


 残った脚ごとしばられたクラーケンは、ハンマー投げのハンマーのように振り回される。

 抵抗をこころみているようだが、遠心力でそれもかなわない。


「セシル、かっ飛ばせ!」

「はい! ええええぇぇぇぇぇーーい!」


 ――グシャアアァァァァッ!


 横ぎに放ったセシルの戦槌がクラーケンを真芯ましんにとらえた。

 野球でホームランを打った時のような気持ちよい音とは真逆の音、ボロボロになったクラーケンが宙を舞う


「ミーナ! トドメを!」

「任せて! やああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 ミーナが飛び、クラーケンの脳天にナイフを突き刺す。

 そしてそのまま一気に振り抜く。

 気合一閃――宙を舞ったクラーケンは、ミーナの一撃で頭から開きにされてその命を終えた。

 戦闘終了。


 ……

 …………

 ………………


「あー、びっくりした。こんなデカいのがいるなんて思わなかった」

「せっかく乾いた服がまたびしょびしょです……」

「まあいいじゃないか。服は乾かせば済む。それより、俺としてはコイツの味が気になるなあ」

「あたしもあたしも!」

「あの、お二人とも本当にこれを食べるんですか? 悪魔の魚と呼ばれるクラーケンですよ?」

「「食べるよ?」」

「そ、そうですか……」

「ねえねえカイト、これ何にして食べるの? カイトのことだからきっと調理法知ってるんでしょ?」

「当たり前だろ。クラーケンっていうかタコやイカはな、俺の国じゃ色々な料理に使われて大人気なんだぞ」


 寿司はもちろん、正月の料理にも使われたりで縁起物えんぎものとしても重宝ちょうほうされている。


「どうやって食べるわけ? くの? るの?」

「どっちでもいけるし個人的には超タコ焼きを作りたいところだけど、あいにく専用の器具きぐがないと作れない」

「えー?」


 そんな声上げるなよ。俺だって食いたいんんだ。

 作って楽しい、食べて美味しいタコ焼きが食えないのは本当に残念としか言いようがない。

 今度あそこの親方にタコ焼き専用の器具を作ってもらおう。


「ってわけで今回は揚げます。あと、新鮮なので生でもいきます」

「生!? 生でいけんの!?」

「さ、さすがに生は危ないのでは……?」

「ちゃんと処理するから大丈夫だ。とうわけで今回のメニューは――」


 ――タコの唐揚げとたこわさだ。


「まずは水洗いだ。タコの吸盤きゅうばんには雑菌ざっきんが多くついているからな。しっかりと水洗いしてぬめりを落とすんだ。ミーナ、お湯かしてもらえる?」

「オッケー、まかせて」


 指示を出しつつ、大きな脚から今食べる分を斬り落とした。

 3人分だし、ざっと2キロくらいでいいだろう。

 斬り落としたソレを、俺は地底湖の水につけてよーく洗う。


「よく洗ってぬめりと汚れを落としたら、次は塩でみ洗いだ。この時、塩はたっぷりとつけてよく揉むのがポイント」


 塩は殺菌さっきん効果もあるので、よくつけたほうが臭みとぬめりが良く取れる。


「それが終わったらまた水でよく洗う! 本当は流水で洗うのがいいんだけど、まあこの際贅沢ぜいたくは言っていられないよな。こんな場所だし」


 そして塩を落としたら、布巾ふきんやキッチンペーパーなどでよく水をき取ってから、余分な皮を切り取るのだ。

 こうすることで食感が良くなり美味しさがぐっと引き立つようになる。


「ミーナ、お湯の具合は?」

「ん、今沸いたよ」

「よし、それじゃあ最後にこれをでる! 少し待てば足の色が変わってくるから」

「あ、本当だ。色が赤くなった」

「クラーケンが赤く? ……本当だ。赤いですね」

「ああ、そうか。食う習慣しゅうかんがなければそれも知らないよな。赤く変色したら食べごろだ。お湯から上げて、氷水で冷やしたいところだけど今はないから、ひとまずこれで下処理が完了。これで食べてもタコは美味いんだけど……今回は唐揚げとたこわさだからな。こっからが本番だ」


 袋からそれぞれの料理に必要なものを取り出す。


「まず唐揚げからいこう。ミーナは前に一角うさぎのを食ったことがあるよな? アレでいく」

「やった! アレ大好き!」

「さっきお湯を沸かした時に使った火で油をまずあっためる。パチパチというまで少し時間があるからその間に準備だ」


 まずクラーケンの脚を食べやすいよう細かくする。

 そしたらそれに片栗粉かたくりこ薄力粉はくりきこ、塩、コショウを混ぜたものをよくまぶして――、


「油が温まったらぶち込んでカラッと揚げる!」


 ――ジュワアアアアアアアアァァァッ!


「これこれ! このにおい! 食欲が刺激しげきされるぅ♪」

「本当に良いにおい……何というか、胃に来ますね」

「これでタコの唐揚げは完成だ。レモンをお好みで絞っていただいてくれ」


 その間に俺はたこわさを作る。

 と言っても、大した手間じゃないんだけどな。


 わさびとソースのベースになるものを、調味料を加えて混ぜるだけだから。

 わさびに似た植物が市場にあったから、ちょうど使ってみたかったんだよな。


「わさびをまずすり下ろす。十分にすれたらベースになる出汁だし(今回は俺特製の梅昆布茶うめこぶちゃっぽいやつ)にみりんっぽい食用酒、塩、トウガラシ、刻んだタコと一緒にぶち込んでよく混ぜる。これで完成だ」


 酒のつまみに最適な一品料理だ。

 食ってみろ。飛ぶぞ?


「さて、料理もできたことだしいただこうか」

「わーい♪ クラーケンってどんな味すんだろうね? めっちゃ楽しみ♪」

「ボクは………………神よ! これも試練しれん! 喜んで受けさせていただきます!」

「それじゃあ――未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――いただきます!」

「いただきまーす♪」

「い、いただきます……」


 ――パクッ!


「っっっっっっっっハアアアアァァァァァァッ! 美味しい美味しい美味しいよ! カイト! これめちゃくちゃ美味しい! あたしの想像した10倍、ううん……100倍は美味しかった!」

「確かにこれ美味いな! タコの旨味がすげえ濃厚で普通に作るより旨味が強い!」

「カリコリとした食感……めば噛むほどジュワっと出てくるクラーケンの旨味……それが唐揚げになることでさらに引き立てられて口の中が幸せでいっぱい……あたし、もうダメかも。こんなの食べちゃったら他の普通の料理もう食べれない……どうしても比べちゃう……」

「ほ、本当に美味しいんですか……これ?」

「なんだセシル、あんたまだ食べていなかったの? いらないならあたしが全部もらうけど?」

「い、いえ……いただきます!」

「あ、たこわさはそんなに一気にいくと……」


 ――パクッ


「ッッッッッゥ! は、鼻に! 鼻にきましたっ! あああああぁぁぁぁっ!?」

「言わんこっちゃない……」


 たこわさは美味いんだけど、わさびを使っているから一気に食べると鼻がめっちゃツーンとするんだよ……。

 鼻の通りは良くなるけどさあ……痛いだろその食い方。

 良い子は真似まねしちゃいけない食い方だよそれ。


「で、でもこれ美味しいです! 鼻から脳にかけて痛みと共に美味しさが突き抜けていくっていうか!」

「それがたこわさだ。その独特の辛みがタコと相性抜群なんだ。酒にもよく合うんだぞ」

「確かに相性よさそうですね。あぁっ! また鼻にっ! で、でもっ! でも気持ちいい……美味しい……神よ、新たな幸せをボクに気づかせてくれたことに感謝します……」

「セシル……たこわさはそんな一気に食うもんじゃなくて、ちょびちょび少しずつ食う物なんだ」

「そうなんですか? でも……(パクッ)ボ、ボクはこっちのほうが好きかも……」


 新しい味と出会って、新しい扉が開いちゃったな……。

 教会に帰ってから変な趣味に目覚めないといいけど、この子。


 変態神父……いや、本当は女だからシスターか。

 変態シスターがいる教会になんて行きたく……あれ? ないこともないな?

 ドMのシスターってエロの定番素材だから抵抗少ないのか?


「そうだ、ミーナ」

「ん? 何?」

「これ、お前に飲んでもらおうと思って持ってきたんだ。……よいしょっと」


 俺は袋の中からあるものを煮込んだなべを取り出した。

 そしてどんぶりを一つ用意し、その中に調合したタレを入れ、さらにそこに鍋の中身を入れよくかき混ぜる。


「スープ? なんか独特のにおいがするね?」

「本当はスープだけを出すんじゃなくて、この中にあるものを入れて出すんだけど、そのあるものがまだ納得なっとくいくものに出会えていなくて……でもスープだけでも美味いから飲んでみてくれ」

「うん、それじゃあいただきます………………………………うっまああああぁぁぁっ!? ナニコレ!? こんなスープ飲んだことない! っていうかこれもしかして!」

「そうだ。気づいたか?」

「そりゃ気づくって! だってこれオークベアの味じゃない! あの時食べたオークベアのカレー、その肉というか旨味というか、なんかそんな感じのやつが美味しさの中から感じられるもん!」


 俺が出したのは、そう、オークベアの骨から取った出汁のスープ。

 つまり、ラーメンのスープだ。

 俺はいつかこのスープで、オークベアのラーメンを作ろうと思っている。


「オークベアのスープだよ。味に納得がいったらお前に1番に飲んでもらおうと思っていたんだ」

「あたしに? どうして?」

「どうしてって、そりゃあ…………お前と、仲直りしたくて」


 置いてっちゃったことでこんなことになったわけだし、その責任も感じている。

 そして何よりも、


「俺が初めて冒険に出た時に取った獲物えものの味だ。その時一緒に冒険したお前に、一番初めに飲んで欲しかったんだよ」

「カイト………………わかった。よし、許す! 今回のことも、前に言われたムカつくことも水に流す! あんたのこと、許してあげる」

「……ありがとう」


 よかった、これで仲直りだな。

 やっぱりミーナがいないと、なんか寂しいもんな、俺の店。


「その代わり、このスープを使う料理が完成したら、また1番にあたしに食べさせて。それが条件」

「ああ、もちろんだ。ぜひ食ってくれよ」

「そのためにも、一刻も早くここを出ないとね」


 そういって微笑ほほえみかけたミーナの表情がやけに印象に残った。

 俺は思わず彼女から視線を逸らす。

 そして、この場所が暗いことにちょっとだけ感謝した。




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 《あとがき》

 タコ焼き食べたい。

 タコって美味しいんですよねえ。

 家族で和食食いに行くと絶対タコの唐揚げ頼むんですよ。


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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