第18話 料理人なら道具にこだわれ
「それじゃあ俺たちは先に帰ってるぞ」
「ああ、俺たちの分のクエスト
「オッケー、それじゃカイトにクレア」
「またお店でね」
仕事が終わった翌日――美味い飯と温泉で
三人と一緒に帰らなかった理由は、単純にこの街にまだ用があるからだ。
俺はクレアを引き連れ、長に教えてもらった
「みなさん気合い入ってますね。どこの
「そうだな。仕事に対して情熱があって、この街の職人はみんな
「で、どこに頼むかもう決めました?」
「ああ、あそこにしよう」
俺が選んだのは、特区の中でもとびきり
ハンマーの音だけじゃなく、親方の
ショーケースに
「すいませーん」
「ごめんください」
店先の
「おう、いらっしゃい。何か入り用かい?」
現れたのはこの店の親方と思われる人物だった。
彼の姿を見た時、失礼ながら俺は少し
「え? ドワーフ?」
そう、この店の親方は人間じゃなかったのだ。
ドワーフ――ファンタジー世界における定番の住人だ。
ずんぐりむっくりの体型で背が低く、大人でも人間の子供ぐらいしか身長がない。
しかし筋肉量は人間の倍近くあり
戦士や鍛冶師をやらせたら右に出るものはいないであろう存在、それがワーフだ。
「おうよ、俺は
「いえ、気に
「なんだそうだったのかい。それじゃあ多少
「へえ、そうなんですか」
話を聞くに、どうも隣国のイブセブン連邦は
一つの国家としてまとまってはいるが、あくまでそれは
「いい鉄が
「え? 差別?」
「何だ兄ちゃん、世間知らずだなあ。どこ出身だよ?」
「あ、俺
この大陸どころか、この世界出身ではないんだがそれはさておき。
「それより差別って?」
「ああ、ローソニア帝国のことだよ。あいつら
「はあ、なるほど。いろいろあるんですね」
人間同士でも争いは起きる。
他種族同士ならなおさらだ。
生まれたの種族だので差別するとか、俺にはまったく理解ができないけどな。
「まあ話はこれくらいにして商売といこうじゃねえか。何が欲しいんだい? 剣か?
「いえ、武器っちゃ武器なんですけどね」
俺が欲しいのは料理人としての武器だ。
冒険者の武器じゃない。
「調理器具を作って欲しいんですよ。この
「こ、これは……アイアンスコーピオンの
無限袋の中から、解体済みのアイアンスコーピオンの殻を見せる。
親方はまじまじとそれを見つめ、それからじっくりなめ回すように全体を確認する。
「傷一つない良い状態だな。こんなキレイなのを見たのは久しぶりだぜ」
「
「ほう? それが本当ならその仲間たちを大切にするんだな」
言われるまでもない。
常連客であり恩人を、ないがしろになんてしてたまるか。
「このタイミングでこれが出るってことは、お前さんたちが坑道に
「はい、そうです」
「ありがとよ。あいつのせいでこの先ここで商売できるか不安だったからなあ。倒してくれて本当に助かったぜ。その礼と言っちゃなんだが格安で仕事を受けてやる」
そいつはありがたい。
オーダーメイドって
「調理器具だな。こいつを使って何を作れって?」
「
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「え?」
「その、包丁や鍋はわかったが、刺身包丁とか中華鍋とか聞いたこともねえ。道具の名前なのはわかるが、どういうものか全くわからん」
あ、そうか。そういやここは異世界だったな。
刺身包丁や中華鍋なんて
「すいません、故郷の言葉で話していました。どんなものか絵で
「ああ、頼む。できればどんな風に料理で使うのかもな」
俺は紙とペンを借りて、できるだけ
高校の美術の成績は10段階で8だったから、多分伝わっていると思われる。
「ふむ、なるほどな。とりあえず
「はい、お願いします」
「しかし、アイアンスコーピオンの殻を調理器具にねえ? 普通、これだけいい素材がとれたら武器や防具に使うもんだがなあ」
「俺は冒険者じゃなく料理人です。武器や防具よりも調理器具を優先したいんですよ」
「ふうん、そんなもんかねえ?」
ぼやきながらも、親方は俺の指示に従ってくれたようで、素材とともに奥へ消えた。
さて、じゃあ言われたとうり待つとしようか。
「カイトさん、カイトさん」
「うん?」
「親方さんも言ってたけどもったいなくないですか? アイアンスコーピオンの
「だろうなあ。サンクトクルスの武器防具屋で金貨数枚で見るしなあ」
「じゃあどうしてそうしなかったんです?」
「クレア、一流の料理人ってのはな、道具にもこだわるんだよ」
向こうじゃバイトだった俺が一流の料理人かどうかはさておき。
料理というものは使う道具によっても大きくその味を変える。
どんなに良い食材を用意したとしても、それを扱う料理人がどんなに一流だとしても、それらと組む道具が三流ならば、料理の味は引き出せない。
「ちゃんとした店なら、料理ごとに使う専用の調理器具を用意するのは当然だぞ」
「そんなの聞いたことないけどなぁ」
「ピンとこないのなら教えてやるよ。ま、とりあえず作品ができるのを待とうぜ」
「はぁ」
それから二時間後――試作品第一号が完成した。
さすがファンタジー世界、普通に考えたらありえない速度で仕上げてくる。
「とりあえず絵を元に作ってみたけど、こんな感じでいいのかい?」
「はい、ありがとうございます!」
親方が持ってきた作品は、もうなんというか、本当に注文通りの品だった。
出刃包丁、刺身包丁、菜切り包丁に中華包丁――どれも
細胞をつぶすことなくスパッと切れるに違いない。
鍋とフライパンもいい。こちらの注文通り、様々な大きさと
「試作品どころか完成品じゃないですか! これそのまま持ち帰らせていただきます! おいくらですか?」
「オーダーメイドだし金貨10枚――と言いたいところだが5枚に負けてやるよ。この街を救ってくれた英雄様だからな」
「ありがとうございます! 残りの器具はサンクトクルスの冒険者ギルドに送ってください。
「そうかい? 結構余ると思うんだが」
「別にいいです。もう欲しいものは手に入れたので」
「それじゃあ
親方もピンと来ていないのでちょうどいい
今この場で証明しようじゃないか。
いい料理にはいい道具が必要だということを。
「親方、昼飯まだですよね?」
「ん? おう、まだ昼前だしな」
「どうでしょう? 俺に作らせてもらえませんかね? この作ったばかりの試作品で」
「それは構わねえが……」
「よし、決まりだ! 台所はどこですか?」
「ああ、この奥を左だが……」
「了解です。ああ、そうだ。お弟子さん何人います? 全員分作りますんで。あと台所にあるものって何使ってもいいですか?」
……
…………
………………
様々な許可を取った後、台所にて――、
「カイトさん、一体何を作るつもりなんですか?」
「
「え? そんな普通のメニューを? いい道具ってわからせるんじゃあ?」
「そうだよ? だからこそこの料理が最適なんだ」
シンプルが
「まずはサラダからいこう。クレア、スーちゃんにこれらを食わせてくれ。消化はさせちゃダメだぞ?」
「はい、わかりました。スーちゃん、お願い」
「ピッ」
クレアの頼みで、スーちゃんが野菜類を体内に
スライムの体液は食材のエグみを消し去り、
一度スライムの体液に野菜を
「よし、じゃあ次は雑炊だ。クレア、ライスを
「はい。でも、私普通にしか炊けませんよ?」
「いいんだよそれで。俺がやるよりもお前がやったほうが味の違いがわかるってもんさ」
「はあ、わかりました。けど、失敗しても文句言わないでくださいね?」
保険を掛けながら言われた通りにするクレア。
さきほど作った試作品の鍋に米を入れて水をIN。
中でしっかり五十回
それを
「三回研いだから火をつけていいですか?」
「いいよ。火力にだけは注意しろよな」
「はい、わかりました」
そろそろいいだろう。
俺はスーちゃんに頼んで漬け込んだ野菜を出してもらった。
これらを水洗いし、作ったばかりの菜切り包丁でそれらを刻む。
まるで
こいつはすごい……絶対細胞を
一気に断ち切っているから旨味が
「あれ? この
「どうかしたか?」
「あ、いえ。何でもありません。……そんなはずないよね?」
そんなはずあるんだよな、これが。
まあ、タネ明かしは飯の時にだ。
炊きあがった米をアイアンスコーピオンの鍋に入れ、先ほど刻んだ野菜と一緒に煮込んだ後、最後に卵を入れる。
これで雑炊は完成だ。
あとは卵焼きだ。作るのは何も入れないシンプルなヤツだ。
これを先ほど作ってもらったフライパンで焼き上げる!
トロットロふわっふわの卵焼きの完成だ。
「さあできたぞ。持って行こう」
「は、はい。でも、あれ? 何で?」
「ほらほら、首をかしげていないでサーブしてくれ。料理は熱々のほうが美味いんだからな」
クレアをせかし料理を並べ、ようやく食事の準備が
俺とクレア、親方と五人の弟子で食卓を
「おいおい、何が出てくるかと思いきや雑炊に卵焼きにサラダだぁ? 雑炊や卵焼きなんて俺らでも作れるし、サラダなんて生じゃねえか。エグみが強くて食えたもんじゃねえだろ」
「まあまあ、
無限袋からソースを取り出す。
コイツはタマネギをベースに作り上げた特製ソースだ。
スーちゃんの体液入りなので、タマネギの甘みと旨味が限界まで引き出されている
かけてみろ……飛ぶぞ?
「それじゃあ冷めて味が落ちるのも嫌なので」
「ああ、そうだな……もっと変わったもんが出ると思ったんだがなあ」
そのセリフ、五秒後も
では、
――いただきます。
――パクッ。
「な、なななななななななななななななな!? あ、あああああああああっっ!?」
「え? ええええぇぇぇぇっ!? 気のせいじゃなかった! 何でえええええぇぇぇっ!?」
おやおや、どうしたのですかなお二人さん?
お弟子さんたちも
「お、おいっ! おめえこれ! 何でただ野菜切っただけなのにこんなに美味ぇんだよ!?」
「半分は企業秘密なので教えれません。教えられることはあの菜切り包丁を使ったからってことだけかな」
「あの包丁が? ただの包丁じゃねえのか?」
「違います。一級品の装備素材として使われるアイアンスコーピオンの殻を使った一級品の包丁です。親方、この包丁を作る時、どういう風に
「そりゃあ、剣や槍を作る時みたいに切れ味を意識して……」
「そういうことですよ。一級品の武器として使われる素材で作られたこの包丁はとても
「な、なるほど! この包丁にそんな意味が……」
「カイトさん! ならこっちの雑炊と卵焼きは!? この
――ブウウウウウウウウゥゥゥゥッ!?
うわっ! 汚ねぇっ!
アイアンスコーピオンの味と言った瞬間、何人かの弟子が
今まで「美味い美味い」と食っていたところに突然のゲテモノの特攻。
うーん、まあ仕方ないのかもなあ。
「お、お前ら! アイアンスコーピオンを食ったのか!?」
「はい、食べました。親方さんたちは知らないでしょうけど、魔物ってとっても美味しいんですよ」
「食べられるもの限定だけどな」
「そ、そんな……魔物を食うだなんて。そりゃあ変わったものが出てこねえかなとは思ったが……」
「魔物は一級品の食材なんですよ。どんな味だったか、そこの
俺に言われた通り親方は弟子に
そして弟子は答えた。
美味かった――と。
「アイアンスコーピオン――サソリ
「じゃあこれ、調理器具が持つ味がそのまま
「その通り」
「そんな……信じられない。だってこの卵焼きカニタマみたいな味しますよ!」
「それだけアイアンスコーピオンの持つ旨味が強いんだろうな。正直俺もここまで濃厚だと思わなかった。もっとほんのり
まあ、何にせよ。
「美味ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ! この飯美味い! 美味すぎるうううぅぅぅっ! 魔物とかゲテモノと思っていたが完全に価値観ぶっ壊れた! いくら俺でもこれは直せねえええぇぇぇっ! うおおおおおぉぉぉぉっ!」
「道具一つでこんなに変わるなんて……私目から
いい道具の価値というものを理解してくれたようで何よりだ。
この場にいる全員、その価値に気づいて大興奮のお祭り状態である。
「こいつぁやられたぜ。まさかこの年になってテメェの価値観をぶっ壊されることになるなんて思わなかった」
「調理器具の価値、わかってもらえたようで何よりです」
「俺がバカだった。気づかせてくれた礼だ。代金は金貨5枚じゃなくて1枚でいいぜ。それと、今後加工して欲しい素材があったら持ってこい。どんな無茶でも聞いてやる」
……
…………
………………
「へえ、そんなことがあったのか」
「だから残るって言ったのね」
「僕らもその調理器具興味あるなあ。それ使って何か作ってみてよ」
「あいよ、じゃあ卵焼き3つな。一人銅貨40枚になります」
帰宅後の翌日――店が開いたことを知ったフレンたちが来店。
昼食を食いがてらあの後のことを話す。
「うおっ、マジでアイアンスコーピオンの味がするぞ!」
「これ本当に卵以外使ってないの!?」
「うぅ、僕もこのフライパン欲しい……でも、装備作らないと……」
「もし作るなら作った人紹介してやるよ」
「ああーっ!
ふふ、大いに悩むがいいさ。
「ところでミーナの奴は? さすがにもうほとぼりが冷めただろうし、そろそろ来ると思ってたんだけど」
「あ……」
「えーと……」
「ミ、ミーナはね……」
何だこの空気?
今まで和気あいあいとしていたのに突然重くなったぞ。
「なあ、その様子だとミーナに何かあったんだろ? 知らない仲じゃないし教えてくれよ」
「えっと、じゃあ言うけどよ」
「ショック、受けないでね……?」
「え?」
「ミーナ、僕たちがクエストに出た日以降、行方不明なんだ」
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《あとがき》
道具が揃ったと思ったら、常連が一人消えてしまいました。
果たしてミーナは何処にいるのか?
恋愛フラグが加速するかも?
《旧Twitter》
https://twitter.com/USouhei
読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。
作者のやる気に繋がりますので。
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