第16話 いい仕事はいいお茶の後で

 翌日、早朝――


「みんな、よく眠れたか?」

「当ったり前だろ」

「ええ、もうぐっすり」

「昨日食べた焼きうさぎのおかげかな? なんだか身体が軽い気がする」

「わ、私は緊張きんちょうで眠れなかったです……」


 俺の問いかけに対する反応は様々さまざま

 フレンたちはやはりそれなりに場数ばかずんでいるだけあって緊張はない。

 実に頼もしい。

 反対にクレアは目の下に大きなくまが。

 おそらく一睡いっすいも出来ていないのだろう。


「おいおいクレア……緊張するのはわかるけど、そんな体調で大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃないので帰っていいですか……?」

「ダメです」「ダメだ」「ダメね」「ダメだよ」

「うぅ……みなさんひどい。Fランクの新米冒険者に容赦ようしゃなさすぎます……」


 たしかにクレアのような新米に対する態度たいどではないのかもしれない。

 これから狩るアイアンスコーピオンはCランクで3人、Dランクでは5人以上が参加条件となるクエストだ。

 Bランクの俺がいなければ受付で止められるであろう、Fランクの彼女には荷が重すぎると言えなくもない。


「私、冒険者になって倒したのスライムだけですよ? 他の魔物なんて一匹も相手にしてないんですよ? それをいきなりアイアンスコーピオン? 段階だんかいをすっ飛ばしすぎです! ワープしてます!」

「でも、スライムだったら問題なく狩り続けられているだろ?」

「ええ、まあ。でもそれは私がスライム専門の魔物使いテイマーだからですよ。誰よりもスライムの知識があるから対処できているだけにすぎません」

「俺はそうは思わないけどな。なんだかんだ言っているけど、お前さんは十分強くなっているよ。毎日数百単位でスライムを倒しているんだぞ? 一匹一匹の経験値は小さくても、その数がもり積もって山になってるって」


 俺の故郷こきょうに『ちりも積もれば山となる』ということわざがあることをクレアに伝えた。


「山にならず吹き飛んでいそうなんですけど、私……」

「そんなことないって。大体スーちゃんだっているだろ? お前に付き合って戦っているから、小さいけどメチャクチャ強くなってるじゃないか」

「それは、そうですけど……」

「ピッピッピピッ!」

「え? 何スーちゃん? 文字覚えたの!? かしこーい♪」


 戦い、成長するうちに知力も上がったのだろう。

 前々からこちらの言っていることを理解していたふしもあったし、そろそろ文字ぐらい覚えてもおどろきはしない。


 ――クーチャンハボクガマモル


「スーちゃん……」


 おお、ゼリー部分を変形させて文字を……器用だな。

 この分だともう少し強くなって知能が上がれば、声帯せいたいの仕組みを覚えて普通に会話可能になるかもしれない。


「スーちゃんもこう言ってる。自分の強さに自信が持てなくても、周りの強さは信用してもいいんじゃないか?」

「……はい、そうですね」

「よし、じゃあ討伐行くぞ!」

「「「「「応!」」」」」


 ……

 …………

 ………………


 それから馬車で一時間後――俺たち一行は鉱山に到着した。

 山の中腹ちゅうふくあたりに作られた採掘者さいくつしゃの集落――鉱山が閉鎖されているせいで今は誰もいない。


 大量に積まれたまき、放置された道具、放棄ほうきされたテント――それらを尻目に俺たちはその先にある坑道へと向かった。


「ここか」

「結構大きいわね。もっとせまいかと思った」

「高さ五メートル、横幅よこはば十五メートルってとこかな?」


 ぽっかりと口を開けて待ちうけている、今から俺たちが入るそこはトロッコ二車線の大きな坑道だった。

 これだけで街一つの財政を潤すわけだから、当然といえば当然か。


「こんだけデカくても相手はアイアンスコーピオンだろ? 戦闘になったら窮屈きゅうくつそうだな」

「そうね、大きいのは体長五メートルくらいあるし……」

尻尾しっぽでの突きはまだしもぎ払われたらける場所なさそうだねえ……」

「なあに、そん時は俺とカイトで受け止めてやるよ。な?」

「ああ、まかせとけ」


 とは言うものの、内心若干じゃっかん不安だったり。

 まあ、もっと強い魔物をギルマスにれられ見ているので、大丈夫っちゃ大丈夫だろう。

 この世界独特のルールもあるしな。


「クレア、聞いての通りだ。この坑道はデカいけど、アイアンスコーピオンも同様にデカい。広範囲こうはんいに攻撃をされたら避ける場所がほぼない。だから、そうなる前に速攻そっこうで倒す必要がある」

「はい……」

「アイアンスコーピオンに関する情報は頭に入っているか?」

「はい……一応」

「昨日の夜、寝る前に渡した作戦指示書しじしょは?」

「そちらも……カイトさん、私、上手くやれるでしょうか?」

「やれるやれないじゃない、やるんだよ」

「はい……うぅ、緊張でおなかが……」

「大丈夫だ。万が一ミスっても問題ない。そうなったら普通に倒すだけだ。俺も、フレンたちも、それができるだけの強さは十分にある。ただそうなったら多少メンドくさくなって素材報酬そざいほうしゅうも少なくなって、食えるはずの俺の料理が食えなくなるだけだ」

「た、食べたいので頑張ります! 絶対成功させます! 私だけ昨日食べてないから!」

「おう、頑張れ」

「話は終わったか? じゃ、行こうぜ」


 フレンの号令で俺たちは鉱山に入った。

 街などで見かける魔力性の街灯がいとうを使っているらしく、俺たちの侵入しんにゅうに反応して周囲が明るくなる。

 明かりを持たなくていいのでこれは嬉しい。


 ――キィキィ!


「ひゃっ!?」

花蝙蝠はなこうもりか。それにしてはちょっと数が少ないな」

「きっとターゲットにやられたのね」

縄張なわばり意識が強いからね……自分の領域りょういきおかす者は許さないってことだろうね」

「花蝙蝠…………蝙蝠料理ってどんなのがあったかな? たしかどっかの国の地方メニューであったような…………」


 くそっ! 思い出せない!

 せめて蝙蝠がどんな味なのか知っていれば料理のしようもあるのだが。

 向こうにいた時食わなかったのがやまれる。


「なあカイト、花蝙蝠って食えそうなのか?」

「ああ、だけど調理方法がイマイチよくわからん。何匹か倒してもらっていいか?」

「わかった、任せとけ」

「こ、蝙蝠も食べるの……? わ、私はビジュアル的にちょっと……」

「そんなこと言っても結局食べるだろ? 本命前のウォーミングアップだよ。目についたら倒してあげよう」


 ありがたい。

 フレンもライルもすっかり未知の味のとりこになってくれたせいか、積極的にこういう提案を受け入れてくれる。

 やはり人は、美味い物にはあらがえないのだ。


「ほれ、これが花蝙蝠だ」

「どれどれ? ……暗くてこまかいところまで見えないな」

「なら私の番ね。ライト!」


 シズの魔法で周囲が昼間のように明るくなった。


「……何これ?」

「花蝙蝠だ」

「ああ、うん、そうだな」


 花蝙蝠は何というか、独特のビジュアルというか、さすがファンタジー世界の生物といった感じの魔物だった。

 頭が花でそれ以外が蝙蝠、ただし肉体は生物ではなく植物。

 端的たんてきに言うと蝙蝠の身体を植物にして、首から上をひまわりに取りえたような見た目だった。


 これでどうやって空飛んでるんだ? 物理法則仕事しろよ。

 あと何で生物じゃなくて植物なんだよ? 進化論も仕事してねえ。

 この世界の科学仕事サボりすぎ問題。


「どんな料理にできそうだ?」

「そうだな……とりあえず野菜料理は確定だな。頭の部分の花弁かべんはお茶、顔部分はおつまみにできる可能性がある」

「お茶におつまみ……」

「想像つかないわね」


 自分で言っておいてなんだけど俺もそう思う。

 まあでも、やってみればその疑問も解けるだろう。

 無限袋に花蝙蝠をしまってさらに奥へ進む。


「……空気が重くなったな」

「花蝙蝠どころか他の生物や魔物もいなくなったわね」

「気配はしないけど、これは……近いかな?」

「…………(ゴクリ)」

「……ピィ」

「戦う前に一服いっぷくしよう。適度てきどにリラックスだ」


 俺は無限袋からなべを取り出し、その中に水を入れた。

 シズに火を起こしてもらい、近くに合った石でかまどを作る。

 即席そくせきのかまどをかこむようにしてみんなが座った。

 そんな中、俺は一人鍋の前に陣取じんどる。


「シズ、質問なんだけど花蝙蝠って毒はあるか?」

「ないわよ」

「そうか、なら早速ためしてみよう」


 俺は先ほど袋に入れた花蝙蝠を取り出し、顔の周りの花びらを全て引っこ抜いた。

 その数三匹。

 俺の横に身体が蝙蝠っぽい妙なひまわりが三つ横たわる。


「羽も切り落として細かく刻む。血は……出ないな。生物じゃなくて植物だからか? 水そのものがこいつらの血液なのかも」


 つぶやきつつも包丁を動かす。

 サク、サク――と、まるで山芋を短冊たんざく切りにした時のような音と感触だ。

 細く刻まれたそれらを救急キット内にあったガーゼでつつみ、お湯になった水の中にIN。

 じっくりと煮込にこむ。


「あら、いいにおい」

「本当です。すっごくいいかおり。まるでお花畑にでもいるような……」


 原因は間違いなくコレだろう。

 俺はしっかりと成分が染み出した花蝙蝠のお茶をコップに入れ、自分で飲む前に手で湯気をあおぎ香りを楽しむ。


 ああ……これは、何ともさわやかな香りだ。

 では一口――


「おぉ……」

「これは……」

「落ち着くわ……」

「何とも言えない清涼せいりょう感だね……」

「胸がスーっとします……」


 花蝙蝠のお茶を例えるなら極上のミント茶――それが一番近いだろう。

 ミントのような強烈な爽やかさと清涼感が喉奥のどおくから胃の中にぶわっと広がり、その直後に涼しさと温かさが同時に到来とうらいするという矛盾むじゅんきわまりない味だ。


 だが、美味い!

 まるで夏と冬がタンゴをおどりながら仲良くやってくるかのようなこの味――素晴らしい!

 店で出せばやはり売れるだろう。


 フレンがあっさり倒していたし、危険度もそれほど高くなさそうだ。

 店の新メニュー候補として頭の片隅かたすみに置いておくとしよう。


「さあ、みんな」

「「「「…………」」」」


 俺が声をかけると、全員無言で立ち上がった。

 休憩きゅうけいは終わり。

 本格的な仕事の始まりだ。


「……いた」


 あの休憩から三分未満みまん――カップラーメンすら作れないわずかな時間の後に俺たちは遭遇そうぐうした。


 ――アイアンスコーピオン。


 まるで戦車のような分厚い装甲そうこうおおわれたそいつを、料理すべき方法はすでに決めている。

 さあ、料理開始クッキングスタートだ。




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《あとがき》

バトル前の探索回です。

ダンジョン探索は冒険の醍醐味ですよね。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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