第15話 鉱山の街ヴォルナット

「ああ、旅は良いなあ……こう、何て言うか、日常をはなれて新しい世界を見に行く感じって言うかさ」

「あ、わかるわかる。行ったことない場所に行くとテンション上がるわよね」

「それが好きで冒険者やってるフシもあるよなあ、俺たち」

「旅先限定の美味しいものに出会うのも楽しいし」

「俺にとっちゃそれが一番重要な要素ようそだ。アイアンスコーピオン……どんな味がするんだろうな?」

「うぅ……帰りたい」


 馬車の上から流れる景色けしきを見ている俺たち一行の感想は実に対照的たいしょうてきだった。

 俺やフレン、シズにライルは非日常の景色と未知の味について思いをせ、クレアはそれらの恐怖と戦っている。

 慣れないことをするのが怖いのだと見える。

 失敗を恐れる新入社員か。


「皆さんよくそんな気楽にできますね……不安とかないんですか?」

「ない!」

「私はないわけじゃないけど、それを怖がってたら冒険者なんてできないし」

「シズに同意。何事も挑戦あるのみさ」

「スコーピオンってくらいだからサソリだろ? サソリといえば甲殻類こうかくるい……つまりエビやカニの親戚しんせき……なべにするか? しゃぶしゃぶにするか? いやいや、それともここはやっぱり王道の寿司……あ、でもこの世界酢がないんだった! ワインビネガーはあるからそれで代用して……」

「……皆さんが私と違うのはよくわかりました」


 自分と違うリアクションを前に、クレアはさらに落ち込んでしまった。


「クレア、そう不安になるなよ。ちょっといつもと違うことをするだけじゃないか」

「そのちょっとが嫌なんですよ! 大体これ言うほどちょっとですか!?」


 アイアンスコーピオンはその名の通り、鋼鉄こうてつからを持った巨大なサソリだ。

 大体平均二メートル前後、大きいものだと五メートル以上にもなるという。

 地球のサソリと違って尻尾に毒はないが、そのぶん槍のようにするどくとがっており、そこで突かれたら重厚じゅうこうな盾すら貫通かんつうするとか。


「も、もし尻尾で突かれちゃったらどうしよう……? 頭だったら首から上なくなっちゃいそうだし、胴体だったら真っ二つ…………イヤアアアァァァッ! 私まだ死にたくないです! そんな残酷ざんこくな死に方するのイヤアアアアァァァッ!」

「だ、大丈夫よクレア! そんなこと絶対にさせないから」

「そうだぜ。しっかりと前衛の俺が攻撃を受け止めてやるさ。お前のとこには行かせない。だから安心して後ろにいろ………………シズ」

「………………うん、頑張ってね。フレン」

「私のところにはとどきそうなんですけど!? シズさんのところには届かなくても私に届いちゃいませんかこれ!?」

「はっはっは、そうなりそうなら僕が止めるよ。斥候スカウトだけど、前衛もできないわけじゃないしね」

「三人のほかに俺もいるし、お前さんは安全な場所でしっかりスーちゃんに支援しているだけで大丈夫だよ」


 というか、それをしてもらわないと困る。

 スライムの能力を十全じゅうぜんに使ってもらわないと安全な狩りは成立しない。

 ただ倒すだけじゃなく、より多いメリットを享受きょうじゅするためには、クレアの力が不可欠なのだ。


「うぅ……おうち帰りたい。帰ってスーちゃんのお肉食べて寝たい……コアを口に中に入れてしゃぶりたい……飴玉みたいで美味しそう……」

「ピ!?」

「コアはやめて差し上げろ。スーちゃん生きた心地しないだろうから」


 ……

 …………

 ………………


 道中、そんな会話をしながら馬車にられること半日ほど。

 俺たちは現場――鉱山こうざんまちヴォルナットに到着とうちゃくした。


 この街にある鉱山では、マトファミア王国内に流通りゅうつうする鉄の約8割が生産されているらしい。

 それを証明するかのように。そこら中から鉄を叩くハンマーの音が聞こえてくる。

 熱気もすごく、立っているだけで汗をかきそうだ。


「本格的な仕事は明日からだし、とりあえず宿やど取ろうぜ」


 フレンがそう提案する。

 俺はいったん四人と別れ、パーティ代表としてこの街の長に挨拶あいさつに向かった。


「どうも、お仕事を受けてサンクトクルスから来た者です」

「おお、これはこれは。わざわざありがとうございます」


 応対に出た街の長は、想像していた通りの人だった。

 長老と表現するのが的確てきかくな高齢の老人である。


 若い時は鍛冶の仕事をしていたのか、手に仕事ダコがある。

 美しくもかっこいい職人の手だ。

 俺もいつかはあんな手になりたいものよ。


「明日の仕事の前にお話を聞かせてもらいたいところですが、その前にこれをどうぞ。あっちで流行はやっている(かもしれない)お菓子です。し上がってください」

「お気をつかわせてしまってすいません。では早速…………くはあああぁぁぁっ!? な、なんじゃこれはああぁぁぁぁっ!? 食べた瞬間果物が! 果物の味が口の中で爆発したぞおおぉぉぉっ!? 力がっ! 魔力がっ! 身体の奥からあふれてくるうううぅぅぅっ! ぬおおおぉぉぉぉっ! しかもとんでもなく美味いぞおおぉぉぉっ!」


 ふむ、なるほど。

 いずれ使わなくなるであろうポーション類をスーちゃんに飲ませてゼリーを作ったんだが、どうやら効果が増大しているらしい。

 力と魔力が溢れてくるということは、元々の味だけでなく、効果も強化する作用がスライムの肉にはあるってことか。

 すげえなスライムゼリー。料理にも薬にも使えて超万能じゃん。

 この様子だと、冒険者用にこのゼリーを作って卸すのもアリかもな。

 ポーション購入こうにゅうも続くようになるから商人ギルドとの関係性も悪化しないし、一石二鳥いっせきにちょうどころか三鳥くらいはある。


「こ、これは? こんなものがサンクトクルスでは売っているのですかな!? ならば鉱山の男のために、ぜひとも購入を検討けんとうしたいのですが……」

「ええ、まあ。それより長さん、仕事の話を――」

「お、おおそうでした! あまりの衝撃しょうげきと美味さに忘れてしまいました。アイアンスコーピオンの話ですな」


 長の話はこうだ。

 この街は鉱山の近くにダンジョンがあるらしいのだが、ある日そこと鉱山がつながってしまったらしい。

 ダンジョンは魔物の一種――放っておけば外壁がいへきふさがるけど、その間鉱山が使えなくなるため、長たちは爆弾でその穴を塞いだ。

 これで安心――と思っていたところ、どうやら外壁が自然に閉じて塞がる前に、そのダンジョンの魔物が一匹外に出てしまった。

 どうにかしたいけどこの街の戦力じゃどうにもできず、冒険者ギルドに依頼した――とのこと。


「あいつがいる間はワシらは仕事ができません。いずれ鉄がきたらこの街の産業基盤さんぎょうきばんが一つ消えてしまいます。なので、どうか早急そうきゅうに奴の討伐をお願いしたい」

「わかりました。明日より取り掛かりますので、件の魔物の生息域せいそくいきと目撃場所を教えてください」

「わかりました。どうかお願いします」


 ……

 …………

 ………………


「ただいまー」

「おう、お帰り。どうだった?」

「どうもこうも普通だよ。聞いてた情報と大差ないから、予定通り明日叩く」

「了解。それじゃカイト、フレン、僕らも行こうか」

「行くってどこへ?」

「風呂だよ風呂。この街には小さいけど温泉があるんだ」

「マジでか!?」


 温泉と聞いては黙っていられない。

 何せ俺は地球では温泉大国と呼ばれる国日本の生まれ。

 日本人の例にもれず俺も温泉大好きである。


「よし、じゃあ行くか! そういえば女子組は?」

「先に行ってる。一刻も早く汗流したいんだってさ」


 気持ちはわかるし仕方がない。

 俺たちは宿でお風呂セット一式を借りて、近くの公衆浴場へと向かった。

 何というか、西洋的なデザインの浴場だ。

 石造りの建物に様々な彫刻ちょうこく――地球で例えるならローマ式がたぶん近いように思える。


「さーて、ひとっ風呂浴びるかぁ!」

「おい待てフレン。入る前に身体を洗うのが浴場のマナーだ」

「そうだよフレン。じゃないとお湯が汚れて次使う人が困るだろう?」

「いけねっ。忘れてた」


 俺たちは風呂からお湯をんで、そのお湯で自分たちの身体を洗う。

 錬金術師アルケミストギルドが作っている薬用石鹼やくようせっけんをタオルにつけてゴシゴシ――うん、よく落ちるな。

 石鹸に関してはこっちの世界の方が優秀かもしれない。


「カイト、お前結構デカいな……」

「え? 何の話……ああ、そういうことか。言うほどデカいかな?」

「いや大きいって。入るのそれ?」

「そりゃ入るだろ。じゃなきゃ困る」

「まあ、そうだけどよ」

「ちなみに俺の爺ちゃんはもっとデカかったぞ。あまりのデカさに近所の人からはソル・カノンと呼ばれていたくらいだ」

「ソル・カノン!? 一体どういう意味だ!?」

「太陽のごとき巨砲――だな」

「す、すごい……一体きみのお爺さんは何者なんだ?」

「ただの猟師りょうし…………はっ!?」


 熱い視線を感じる。

 どこからだ……?

 ――っ!


「そこだーっ!」(スパァン!)

「キャアアアァァァッ!?」

「な、ナニコレ!? 前が見えない!?」

「安心しろ。ただのれタオルだ」


 濡れタオルは武器にもなる。

 コツさえつかめばこうして投擲とうてきすることも十分可能なのだ。

 まあそれはともかくとして……


「何やってんだお前ら……?」

「こ、これは、その……えへへ。ねえシズさん?」

「え!? 私に振らないでよ! もとはと言えばクレアがのぞきましょうって……」

「シ、シズさんだって『ソル・カノン』って言葉にビクンって反応してたじゃないですか! 私だけの責任じゃないです!」

「し、してないし! ソル・カノンなんて単語聞こえなかったし!」

「いーえしました! ソル・カノンの意味を聞いた瞬間メスの顔になってました!」

「し、してないから! 絶対! …………それはそうとソル・カノンは?」(チラッ)

「ほら気になってる! シズさんのエッチーッ!」(チラッ)

「な、なってないもん!」


 二人の女子が覗きの責任を押し付け合っている。

 言い出しっぺはどちらにせよ、覗いた時点で同罪だ。

 そしてそんな言い合いを続ける今でも、チラチラとこちらに――特に俺の股間のあたりに視線を送る二人。

 どうして……あ、そうか。そういうことか。

 デカいとかソル・カノンとか聞いてあっちと勘違かんちがいしたのか。


「ゆ、湯気ゆげで見えない……」

「風でも吹かないかしら……」

「お前ら、そんなに俺の二代目ソル・カノンが見たいのか?」

「え?」

「へ?」

「そんなに見たいなら見せてやるよ! オラァ!」

「キャアアアァァァッ!」(顔をそむけつつもこっちを見ている)

「カイトさんのヘンターイ!」(指の隙間すきまからバッチリ見ている)


 これが俺のソル・カノンだ。

 爺ちゃんにはまだまだおよばないけどな。


「え? 何それ? それがソル・カノンなんですか?」

「そうだ。仕事できたえ上げられた力こぶ。コイツがソル・カノンだ」


 料理人は毎日重い調理器具を、休みなく延々えんえんと振り続ける。

 様々な具材が入った重い中華鍋を片手でブンブン振り回したり、

 灼熱しゃくねつのフライパンを手首が壊れそうになるまで動かしたり、

 強烈な冷気をまとう巨大氷を相手にクソ重いチェーンンソーで細かい彫り物をしたり、

 他人が思う以上に超絶パワー系の仕事なのだ。


「でも、入るとか入らないって……」

「こんだけデカいとガントレットが入るかって話だ。筋肉の膨張ぼうちょうで弾け飛ばないかってこと」

「なーんだそうだったんですか」

「もう、まぎらわしい。私たちはてっきり……」

「てっきり……なんだ?」


 勘違いしようがしまいが、お前達が男湯を覗いたことには変わりないだろう。


「おいフレン、ライル、あいつら二人になんか言ってやれ」

「性欲魔人」

「ドスケベサキュバス」

「うぐっ!?」

「わ、私は違うもん……」


 全く、風呂くらいゆっくり入らせてほしい。

 風呂ってのは、そういう煩悩ぼんのうを洗い流して、明日への活力を高める場所だっていうのに。


「風呂上がりに一品出そうと思っていたけどお前らはナシな。覗きの罰だ」

「そ、そんなぁ……」

「お願い! 許して!」

「ダメだ」


 再発防止を兼ねて甘い顔はしない。


「安心しろシズ。俺のを半分わけてやるから」

「フレン……優しい。好き」

「あ、ズルい! ライルさん! 私も半分でいいので……」

「ごめんよ。僕たち別に付き合ってるわけじゃないから」

「カイトさん!」

「覗き魔と一緒に食べて友達にうわさされたら恥ずかしいし……」

「うわーん!」


 この後、風呂上りに俺たちは一角ウサギの肉を使った焼き鳥ならぬ焼き兎を食べた。

 焼き鳥とはまた違った方向で美味く、俺を含めたみんな良いリアクションを取ってくれたと思う。

 唯一食べれなかったクレアをのぞいて。




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《あとがき》

温泉回と言ったらサービスシーンですよね。

たっぷりサービスしておきました。

良く味わってください。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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